50 おじさんの実験農場
夢中で描いていると、背後に人の気配がした。
はっとしてふり向く。
そこに50がらみの髭面のおじさんが、静香の絵を覗き込むようにして立っていた。
手に草刈り機を持っている。
「す!・・・すみません! か、勝手に入っちゃって! すぐ出ます。」
おじさんは空いている方の手をひらひらと振った。
「いや、構わない。嬢ちゃんは絵が上手いな。」
言われて静香の頬が少し染まる。
「気にせんで、描いてていい。鳥も獣も勝手に入ってきとるからな。」
鳥? ケモノ? ・・・・・
静香が怪訝な顔になると、おじさんはニカっと破顔した。
「いや、あんたはニンゲンだけどな。悪いモンじゃなさそうだ。好きに入って描いてていいよ。あんたの目には、この地面はこんなふうに見えるのか?」
不思議な言葉の使い方をする人だった。
風采は・・・、むっさい、といえばそうも言える。
帽子なんかかぶってオシャレ、といえばそんなふうにも見える。
草刈り機をギターに持ち替えたら、ロックか何かを演奏でるミュージシャンのようにも見えた。
「ここは俺の実験農場なんだ。俺は作業してるから、好きにしてていいよ。この地面をそんなふうに見てくれる人は珍しいんだ。」
おじさんは、ちょっと照れたように言った。
「あ・・・あの・・・」
と静香は呼び止める。
「歩いていい場所はどこですか?」
畦とかがあるようにも見えない。ただの草むらだと思って静香は中に入ってしまったのだ。
「どこでもいい。俺もそうしてるし、鳥も獣もそうしてる。あんたはニンゲンだが、特別だ。」
おじさんはそう言って斜面の上の方に上がって行き、ぶおん、と草刈り機を回して笹の藪を伐り払い始めた。
そう言われても・・・。
静香は組み立て椅子を持って立ち上がったが、1歩が踏み出せない。
どれが、踏んでいいやつ?
「実験農場」と言われてよく見てみると、そこかしこに野菜(?)らしきものが生えている。
あれ・・・ダイコン? だよね?
なんか、茎が伸びて花咲いてるけど・・・?
そっちにあるのは、ニンジン?
それは、ネギ? 葉っぱ細いけど・・・・。
あれは・・・、キャベツ?
ひょろっとした細長い茎のてっぺんに、小さなキャベツのようなものが丸まっている。
キャベツって、あんなふうに成るんだっけ?
いや・・・
以前、テレビで見たキャベツ畑は地面の上に大きな玉がびっしり並んでいた。
静香が突っ立ったままになっていると、ふいに草刈機の音が止んだ。
おじさんがふり返る。
「気にせんで、気に入った場所を描けばいい。嬢ちゃんの目で観て足を下ろしていいと思った場所は、踏んでいいんだ。」
そう言われても・・・・
「ここはな、俺が種を適当に振り撒いて、地が生やしていいと許したものだけが生えてきてるんだ。嬢ちゃんに踏まれたぐらいじゃダメにはならへんて。」
それだけ言うと、おじさんはまた静香などいないみたいにして、ぶおん、ぶおん、と草刈り機を振り回し始めた。
その姿はエネルギッシュで荒々しくもあり、どこか背中に包み込むような優しさもあり、まるで・・・
そう、まるであの岩だらけの海岸に似ている——と静香は思った。
静香はまた同じ場所に組み立て椅子を下ろし、そこからこの一風変わった「農場」全体を描き始めた。
そこに居るものたちは、野菜も草も、静香にはあまり見分けがつかないまま、渾然一体となって生きていた。
地が生やしていいと許したものだけが生えてきている——。
おじさんはそんなふうに言った。
ならば、ここに生えているものたちは皆、大地に許されたものたちなんだ。
いよいよ、あと2話で完結です。
ぶっ通し、毎日UPでゆきます。




