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6 高校生活へ

 高校生活1日目。

 静香は母親にどっさり宗教のパンフレットを持たされた。

「新しいお友達にも、神様の祝福を伝えてあげなさいね。」


 中学ニモ「オトモダチ」ハイナカッタケドネ。


 静香は束になったパンフレットを大事そうにカバンに入れて家を出た。

 そして途中の駅のゴミ箱にそれをそのまま捨てる。


 ここから先は、わたしは「普通の高校生」萌百合静香になるの。

 ソレハマダふうせんダケド。


 フーセンの中身は埋まるだろうか?

 時おりくる精神の発作のような感覚をどこかで感じながら、静香はそんなことを漠然と考えている。


 高校生活で埋めたい。と思った。

 成長し損ねた子ども時代を新しい環境で埋めることで、わたしは普通の高校生になるんだ。

 ここから、やっと希望の日々が始まる・・・。


 クラスの学級担任になったのは、数学の浜中という中年の教員だった。

 黒板に「浜中音司(おとじ)」とチョークで書いて

「よろしく。」

とぞんざいな挨拶をした。

 どうやらそれが、友達感覚みたいに生徒との距離を縮められる技術であるらしい。少なくとも浜中先生はそう思っているらしい。


 ソウイウ感ジデイイノカナ・・・? コウコウニナッタラ・・・。


 と、一瞬思うが、たぶんそのやり方は違う。

 だってそれは静香が中学でやろうとして散々失敗してきた。案の定、クラスの中には反応に困ったような空気が流れた。

「なんか困ったことがあったら、気楽に相談してくれよな。」

 世代の差を埋めようとして、スベってる感じ?

 この担任にはあまり期待できないかもしれない。


 浜中先生は貼り付けたみたいな笑顔でクラスを見回し、そして、静香と視線が合ったところで、ひくっ、とわずかに表情をこわばらせた。


 母親が学校としっかり話し合っているからだろう——と、静香には想像がつく。


 たぶん、どう対応していいか困ってるんだろう。

 わたしの方が、もっと困ってるんだけどね?

 普通・・に対応してください。そうすれば、わたしも普通・・が分かるようになると思うから。


 1学期が始まってすぐの頃は、いろんな子が静香にも話しかけてきた。

「どっから来た?」

「あ、え・・・と、杉菜中学です。」

「うわ! とお! どのくらいかかる?」

「1時間半くらい・・・。」

「萌百合さんって、髪きれいだね。シャンプー何使ってる?」

「え? あの・・・」

 教団の・・・と言いそうになって、思わず言葉が詰まる。


 しかしそういう交流も、初めのうちだけのことだった。

 次第にクラスの中にグループができていくと、静香はそのどこにもなんとなく居場所がなくなっていった。

 中学の頃と似ている。

 ただ中学の時と違うのは、誰も露骨に嫌がらせはしてこない、ということだった。宗教のことを知られていないからかもしれないし、単に少し大人になっているということかもしれない。


 静香には、なぜ皆と距離ができてしまうのかが分からなかった。

 なんとかくっつこうとして話を合わせてみるのだけれど、そうすればするほど避けられているような感じは増していった。


 それでも諦めずに、静香はいちばん大きなグループの隅っこにできる限りいるようにして、彼らの話を聞いていた。

 それで話題についていけるようになるかもしれない・・・。


 しかし、静香にはその話の中に出てくる単語が、まるで外国語のように意味が分からない。

 どうやらゲームの話をしているらしいのだが、静香はゲームというものをやったことがないのだ。教団で禁じられているから。

 当然のように交わされる会話の内容が、静香には全く分からなかった。


 静香は曖昧に微笑んで聞いていることしかできない。もちろん聞いていたところで、静香が分かるようになるはずもなかった。何も共通の経験がないのだから。

 そういう静香に注がれる視線に、次第に冷ややかさが加わっていく。まずいことに、静香にはそれだけは分かるのだった。


 極め付けは、連休前。

「8時に◯◯ンちに集合だね? 起きれるかなぁ。」


 静香がいつも隅っこで話を聞いている最大のグループが、連休に皆でどこかに旅行に行く計画があるらしい。

 しかし、その話は静香には伝えられなかった。

 それどころか、静香に聞かれないようにしようとする気配まで垣間見える。

 さっき口にした子を、別の子が慌てたようにして廊下に連れ出してゆく。その時に、連れ出した方の子の不安そうな視線が、ちら、と静香に向けられた。


 静香は聞こえなかったふりをした。

 風船の中に、じわりと毒が溜まってゆく。



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