28 夜を歩く
静香は歩いている。
青白い街路灯の光が、アスファルトの上に静香の影をいくつも伸ばしている。
影は長さを縮め、後ろから脇を通って前へと回り込み、再び長くなりながら消えてゆく。
それが何度も繰り返される。
行く当てがあるわけじゃない。
ただ離れたいだけだ。
フーセンの中に詰まった無数の金メッキのミロク天使像を、バラバラとアスファルトの上にこぼしながら静香は歩く。
こんなものを詰め込んでるくらいなら、空っぽの方がいい・・・。
知らず知らずのうちに、静香は駅の方に足を向けていた。
もちろんこの時間、電車なんか動いてはいない。
どこに行こうと思ってるんだろう? わたし・・・。
学校・・・?
行ってどうするの?
行ったって、三谷くんはいない。
阿形さんや於久田先生はいるけど・・・、浜中もいる。
行けば家に連絡されるだけになる。
もう、戻りたくなんかない。あんな家・・・。
インチキ宗教の家。
戻るもんか!
静香は歩いている。
ただ、回り込んでは消えてゆく影を引きずりながら。
住宅街の駅前は、街路灯以外なんの灯りもない。
全てが寝静まった深夜だ。
コンビニの白々しい光だけが、目に眩しいほど輝いていた。
その光に照らされた駐車場に1台の改造車が停まっていて、数人の少年らしき人影がたむろしているのが見える。
静香は暗がりの中で足を止めた。
ああいうものに近づいちゃいけない。
こっちは深夜の女の1人歩きなんだ。
そういう危険回避の自己防御反応だけは、今の静香にもしっかり残っている。
静香は壊れているわけではないのだ。
ただ、壊れた場所から逃げ出してきただけなのだ。行く当てもないまま——。
出る時に、見つけられる限りの現金と父親のカードを引き出しから持ってきた。
カードは生活費の引き出し用に、父親が母親に渡しているものだ。
これって、泥棒だよね?
静香の口が、皮肉っぽく笑いをかたちづくる。
あそこにいる不良と、何も変わりないよね? わたし・・・。
だからといって、不用意に近づくのが危険であることに変わりはあるまい。
世の中には悪魔に心を支配された者たちが大勢いるのだ。
今、わたしに天使のご加護はない・・・。
静香はコンビニとは逆の暗い方へ足を向け、線路に沿って歩き出す。
それは学校に通学する時に電車が走る方向だ。
もちろん、今電車は通らない。
静香は歩く。
線路側に生い茂った草や、灯りが消えて寝静まった家々を眺めながら。
ああいう普通の家には、きっと静香の知らない普通の幸せな家族が住んでいるんだろう。
そこではきっと、子どもたちはゲームのことやアニメのことを話しながら、普通に笑っているんだろう。
静香は歩いている。
どこに行こうとしているのかは分からない。
歩いていれば、そのうち始発が動き出す時間になるだろう。
そしたら電車に乗って、どこか遠くの知らない町まで行こう。
その先をどうするかについては、霞がかかったようになって考えられない。
ただ秋の夜気だけが心地よく静香の頬を撫で、虫の声が静けさを際立たせている。
4駅ほど歩いた頃、空が白み始めた。
新聞配達のバイクが、ヘッドライトの光の輪の中に静香を捉え、そしてすぐにまた闇の中に戻す。
自由。
という言葉が浮かんだ。
開放感とおぼつかなさが同時に訪ってくる。
静香は時計を見た。
午前4時43分。
少し足が疲れてきたのを覚える。
この駅で始発を待とうかな?
駅舎には明かりが点いている。
スマホで確かめたら、始発は5時21分だった。
ちょうどいいや。
歩くのはここまで——。
静香は券売機の前に立った。




