27 雄索
萌百合雄索は、小学生の時に父親と妹をなくしている。
その事故は家族でそろってTDLに遊びにいった帰りの高速道路の上で起きた。
あおり運転の車に接触された大型トラックがコントロールを失い、乗用車4台を巻き込む事故を起こした。
当時は新聞やテレビを賑わしたが、今ではもう誰も覚えてなんかいないだろう。
父親の運転していたカローラは右半分をトラックによって押しつぶされ、父親と妹の沙也香が巻き込まれて即死した。
雄索は「運転席の後ろの方が安全だから」と言う父親の言葉を信じて、沙也加に後部右座席を譲っていた。
「お兄ちゃん、優しいなあ。」
そんな言葉が、父親から誉められた最後の言葉になった。
トラックは炎上し、トラックの運転手は死亡した。
あおり運転をしていた車は、そのまま逃げた。のちに捕まったが、保険にも入っておらず、ただ刑務所に入っただけだったので賠償金は支払われなかった。
犯罪被害者給付金や遺族年金だけでは生活はままならず、母親は悲しみをふり払って懸命に働き、雄索を大学までやってくれた。
そんな母親を助けようと、雄索も大学に入るとすぐアルバイトを探した。
そして雄索は家庭教師の派遣リストに登録し、2年の時に出かけた先の児童養護施設でとある少女に出会って一瞬自分がどこにいるのか分からなくなるほどの衝撃を受けた。
沙也加が戻ってきたのか!? と思うほど、その面差しが似ていた。
のちに雄索は心美というその少女が義父の虐待を受け、その義父を殺した母親が刑務所に入ったためここにいるのだ、と聞いた。
守りたい!
出会った瞬間にそう思った。
今度こそ——。
妹の代わりになるわけではないし、生まれ変わりでもない。
そんなことは分かっている。
それでも、雄索は心のどこかでずっと後悔し続けていたのだろう。
あの時、座席を入れ替わっていなければ・・・。
自分が死んでいた・・・とは、なぜか雄索は思わなかった。
少女は男性と向き合うことができなかった。相手がたとえ子どもであっても——。
野生の小動物のように怯えた目をしていたが、不思議なことに、心美は雄索に対してだけはくつろいだ表情を見せた。
「あの子がちゃんとお話できた男の人は、あなたが初めてなんです。よろしくお願いします。」
施設の職員は、そんなふうに雄索に言った。
守らなければ。
守ってみせる! 今度こそ!
妹ではない。
それは分かっている。
それでも、この少女が目の前に現れたのは、神様が自分にもう一度チャンスをくれたのだと、雄索にはどうしてもそんなふうに思えて仕方がなかった。
しかし、雄索は軽率に感情を面に表すようなタイプではない。
あくまでもバイトの「家庭教師」という姿勢を保ち続けた。この点、この青年も並ではないと言えるかもしれない。
心美が怯えないのは、あるいは雄索のそんな眼差しのせいかも知れなかった。
しかし、やがて心美は18歳になる。この施設を出なければならなくなる。
天涯孤独。
保護する者がいなくなる。
本当に妹なら、どんな状態であれ、生涯一緒に住んでやることもできるが・・・。
実は雄索自身がすでに天涯孤独であった。
無理がたたったのか、母親は雄索が3年生の時、脳梗塞で倒れ呆気なく父親と妹の後を追って旅立っていったのだ。
天涯孤独同士。
雄索は考え抜いた末、常識の外にあるような決断を下した。
そして22歳のある日。
その「告白」のために、施設に向かって歩いていた。




