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36 学校へ

 ぎこちないながらも、萌百合家は新しく「家族」としての再スタートを切った。


 心美はこの先多額の献金をしないことを約束したが、『宇宙コスモスの真理』を信仰することには固執した。

 静香をそれに巻き込まない——という条件で、雄策は妥協した。

 雄策は家族との時間を増やすため、商社を辞めて家から近い工場で働くという選択をした。収入は減る。

 でも、心美もパートをしているし、献金をやめれば生活できないということはない。母子は耐乏生活には慣れていた。


「高校はちゃんと出ておいた方がいい。」

 そういう父親の意見を聞いて、静香は1ヶ月ぶりに学校に戻ることにした。


 本当は行きたくない。・・・と思う。

 どんな顔をして行けばいいんだ?

 めっちゃ好奇の目で見られるだろうし・・・。

 三谷くんは、もういないし・・・。

 阿形さんだって、もう話してくれるかどうか分からない。


 ()()の人たちの視線に晒されて、わたしは1日耐えられるだろうか?




 あとから入っていって一斉に見られたりするのが嫌で、静香は早い時間に登校した。

 教室にはすでに1人、登校してきて小説か何かを読んでいた女子がいて、あっ、という顔をしてから、さっと目を逸らして視線を本の上に落とした。

 たしか、いつも阿形さんや三谷くんの輪ができている時には一緒にいた目立たない子で、静香も特に嫌な感じを受けたという記憶はない。

 たしか・・・名前は、渡辺さん・・・。

 こんなに早く来てるのか・・・。いつも・・・。


「おはよう・・・」

 小さく声をかけて、静香は自分の席に行く。他に、どんな言葉をかけたらいいのか分からない。

「・・・おはよう・・・。」

 渡辺さんも小さく声に出して、ちょっと微笑んで静香を見てから、またすぐ本に目を落とした。本を読んでいるようだが、神経は静香の方に向いているのが分かる。

 静香もそれ以上何かを話すこともできず、そのまま席に座った。


 少し張り詰めたような空気の中で、沈黙の時間だけが過ぎてゆく。

 三谷くんの机の上にはまだ小さな花瓶が置いてあって、そこには花が飾られていた。

 あの2学期の初め頃から、ずっと誰かが花を替え続けていたんだろうか。

 静香の胸のどこかが痛んだ。


 しばらくすると、登校してくる生徒のざわめきの声が聞こえてきた。

 廊下を通る足音とにぎやかな話し声が聞こえ、そして教室の入り口でそれらの音はふいに沈黙に変わった。

 何人もの視線が静香の頬に突き刺さるのを感じる。


 それから、それらの気配は何事もなかったみたいにおしゃべりの続きを話しながら教室に入ってくる。そして、各自の席に荷物を置く音が聞こえた。

 しかし視線の槍は静香の横顔に突き刺さったままだ。

 静香は机の端を見つめたまま、顔を動かせない。

 少し低い声で誰かが何かをささやくのが聞こえた。


 やがて教室に入ってくる人数が増えるに従ってそうした気配は薄れていって、静香は少し息がつけるようになった。

 ただ、まだ顔は上げられない。

 どのくらいの人が家出のこととか知ってるんだろう?

 テレビでやってるのが静香の家の「宗教」だって、知ってるんだろうか?

 目を合わせてしまったら、どういう対応をしたらいいのか分からない。


 入り口から早足で突進するように歩いてくる足音が聞こえたのは、その時だった。

「萌!」

という声に思わず顔を上げたら、目の前に豊かな胸があった。

 そのまま、ぎゅっと胸に顔が押しつけられる。

 息が・・・・。

「よかった! もう会えんかと思った。連絡くらいよこせよ。」

 阿形さんの声だ。


 阿形忍は一旦手を放して、静香の両頬を手のひらで挟む。

 その目が潤んでいた。


「まあ・・・。萌のことだからな。どうせ、時間が経っちゃってどう返事していいか、分かんなくなっちゃったんだろ。」


 図星だ・・・。


「ごめ・・・ん、なさい・・・。阿形・・・さん・・・。」

「まぁった、そういう水くさい言い方を! 忍と呼べ!」

「し・・・しの、ぶ・・・・。」

「よし、許す!」

 それから忍は静香の耳元に口を寄せるようにして、低い声で言った。

「今度やるときは、わたしンちに転がりこめよ? 変なとこ行かずに。」

 静香も思わず、涙腺が緩む。

 1ヶ月も連絡すらしなかったのに、以前と変わらないように迎えてくれた。

 阿形さ・・・忍がいてくれたら、わたし、ちゃんと学校生活できそう・・・。


 こんなやりとりが突破口になったのか、2〜3人の女子が静香の席のまわりに集まってきた。

「萌百合さん、病気してたんだって? もういいの?」

「あ・・・、うん。」


 そうか・・・。病気ということになってたのか・・・。と静香は思った。

 いろんなことがあり過ぎて、少し意識し過ぎだったかも。


 クラスカースト上位の(というよりトップの)柴田玲於奈(れおな)が、珍しく静香に近づいてきた。

 肩までのストレートヘアで小顔の美人。背が高くて、1年生なのにすでにバレー部のレギュラー。成績は学年トップクラスで、押しも押されぬ()()()だ。

「心配してたよ。無事でよかった。萌百合さんは時々、突飛な行動するからなあ。」

 優しそうな目で静香の顔を覗き込んだ。・・・が、どこか目の中に面白がっているような光があった。


 玲於奈が離れていってから、忍が聞こえないように小さな声で静香に言った。

「一応病気ってことになってるけど、クラスの何人かは家出のこと知ってるよ。担任の浜中、口軽いからなぁ。」




「ご心配かけました。」

 美術室で於久田先生にそう頭を下げると、先生は柔らかい笑顔になって

「スケッチは描けましたか?」

とまるで静香がスケッチ旅行にでも出掛けていたみたいなことを言った。

 それで静香は少し楽になる。


「何か困ったことがあったら、遠慮せずにオレに相談するんだぞ? な?」と廊下で爽やかそうな顔をつくって言った浜中とはえらい違いだ。


「わたしも明日、お花持ってこようかな・・・。」

 静香が美術室でそう言うと、忍がちっちと指を横に振った。

「やめといた方がいい。あれは柴田たちがやってるんだ。まるで三谷くんの追悼は自分たちの独占権利みたいな顔してさ。下手に手ェ出すと、なに言われっか分かんないよ?」

「あ・・・うん。」


 そういうものなのか・・・。

 ()()の常識は・・・。



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