45 人生というゲーム
静香はキャラクターパンの値引きシールをめくっている。
ひたすらにめくり続けている。
やや硬くなったパンが、袋の中でつぶれて食べ物の形をなさなくなっていた。
* * *
あのあと、運よく中央郵便局の内勤のバイトが見つかった。
「接客は少し苦手で・・・」と、面接では正直に言った。
また前の店と同じようなことになっても困ると思ったのだ。
正直でありなさい。いかなる時も神はあなたを見ています。
誰かの声が聞こえたような気もした。
面接試験ですよ? ちょっと常識がおかしいですね。
別の誰かが言ったような気もした。
落とされるかな?
と思ったが、採用してもらえた。
人手不足もあるのかもしれない。
仕事もカウンターの方ではなく、仕分け作業の方に回してもらえたのはありがたかった。
問題は、前の店より時給が安いことだった。
必然的に勤務時間を長く取るシフトに入らなければ、生活費と画材代を賄えない。
5時まで勤務して、それから予備校に駆けつける。
予備校のアトリエでデッサンや課題の油彩を描いている間は、お金のことは忘れていられたが、アパートに帰って預金残高を見るたびに現実が静香を襲ってきた。
親に助けてもらう?
だけど・・・。
今あの環境に戻ったら、わたしの中はきっとまた混乱してしまう。
ようやく組み上げてきた「萌百合静香」の内面が、ぐずぐずと崩れてしまいそうな気がした。
しかし現実は甘くはなかった。
ついに後期授業料が全納できなくなったのだ。
古瀬先生が事務に掛け合ってくれて、毎月の分納で試験までつなぐことにしてもらった。
「気にしなくていいよ。萌百合さんなら間違いなく合格できるから。合格者が増えれば、それは予備校にとってもいい宣伝になるんだから。」
しかしそれも、年を越すまでもたなかった。
月の授業料と、生活費と、画材代と・・・。
食費を削り、週2回の深夜の道路工事の交通整理員のバイトを突っ込み、・・・そして栄養不足と睡眠不足で、頭の働きが鈍りはじめた。
デッサンが上達しない。
課題をやる時間がない。
予備校でのデッサン中にうっかり船を漕いでしまうことまであった。
このままじゃ続けられない・・・。
このままじゃ受からない・・・。
「親は出してくれないの? 美大行くの反対なわけ?」
古瀬先生の問いに、静香は答えない。
言ったって、わかってもらえるとは思えない。
そもそも、わたしは美大に合格したいんだろうか?
あの高校の美術部での時間が、静香の中に確かな何かを作り出したような気がしていた。
それを守りたくて、「美大に行く」という選択をしたはずだった。
守りたかったのは何だろう?
ようやく見えたポケモンの顔を眺めて、目からこぼれる透明な水を「涙」と呼んでいいのかどうかさえよく分からない。
そのわけの分からない感情の中で、静香はそのポケモンの名前を知らないことに気づいた。
ググればわかる。
けど、そういうことではなくて・・・。
わたしには、子ども時代がなかった・・・。
人生というゲームの最初のカードは、親からもらう。
もし、そのカードがどうしようもない屑カードばかりだったら?
自分を騙してそのままゲームを続ける?
それともカードを取り替えて仕切り直す?
それとも・・・・
静香は高校時代に新しいカードを手に入れたと思っていた。
けれど、それはゲームの途中で回ってきただけのカードで、維持することさえ難しい。
子どもの時に最初に配られる元手のカードじゃない。
それは屑ばかりで、静香はそれを思い切って捨てた。
それで新しいカードが手に入ると思っていた・・・。
しかし、捨てたあとにはやっぱり空虚しか残っていない。
美術は新しいカードじゃないんだろうか?
美大に合格したとして、そのあとわたしは何をしたいの・・・?
どこか遠くでクリスマスソングが鳴っているのが聞こえた。




