昼食 そして着替え
執務室前の廊下
コンコン、、、、、、コンコン
(あれ?)
コンコン
(いらっしゃるはずなんだけど、、、、、、)
「どうしましたか?メアリー」
「っ侍従長!」
「固くならないでいい。お食事を落としたら大変だろう」
確かに彼の言う通り、食事を落としたら真紅のカーペットは見るも無惨な姿となり面倒なシミを残すだろう。
「それで?閣下のお部屋の前で立ち尽くしてどうしたんだい?」
「それが、、、、、、ノックしてもお返事がないのです」
「ほう。なるほど」
メアリーと侍従長が不思議そうに扉を見つめること数秒、、、、、、
「入ってみますか」
「え!?」
侍従長の言葉にメアリーは驚いた。それもそのはず
「許可なしではいるんですか?」
そう。許可が出ていないからだ。総帥の部屋に無断で入るなどあまりにも恐れ多い。そもそも人の部屋に勝手に入る事自体行けない行為である。
「ですが、早くしなければ折角の料理が冷めてしまいます。今頃陛下はこの後の戴冠式のことでお疲れでしょうから、お腹を満たして英気を養っていただかなくては」
納得できるようなできないような、そんな侍従長の言葉にメアリーは黙ってうなずくことにした。明確な意思表示を避けたとも言える。それを肯定と受け取った侍従長は黙ってうなずいて
「閣下。侍従長のエルフォートです。入りますよ」
そう言って、扉をそっと開けたのに続いてメアリーが部屋の中を覗き込む。
「、、、、、、閣下?」
「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」
(寝ていらっしゃるのか)
そこには寝息をついて気落ち良さそうに寝ている一人の青年の姿があった。その様子を見てエルフォートはどうしようかと考え、メアリーはあとに続いて部屋に恐る恐る入る。
「どうしますか、、、、、、侍従長?」
「どうしましょうか、、、、、、判断が難しいですね」
両者ともに困惑の表情を浮かべる。両者とも彼とまだあったばかりなので、この場合どうしたら良いかわからない。
沈黙が場を包むこと十秒、、、、、、
「総帥には申し訳ございませんが、ここは驚かさないように起こすしかないでしょう」
「そうですね。では私がその役目をいたします」
「分かりました。しかし、いいですか?あくまでも慎重にですよ?」
エルフォートの言葉にメアリーは黙って頷いて、ゆっくりと眠っている彼の方へ歩いていく。
「、、、、、、閣下、起きてください。ご昼食をお持ちしました」
肩を優しく叩きながら彼女はそう囁いた。だが、彼は起きない。メアリーはもう一度同じ言葉を繰り返し、今度はもう少し強めに肩を叩いた。すると彼の肩がピクッと跳ね上がり、彼は目を覚まして体を起こし、重そうなまぶたをゴシゴシとこすりながら部屋の中を見渡し始めた。
(ん??ここは、、、、、、どこだ?)
寝ぼけているせいか頭がよく回らない。
「おはようございます閣下。ご昼食をお持ちいたしました。」
(ん?閣下?)
「よくお眠りになっておりましたよ。さあ、冷めないうちにお召し上がりください」
だんだん意識が覚醒していく。
(そうか、俺は異世界に召喚されたんだった)
「閣下?」
「どうかなさいましたか?」
ボケっとしている俺を見て不安に思ったのか、侍従長と先程とは別のメイドさんが声をかけてきた。これ以上二人を心配させるわけにはいけないのでパンっと軽く頬を叩いて気を締める。
「大丈夫なんでもないよ。」
そう聞いて安心したのか二人は微笑んで、メイドさんは俺の前に昼食を持ってきて机の上に配膳してくれた。
机に置かれた料理からの美味しそうな匂いが鼻を突く。料理はフレンチとイタリアンを合わせたようなものだ。その匂いは今日はまだお雑煮しか食べていない俺の食欲をそそる。
「ご昼食はニョスタと玉ねぎのスープと魚の酢漬けになります。」
メイドさんはそう言ってペコリと頭を下げて侍従長の隣に戻っていった。ニョスタってなんだ?と思ったが、よく見るとニョッキを筒状にしてその上にミートソースっぽいものをかけたパスタのようなものだった。この世界には勇者の前例があるようなので、もしかしたら以前の勇者にはフランス人やイタリア人がいたのかもしれない。そうだとしたら、この国の食文化には期待が持てる気がする。
そんな期待を胸にして「いただきます」と、一口いただく。
パク
感想はと言うと「うまい」ただその一言に尽きる味だった。俺自身人生初ニョッキだったが美味しい。正確にはニョッキではないのだが。もっと芋芋しているかと思ったがそんなことはなくソースとの相性も良かった。
(異世界ってコンソメキューブとか存在してないよな、、、、、、)
そう思いながらスープを救って音を立てないようにいただく。
(あちっ)
想像以上に熱くてびっくりした。だがそれ以上に味は美味しい。本当はスープの色は薄く、味もあまり期待していなかったのだが、玉ねぎの甘みはしっかりと感じられ、スープに出汁として残った他の野菜の旨みも感じられる。
「ごちそうさまでした」
うん。美味しかった。魚の酢漬けもマリネのようだったので口直しにはちょうどよいものだった。おかげでとても満足度の高い食事だったと言える。
「どうぞ」
「あ、ありがとう。いただくよ」
メイドさんが紅茶を淹れていてくれたらしく、机の上に紅茶が置かれ、彼女は一礼して侍従長のもとに戻っていく。
やはりメイドなだけあってか彼女の腕も確かなものらしい。カップの中から良い香りが漂い花から脳まで伝わる。それだけでなく、一口含むと香りが鼻から抜けていく。カチャッとカップをコーサーに戻す音と同時に、ふぅ。と一息つく。
「そういえば、君の名前はなんていうの?」
「私の名前はメアリーと申します。今後ともお側にお仕えさせていただきます。」
「よろしく」
こうしてしっかりと今後のための布石を打っていると侍従長が前に出てきた。
「閣下。おくつろぎの最中に恐縮でございますが、衣装合わせをしていただきたく思います」
本音を言うともう少しこうしていたかったのだが時間が許してくれないらしい。なので「分かった」と短く答えて従うしかない。
「ではこちらに。すでに服は数着ご準備させていただいております」
そうして部屋を出て案内されたのは、大きな三面鏡の姿見が目を引く衣装部屋だった。他にも紳士用の様々な礼服が部屋の壁沿いに掛けられている。
「閣下にはこれらの中から本日のご衣装をお選びになっていただきます。」
衣装係の男の人が用意しているのは、右から7つの金色のボタンが付いた黒の礼服に真紅のマントの衣装と豪華な装飾を施した王冠を冠り、同数の金色のボタンを付けた赤いゆったりとした王族らしい服の上に黒いローブを纏った衣装。そして金色の同数のボタンを付けた紫のタイトな礼服に表が紫色で裏地が赤色のマントを羽織った衣装の計3つのものだ。
(どれも似たような配色だけど印象が全く違うもんだな。王道はやっぱり真ん中のやつだよなぁ、王冠付いてるしさ。でも俺的には右のやつがいいんだよなぁ、どっちにしようか困るなぁ)
この時左の衣装は眼中になかった。残念でした。なぜって?だってなんかあまり好きじゃないんだよ。紫の服って。色自体は好きだけどね?
(よし決まったぞ)
「右の衣装を着ていくことにする」
数十秒悩んで結局右の衣装を着ることにした。衣装係は「かしこまりました」と言って衣装を衣紋掛けから外して「どうぞ」と手渡たす。
「お着替えはこちらでどうぞ」
俺は試着室の中に入って着替える。
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着替え終わった自分の姿を見て複雑な気持ちになってしまった。衣装実態は何も悪くはないのだが、問題は俺にある。
(背が高くないとマントって似合わねぇな、、、、、、なんかずんぐりとしているような、、、、、、)
服の見た目で選んでしまい、自分に似合うかを忘れていた。寸法はあっているのだが、どうも表に出ていく気になれない。
(だけどいつまでも芋ってるわけには、、、、、、)
「総帥。お済みになりましたか?」
「!?あ、あぁ今終わった。いま出るよ」
芋芋タイムは終わりということらしい。背伸びして姿勢を正し、試着室を出る。
「「お似合いです。総帥」」
「二人共ありがとう」
今はこの二人のお世辞がなんと優しく聞こえることだろうか。普段お世辞など受け取る側としては、内心少しイラッとするのだが、今の状況はイラッではなくホッとしているが適切だろう。
「これは式典まで着たままなのか?」
「はい。本番前までにこの服に慣れていただきたいので、このままでお願いします。それとこれからは私室で本番までお待ち下さい。後で使いの者を行かせますので、式典の段取りはその者からお聞きください」
「分かった」と軽く侍従長に答えて、また長い廊下を歩いて私室に案内された。案内してくれた私室との前で
「私はここで失礼いたします。少しの間ですがお寛ぎください」
と侍従長は一礼して戻っていった。用がないときは入らない決まりでもあるのだろうかと考えつつ扉に手をかけて開く。
「ぅわぁお、、、、、、」
広さは二十帖。白い机と椅子のついた城下を見下ろせるバルコニー。四隅に金を施した真紅の絨毯。背の低い長机を挟んだ深緑色の二人がけの椅子が二つ。アンティークな戸棚に収納された白磁器の数々。そして立派な化粧台と姿見。
「素晴らしい!夢にまで見た趣味の世界!一人暮らしの大学生にはかなわないだろう贅沢!」
見事。としか言いようのない内装。テンションは最高潮だ。
それに加えて、、、、、、
タッタッッッピョッ、、、、、、ボフ
(フッカフカだ〜〜〜〜〜〜異世界最高!)
王道のカーテン付きのキングベッドが一つ。
少し前まではため息を幾度となく吐いていたが、好きなものを見せられたらコロッと態度が変わる。我ながらチョロいと思うが仕方がないことだとは思う。今の日本では一介の大学生にアンティーク家具を揃えるなどという贅沢は、金銭的に許されないのだから。
とはいえ、、、、、、
(さて、何をしようか)
ベッドにダイブして思う存分転がり回りピンピンだったシーツが少しヨレ初めた頃に手持ち無沙汰になった。いや、やることはある。スピーチを考えたりだとかしなければいけないのだが、なにせこの至高のベッドがやる気を吸い取っていく。
(城下でも眺めてみるか、、、、、、)
ヨッとベッドから跳ね上がりバルコニーに出る。
(そういえばこの世界で初めて外の空気を吸ったな。ん〜〜〜空気が良い!)
工場や車の排気が少ないからだろうか。一国の首都でしかも平地なのに、とても空気が美味しく感じられる。
(にしてもビルがない町並みっていうのは見慣れないもんだけどいいもんだなぁ。整ってるって感じがする)
町は高い建物がほとんど無く、大通りには街路樹が植えられており田園調布を思わせる町並みだ。しかし不思議なことに、そのような町並みがあるのは城の正面と左右だけでバルコニーから身を乗り出してみると城の後ろにはほとんど建物はなく、平野が広がっている。
(もったいねー。この広大な空き地は絶対に有効活用しなくては!)
脳裏に軍事演習場の可能性がよぎるが、まさかこんな城の近くではやらないだろうとこの考えは捨てる。
(さてと、、、、、街は見たし部屋に戻ってスピーチ考えますか)
部屋に戻ってペンと紙を持って椅子に座り構想を考える。
「威厳を持って堂々とするか。温和な雰囲気を醸し出していくか。それとも改革を宣言してみたり、、、、、、色々あるなぁ」
実を言うと俺は演説とかを考えるのが好きだったりする。言葉一つ。相手に与える影響は計り知れない。場の空気をどう支配するか、どう相手に響かせるか。考えるのはとても楽しい。
コンコン
「はい。どうぞ」
「失礼いたします。式典の説明に参りました」
どうやらくつろぎタイムは終わりのようだ。一旦作業の手は止めて「ありがとう」と部屋にやってきた彼に伝えて、席につくように促す。
「失礼します」
「ん。固くならないで良いよ」
そう伝えると彼は「感謝いたします」と言って少し背もたれに体を預ける姿勢を取る。なかなか素直な男だ。
「君、名前は?」
「私はセルス・クリミヤと申します。お初にお目にかかりますサクマ総帥」
「クリミヤ君か。よろしくね」ニッ
自己紹介も終わり、少し赤みがかった髪の毛で目鼻立ちの良い彼。クリミヤは持ってきた書類を机に並べて淡々と説明を始めた。
「説明に入らさせていただきます。初めに侍従長の号令で総帥には入場及び玉座に着席していただきます。」
「ふんふん」
「次に大司教様より戴冠が行われます。総帥は玉座から降りて片膝立ちになっていただきます。」
「そこで戴冠がされるわけか」
「仰るとおりです」
「次に総帥に総帥就任の宣言をしていただきます。」
「分かった」
「次に、、、、、、」
「うん」
「それで、、、、、、」
「はいはい」
十份経過
「その後に、、、、、、、、、、、、」
(なっげーーーーーーいつまでやんのこれ。つか何行程あるの?)
終わりの見えない説明を長々と聞くこと三十分経過、、、、、、
「そしてですね、、、、、、、、、、、、、、、、、、」
「、、、、、、、、、、、、ハイ」
「えーこれで最後ですが」
「おう!」
(よっしゃーやっと終わる!クッソつまんない校長のお話を聞いてる気分だったけどやっと開放される!!」
「あ、まだありました。すみませんもう少々お願いします。」
「ヘ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」
悪魔の言葉が聞こえた。なんと見事なフェイントだろうか、サッカーの日本代表になれるレベルだ。ぽ一見てるかーここに良い人材いるぞー
もう十份追加、、、、、、、、、、、、
「以上になります。なにかご質問はございますか?」
「イエ、ナニモナイデス」
「分かりました。では私はこれで失礼いたします」
「ハーイ」
俺は抜け殻となっていた。あまりにも濃密な式典の行程と、聞かされた来賓の名前により完全に飲み込まれた俺は、総帥としての外聞は関係なしにただ単に絶えそうな声で返事をする他なかった。
しかしクリミヤが部屋から出るときに俺にとどめを刺す。
「あ、素晴らしいスピーチを期待しています!」ニコリ
うん。殺したくなるほどに良い笑顔だ。もしかしたら彼は人の感情を読み取るのが実が手なのかもしれない。
(さっきも疲れている俺の前で平然と説明続けたもんなぁ、あースピーチ考えなかきゃ)
背伸びをして気分を切り替えて、ペンを持ち机の上にある紙と格闘する。
カリカリカリ、、、、、、
(違う)
カリカリカリ、、、、、、
(違う)
三十分後、、、、、、、、、、、、、、、、、、
「っし。これで終わりっと、、、、、、」
「えーっと、はじめまして国民そしてご来賓の方々(中略)ご協力お願い致します。」
変なところがないか書いた文章をもう一度声に出して読んでおく。うん特に問題はないようだ。これでいこう。
(よし。後は戴冠式までこの部屋にいて準備して、迎えが来るのを待つだけだな!)
まだまだ時間はあるのだが変に気持ちが高ぶってしまい武者震いがする。本番で声が震えでもしたら黒歴史確定の上、これからの人生において、枕に顔を埋めて悶々とする原因は少なくしたい。