第92話・放置じゃないよ法治だよ
ここしばらく甲斐信濃は平穏無事であります。
駿河今川は三河攻略に、相模・武蔵の北条は坂東全般の平定に忙しく、武田家とは表向き友好関係を保っています。
例えるなら一見穏やかだがその下は熱々の、薄皮の張ったホットミルク状態なのであります。
武田としてはこの小康時に国の基礎体力を上げておきたいのですが、軍事的な計略以外ではとんと切れが悪くなる軍師勘助は…
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戦国奇聞! 第92話・放置じゃないよ法治だよ
朝方の城西屋敷である…が、何か違和感。
絶えずガチャガチャしていた屋敷が今はひっそりとしている。
探りつつ屋敷内を見てみると山本勘助の部屋では文机に座った勘助が差し込む光を背に受け、うつらうつらしている。
静寂を破り廊下から重々しい男の声が掛かり戸が開けられた。
「殿 朝餉の用意が整って居ります。
食堂で召しあがられまするか、それとも此方に…」
座ったまま眠りこけている勘助に気付いた男は濁声で粗略な物言いとなった。
「おい勘助! 誰も見て居らんと思って油断しすぎじゃ。
かんだりぃのは分かるがおまっちも武田の軍師様だだよ。
のうのうしとらんと みがましくしとれ」
吾介である。
勘助の伯父庵原忠胤から餞別として付けられた吾介は、その後も駿河には帰らずそのまま勘助の家人となり、城西屋敷を取り仕切る家宰となっていた。
名前も吾介のままでは恰好が付かぬと 『野中 吾介衛門』 と変え、人前では代々山本家に仕える家人の体であった。
とは言え二人きりになると今でも吾介が勘助の上とされる間柄であった。
吾介…もとい吾介衛門の声に目を覚ました勘助は、大きく欠伸をしながら返答した。
「そう言うお主も城西屋敷を仕切る吾介衛門殿じゃ、駿河の百姓言葉は拙かろう?
それにしても静かじゃな…この屋敷は斯様に静かであったか?」
「そうさねおだっくいの一輝らが美濃に…美月様が女子衆を連れて諏訪へ御移りになっただもんで…」
「そうか 喧しのが居らなんだか。
虎王丸様は葵をはじめ城西衆の女子に懐いて居るしな…」
「それに諏訪の方が真田屋敷に近いじゃんねえ」
「…だな」
美月の解りやすい行動にオヤジ二人がニヤ付いている所に小姓が駆け込んで来た。
吾介…もとい吾介衛門の長男 一丸である。
「勘助様 御屋形様がお越しで御座ります。
離れで待つゆえ 鷹羽様を連れ、急ぎ参られる様にとの御命令で」
「晴信様が早朝から何事成らん…判った直ぐに向かう」
立ち上がった勘助に吾介 (…もういいや、このまま行こう) が声を掛ける。
「殿 お食事は?」
「そうさな…握り飯を離れに届ける様 『たね』 に頼んでくれ」
―――――――――
言わずと知れた城西屋敷の離れ御経霊所吽婁有無ではいつものメンバー、御屋形様、ボディーガード、内閣調査室長 そしてこの部屋の主 テクノクラートが瞑目していた。
天才科学者を伴い天才軍師が室内に入ると大型ディスプレイには緊急のurgent problemと思われる、 “高遠板垣信方様” の文字が大書きされていた。
勘助は会釈をし着席すると晴信の言葉を待った。
普段なら快活に本題を話始める晴信が目線を落とし深い溜息を付いた。
何時にない重い空気である。
勘助は駒井に顔を向け小声で訊ねた。
「駒井殿、何があったのじゃ?
早朝から御屋形様が出向かれたは 余り良くない事ではあろうと推察するが…」
「某も詳しい話はまだ伺って居らぬ…」
問われた駒井は当惑した表情で勘助に答え、晴信に向き直り
「御屋形様 皆揃いましたゆえ、お話しを」
促された晴信は考え込む様に沈黙している。
…誰も発言せずひたすら御屋形様の言葉を待っている。
…周りを二度ほど見渡した鷹羽がぼそりと
「板垣様に何かありました?」
沈黙に耐え切れなかったのだ。
晴信は視線を鷹羽に向けると
「…何故 そう思う」
「いや だって黒板に “高遠板垣信方様” って書いているじゃないですか。
これって ツッコんでくれって事なんじゃ…ないんで…すね」
晴信の悲し気な目を見て鷹羽の声が小さくなる。
御経霊所吽婁有無の空気は一段と冷えた。
ここにコミュニケーションお化けの古澤が居れば巧いこと議事進行するであろうが、残念ながら坂井たちと美濃へ長期出張中であった。
鷹羽のHELPを求める視線を受け、隣の勘助が口を開いた。
「御屋形様、悪き知らせは包み隠さず早さを以てお知らせいただくが肝要で御座りますぞ」
「…左様じゃな。
これより語る事は武田家中の士気に関わる事ゆえ、他言は無用ぞ。
大輔が申す通り信方に手を焼いて居る。
…国境意外の関所は取り除く布令を出したのは知って居ろう?」
「それはもう城西衆の発起で御座りますれば充分に存じておりますが…」
「信方が悪用しておる、手の込んだやり方での…
板垣の爺の事となると 儂も切っ先が鈍るゆえ、ここは十郎兵衛の調べを皆に聞かせるが良かろう」
晴信の言葉を受け秋山十郎兵衛が帳面を懐から取り出した。
十郎兵衛は甲州透波の元締めであるが、表向きの顔は横目衆なので、家中の者の動向を報告するのは本来の役目ではある。
十郎兵衛が話し始めた所であるが、ここで美濃や木曾と結んだ『山岳同盟』の内容について説明しておこう。
『山岳同盟』 は軍事同盟の色合いは薄く 湊を持たない山国同士で貿易拡大による経済発展を狙い、山国の弱点を補い合うのが目的の同盟である。
具体的施策は “塩の備蓄及び融通” や “街道保守の共同整備” “物流拠点の共同運用” などである。
貿易を盛んにするには商品価格を押し上げる “物流コスト&関税” の低減撤廃は、現代を生きる人間からすれば常識なので、鷹羽たち城西衆の提言により幾つかの施策が織り込まれた。
その壱が街道沿いに宿場を設け、武田家が提供した高性能馬車を常備した馬借を置く “物流拠点の共同運用” で、物流コストの大幅なカットが見込まれる目玉政策である。
そしてその弐が関税撤廃 = “関所撤廃令” なのであった。 (※1)
と 『山岳同盟』の基礎知識が入った所で、十郎兵衛の報告に戻る。
「関所撤廃令は甲斐、諏訪、伊那そして深志に対し発布されましたが、概ね従って居ります。
ただ木曾との国境神坂峠から岡谷までの天竜川沿いの道は関所の数が増え、各々の通行税も高くなって御座る…」
「あの辺りの者たちは長時の乱の折り、灸を据えられ武田の強さは身に染みておる筈…下知に従わぬとは何か含みが在るのか?」
勘助が言葉を挟んだが十郎兵衛は無視し話しを続けた。
「増えたる訳を探りました所、福与城の頼親には高遠城から関所を増やす事咎めなし…と使いが来たとの事。
伊那街道添いの国衆にも同様の使者が飛んだかと推察され申す…」
今度は駒井が嘆息の色を滲ませ声を上げた。
「高遠の板垣様は武田家の両職にして御屋形様の御傅役。
そのお方が関所を増やせと仰せなら皆競って関を増やすは必然。
板垣様とも在ろう方が何をお考えなのじゃ…」
駒井の言葉にも十郎兵衛は表情を変えず、皆の視線が再び集まるのを待って話しを続けた。
私情を挟まず報告するのが横目衆の御役目である。
「更に周辺を探りましたる所…ふふふ 色々と面白き事が判り申した。
…御知りになりたいですかな?」
十郎兵衛がニヤリと笑った…若干私情が入っている様ではある。
「高遠城の裏手からは諏訪に抜ける杖突街道、金沢街道が伸びており 板垣勢が支配しております。
そして両街道の関は撤廃令に従って全て取り払われておる由。
まぁここまでは宜しいのですが…先程の伊那街道沿いの国人衆への使いには前置きがあり 『杖突、金沢両街道整備の負担金を新たに課す、その代り関所を増やす事咎めなし』 との事…
さて板垣様は何をお考えでありましょう?」
言葉を切り十郎兵衛は周辺に目線を送る。
クイズの回答者を待つ目線である。
その目線を受け止めた勘助がイラついた様子で
「板垣様が支配地の掛かりを周りに肩代わりさせておるという事じゃろ。
国人衆の懐が痛まぬようにと配慮したやも知れぬが…指示した方法は間違っておる…」
十郎兵衛が無表情で答えた。
「ぶぶぅ 不正解で御座る。
然らば ひんと を差し上げると致そう。
高遠では先頃 “城下を楽市とする” との布令が出され申した」
“ぶぶぅ不正解” に “ひんと” って…
秋山十郎兵衛も何かと城西衆と接触が絶えず、悪い意味で影響を受けている様である。
顎に手を当て考えていた駒井が軽くうなずきながら回答した。
「ならば商品の横取り…じゃな。
伊那街道を進めば岡谷まで幾ら取られるか判らぬ。
杖突街道は関所は無いが狭く急峻な道を荷車で通るは至難、こちらも荷下ろし人足に幾ら掛かるか…
さすれば儲けは減っても高遠城下の楽市で売り払うが商人の算法」
駒井の回答に十郎兵衛がニヤリと笑い
「流石は利に聡い駒井様 当たりで御座る。
板垣様の息が掛かった商人が捨て値で買いあさっておる由。
更に皆様御存じ無いかも知れませぬが…
板垣勢は高遠城の守りを固める名目で数多の城西馬車も揃え、城西衆が敷設した駕籠も押さえて御座る。 (※2)
安値で買い取った商品を補給路を使い甲斐諏訪で売り捌く所存と見ました」
報告を終え満足げな十郎兵衛とは対照的に他の者は顰めっ面で顔を見合わした。
沈黙の中 鷹羽がぼそりと
「転売ヤーやん…それもかなり悪質」
―――――――――
煮詰まっていた室内を救ったのは『たね』さんの声であった。
対応に出たボディーガードは大盆に盛られた握り飯を抱え声を掛けた。
「腹が減っては何とやら…取り敢えず腹ごしらえを致しませぬか」
ブランチとなった大テーブルでは、鷹羽が頬張りながら隣の駒井に話しかけていた。
「実はあっちの世界でも問題になってたんですよ転売ヤー。
こっちの世界でもやる奴がいるんですねぇ。
…で、美濃か木曾の商人から訴えが出ていると」
「否 商人が武家を訴える事など出来ぬ…況してや他国の商人はな」
「え? じゃこの話し、どこからの訴えなんです?」
鷹羽の疑問に十郎兵衛が回答した。
「東山道の調べを任せて居る真田殿じゃ。
信濃に向かった美濃の商人が不満を持って居るが、家中に波が立つゆえ…と 儂に投げて来よった」
「それって横目衆の秋山さんに取り締まって呉って事でしょ?」
「…儂の仕事は終わっておる」
十郎兵衛の言葉をフォローする様に駒井が口を開いた。
「横目衆の役目は家臣の動きを探るまで。
その調べを受け 生かすか殺すかは御屋形様の裁量」
「…ふむ」
駒井の説明に鷹羽は晴信に問いかけた。
「それで…どうされるんですか?
御屋形様なんですから板垣様には、水戸黄門的にビシッと 懲らしめかなんかは出せるんですよね?」
晴信は苦い顔で沈黙し 甘利が代わりに答えた。
「水戸黄門が何かは判らんが…事はそう簡単では無い。
板垣様は両職を務める重鎮にして晴信様を御屋形様に押し上げた功労者。
抱える武者の数も多く、戦も巧い…一門衆と言えども意見するには気が引ける御方ではある。
…が同時に板垣様の我が世の春を疎ましく思っておる者も少なからず居る。
御屋形様からのお叱りが動もすれば 板垣様を排する動きとなって家中が割れる…やも知れんのだ」
甘利の言葉を駒井が引き継ぐ。
「さすれば血で血を洗う騒動となり 他国の介入…最悪武田は滅ぶ。
些細な切っ掛けで家中の争いを呼び 滅亡に向かった家は数知れずじゃ」
駒井の言葉にギクシャクと頷いた鷹羽を見て晴信が口を開いた。
「為ればこそ…お主の話しを聞きに来たのじゃ。
大輔が国では重臣どもの殺し合いは当の昔に消えたと聞いた。
仏法を以ても抑え込めぬ私利私欲を如何にして抑えたのじゃ?」
縋るような晴信の目に鷹羽は動揺しつつ
「チ、チョット待ってください。 社会科は専門外なもので…
って言うかこの時代にも法律は有るでしょ。
それで何とか出来ないんですか?」
鷹羽の問に駒井がおずおずと答えた。
「一応 我ら武家には鎌倉の世に発布された “御成敗式目” がある…が、武家の所領争いの治め方や盗人人攫いなどの処罰の仕方が多くてな。
武家以外の他国者や商人など身分定かならぬ者への迷惑などは埒外での。
正直 今の世には足らずが多いと言わざるを得えん」
「…今回の様な他国の商人は理不尽を訴える方法すら無い訳ですね?
それに特権階級である重臣は不正をしても罰せられない」
駒井が渋々頷いた。
室内の晴信たちの苦い顔を一瞥しながら鷹羽は思案した。
自分が元居た世界でも独裁政権でやりたい放題な国はあったけど…少なくとも日本は特権階級の政治家や大企業の重役も、裏金とかではなんやかんや逮捕されてたよな。
まぁ転売ヤーは迷惑防止条例くらいしか取り締まれなかったみたいだけど、訴える事は出来たよな。
駒井さんはここでは使える法律が足りないと言ってたけど、だったら追加すればいいんじゃないか…
鷹羽はこっちでも使えそうな制度を必死で思い返した。
とは言え音楽と社会科が苦手だった鷹羽では体系だった知識は望むべくもない。
ゆえに覚えている用語からピックアップするアプローチを取る。
えーと現代日本と言えば… 『三権分立』
三権って何だっけ…人権と選挙権と日照権? 絶対違うな…晴信たちに説明できないから却下。
他には何だ…特権階級の不正も逃さないのは… 『FBI』? いやそれアメリカの組織だろ。
日本の制度で特権階級を特別扱いしないのは… 『法治主義』?
法治ってのは “法の下に平等” だっけ?
あ、何かカッコイイ言葉だな…生徒たちに言わせると カッコヨ ってやつだ。
犯人の階級に関わらず罪の重さは同じにするぞって事だよな多分…これ使えそう。
鷹羽は彼の言葉を待っている晴信たちを見渡すとドヤ顔で口を開いた。
「法治国家を造りましょう」
「ほうち国家…全てを捨て置く と言う事か? 今より悪くなるぞ」
勘助が持ち前の素ボケをかました。
鷹羽は予期していたかのように答える。
「法で治める法治国家です。
下賤の者でも名のある武士であっても同じ罪を犯したら同じ罰を受ける社会を目指すのです!」
「…」
鷹羽の言を受け晴信が髭を弄びながら考えをまとめる様に話し出した。
「…確かに法治国家は理想の国。
仏の住まう国の様にも思えるが…如何にして造るのじゃ?
理想を唱えるだけでは寺の坊主と変わらぬぞ大輔」
「そうですよね、人を騙したら地獄に落ちる…だけでは転売ヤーは無くならなかったんですよね。
…先ずは何をやったら罪になりどんな罰が下るか基準を作りましょう、騙した金の倍の罰金を取る…みたいな。
で、それは他国の商人でも寺の坊さんでも国の重鎮でも、いや 国主の晴信さんでも同じ罪なら同じ罰が下る法律です」
鷹羽の最後の言葉に晴信より先に甘利が怒声を上げた。
「御屋形様を罰するじゃと! なんと不遜な!!」
今にも切りかからん勢いの甘利を制しながら晴信が鷹羽に問う。
「大輔 国主と言えども罰を受けるのが其方の国の法なのか?!」
「そうです “法の下に平等” なので…それが “法治国家” です」
「!!」
室内に衝撃が走ったようである。
彼らの常識では罰は上の者が下の者に与える物で、国主を罰する事が出来るのは国主より位の高い…帝か幕府の将軍だけなのである。
しかし権威の失墜した今は帝の詔も将軍の沙汰も聞き流されるご時世であり、晴信を罰せられる者は皆無である。
結果、国主を正すには謀反 と言う過激な実力行使となるのだが…
晴信は鷹羽の言葉に大きく頷き 一言。
「気に入った!」
更に難癖を付けようと身構えていた甘利は、晴信の一言で言葉を飲み込み口を噤んだ。
それを見た晴信は言葉を続けた。
「儂がそこまで身を切る覚悟を見せれば、家中の者も真摯に我が身を振り返るであろう」
晴信に念を入れられた室内は二の句が継げ無い状態となり暫し黙した。
沈黙を破り勘助が咳払いで口を開いた。
取り敢えずでも具体策を取り纏めようとするのが軍師の性なのかもしれない。
「うほん…悪事の数分 基準を作ると申すのか? 悪事は星の数ほど有るぞ、手に負えん」
駒井が何か思いついた表情で受けた。
「あ 否 勘助殿、悪事は星の数ほど御座るが先ずは捨て置けぬ重罪から始めれば宜しかろう。
実はの…良い手本となる冊子を寿桂尼様から賜っておった」
「今川から?」
「そうじゃ、太郎君と今川の姫との縁組を打診されておったであろう?
改めて親戚と成るからには と、先の国主 氏親公が記されたという門外不出の今川家家訓が添えられておっての。
借米借金の利息から争い事の罰則、家臣の喧嘩の収め方まで記された中々の目録じゃ。
それを手本に我が甲斐・信濃で起きて居る厄介事の処分法を書き足せば、存外 早う作れるやもしれん」
「成程 武田家も門外不出の家訓書を作るのですな。
それを家中の者に読み聞かせれば、徳を忘れ利に走った御方も考えを改めていただけるやも…」
やり切った感を出しながら周りの話を聞いていた鷹羽がふと思い付き口を挟んだ。
「あ、門外不出は駄目です。
武田家の人だけが知っていても犯罪の抑止力にはならないです。
今回の問題の切っ掛けは美濃の商人への買い叩きでしょ。
それなら領民や他国からの商人に誰であろうと罪を犯した者は罰する の覚悟を広く伝えないと」
「成程。 したが大輔 国中に読み聞かせるは大変な事となるぞ…」
「いやいやいや 何の為に基礎教育に力を入れて来たんですか。
もう領民の多くが読み書きが出来てるでしょ?
法律が出来たら全国に配れば、自分たちを守る仕組みだって事が判ります。
そうすれば悪い事をする奴を皆が見つけて…
あ、訴えを受ける場所が無い…何か直訴ポストみたいな物も合わせて設置しましょう」
「ぽすと?」
「…えーと、その件は別途で」
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御経霊所吽婁有無のミーティングは終了した。
鷹羽の火事場の馬鹿力的知恵の絞り出しで法治国家を目指す事が決定し、早速 駒井政武を主幹執筆者とした法令策定が開始された。
しかし高遠の商品横取り案件は法令公布まで放置する訳では無い。
甲斐の信用失墜に繋がる緊急な課題であると再認識され、別途躑躅ヶ崎館から伊那平全体に布令が出された。
・高遠城下の楽市は商業を盛んにするには優れた策であるゆえ以下を命ずる
一.伊那街道の宿場は楽市を設け商業を盛んとする事
一.宿場どうしで儲けを奪い合わぬ様、日をずらして楽市を開く事
一.宿場間の品、人の行き来の邪魔をする関は排する事
狙いは街道全体で経済活性化を図り、周辺の不満を取り敢えず紛らわせると言う苦肉の策だ。
悪質転売ヤーに闇落ちした板垣信方を直接糾弾しない温い対策ではあるが “法令が完成した暁には板垣と言えども法の下に裁く” という強い決意を秘めつつも、今は家中の波風を避けたのであった。
国の外でも武田家の家臣間でも気を付けないと、穏やかな薄皮の下は火傷するのだ。
第92話・放置じゃないよ法治だよ 完
―――――――――
※1:
朝廷や幕府は全国の荘園からの物資輸送の為 古来から街道の整備を行っていましたが、幕府の力が低下し各地で戦国大名が独立勢力となると自領防衛の為に交通遮断(関所開設)が一般化しました。
幕府は 『新関禁止令』 を度々出すのですが従う筈も無く、私関を乱立させ道路は領地ごとに寸断されて行くのでした。
一例を上げると伊勢街道の桑名~日永間では、わずか4里の間に60余の関が存在したとの記録がありまして…4里(1,600m)に60箇所となれば、25,6mに1つですよね。
都市部の自販機レベルの密度で関所が有る訳ですからね、そりゃ地域産業・経済は停滞せざるを得ない状態でしょう。
しかし一方この時期は宋・元銭の流入による貨幣経済の浸透も見られて始め、各地の領地では封鎖経済圏での産業活性化の動きも出てきていた頃でした。
と言う事で主に東国の大名(北条・今川・武田・上杉等)では領地拡大化に伴い、本城と支城の連絡網(軍用道)の整備を進め、領国内で宿場ごとに人馬を交代させながらリレー形式で運ぶ伝馬制を実施するのであります。
結果的に伝馬が置かれた宿駅は人的・物的交流によって繁栄して行きますので、城西衆の提案は遅かれ早かれな施策でした。
※2:
駕籠とは物資輸送用のケーブルカー。
急峻で人が担ぎ上げるしかない様な道でも楽に運ぶことが可能な、城西衆の科学力で敷設された装置なのである。
詳細は第70話参照。
以上 戦国雑学&用語説明を終わります。




