表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/52

4 風船人間

「あれ、見た? ◯◯の。」

「見た、見た。やばいって!」


 クラスの中に溶け込もうと努力はしてみるのだが、静香には彼ら彼女らの話の内容が分からない。日本語であることだけは分かるが、単語が分からないのだ。

 同じものを見ていない。スラングが分からない。そこへ至った気分も、使い方も分からない。


 皆が笑うと一緒に笑顔を作ってみるが、何が面白いのかも分からない。笑っていいタイミングも笑ってはいけないタイミングも分からない。

 自然、静香は隅で話を聞いていることしかできなかった。


 そのうち、静香が近づくと、すっとグループの温度が冷え、なんとなくバラバラになって教室の別の場所に集まったりするようになった。

 集まっていた子たちはそれでいいが、自分の席に座っていた子は離れるタイミングを失って顔をこわばらせる。


 避けられた。というのは分かるのだが、ではどうすればいいのか——となると、静香もどうしていいか分からず、ただそこに立ち尽くしてしまう。


「な・・・何か用? 萌百合さん!」

 席に取り残されていた子が、睨みつけるような目で静香を見る。

「あ・・・いえ・・・。」


 その空気のほころびをすかさず捉えて、その子はガタンと席を立った。

 早足で歩いて、さっきのグループが固まっているところまで行く。


 それから、再び集まったそのグループのメンバーは、静香の方を横目で見ながら何かをひそひそと話していた。

 一言「きも!」という単語だけが聞き分けられた。




 家では表面上はなんとなく上手くいっていたが、静香の違和感はどんどん大きくなっていった。

 違和感、というより、静香の中がどんどん空っぽになっていく感じだ。


 以前は教義にすがることで確かさを確認していたが、「教室の自分」と「家での自分」という2つの自分に分けてしまったことで、教義の方も無条件に信じることができなくなってしまったのだ。

 教義が嘘くさく聞こえるようになってしまった。


 ソレッテ、キフキンヲアツメルタメニイッテルンジャナイ?


 そう思い始めると、母親のやっていることの面妖おかしさがどんどん見え初めてしまった。

 なんでそんなに寄付するの?

 お父さんの帰ってくる時だけお金を残して、いい服買って、外食なんかして——。

 正しいことなら、お父さんの前でも堂々とやればいいじゃない。そいで、お父さんも「勧誘」したらいいじゃない。

 他所よその家回るんじゃなくって。

 たぶん、そんなのも学校で噂になってるんだよ?


 静香の家には父親がいないわけではない。ただ海外へ単身赴任していて、年に何日も帰ってこないから、ほぼ母子家庭だった。

 お金だけは銀行に振り込まれるから貧乏はしなくて済むが、母親が教団に多額の寄付をするから決して裕福とも言えない。


 そういう家庭状況に、父親はほとんど関心を払っていなかった。

 母親が何かの宗教に入信したことくらいは知っていたが、静香が小さい頃は教義のおかげで行儀も良かったし、気に留めていないようだった。

 そんな家族の「平和」を失いたくなくて、静香はずっとお師さまの言う「良い子」を演じていたのかもしれない。


 気がつけばつくほど、家での自分は嘘モノ。空っぽのモノユリシズカという風船みたいなものだと、思えてきた。




 一方、学校での静香はどうなのか?

 相変わらず近づけば避けられることが多く、しばらくすると静香は結局教室には自分の居場所がないことに気がつかざるを得なくなっていた。

 ただ、自分の席を除いて。


 ある日、その席の椅子が廊下に出されていたことがあった。

 静香は、いつものように表情薄く廊下から自分で椅子を運び込んでくる。そんな静香を何人かがくすくす笑う声が聞こえる。

 それでも静香の表情は変わらない。悲しんでいるようにも怒っているようにも見えない。


 静かに自分の机のところに椅子を置き、そして、伏し目がちなまま座る。


 こっちの自分も空っぽだ。

 学校に合わせて形だけがある風船だ。


 中身はどこにある? 本当の「わたし」はどこにいる? 

 2つに分かれたフーセンとフーセンの間だろうか?

 そんなもの、本当にどこかにあるんだろうか?


 また誰かがくすくす笑っている声が聞こえた。

 空っぽの風船には、外から毒が染み込んでくる。学校でも、家でも・・・。


 このまま毒に満たされてしまったら、「わたし」は窒息して死んでしまうのだろうか?



ある方から誤字の指摘を受けて「そいで」を「それで」に直したのですが、自分で読み返していてどうもしっくりこないのです。

「そいで」はある地方の方言なのです。それが物語にどれほど重要か、と言われると、整然と説明はできないし、必要ないものなのかもしれません。

ここに不意に現れた訛りが、何かを暗示しているのかもしれませんが、それは物語の中で回収されないかもしれません。

ですから、多くの方に読みやすい標準語にすることは意味があることだろうとは思います。

しかしここが標準語になることで、どうにも失われてしまうものがあるような気がして、もう一度「そいで」に直しました。

ご指摘いただいた方、ありがとうございました。そして、すみません。


  Aju


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 今の所は宗教2世に共通するような不幸話が続いているだけですね。これがどう独創性溢れる話に展開していき、ハッピーエンドに繋がるのか気になりますね。続きも読もうと思います。 [一言] 評価…
[一言] お父さんが気付いてくれたら……と思ったのですが、気付かれないように母親が演じているのですね。 母親が怖すぎて、学校の先生たちもどうしようもなくなってしまっているように思います。 静香が気の毒…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ