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15 フーセンの中身

 静香は夏の美術部合宿に参加することを許してもらった。


 3泊4日の合宿参加費は、安い宿を探してもけっこうな金額になる。バイトでどうにかしようと思えば、それ以外の夏休みをバイトに費やさなければならなくなるだろう。

 母親はバイトは許さず、教団の布教活動を手伝うことを条件に、合宿費用を出してくれることになった。


 父親は6月に一度1週間だけ帰ってきたが、半分は本社への挨拶回りに使っていたから、昼間家にいたのは実質3日ほどしかなかった。

 それでも母親は、ひどく嬉しそうに甲斐甲斐しく世話をしている。


 向こうで何やってるか、分かったもんじゃないのに——。

 最近、世間知も少しはついてきた静香は、内心そんなふうにも思う・・・。が、同時に、お母さんはお父さんのことが本当に好きなんだな・・・と、それは少し嬉しいような気もするのだった。


 そんな父親は、玄関に飾られた『ミロク天使』の絵を母親が自慢げに見せた時

「そうか。美術部に入ったのか。静香は昔から絵が上手かったもんな。」

と、ただそれだけを言った。


 家のことも、娘のことも、関心はないのだな——。

 普通・・の家では、どうなんだろう? 普通の家庭でも、父親って、両親って、こんなものなんだろうか? と、静香はその内側だけで思う。


 フーセンの静香は、内側のどこでそれを思っているのだろうと、ふと考える。

 頭、だろうか?


 静香の中の「基準」は、教団の教えが「おかしい」と気づき始めた頃から、揺らぎ、時に消滅してしまうこともある。

 そんな静香の本当の心(・・・・)というものは、どこにあるのだろうか?


 何かを感じているのは、間違いない。何も感じないわけじゃない。

 ただそれは、ひどく痙攣的で、思いとして形を成すことがなかった。

 次から次へと、快や不快を惹起しながら、筋肉を通り過ぎる電流のように通り過ぎて行くだけだった。


 高校生活ふつうのせかいに対しても、母親いえに対しても、それぞれ萌百合静香という16歳の高校生の形はとっているが、どちらもただのフーセンだ。

 中身は空っぽ・・・。

 家の方のそれだって、教義で埋めておくことはもうできない。


 学校の方は・・・・、少しは心地よいが、まだ空っぽであることは変わりない。

 静香はそれを、みんなの真似をすることで埋めようとしていた。三谷くんや阿形さんや美術の於久田先生みたいになりたい。


「あいつ、キモいよね。話してる相手の真似ばっかりしてさ。」

 クラスの誰かがそんなことを言う声が聞こえた。

 たぶん自分のことを言っている。静香にはそれが分かった。静香は頭が悪いわけではないのだ。


 そんな時は「不快」が静香の中の何かを痙攣させる。

 フーセンの中に染み込んでくる毒を排出する力が、静香にはない。無理に排出しようとしたら、フーセンごと萎んでしまいそうな気がする。


 最近、静香は自分というものを、フーセンの「見かけ」の皮の裏側に張り付いて、かろうじて息をしている醜い何か——というイメージとして視るようになった。

 ヒトの形さえしていない。その何かのまわりには、埋めがたい空洞があり、外から染み込んでくる毒や香気にその都度反応しては痙攣している・・・。


 宗教・・を捨てなければ、こんなことにはならなかったのか?

 でもあれは、自分ではなかった。自分にはならなかった。だから中学の時、吐いてしまったんだ・・・。

 わたしの本体は、たぶんフーセンの内側にへばり付いた醜い何か・・・。子ども時代を「宗教」で圧迫されて、育ち損ねた・・・。

 これは、ちゃんと成長できるんだろうか・・・?

 人の形になるんだろうか?


 ただ絵を描いている時だけが、それらの嫌なイメージを忘れることができた。

 静香は美術室に入り浸ることが多くなった。



 やがて7月も半ばを過ぎ、期末テストも終わって、まもなく学校は夏休みに入る頃。

 クラスのカースト上位グループは、早くも遊びの計画や海外への家族旅行の話題で盛り上がっていた。

 そんな中に三谷歩夢も混じっている。

 もっとも彼の場合、どのグループにもべったりはしない。適度に距離をとりながら、誘われれば予定をスマホに入れたりしている。


 あんなふうになれたらいい・・・。と思うが、たぶん静香には一生無理だろう。

 何を真似たらいいのかすら、分からないのだ。

 きっと生まれつき違うか、最初に親から渡されたものが違うんだろう。


「萌百合はどうするの? 美術部の合宿以外は。」

 歩夢がそれとなく近づいてきて、静香に話しかけた。歩夢らしいバランスの取り方である。

 美術室での一件を聞いてから、歩夢は静香に近づくときはフィジカルな距離を意識していた。近づき過ぎず、かといって離れ過ぎず——。


 そんな歩夢の気配りは、静香にも分かっていた。


 ごめんなさい。

 大丈夫。もう少し近くても・・・。三谷くんなら・・・。


 静香は、少し頬を染めながら、そんなことを思っている。

 が、声には出せない。

 それを「恋」と呼んでやるのは、あまりにもむごいかもしれない。



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