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32 出会い

「きみ絵うまいね?」


 公園のベンチでスケッチブックを開いて、描きかけのスケッチの手を止めたまま、ぼうっとしていた時に突然声を書けられて、静香は跳び上がりそうにびっくりした。


「そんな驚かなくっていいじゃん。絵、うまいなぁって言っただけなんだから。」

 年恰好は大学生くらい、といったところだろうか。小ざっぱりしたジャケットを着た男子で、黒い髪はさらっさらのストレートヘア。ナチュラルな感じにメイクもしているようで、唇は濡れたような艶があった。ちょっと見はアイドルっぽい。

 静香の高校にはあまりいないタイプで、静香の分類によれば「不良」の部類に入りそうだ。

 もう少し世間を知っていれば、ホストみたい、という表現が浮かぶのだろうが、静香にはそういう知識はない。


「きみさあ、家出してんでしょ?」

「え・・・?」


 なぜ、そうと分かるんだろう?

 この人、何?


「そう警戒しなくてぇ。親に連絡したりなんかしないよ? オレも昔そうだったからさあ。わかるよ。あ、オレ、マサトね。」


 マサトと名乗った男は静香の座ったベンチの端に片手をついただけで、それ以上距離を縮めてこようとはしない。

 言葉は馴れ馴れしいが、態度は一定の節度を保っていた。


「泊まるとこなくて、ネットカフェとかにいるんじゃない?」


 静香は黙っている。


「よかったらお願いがあるんだけどさあ——。」

 静香の反応に関係なく、男は話し続ける。

「今日の夕方からサークルの合コンなんだけどさあ。オレが連れてくはずだった1人が急用できちゃって、男女の人数合わなくなっちゃったのぉ。」


「でえ、なんか『代わり』って感じで悪いんだけどさぁ。参加してくンない? ただの食事会だし、メシ代はオレが持つし。知り合いの女の子に何日か泊めてもらえるように頼んであげるからさぁ。」

「いえ・・・、あの・・・わたし・・・・」

 こういう場合、静香は立ち上がって足速に去る、という行動がすぐにとれない。


「その子が『住所』と『保証人』になってくれれば、バイトなんかも探しやすいよぉ? オレも経験あるからよく分かるんだぁ。」


 静香は目を合わせないようにして、少しずつベンチの反対側へにじろうとする。


「なぁんで、自分から壁作るかなぁ。」

「え?」

 静香は思わず目を合わせてしまった。

 外見チャラそうなその青年の眼差しは、意外にも爽やかな感じがした。

「人生なんて、出会いの連続でできてるんだよ?」


   *   *   *


 時間は少し戻る。


 世間を多少なりと知っている者の目なら、どこから見てもそのスジのスカウトと見える若い男たちが駅前のデッキでたむろっている。

 彼らは、大きな布製のバッグを肩にかけて歩いてゆく1人の少女を見ていた。


「な? それっぽいやろ? 夜ネカフェに入ってって、朝出てくる。しかもスケッチブックなんか持って、昼間はなんか描いたりしてる。」


「今どき珍しいくらい、田舎っぽくて純朴な感じの子だね?」


「釣れれば上玉だとは思うけど、あそこまでいくと逆にノせるの難しいんじゃね?」


「まかしとけよ。オレああいうの得意なんだよ。あれはハメたらどこまでもいくタイプだぜぇ。オレがもらうよ? 協力してくれたら、分け前出すよ? 頭テン、テンで。」


   *   *   *


 なんとなくマサトと名乗る男についてきてしまった静香は、あたりの風景が繁華街になってゆくにつれて、だんだん怖くなってきてしまった。

 ただ、自分も家出経験者だというマサトがあれこれ具体的なアドバイスを話してくれるのを聞き逃したくなくて、途中で離れたり断ったりする機会を持てないままに、ここまでついて来てしまったのだ。


 そのあたりにピンク色の看板がいくつも見える。

 ただの繁華街じゃない。ここ・・・。

 空気の感触が変わっている。妙な臭いもする。


 教団の空気しか知らない静香にとっては、ここは悪魔の巣窟に見えた。


「あの・・・・」

「おー。もうみんな来てるわ。アオイの穴埋めにこの子、道で拾ってきちゃった。」

「まぁた、マサトはそういうことを——。ってか、かわいいじゃん?」

「シズカちゃんっていうんだよ。」

「ヨロシクぅ。」


 待っていたのは、男2人に女2人。

 たしかに静香を入れれば数は合う。

 ただ、ケバい化粧の女2人が静香を見る目が、にやにやとどこか蔑むような色を帯びていた。

 クラスで無視されていた時と似ている。

 何も知らないのは静香だけ——という感じだ。


「どしたのぉ? 入ろうよ。」

 マサトが静香を促すように背中に手を当てた。


 途端。

 ビクッ! と静香の皮膚が野生の小動物のように反応する。


「おお、怖っ!」

 マサトがぱっと手を離す。


「あの・・・わたし・・・」

 彼らが入ろうとしている店は、どう見てもただの飲食店じゃない。

 まずい。わたし、すごくまずい状況に陥ろうとしてるんじゃ・・・。


「なに? ここまで来てオレに恥かかせんのぉ? メシ代持つって言ってんだよ? ここにきてそれはねーだろ、静香ちゃん? 怒るよ?」

 マサトの空気が変わる。

 さっきまでと違って、目が獲物を狙う肉食獣のそれになっていた。



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