戴冠式
豪盛の限りを尽くしたとも言える玉座の間は、天窓から注がれる夕日によって輝いている。そんな輝く玉座の間において、この場にいるすべての人が注目するであろう玉座の上に俺は今座っている。
(すっげー、何だこの眺め!めっちゃ皆の視線が刺さってくるんだけど!好奇の目にさらされてない分まだよいけどさ、圧がすごい)
当然といえば当然だ。今まで人の前に出ると言ってもせいぜい学年全員の前が最多だったが、今回は勿論話が違う。先程舞台袖から、結構人いるなぁ、と思ってはいたが実際に前に出るとかかるものはやはり違う。プレッシャー・オブ・キングだ。
しかしこの間にも着々と式典は進んでいるので悠長にしてはいられない。
「これより戴冠の儀を執り行います。皆様そのままご起立ください。」
侍従長の言葉の後に、大司教と思われる白い宗教服に身を包んだ男が近づいてくる。俺は玉座から降りて片膝立ちで迎え、大司教は真剣な顔で俺を見つめた後に微笑んでみせた。
「サクマ シラヌイ。汝はこの国の総帥となる覚悟はあるか。」
「はい」
「いかなる時においても国家と国民を守る覚悟はあるか。」
「はい」
「中立国家の総帥として世界平和に貢献する努力をするか。」
「はい」
誓いの質問をするたびに、杖で左右肩と首を軽く叩かれる。そしてこれが最後の質問だと言うかのように、一つ声色を低くして
「では、終生この国そして国民に命を捧げると誓うか。」
「お誓いいたします。」
そう応えると大司教は、大臣席の方に目配せをする。王室大臣の金髪好中年のロイヤー・クロムウェルが王冠を運んでくる。
大司教は一礼してから王冠を受け取り、来賓に向けて高く掲げると彼らは一様に頭を下げた。そして、彼らが頭を上げ終わると大司教はこちらを向いて、俺の頭に王冠を載せた。
(おっっっも!? なにこれ見た目よりもメッチャ重いんだけど! 首へし折れそう、、、、、、)
想像以上の重さにびっくりしてしまう。確かに装飾品とかが多いのである程度の重さは覚悟していたが、予想の三倍は思い。
(何キロあるんだよこれは、、、、、、)
首がガクッと逝ってしまうのを我慢しながら、立ち上がって大司教に一礼をして、来賓の方に顔を向ける。
「サクマ総帥。お言葉をお願いいたします」
(いよいよ来た!この世界に来てから初めての国事行為だ。)
侍従長の方を見て頷いた後、たっぷりと間を作ってから総帥就任の宣言する
「皆さんはじめまして。先程シュタット王国総帥を拝命したシラヌイ・サクマです。皆さんも知っての通り私はこの世界の生まれではありません。しかし一度この世界にシュタッと王国総帥としての命を受けて生まれたならば、この国そしてこの世界に対して誠心誠意向き合うことをここに誓います。また、総帥としての役割は向き合うだけではなく、向き合った結果どのような良い未来を作るかです。しかし向き合うことは私自身でできますが、行動を起こし良い未来を作る事は一人ではできないのです。つまり今後の国家経営は皆さんの協力が必要不可欠になっていきます。ですので皆さんのお力を私に、いやこの国この世界に貸していただきたい。どうかよろしくお願いいたします。」
静かだ。この場は人の声、風の音、衣擦れの音までもがしていない。まるで宇宙空間か時が止まったかのように無音になっている。しばらくすると一人が拍手をする。そして、その一人を皮切りにこの場は大きな拍手に包まれていく。
その後は、国歌の清聴やら事情により出席できなかった国からの祝報の読み上げなどが行われて戴冠式は閉式した。
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「お疲れ様でございました。サクマ様。」
「ありがとう。ジル。」
「どうぞ。」
「ありがとう。メアリー。」
「!!い、いえ」
戴冠式が終わって立食会が始まるまでの少しの間に俺は控室で少し休むことにした。戴冠式ではやることはあまり多くはなかったが、次はそうはならないだろう。各国の要人や貴族たちと話し続けなければならない。
「あの大人数に挨拶回りされたりしたりするのか、、、、、、憂鬱だ。」
「それも総帥としてのお仕事です。誰がどのような人なのか把握して、または彼らの会話に注目して力関係を推測しておいたり等と、立食会ではやることは大いにあります。とはいえサクマ様はお疲れでしょうからあまり無理はなさらないでください。」
(絶対無理するななんて思ってないよな、、、、、、)
無理するなと伝えたほうが相手は頑張ってしまう。そんなことが前に読んだ心理テクニックの本に書かれていた。実際人はやるなと言われるとやりたくなってしまうものだ。押すなよ。絶対に押すなよ!
「気遣ってくれたありがとう、無理せずできる限りやってみるよ」
まあ、おそらくは後一週間は何かと公務が入り、落ち着かないだろう。ここで無理をして体調を崩したら俺も困る。それに周りも日程調整などでいらない仕事をすることになる。
「そういえばさっきの祝報読み上げのときに、天災によって欠席となった国があったけど具体的に天災ってなんのことだ?」
内容としては天災により国内情勢が甚だしく不安定なため欠席ということだった。他にも戦争で二カ国、内戦で一カ国。民衆の蜂起で一カ国が欠席となっている。この世界の国歌数は二十カ国ということだから中々にやばい事態である。
「エルド帝国のことでございますね。報告によると”神の怒りによる揺れ”だそうでございます。」
「”神の怒りによる揺れ”ねぇ、、、、、、それ、地震だよ。」
この会話でこの世界の科学知識がどの程度かあらかた予想がついた。さすが中世らしき世界だ。まぁ日本でも昔は地震の原因はナマズとか言われていたので、神の怒りと説明づけるのも仕方のないことなのだろう。
「そういうのは自然現象って言って神様の行いではないんだよ。面倒くさい説明はいつかするとして今はそれだけ覚えていてくれたら大丈夫だよ。」
今は少しでも面倒なことはしたくはない。それにあまりメカニズムについて詳しいわけでもないのでかる~い説明を関係省庁の役人にでも話しておこう。と、思っていたのだが
「ご説明いただけるのは大変ありがたいですが、方法にはお気をつけください。」
何ともきな臭い言い回しだ。まるで何者かにとってはあまり都合の良い話ではないと言ったような言い方だが、、、、、、、、、、、、、、、、、、
(うぅっわ、めんどくせぇ多分アイツらだな)
「宗教か?」
質問は簡潔に。だが十分に伝わるものである。実際にジルの反応は俺のそれと同じように「はい」と一つ頷いて応えるのみだあった。
「どうにかするさ、やり方はこれから考えるけどその時になったら協力してくれるよね?」
「はい。その時は一信徒としてではなく一人の人間としてこの世界に貢献いたします。」
ジルはそう言い終わるとメアリーの方に視線を向ける。
「っはい。この会話は一切口外いたしません上に私も協力いたします。」
この言葉を聞いて少し安心できた。恐らくこの世界において宗教は大きな力を持っているのだろう。科学と宗教というのは相反する位置にあり、度々衝突しては科学の進歩の足を引っ張る。故にこの問題は早くなんとかしなければならないのだがそうも行かない。
(宗教ってこえーよ、扱い次第で密にも毒にもなるんだもんな一気とか勘弁してほしいわ)
しかしいくらここで思案しても意味がないのでこの話題はここで打ち切りにする。精神的にも非常に辛いものがあるのだ。
「サクマ様。そろそろお時間ですが一つお耳に入れていただきたいことがございます。」
「ん?面倒事は聞かないよ?」
「そうではございません。この国の新しい国家元首就任の際の立食会についての慣例についてでございます。」
面倒事ではなさそうだがあまり耳に入れたくはないようなろくでもない慣例が飛び出しそうな予感がする。この国は国家元首関連になると少しおかしな方向に行く事があるのだと、今日一日で十分に理解させられたからである。
「慣例と言いますのは、新たな国家元首が最初の人にお声をおかけになるまでは誰も国家元首に話しかけてはならない。というものです。」
(謎すぎるだろ、、、、、、)
「あー、分かった。つまりは俺から誰かに話しかけないと何も始まらないってこと?」
「そのとおりでございます。」
差も当然のごとく「そのとおりでございます」といわれてもあまりしっくりこない。普通は貴族とかが我先にとばかりに話しかけてくるのではないだろうか。
(あれか、私が一番にお声を掛けてもらったんだ! 的なかんじなのか。)
昨今の女子高生みたいなものを感じるが、これは結構慎重に話しかける人を選ばないと後から響きそうなものだ。
「では大広間に参りましょうか。」
そう言われて誰に話しかけようか考えながら部屋を出て大広間へと向かう。