立食会
「こちらでございます。」
そう言われて草木の装飾がされた優美な扉の前に着いた。先程の玉座の間の扉には金細工が施され、優美というか豪盛という印象が見受けられた。しかしこの扉には、この扉をくぐる人々を楽しませようという思いが見て取れる。
「っふぅ、なんだか緊張してきたよ。」
「そんな事おっしゃらずに、気休めではございますが気を重くなさらずにご交流をお楽しみください。」
返すようだがそんなことを言われても困る。難しいものは難しいと思うし緊張するものは緊張する。ここで緊張しない人というのはよほどの場馴れした人物はただのの鉄仮面だろう。
「それでは」
内心でそんな事を考えている俺を横目にジルは扉を7回ノックして俺たちが到着したことを向こうに伝える。すると向こうから「総帥閣下がご到着なされました」という粛々とした声がする。扉がゆっくりと開かれ中に入ると目を奪われた。
(はぇぇぇぇぇぇぇ、綺麗だ)
ガラス張りの天井によって大広間には月明かりが差し込んでおり、壁にはうるさくない程度の蝋燭の火がゆらゆら揺れていて、とても幻想的な雰囲気をもとっている。
「総帥閣下。どうぞこちらに。」
淡い水色のドレスを着た女性に壇上に案内されグラスを手渡された。中には見るからにそして香りからして明らかに葡萄酒が注がれている。
(未成年なんだけどなぁ)
きれいな女性からお酒を手渡されるのは男冥利に尽きると言うが、俺は酒が強いのか弱いのか知らない。ましてや度数や銘柄もわからない酒を飲む勇気は俺にはない。
「では、総帥閣下から御言葉を頂戴いたします。」
「、、、、、、あ、あぁ」
余計なことを考えていたせいか反応が遅れてしまった。幸いそこまでひどい間の長さではないので怪しまれてはいないようだ。正直またか、といった感想しかないが式という名目上はこういう形式が必要なのだろう。
「皆さん今宵はようこそお越しくださいました。この度シュタット王国総帥に就任しましたサクマ・シラヌイと申します。この立食会が皆様にとって実りのあるものとなりますように。乾杯!!!」
「「「乾杯!!!」」」
拍手が起き大広間は一時的に賑やかになる。しかしそれもつかの間で拍手が止むと時が止まったかのように静まり返った。
(うーん気まずい、気まずいぞ)
問題はここからである。ここでよくわからない商人とかに話しかけでもしたら、癒着が生まれその上汚職に繋がってしまうかもしれない。しかしながらあまりにもパッとしないのも問題であるのも確かだ。今後の政治において仲良くしておきたい相手及びそのアピールをしておきたい相手。
(よし決めた!)
壇上から降りてお目当ての相手たちを探す。できれば一緒にいてもらいたいものだがこの人達は仲が悪いことが多いのでどうだろうか。
(お、いたいた。良かったぁ一緒にいてくれた)
俺の目の中には、肩を並べて立っている傍から見ると親子とみ間違えてしまいそうな男女が映っている。陸軍大臣と海軍大臣である。
「こんばんはお二方。先程は会議室でどうも、いやぁ陸軍と海軍が仲が良いところが見れて安心しましたよ。これからもよろしくおねがいしますよ。」
この挨拶には悪いところは無かったと思うのだがこの二人の反応はイマイチどころか黙り込んでしまっている。二人共こちらの目を見つめながら動かないということが数秒続く。周りも誰も話しておらず口を開いたのは俺一人だ。焦ってはいけないと思いながらも焦ってしまい、つい
「どうかなさいましたか?」
と追質問してしまった。「しまった。」と思ったがこれで二人は正気を取り戻したらしく慌ただしく反応する。最初に声をかけてもらったことが大変驚きだったようだ。
「「っ総帥! 失礼いたしました!」」
「気にしなくても良いよ。」
二人が持っているグラスの中に注がれた葡萄酒がグラグラ揺れている。これ以上彼らを緊張させてしまえば外に溢れてしまうだろう。
「まさか自分が初めの一声をいただけるとは、思ってもいませんでした。大変光栄でございます。」
「あら、お声を掛けてもらいましたのはあなただけではございませんわよ?」
「まぁまぁ、俺はお二人に声をかけたんですよ。いやあ陸軍大臣と海軍大臣が仲が良いところを見れて安心しましたよ。」
軽口は叩き合って入るが、俺が来る前は二人で並んでいるのを見る限り中は悪くはないと見受けられる。この収穫はとても大きいといえる。この国がいくら中立国家とはいえど陸海軍の確執は、できるだけ避けたいところだ。陸海の連携は国防の要なのだ。
「総帥閣下。恐れ多いことでございます。今後も我々は総帥の剣となり盾となる覚悟でございます。」
「ありがとう陸軍大臣。これからもよろしく頼むよ。」
チンッと互いにグラスを交わして二人とは別れ、会場を回ろうと踵を返す。すると若い溌剌とした声に呼び止められた。声がした方を向くと同い年くらいだろうか、碧眼の茶髪の青年が立っている。
「お初にお目にかかりますサクマ総帥。私は隣国ラッツ公国皇太子のドゥ・ベシャメルと申します。今宵は病気の父アル・ベシャメル公王の名代として参りました。」
ドゥ・ベシャメルと名乗る彼からは、いかにも好青年という雰囲気が漂ってきている。小顔で長身という少女漫画の世界から来たのかと錯覚するレベルだ。
「こちらこそはじめましてドゥ皇太子。私はこの度総帥に就任するサクマ・シラヌイと申します。隣国として今後とも良好な関係を築づいていきましょう。」
「これはサクマ総帥御自ら恐縮です。こちらこそよろしくおねがいします。」
手を差し出して握手の意思表示をすると向こうも快く答えてくれた。互いに少し近づいて握手しようとした瞬間、、、、、、
フワリ
(っくっさ!ちょっとこの人の香水きつすぎないか!?)
適量ならば問題はない系統の匂いなのだがこれは適量の三倍はふりかけているだろう重厚な花の香が鼻を突く。しかしここで嫌な顔をすれば第一印象は最悪となってしまう。
(ここは我慢だ、我慢しろ俺!)
ギュッ
互いに握手をして微笑む。会場は盛大とは言えないがささやかな祝福の拍手が起こり、数分前とはまるで違う和やかな雰囲気に包まれていく。
顔に考えていることが出ないようにしながら数秒の握手を終えて手が離れると、匂いは消えていた。手首にでもつけていたのだろうか、俺の手からは匂いはしない。
(まぁ昔の人は皆香水つけていたらしいし、気を取り直していこう)
「ドゥ皇太子はおいくつなんですか?私と歳が近いように思えますが、、、、、、」
「今年で十九歳になります。サクマ総帥はおいくつなのですか?」
これは驚いた。同い年ではないだろうかと思っていたが、まさか本当に同い年だったとは!
「驚きました私も今年で十九歳になります。同い年の王族の方に早くに会えてとても心強いですよ。」
これは打算的な考え抜きで素直に心強いことだ。何しろこの世界に来てからというもの、同年代と思える人があまりにも少なかった。よくわからない環境においての同世代の男子というのは、特別な何かがなくとも頼りになる。
「でしたらこの場にもう二人私達と同い年の王族がいますので声をかけてきましょうか?」
俺の心情を知ってか知らずか、このような提案をしてきた。彼は香水臭いのを無視すれば今のところはだいぶ好印象だ。勿論答えは決まっている。
「本当ですか、それはぜひお願いします。」
そう頼むと彼は「少しお待ち下さい。」と言って人混みの中に探しに行った。
(さて、と彼が戻ってくる間はどうしてよっかな)
少し周りを見渡してみると、多くの人が思い思いに過ごしている。食事を楽しむもの、どこかのご令嬢に話しかけているどこかのご子息、そして談笑するもの。本当に様々で本当に意図が読めない。俺が少し歩けば皆の視線はこちらに向けられる。視線だけが、だ。
(これじゃあ、おちおち食事も取れん)
仕方ないとは思いつつも内心は愚痴で溢れかえっている。そんなこんなで卓上の豪華な品々を横目に見ていると声をかけられた。
「お疲れのようですなサクマ新総帥殿。」
白髪を後ろに流した隻眼の老人と言うには申し訳ないほどの、立派な体格をした老人だった。威厳があるのにも関わらずどこか、優しいとも思わされる。一言で言うのなら「飲み込む人」といったところだろうか。実際にこういう人に出会うのは初めてだ。
「あなたはどちらさまで?」
そう尋ねると老人は優しく微笑み一礼して名乗りだした。
「これは失礼致しました。私はダンツ帝国皇帝のオードリック・ダンツァーと申します。以後お見知りおきを異世界からの新総帥殿。」
「そうでしたか、それはこちらこそ失礼しました、改めまして私はこの度総帥に就任するサクマ・シラヌイと申します。今後とも宜しくおねがいします。ダンツァー皇帝。」
その薄く開かれた瞳には俺はどう映っているのだろうか、、、、、、この御御人は一体どんなことを考えているのだろうか、、、、、、ダンツ帝国とはどんな国家なのだろうか、、、、、、興味と言うにはあまりにも優しく、恐怖と言うには強すぎる感情がこの人に対して、心のなかから溢れ出す。
「総帥殿も大変ですなぁ、いきなりこの世界に召喚されて、右も左もわからぬまま戴冠式とは。私も即位時は大変な苦労をしたものですが、、、、、、その比ではないでしょうねぇ。」
グラスをゆらゆら揺らしながらの語り口は、この老人の風貌からは全くもってかけ離れているものでどことなく確かめられているような感覚になる。
この人の就任時には何があったのだろうか、、、、、、どんな苦労があったのだろうか、、、、、、
「えぇ全くです。しかし何もかもが初めて、というのはとても新鮮です。確かに今度も苦労することもあるでしょう。しかし今は苦痛よりも楽しい気持ちの方が強いですね。」
同意しつつも自分の意見を最後にそっと差し込む。加えて「今は」というフレーズを入れることで、決して貴方の意見を無下にしているわけではない。という意思表示をしておく。うん。悪くはない。
「そうでしたか! そうでしたか! それは結構ですな! これからの総帥殿の舵取りが楽しみですな」
満足したのか、この話は終わりという意思表示かは知らないが、先程までの温和な話し方ではなく風貌に似合った軽快な口調で笑っている。そして笑い声とは別にもう一つ声が耳に入る。
「お待たせいたしましたサクマ総帥。お二方をお連れしましたよ、、、、、、ッダンツァー皇帝陛下!」
「ドゥ皇太子。お手数おかけして申し訳ない。」
「おや、ラッツの皇太子ではないですか。久方ぶりですな元気そうで何よりだ。」
「お久しぶりでございます。ダンツァー皇帝陛下。陛下もご健康そうで何よりです。」
どうやらドゥ皇太子と他の二人もダンツァー皇帝とは面識があるようで、それなりな様子で挨拶している。しかし反応を見ている限り、ダンツァー帝国と言うのはだいぶ強力な国家のようだ。
「改めましてサクマ総帥。こちらが先ほどお伝えいたしました王族の方々です。」
「お初にお目にかかりますサクマ総帥。私はゲール王国国王のハルツ・ビスコールと申します。この度のご就任誠におめでとうございます」
軽く会釈をして初めに名乗った黒髪の青年は、この年で国王だった。実際には俺も一国の主という立場ではあるが、こちらはいうなれば偽物に対して向こうは本物だ。
(それにこの年で国王ということは、、、、、、いや、どうだろうか)
「ご丁寧にどうも。私はこの度総帥に就任するサクマ・シラヌイと申します。同い年の国家元首とお会いできてとても喜ばしい限りです。」
お互いに握手を行う。握った彼の手はしっかりとしており何とも猛々しいものがあった。手が離れるとついでもうひとりが名乗り出る。
「お初にお目にかかれて光栄ですわサクマ総帥。私はベール女皇国摂政のマヤ・ベールスと申します。以後お見知りおきを。」
ワインレッドのドレスの端をつかみ優雅に挨拶をしてみせたのは同い年とは見えないマヤ・ベールスと名乗る胡麻色の髪の女性だった。しかし、この世界にも摂政という役職は存在するとは思わなかった。もしかしたら関白という役職もあったりするかもしれない。
「こちらこそはじめましてベールス摂政殿。私はこの度総帥に就任するサクマ・シラヌイと申します。そのドレスは大変良くお似合いですよ。」
「あら、ありがとうございますサクマ総帥。私、この色を気に入っているんですよ。」
どうやら褒めて正解だったようだ。彼女は嬉しそうに微笑み、服を上品にひらひらさせている。俺自身このワインレッドという色はとても好きな色の一つであるので、褒めた俺も彼女の言葉には嬉しいものがある。
「なるほど、お三方とも同い年でしたか。いやぁ同い年の王族がいるっていうのは幸せなものですなぁ。では老いぼれはこのあたりで御免とさせていただきますよ。」
グラスをくいっと上げにこやかな笑みを浮かべたダンツァー皇帝は、俺達から離れ他の知り合いと思われる貴族に話しかけに行った。全くもって読めない人物だ、気にし過ぎは良くないと思うが気にしておくべきだろう。
「、、、、、、相変わらず自由な御人ですね。」
「あはは、全くです。」
ビスコール王とベールス摂政ははやれやれといった感じでつぶやき、ドゥ皇太子は苦笑いしている。さて同い年の人間が三人揃ったのだ。この機会を逃すわけには行かない。
「皆さん折角同い年の王族がこうして立食会で顔見知りとなったのですから、これからも友好な関係を築くためにももう少し距離を近づけませんか?」
距離を近づけると言ってもやり方は色々ある。だがまず具体的な提案をする前に抽象的な提案で相手の様子を見ようというのがこの言葉の真意だ。いきなり突っ込んでいって拒否されたら目も当てられない。
(さて、どんな反応だろうか、拒否とは行かないまでも少しでも渋い顔されたら引こう)
などと危惧していたが三人の反応はそんな考えを杞憂にしてくれた。
「勿論ですよ。」
「えぇ、私達の未来のためにも。」
「サクマ総帥がお望みならば」
安堵とはまさにこの事を言うのだろうか。本来ならば俺は決してこのような高貴な人たちとは距離を近づけることはおろか、合うことさえ叶わなかった。しかし今はこうして親しい関係を築きかけている。短い言葉ではあるが三人の顔には一つの陰りの欠片もない。
「三人ともありがとう。それなら友好な関係を築くためにも、、、、、、」
顎に手を添え目を瞑り、考える。とはいえもう既に提案は決まっているのでこれはフリではある。三人とも俺を急かすことはせずに黙ってこちらに注目している。
「、、、、、、お互いに会話するときは敬語の使用を禁ずるというのはどうでしょうか?」
これが一番ハードルが低い。他にもお互いに名前で呼び合うという方法もあるが、それはいずれ自然に移行していくとする。そして彼らは顔を見合わせ、はにかみながらこう言った。
「「「勿論!!!」」」
こうして俺は同い年の力強い「友」を得ることができ、非常に良い雰囲気で彼らと別れることができた。その後も俺は機嫌よく他の各国の人物の会話することができ、されどヘトヘトになりながら初めての公務を終えたのだった。