表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/52

37 美術部とクラスと

「そっか。自分探しの旅に出てたんだな?」

 忍はそんなふうな言い方をした。

「もお、めっちゃ心配したんだぞ? 三谷がいなくなってからの萌はふぬけ状態だったもんな。そんで、突然いなくなンだからよ。」

「ごめん・・・なさい。」

 こんなストレートな忍の言い方が、むしろ静香の気持ちを楽にした。なんにも気にしなくていい・・・。


「よお! お、萌百合か。なんか、久しぶりだな。」

 そんな声とともに美術室に入ってきたのは、3年生の御堂真沙人(みどうまさと)だった。髪を先の方半分だけ金髪にしている。

 美術部の人は皆、変わったファッションをする。

 静香が居心地がいいと感じるのは、ここにいるとあまり「普通」を意識しないでいいからかもしれない。


「御堂先輩の方がうんと久しぶりですよ? 予備校、どうですか?」

 忍がそう言うと、御堂真沙人は大袈裟に頭を抱えてみせた。

「うがああああ! 言うな、阿形! 泣いても笑ってもあと3ヶ月だ!」


「今日はどうしたんですか?」

 於久田先生が、相変わらずの柔らかな口調で訊く。美大を受験する御堂には、この時期、部活などやっている余裕はないはずだ。

「俺のキャンバスあったはずなんで、取りに来たんです。ちょっとでもお金浮かさないと・・・。美大は金かかるし、予備校の授業料だけでも結構な出費だし。」

 ゴソゴソと部室を探して、丸めたキャンバス生地を見つけ出して埃を払った。

「あった、あった。ぶへっ!」


「親がさ、浪人するならそこから先は自分でバイトしてやれ——って。普通の大学行くんなら、予備校の費用も出してやるけどって——。普通ってなんだよ? っての。俺は夢諦めたくねーから、普通になんかならねーよ?」


 御堂先輩が使った「普通」という言葉の響きに、静香はちょっと驚いている。この人は「普通」を嫌っているのか・・・?


 そんな静香に目を留めて、御堂先輩は静香の顔を真っ直ぐに見た。

「そういえば萌百合、おまえやたら『普通』にこだわってたけど、普通じゃないってのはちからだぜ? お前のその才能——大事にしろよ。」


 それから少し間を開けから、こんなことを言った。

「迂闊には勧められないけど、もしこっちに来たら、おまえは俺なんか軽々と追い越して先へ行っちゃうんだろうな——。悔しいけど。」


 御堂先輩はキャンバス地を抱えて美術室を出ていった。

「負けねーぞぉ!」という気合いを入れる声が聞こえた。

 

「受験大変そうだなぁ・・・。あれ絶対、染めてる時間もお金もないんだな・・・。」

 ぼさーっと突っ立ったような格好で御堂先輩を見送った忍が言った。

「わたしは美大なんか受けるのやめよ。デザイン科のある短大にでもしとくわ。」


 あ・・・。あの髪は、そういうことだったのか・・・。


「あなたたちはまだ1年生ですよ。」

 於久田先生が、ほっこりした声で言った。




 さほど「普通」を意識しなくなると、静香はクラスの中でも少しずつ話をする子が増えていった。


 いちばん話をするのは同じ美術部の阿形忍だが、他にも渡辺沙智(さち)さん、木藤羽萌(はも)さん、中村玖美(くみ)さんなどなど。


 渡辺さんは読書好きで、普段おとなしいのだけれどミステリのことを話し出すと止まらなくなる。

 木藤さんは勉強も体育も真ん中あたりで、これといって特徴のなさそうな子だけど親切だ。困っている人がいると放っておけないタイプらしい。そのあたり、ちょっと三谷くんに似ているかもしれない。

 中村さんは漫画やアニメが好きで、自分でも描くらしい。 らしい——というのは、恥ずかしがって見せてくれたことがないからだ。

 漫画やアニメの話になると、俄然瞳が輝き出し、家にはかなりの量の漫画本があるという。

 お勧めの漫画も教えてくれたけど、もちろん静香は知らないタイトルばかりだ。

「うちに来たら読ませてあげるよ?」

 学校に持ってきたり貸したりはしないのだそうだ。一度忍と一緒に中村家にお邪魔したら、漫画を読む前に石鹸で手を洗わされた。


 こうやって少しずつ深く知っていくと、1人1人ほんとうに違っている。「普通」なんていうものはどこにもないのかもしれない、と思えてくる。

 それでもやっぱり、静香が幼少から聞かされてきた「常識」は、この人たちの世界とはかけ離れているようだった。

 病気をしても医者にかかってはいけない。お祈りだけする。などという話には一様に驚かれた。

「今はちゃんとお医者に行くよね?」

「うん。行くよ。」

「よしよし。よく戻ってきた。(笑)」


 みんな違うんだから、「普通」にこだわることはない。そう思えるようにはなったが・・・、では・・・?


「自分らしくいればいいんだって——。」

 忍はそんなふうに言うが、静香はその「自分」が教団の教義以外のどこにあるのか分からないのだ。

 静香の子ども時代は、全て教団で塗りつぶされている。


 いろんな場面で、どんな反応をするか。どんな言葉を選べばいいのか。静香は、そのお手本に三谷くんの言葉や態度を思い出しながら、自分なりに真似をしてみる。

 忍の真似もしてみる。渡辺さんや、木藤さんや、中村さんの真似もしてみる。


 以前は「人の真似してキモい」と言われたことを気にしていたが、

「子どもだって、最初はまわりの人の真似から入るだろ?」

という忍の助言で吹っ切れた。


 子どもからやり直せばいいんだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ