シュタット王国
通された執務室はなんというか、、、、、、俺の趣味にドンピシャだった。いや、マジで最高。
茶色を基調としたアンティークな家具類。窓は出窓となっていてカーテンは半透明のレース。照明はモダンな雰囲気が漂う派手すぎないシャンデリア。そしてなによりも、机にある黒い万年筆!!!
今まで俺は万年筆が好きで何回か購入したことがある。しかし、いずれも破損や行方不明となっていた。管理不足だって?そんなことはわかっている、、、、、、
室内に見とれていると扉をノックする音がする。
「どうぞ」
と応えるとガチャッと扉が開いた。そしてメイド服を着た黒い髪を後ろでお団子に結んだ長身の給仕が入ってきた。
「失礼いたします。お茶をお持ちしました。」
(うわぉ本物のメイドさんだ。まじで存在するんだな)
俺は今までメイドカフェなどに入ったことがない。なので人生初メイドさんに少し気持ちが高ぶるが、それは抑えてまずは礼を言わなければならない。
「どうもありがとう」
「ご苦労アンナ」
俺と侍従長がそう言って、給仕は机にハーブティーを置いた。とても良い香りが部屋の中に立ち込め、思わず頬が緩んでしまう。
(このメイドさんはアンナさんって言うのか。覚えておこう)
身近な人やお世話になる人のことはしっかりと記憶しておくべきだ。他にも誕生日や何他頭の記念日を把握しておく必要がある。円滑な異世界生活のためにも、身近な人との信頼関係は築いていかなければならない。
(目指せ異世界の田中角栄)
そう意気込んでいる俺を前に、侍従長は机の上にあるものに対して、俺とは違う感想があるようだった。少し眉間にシワが寄っている。
(何だろう?特にカップもコーサーもティースプーンも汚れてはいないけど)
すると「君、私は紅茶を持ってくるように頼んだのだが」と侍従長が眉間にシワを寄せ、けれど優しい声で給仕に言った。
これに対し給仕は毅然とした態度で
「失礼いたしました。しかしながら総帥閣下は、この世界にご到着なされたばかりでまだ戸惑っておられることもあるかと思いまして」
「それでハーブティーを持ってきたと?」
「左様でございます。ハーブティーにはリラックス作用があります。これからまだお話されることがるなら、適していると考えました。」
なるほど。このアンナさんはは随分と賢く、そして勇気があり女性としても給仕としても素晴らしい人材のようだ。
「総帥。申し訳ございません。ハーブティーでよろしいですか?」
「全く問題はないよ。むしろ気を使ってくれてありがとう」
侍従長は困った顔でそう聞いてきたが何ら問題はない。むしろ
(共通の趣味ができそうな見っけ!)
そんなことを考えていた。ちなみに俺の趣味の一つにお茶を嗜むという物がある。家では抹茶を点てたり、いろんな紅茶を飲んだりした。お気に入りはアールグレイで緑茶は掛川茶とかだ。
侍従長も納得したようだったので、お礼を伝えて給仕には下がってもらった。
(良い話し相手になりそうだな)
今後の息抜きの話し相手を見つけ、喜ぶとともに対面の形で侍従長と席について、ハーブティーを一口飲む。
(あっ美味しい、腕がいいんだなぁ)
などと彼女の評価が心のなかで爆アゲされていくの感じながら、もう一口お茶を口に含む
「さて、、、、、、と」
カップをソーサーに戻して対面の相手に向かって本題を切り出す
「先程の話は一体どういうことなんですか?「国王」と「総帥」の違いって」
「はい。それについて説明させていただきます。「国王」とは平時の国家元首の名称。それに変わり「総帥」とは召喚された勇者様に就任していただく非常時の国家元首の名称でございます。」
なるほど、つまり大した差はないって感じか。一つ胸に突っかかっていたものが解決したので少し肩の力を抜くことができた。
って、まだ抜けるわけ無いだろ!!!!!!
総帥になれだって?そんな経験したことないんだぞ?
(何か、何か、、、なにかないのか、、、、、、逃げ道的なものは!)
頭をフル回転させる。屁理屈でもなんでもいい。とにかくこの状況を少しでも軽くしたいその一心で少ない知識を動員する。
「これは決定事項なんですか?」
頭を使って使って、使い倒した挙げ句出てきた質問はこれだった。なんというか、、、、、、この程度しか思いつかない自分に嫌気が差してきたぞ。
(頼む!!なんか抜け道をください!!!)
必死に願う、いや乞うのほうが正しいだろうか、、、、、、しかし
「決定事項です。国内外にもすでに発表済みですので今更撤回は不可能です」ニコッ
うん。素晴らしい笑顔だ。しかも質問に答えるとともに、しっかりとこちらの退路を断ってきている。逃げ場なし。どうやら覚悟を決めなければならないらしい。一介の高校生からまだどんな国かはわからないが、この国の「総帥」になることを
ハア、、、、、、
一つため息をついて侍従長の目をしっかりと捉える。侍従長もどうやら察してくれたようだった。
「わかった。この国の「総帥」になろう」
「ご英断。誠に感謝いたします。どうかこの国をよろしくお願いいたします」ニコッ
うわぁ、この人本当にいい笑顔するなぁ、、、、、、
(こうなってはとことんやるしかない。俺の持っている知識だけでこの国を経営してやる。
まずは情報を聞かないとな、、、、、、この国の名前もわからないし)
俺はまだこの国の名前を知らない。知っているのはこの世界に魔法が存在し、王政を敷いており、そして法律が狂ってることだ。あ、、、、、、あと結婚も決まってたんだ。やっぱり金髪ロングのお姫様が相手になるんだろうか、、、、、、それならバッチコイだ!
と、まあそんなことは置いといて、質問はっと、、、、、、
「まだ一度も聞いていなかったんだけどさ、この国の国名は何なんだ?」
そうこれだ、国のトップがいつまでも自国の名前を知らないなんて言う馬鹿な話はあってはいけない。早急に知る必要がある。
「はい。国名はシュタット王国と言いまして、中立国家を宣言しております」
(国名はイギリス風だけど、中立国家ってことはスイス的な感じなのか、、、似合わねぇ」
イギリスを皮肉るはおいておくとしよう。でも、今の侍従長の言葉ですぐにどこかの国家と戦争になることは、避けられそうだ。内政に集中できるということは、まだ国家を背負うということになれてない俺にとっては実に素晴らしい。
(なんかミスってすぐ反乱が起きて亡命あるいは絞首台は避けたい)
少しの安堵と妙に生々しい想像を膨らましたところで次の質問に移る。
「分かった。次の質問だ。この国の行政体制はどうなっているんだ?まさかの国王の独裁じゃないだろうな?」
これには少し不安があった。もしも独裁国家だったら確かにパワーバランスは楽かもしれない。しかしそれは俺のやりたい政治ではない。
「ご安心ください独裁ではありませんよ。我が国では総帥閣下の元に各官庁を設け、その下に地方自治体や軍隊・警察・司法を組み混んだ体制となっております。」
「へぇぇ」
思わず感嘆の声を出してしまった。それもそのはずで俺のイメージしていた異世界にしては大分近代的だ。立法が抜けているのは少し、おや?とは思うが。侍従長いわく、大まかな行政区分はこうなっているという。
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合同軍部室 総帥
(御前会議時のみ) (国王)
中央官庁
財務省 内務省 外務省 産業省 農水省 陸軍省 海軍省 王室省 貴族院
下部組織
造幣局 学校 対外特使 各商 納貢所 陸軍 海軍 近衛 空挺部隊 王立裁判所 地方裁判所等
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正直、思っていたよりも近代的だ。気になった合同軍部室とやらは、陸軍と海軍の軋轢を回避し連携強化をするためのものらしい。うん素晴らしい。
(いくら中立国家とはいえ、軍部の意思統一は必要不可欠だからな)
俺が日本人だからかわからないが、この機能の大切さをしみじみと感じる。でもやはり立法機能はなく、そこは王権に頼っているらしい。
(異世界っぽいっちゃ異世界っぽいけど、これはどうなんだろうか、、、、、、)
安心してはならないのだが、ちょっと異世界っぽくて安心してしまう
(行政体制についてはこれからまた手を加えることはあるかもしれないが、今はこのままでいいと思う。)
「なにかご不明な点でもございますか?」
「いや、特にないよ。よくできている制度だと感心したよ」
「お褒めに預かり光栄です。その他の細部にいたしましては後日、日お改めまして各大臣と会談してご確認ください」
「丁寧にどうもありがとう」
そうお礼を言うと、侍従長が眉をひそめた
(なんかまずかっただろうか)
不思議に思ったが、、、、、、特に何も変なところはないはず、、、、、、
すると
「恐れながら総帥閣下。なるべく臣下に敬語を使うのはおやめください。君主の威厳に関わりますゆえ」
こう進言してきた。
あ、、、、、、そうだった。初対面だから気を使ってたけど、この人は俺の臣下なんだ。確かに侍従長の言うとおりで、ずっとこのままではいけない。他の人とあったときにやけに弱腰な総帥だと思われたらまずい。それに、君主が舐められるのは良くない
(ここは指摘されたとおりにしよう、、、、、、慣れないけど慣れていくしかないよな)
「進言ありがとう。以後はそのように努める」
そういうと侍従長は納得したように笑みを浮かべた。ほんとに笑顔の似合う老人だ
残りのハーブティーを飲みおえて一息つくと、侍従長がこう伝えてきた。
「総帥。私はこの後戴冠式の準備がありますので失礼いたします。総帥もどうかご準備をお願いします。」
(え?戴冠式?早くない?)
準備が早すぎる、、、、、、
(そういえば、国内外に発表済みってさっき言ってたような、、、、、、いったいいつからこの計画は考えられていたんだ?)
「チョット待ってくれ、まだ、話す言葉もどう振る舞うかも決めていないんだが?」
自然に頬も引きつって間抜けな顔になるのは当たり前である。額から冷や汗が出る。すると侍従長はそのやけにいあう笑顔とともにこう言い放ってきた。
「ですから、それを含めたご準備を今からしていただくのです。式の開始は今から六時間後の午後七時になります。ご昼食は今から三十分後にお届けに上がります。」
え、六時間後?午後七時?式典の開始がその時間ということは、アレを伴っていることが大いに考えられる。到着初日で誰が誰だかわからないのにアレをするのは、流石にきつい。
頭の中を嫌な予感が駆け巡っていく。気になって仕方がないので恐る恐る聞いてみた。
「なぁ、それってその後に立食会とかないよな?」
立食会、、、、、、その場にいる他の人とともに立って飲食を行い、また交流を深めるというアレだ。つまり、パーティーのことだ。
それを聞いた侍従長は、頭の上にはてなマークを浮かべ「もちろんでございます」と差も当然の如く、なんでそんなこと聞くのだろうか。という感じで質問に答えた
「それでは、私はこれで失礼致します」
「おう、、、、、、ご苦労」
見事なまでのお辞儀をして彼は退出した。部屋に一人になってしまった俺は消え失せそうな声で彼を送り出して、、、、、、部屋で呆然と立ち尽くしていた。
ー数分後ー
俺は悲壮感たっぷりの顔をして椅子に腰掛け、どうやって戴冠式及びその後のパーティーを乗り切ろうか考えていた。
「戴冠式はまぁ、儀式だから手順とかあるから後で教えてもらうとして、、、、、、問題はパーティーの方なんだよなぁ。パーティーなんて言ったこともないし、こんなことになるのならクラブとかに行ってみるべきだった。」
独り言をぶつくさ唱えていても状況は変わらない。
しかもだ、この手のパーティーはただのパーティーではない。貴族同士の腹のさぐりあい、そして此度の総帥がどんな人物なのかの品定めの舞台になる。失敗は許されない。失敗すれば貴族からは舐められ、今後に支障が出るのは必至だ。
「普通こういうのって総帥の意見とか聞くもんなんじゃないの?」
机に突っ伏し音を上げる。されど部屋は静まり返っており、本当に一人なんだと実感する。
「一人、、、、、、、、、、、、、、、、、、か」
俺はあまり友達の多い人間ではなかった。陽キャとも陰キャとも言えない微妙な存在だった。とはいえ、決して寂しいと感じたことはない。学校には気のおける一定の友人もいたし小学校以来の友人もいる。家族も一緒に住んでいた。そんな中でいきなり異世界に放り込まれた。身一つで。知り合いも友人も、まして文化や土地のことなど全く知らない。絶海の孤島ならぬ「絶界の孤独」である
(今頃向こうはどうなっておるんだろうか。心配してくれているのだろうか)
家族、友人の顔が脳裏に浮かぶ。喜怒哀楽様々な表情が鮮明に。恐らくこの人達とはもう二度と会えない。そんな郷愁の思いの中で、どこかでこれが走馬灯みたいだと思っている俺がいる。だが向こうの世界の俺は死んだのだ。行方不明という形で、亡骸も遺留品も「さよなら」もないままに。ただ儚く、いや忽然と消えるように死んだのだ。
(弱音を吐いている暇はないんだけどなぁ、とにかく疲れた)
そう思うと同時に今日何度かのため息が出た。しかし、俺の体はため息を吐くだけでは踏ん切りがつかないほどに疲れているらしい。
(まぶたが重い、、、、、、)
ただでさえ今日は寝不足でもとから眠気があったのだ。体が悲鳴を上げている。早く寝ろと言う体の悲痛な声が聞こえる。
(昼まであと15分か、、、、、、仮眠にはちょうど良いな)
そうして俺は倒れるように机に突っ伏して仮眠をとる。