39 ひとり暮らし
「静香はどうするの? マジで・・・。」
卒業式の日、忍が静香にそう訊いてきた。
一応、親への言い訳で美術大学を受けてはみたが、予備校にも行っていない状態ではさすがに無理があり、1次試験のデッサンで落ちた。
「1浪くらいは普通らしいから。ちゃんと自分の生活費はアルバイトで賄うから。」
そう言って父親を説得した。
母親は家に帰ってくるように強く言い張ったが、
「宗教の話、聞きたくないから。」
と言うと、愕然とした表情になってそれ以上何も言わなかった。
「しばらくはバイトでもする。やっぱ、ちゃんと予備校行かないと無理みたいだね。」
「困ったらいつでもウチに駆け込めよ? 父ちゃんと母ちゃんには話通してあるからな?」
忍は県外の短大に行くので、寮に入る。遠くはないが、寮に他人は泊められないから忍の実家の方に来いと言うのだ。
「ありがとう。大丈夫だよ。一応バイト先も見つかったし。」
* * *
静香は高2の冬から学校の近くのアパートで一人暮らしを始めた。
理由は電車で痴漢にあったから、近いところから通いたい——というものだったが、それは単なる口実で、嘘である。
本当は父親と母親の喧嘩を見るのが辛かっただけだ。
だいたい言い合いのタネは教団のことで、そのことが静香の気持ちを常にかき回した。
父親と母親の言い争いは、そのまま世間と教団の軋轢そのもので、静香はその間で押しつぶされそうになる。
学校での生活がうまくいくようになるにつれ、家の環境が苦しくなっていった。
それは2人でやってほしい。わたしを巻き込まないでほしい。
わたしは今、自分の育て直しだけで手一杯なんだから——。
母親は初め強く反対した。
父親は何かを察したのか、週末は帰ってくることを条件にアパートを借りることを許してくれた。
「静香がそんな乱れた生活するような子だと思うのか?」
「・・・・・・」
母親も最後は折れた。
「そうね。ミロク天使のお使いなんだものね・・・。」
高校生活最後の1年の一人暮らしは、静香の生活を豊かで彩りの多いものにした。
忍だけでなく、中村さんや渡辺さん、木藤さんなど、仲のいい子たちがちょくちょく静香の部屋に遊びにきた。
忍は時々泊まっていく。ゲームを持ち込んできて、2人で夜ふかしして遊んだ。
静香は初めてゲームというものをやった。
「面白いね。」
「だろお?」
忍はバトルシーンが得意だったが、静香はボタン操作が全く追いつかない。1つのゲームを手分けしてクリアするようなこともやった。
よく笑った。
他にもたまに泊まっていく子がいた。
「いやあ、最高だわぁ。萌ちゃんの部屋に泊まって、心ゆくまでミステリ読めるなんて。」
「親、なんか言わない?」
「萌ちゃんとこ泊まるって言ってあるから、安心してるよ? あ、そうだ。自撮りして証拠写真見せよ。はい、笑ってぇ。」
「え・・・?」
静香の部屋は高校3年生の1年間、仲良しグループの隠れ家のようになった。
美術部の活動も充実していった。
市民展でも奨励賞に入賞した。
* * *
しかし、そんな高校生活もまもなく終わる。
仲良くしてくれた友人たちも、それぞれの進路に向かって進んでゆく。遠くの大学や近くの大学、短大や専門学校。
忍はデザイン科のある隣県の短大に行く。柴田さんなんか、東大だ。
清和高校は一応進学校なので、就職する子は少ない。まして静香のように行き先もあやふやなまま、バイト生活に入るような子は他にいなかった。
3年の時の担任の山口先生は、心配して「3者会談をしよう」と言ったが、「宗教から離れたい」という静香の言葉で立ち消えになった。
「予備校くらいはちゃんと行くんだぞ?」
どういう進路を決めるにしろ、静香には不安があった。
三谷くんや忍や木藤さんや・・・、いろんな人の「いいな」と思えたところを真似して取り入れて、1つ1つレゴブロックみたいにして自分のベースとなる基準を作り上げてはきた。
自分の中で、小さな「しずか」ちゃんを、そんなふうにして育て直してきたけれど・・・。
それは、忍や中村さんなど、仲のいいグループの中では通用するようになっていたけど・・・。
この先の世間でも、同じように通用するんだろうか?
高校3年生の年齢相応まで、大急ぎで一気に引き上げてはみたけれど・・・。
それは、他の風に当たった時にも、ちゃんと無事でいられるほど育ったんだろうか?
皆がそれぞれ旅立っていった後、ひとり残された静香の不安な一人暮らしが始まった。




