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アグニの炉  作者: ぷらせおじむ
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プロローグ

耳を刺すような音を感じると共に、男は目を覚ました。


カーテンから漏れる光を眺めながら、溜息を吐く。


そうして、男の何気ない1日は始まりを迎えてしまった。


高校に入ってまだ1年だというのに、もう生きづらさを感じているのは、何が原因なのだろうか。


そう考えながら、男は着替えを済ませた。


「躍典~~!」


男、いや「澤木 躍典」の名前を呼ぶ声がする。母だ。


躍典は母の呼びかけに対し、動きで示した。


母が毎日朝食を作ってくれるのには感謝しているが、正直言って飽きる。


そんな失礼なことを考えるものの、あまり言葉を発しないのは、躍典の悪い癖だった。


「……行ってきます。」


ドアを開け、自転車に跨る。


「さあ、楽しい楽しい学校の時間だ。」


1人の時が1番落ち着ける。


特に登校中は、躍典にとって高校生活最高の時間と言っても過言ではなかった。


「やっぱり自己紹介ミスったかな……」


それは先程の悩み、或いはボヤきに対するものだった。


「やっぱり俺にゃあ無理か…」


躍典は高校デビュー失敗勢の筆頭とも言えるほど、それはそれは凄惨な幕開けを体験したのだ。


「人間というもの、自分の器に余るような体験を欲すると、それ相応の末路を辿るのということだろうか……。」


「はぁ……。」


楽しそうに登校する同級生たちを尻目に、またしても溜息を吐く。


おそらく躍典は、高校デビューに失敗さえしていなければ、クラスメイトとそこそこ仲良くなれたし、そこそこモテて、そこそこいい気分で学校生活を過ごせていただろう。


だがそんなことはもう起こり得ないのだ。


くだらない見栄を張るだけのために平気で嘘をつき、ボロが出てきてそのうちバレる。


「よくある話かぁ」


躍典は、そんな愚かな自分を嘲笑することで、現実から目を背けていた。


ふと前を見ると、地獄の門こと校門がもうすぐそこにあった。


「…さあ、楽しい楽しい学校の時間は終わりだ。」


ここからは流れ作業みたいなものだった。


高校生活は諦めている。


が、今後の人生は諦めていない。


絶対にいい大学に行って、いい職に就いて、あの時仲良くなっとけばよかった的な人間になる。


そう決めた。


「今後楽しくなるさ。」


そう自分に言い聞かせる。


ペダルを漕ぎ出し、校門へ入ろうとした。


その瞬間。


視界から校門が消えた。


いや、躍典が校門の前から消えたのだ。


躍典の体は7mほど宙に浮いていた。


……トラックに跳ねられて。


「…わお」


こんな緊張感のない言葉を発するとともに、躍典は感じる。


(ああ、死ぬんだ。)


(やっと解放される。)


そう思うとともに、躍典の意識は途絶えた。





しかし、


目が覚めた。


もしかして、転生というやつだろうか。


そう思ったが、そんな淡い期待はすぐさま否定される。


「目を覚ましました!!!!」


甲高い声が響き渡ったのだ。


このような声は忘れもしない。母だ。


「うるさい…。」


興奮のあまり母には聞こえていないようだった。


そんな躍典の元に、小さな頃からお世話になっている主治医がやってきて、色々と説明してくれた。


事故のこと、意識を失っていた間のこと、怪我のこと。


そして、これからのこと。


俺の頭は絶望に染まった。


なんてことは特になかった。


7mほど飛んだように感じたが、実際は3mくらいで、打ちどころも悪くなかったためか、意識を失っていた時間は1日にも満たなかったし、怪我も足の骨折程度で済んでいた。


「…わお」


緊張感のない言葉も再び戻ったようだった。


そうして2日間の入院生活が始まった。


「これ程までに自分の運の良さ…いやこの場合は運の悪さか…を恨んだことはないな…」


そんなことを考えていた躍典だが、実際のところ少し怖かった。


(あの時死んでたらどうなってたんだろうか…)


そんなことを考えても無駄だということはわかっていた。


だがあの事故から、躍典の心の負担は減った。


(もし死に近づくことでこの心労が減るのなら…)


(いや、折角助かったこの命だ。)


しかしそうした落ち着いた生活もそう長くは続かなかった。


躍典は足の骨折により松葉杖を使っていたため、目的地まで行くのに時間がかかってイライラしていた。


躍典はせっかちであり、自身もその自覚があった。


心の平穏とは、躍典のような人物の前ではそう長くは続かないのだ。


(遅えなあぁ!?松葉杖想像以上に遅えなあぁ!?)


…イライラしていたのだ。


松葉杖のラスボスこと階段にやってきた躍典は、自分がこれからどういった末路を辿るのかなどということは考えていなかった。


事故に遭って骨折程度で助かったというのは、間違いなく躍典の運が良かったことによるだろう。


が、そこで運は尽きていた。


ガタンッ


「…わお」


…二度あることは三度ある。


今度は放物線を描くなんてことはなく、見事なまでに転がり落ちていった。


階段から落ちた躍典の体は、打ちどころがわるかったためか、ピクりとも動かなかった。


(俺、こんな二段階右折みたいな感じで死ぬのか…)


最後の最後までこんなふざけた事を考えられたのだ。


きっと高校生活も上手くやれたはずだ。


そんな後悔と無理のある自己肯定とともに、躍典は16歳という若さでこの世を去った。

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