第91話・山岳同盟または昔の未来との決別
城西衆も戦国に飛ばされて来て早 数年。
生徒たちも裳着、元服を経て新しい人間関係が出来上がりつつあります。
今回は彼らの今後の生き方が問われるお話しです。
そうそう…89話から補足情報? と言うか戦国雑学? と言うか単なる雑談? は巻末に纏める事にいたしました。
途中に入ると “本筋がブレる…それに無駄に長い” とのご意見をいただき、構成を改めました。
他にもご意見が御座いましたら 感想などに書き込んでいただけましたら参考とさせていただきます。
戦国奇聞! 第91話・山岳同盟または昔の未来との決別
酷暑の甲府(甲斐府中)である。
元々山国である甲斐の中でも武田宗家の領地である甲府は奥秩父山塊、御坂山地、南アルプスなどの山々に四方を囲まれた盆地のため 特に暑いのである。
そんな酷暑に堅苦しい装束に身を包んだ真田幸綱、禰津政直(神平)が躑躅ヶ崎館を訪れていた。
鉄砲入手の功績に感状を授与されたのである。
手に入れたのは禰津里美が雪斎党三虎鉄砲隊から奪った物と、禰津神平が堺港で購入したポルトガル製と思われる二丁だ。
それを基にミリオタの春日が図面を引き甲斐の鍛冶職人に造らせた甲斐産の鉄砲初号機、二号機が完成したのであった。
早速試射が行われ性能の安定化、大量生産を図っているが課題山積である。 ※1
しかし貴重な第一歩には違いなく功労者に褒美が出されたのだ。
大変名誉な事なので熱中症警戒アラートが出ていようと(そんなアラートは無い時代だが…)ここは出向くしかないのである。
脱水症になりそうな式典が終わり、次は少し軽めの礼服に着替えての宴会である。
この宴には勘助やら甲府近郊に住む重役も呼ばれ、新参者の真田 禰津との飲みにケーションである。
“飲みにケーション” は最早死語と思われ、過去の悪しき習慣とされているが アルコールで前頭葉が鈍った相手の本音を探るには未だに有効な手段ではある…(何の話だ?)
兎も角 こうして真夏の夜は更けていったのであった。
―――――――――
明けて翌日 甲府 城西屋敷に山本勘助に連れられた真田幸綱と禰津神平、里美兄妹が訪れた。
あくまで御屋形様からの感状と褒美を貰いに来た序でであるが “美月先生 推しと付き合っちゃえよ作戦” が進行中である時の来訪である。
生徒たちは興奮を押し殺し第一教室を飾り付け、幸綱たちを歓迎した。
ポップでキッチュな文化祭的装飾に里美はテンションアゲアゲ、神平は呆気に取られ 幸綱は理解を放棄している様子であった。
新しい文物に対する許容性は年齢が進む程低下するのであろう。
ま、それは置いておいて…神平は我に返り美月に背負ってきた土産を渡した。
「これは我が摂津国堺で買い求めた品でありますが、妙なる音が出るとの事。
我らの手に余りましたゆえ 音曲を良くされるとお聞きした美月殿へと思い、持参した次第」
渡されたのはポルトガル商人から買い求めた金属製のラッパ “ビューグル” (図1)と琉球から伝わった “三線” (図2)である。
図1:ビューグル
図2:三線
早速生徒たちがワイワイと手に取り鳴らし始めるが、ビューグルには手こずっている。
このラッパは発音源となるリードが付いていないのでトランペットの様に唇を巧く震わせる技がいるのだ。
猪山、神宮寺たちが挫折しビューグルは坂井に回された。
徐に唇を当て息を吹き込むと高く澄んだ音が響いた。
オオ と言う周りの響めきを受け顔を赤らめた坂井がコツを伝えた。
「こ これは法螺貝と一緒さ、ほらが吹ける者は誰でも吹けるぞ…達川お前得意だろ」
「え? オレ法螺吹けないって」
「…」
ここに晴信が居たら爆笑したであろう坂井のジョークが達川には伝わらなかったのが残念である。
坂井の気まずさを救うように里美が話題を変えた。
「美月様にお願いしております巫女踊りの伴奏に使えば人目を引くのでは…と千代様とも話して居ったのです。
如何でありましょう」
里美の提案に生徒数名が乗っかって
「美月先生この楽器コピれないかな? バンドやりたい!」
「バンドかぁそれ面白そうね。楽器を増やして巫女サンバ作っちゃう?」 (※2)
「٩(。˃ ᵕ ˂ )وイェーィ♪」
一緒にノリながら坂東で産婆って何するつもりだろうと首を捻る里美であった。
―――――――――
幸綱と禰津兄妹は応接室に場所を移して勘助、美月ら城西教師と歓談である。
千代たち歩き巫女の人寄せ策は神楽舞&神歌に決まったが、大人数の派手な衣装を設えるのは金が掛かる。
ついては売れる商品が欲しいとの相談をしているのだ。
勘助が考える素振りも無く答えた。
「毒消し薬と武田菱で良いであろう?」
「城西衆は何処へ行くのもそれじゃな。 悪くは無いが一つ覚えでつまらぬの」
古澤が意外そうな顔で幸綱に問いかけた
「え? この二つは尾張でも美濃でも評判良かったっすけど…ダメなんですか?」
「否 駄目では無いが…何と申すか、品が固くないか?
もそっと 煌びやかな巫女に合う品は無いか?」
「きらびやか…ですか」
鷹羽と古澤が顔を見合わせ考え込んでいると美月が顔をパッと輝かせ、懐から小物を掴み叫んだ。
「女性ターゲットならこれ “六文銭ストラップ”! ファンシー好きなら取り敢えずアクセでしょ!」
「おお我が真田の家紋。 したが六文銭は三途の川の渡し賃…縁起悪しと避けられるのでは?」
「そんなことは無いです!このストラップは大人気なんだから!」 (…どこの話だ?)
「それと…これ!」
美月は右手を突き出す。手首には桃色の紐で作られた腕輪。
それを見た里美が頬に手を当て
「わぁ綺麗…それは何でありますか?」
「これは “ミサンガ” って言うのよ…願いを込めて結んでおくと叶うの」
「へぇ美月様の国の呪法でござりますか?」
「じゅほう…って何? おまじないよ。
紐の色と結ぶ場所で願い事の種類が違うのよ、面白いでしょ!
私は良く判らないんだけど、花房さんとか薫ちゃんとかがそこら辺に詳しいから大丈夫!」(何が?…詳しくは※3)
「すごーい」
里美は目を輝かせているが勘助は首を捻り鷹羽にささやく。
「その様なヒモ…何処にでも御座ろう? わざわざ買い求めなんぞするかのぉ 大輔…」
「ですよね…薬と鉛筆の方が生活必需品ですからね、絶対売れる筈ですよ」
美月が勘助に向き直り
「これは心のデトックスなんですって、おじさん代表の勘助さんは判らないでしょうけど。
武士の里美ちゃんでもミサンガに喰い付いたでしょ、これよこれ!
カワイイは正義 と言う格言もあるでしょ、カワイイものは甘いものと同じ様に女の子を幸せにするんです」
“カワイイは正義” は格言では無い。勘助は尚も食い下がる。
「しかし巫女が訪ねるは貧しき家々 活計の足しになる物でなければ買い求めはせぬと…」
美月は勘助の意見に怯む筈も無く 憐れむような声で
「こういう乙女心が判らないから勘助さんはお嫁さんを貰えないんですよ」
「否 それとこれとは…」
おもわぬトバッチリに口籠る勘助に幸綱が割って入り
「流石は美月殿じゃ、菓子と同じであれば口も軽くなろうからあれこれ聞き出せるな。
“みさんが” 為る物も “すとらっぷ” 為る物も小さく軽いは、女子が売り歩くには都合が良い。
それに六文銭は我が真田の紋。 これが広まるのは小気味良いではないか」
「!でしょでしょ! ほーら判る人には判るの。
それに巫女さんが薬売り歩くよりミサンガ売ってる方が絵になるでしょ」
「…いやまぁ 幸綱殿がそう申されるのであれば…」
勘助の常識的意見は一蹴され歩き巫女の販売品目は縁起物ファンシーグッツに決定したのであった。
―――――――――
翌日 武田当主晴信が甘利信忠や秋山十郎兵衛を引き連れ御経霊所吽婁有無の駒井政武を訪ねて来た。
そして勘助と鷹羽たち教師を呼び出させると口を開いた。
「美濃守護代斎藤利政殿から書状が届いた…」
名前を聞いてもピンと来ていない古澤に横手から勘助が
「斎藤道三…美濃のマムシじゃ」
「…あぁ あの派手好きで癖の強い派手なオッサンね」
古澤の物言いに晴信が吹き出し
「ぷぷぷ 癖が強い派手好きの蝮…ぷぷ」
御存じの通り御屋形様はゲラであるが沸点が非常に低い。
ゆえに何が壷るかは予想が付かないのであるが、今回は古澤の何気ない一言に嵌ってしまった様だ。
このままだと話しが進まなそうなので甘利が話を引き継ぐ。
「でじゃ 書状には ”燃える徳利” と ”墨の要らぬ筆” を早急に送れとあり…
それに書き添えて ”亮按と生きの良い若武者二人も寄越せ” ともあった」
甘利の言葉に古澤は自分を指さし
「僕?」
甘利は神妙な顔で頷き
「…亮按とは其方の事であろう?」
古澤は顔だけコクコクと頷いた。
古澤の隣の勘助が甘利に訊ねた
「生きの良い二人とは 誰であろうな?」
「達川一輝と坂井忠継…に名を改めたのであったな。 使いの稲葉良通殿がこの二人と言っておったが」
甘利の回答に鷹羽が突っ込んだ
「マムシがうちの生徒を呼んでるんですか? マムシって毒蛇でしょ?」
「否 蝮は人じゃ…道三じゃ」
今度は鷹羽と甘利のやり取りが壷ったらしく、晴信は一人俯き肩を震わせている。
状況を回収すべく勘助が鷹羽に説明する。
「大輔 マムシと言うは渾名じゃ。
美濃守護代の斎藤利政殿は出家し道三を名乗っておられ、その狡猾な手腕から美濃のマムシと渾名されて居るのじゃ。
話を整理すると…美濃守護代から亮と一輝と忠継が呼ばれて居る と言う事じゃな、判ったか?」
鷹羽は納得した様に頷いた が、晴信たちに向かい
「美濃の蝮が人だってことは判りましたけど、毒蛇に例えられるって事は危ない人なんでしょ?
そんな所に生徒はやれないですよ! 古澤はともかく」
鷹羽の答えに頷きながらも晴信たちの考えを察した駒井が口を開いた。
「鷹羽殿…甲斐の周りで何が起こっておるかは存じておろう?
今川と北条が野心を隠さず近隣の国を飲み込み、力を増しておる。
我らはその渦に飲み込まれぬ様、信濃で地盤固めをしておるがそれだけではちと 心許ない。
そこでじゃ美濃や木曾などの山国で手を組めぬかと 思案しておるのよ」
駒井の言葉に勘助が突っ込む
「手を組むと申しても美濃は尾張やら越前やらと遣り合っていて助けには成らんであろう」
「手を組むは何も兵の貸し借りだけではないぞ軍師殿。
先頃も鉄砲玉調達の話をしておったであろう?
飛騨に良き鉛が取れる鉱山があるのじゃがそこへ行くにも美濃や木曾を通らねばならぬ」 (※4)
「お!成程」
「木曽の領主木曾義在殿は木曽谷本道を整える事で領地を強うされて来たお人と聞いて居る。
その考えを東山道で広げていけば湊を持つ駿河に負けぬ陸路貿易が出来ると御屋形様はお考えじゃ。
つまりは山国をつなぐ山岳同盟! この策で木曾、美濃、飛騨を纏めるのじゃ」
「蝮の道三が乗るかの…」
勘助の問いに横合いから十郎兵衛が答えた。
「乗るでしょう…斎藤利政は油売りから身を起こしたと言われる御仁、利に聡いが身上。
また甲斐の姫ではなく忠継らを寄越せと言うのであれば、これは人質ではなく何か期する事がある筈」
「十郎兵衛殿はそこ迄読んで御座るか… そ某もそう読んでおった所じゃ、うん!」
勘助、駒井 そして十郎兵衛がニンマリと頷き合っている所に鷹羽が物申す。
「チョット待ってください!
なんか乗り気になってますが坂井達を出すのは別問題ですよ」
晴信が改めて口を開いた。
「うむ、大輔がそう申すと思いここへ来たのじゃ。
一輝と忠継は城西衆の生徒であり、其方等が何よりも命大事としておる事は充分承知しておる。
したが忠継も元服し皆 巣立ちの儀式も済んでおる。
何時までも若駒を繋いではおれぬ…生徒の気持ちを確かめた上で返答を貰えぬか」
―――――――――
城西屋敷、鷹羽の私室である。
床の間も付いた6畳程の部屋に坂井忠継、達川一輝そして古澤を招き入れた。
座るや否や達川が恐る恐る口を開いた。
「オレ 何かヤラカシた?」
「ん 違うが…何か心当たりがあるのか?」
ブンブンと首を振る達川に鷹羽は微笑みかけ言葉を繋いだ。
「安心しろ、悪い話では無い…のかな?
草薙さんを連れ帰る時 美濃で斎藤道三って人に会っただろ?」
「どーさん? え~と…髭もじゃの海賊だっけ? キンキラ坊主の山賊だっけ?」
「いやぁ俺は会ってないから判んないけど…古澤 どっち?」
古澤は何故か合掌して “山賊” と呟いた。
妙な間の後 鷹羽は話しを進めた。
「…でだ、その山賊がお前たちを呼んでいるんだ」
「なんで?」
「…わからん」
合掌したままの古澤がハッキリした声で割り込む。
「僕たちに大器を見出したに決まっているでしょ!」
「…」
妙な間の後 鷹羽は話しを進めた。
「明確な理由は聞いていないが俺たちが作るセイロガンとか火炎瓶に興味があるんじゃないかな…
それとは別に晴信さんたち 武田の人間も美濃や木曾との交流を望んでいるんだ。
山国を繋いだ通商路で経済圏を大きくする…って駒井さんが息巻いてる。
それで君たちにはこっちとあっちを行き来して連絡係…って言うか架け橋…そう言う役割になって貰えないかって話しなんだ」
眉間に皺を寄せながら話しを聞いていた達川が鷹羽に訊ねる。
「連絡係って…山賊の伝令?」
「そう山賊の…違う! 道三さん…美濃と甲斐の連絡係だ」
「面白そうじゃん。 やりたい山賊!」
「山賊にはならないし させない。
…あのな一輝、良く考えろよ、美濃と甲斐は遠いんだ。
一旦向こうへ行ったら何時帰ってこれるか…その間こっちからどの程度サポート出来るか判らん。
美濃は手荒いんだろ?想定出来ない事が多くて…
俺の本音では行かせるのは怖いんだがな」
達川の横で坂井が小さく手を上げた。
鷹羽が目で促す。
「俺は…求められているんなら、やりたい。
美濃は遠いからサポート出来ないって言うけど…元の時代でも海外赴任とかと一緒でしょ。
叔父さんがモンゴルに転勤になって じいちゃんが心配してたけど同じだよね。
美濃と甲斐の架け橋って外交官みたいで面白そうだ。
あ、一輝の言う面白いとはレベルは違うよ」
坂井の横で達川がムッとしているをスルーし古澤に目を転じ
「古澤はどうする?」
「僕は…当然行きますよー。
名医亮按が求められている訳だし、一輝たちだけを遠い異国に送る事は出来ませんよー」
「…そうか 3人とも乗り気って事だな。
まぁ3人だけなら…判った晴信さんに返事しておく」
話を終わらせようとしている鷹羽に古澤が
「えーと鷹羽先生、一つ提案が」
「ん何だ?」
「鷹羽先生もお気付きと思いますが…他の生徒たちも外の世界に出たくてウズウズしていますよ。
一輝が行けるんならオレも…て言い出すでしょうね。
全体集会でこれからの方針を言っておいた方がスッキリすると思うんですけど」
生徒たちの気持ちにお気付きではなかった鷹羽は自分の空気の読めなさ加減に軽い衝撃を受けた。
動揺を隠そうと頷きながら
「そ、そうだね…集会…開こうね」
ゆっくりと発した声は掠れていた。
―――――――――
城西屋敷、第一教室である。
以前はほぼ毎日全員への授業をしていたが 最近は殆ど使用されなくなっていた。
生徒たちは元服の後はそれぞれの役目を見つけ、躑躅ヶ崎館や鍛冶場に出勤していたのだ。
今日は全体集会と言う事で諏訪や武川衆領地などに出向いていた生徒も呼び集められている。
出来た当時は全員が集まっても程よい広さと見えた第一教室も、生徒たちが皆一回り以上成長した今は少し窮屈に感じる程である。
教壇に立った鷹羽が喋り始める
「はい注目! 今日は久しぶりの全体集会だ。
今日皆を呼んだのはこれからの俺たち 城西衆の新しい行動指針を決める為なんだ」
最前列に座っていた佐藤有希が勢い良く手を上げ
「新しい…って、今まで行動指針なんてあったっけ?」
「…あったんだよ、一人で行動しないとか 自分の持ち物を見せびらかさないとか、覚えていないのか?」
「あぁそう言えばあった様な。 未来の知識は喋るな…てのもあったっけ?」
「そう それだよ」
「私 歴史苦手だったから喋れる様な知識無いし 関係ないって思って意識してなかったわ、ハハハ」
「全員 有希と同じか? ルール覚えてない…とか?」
教室の後方から野太い声が響いた。
体がより一層デカくなった達川である。
「有希は昔から人の話聞かないから無視していいと思いまーす」
「ウッサイナ! お前は聞いたって理解できないんだろ!」
懐かしの有希と一輝の低レベル掛け合いが始まるかと思った所で若侍が立ち上がり
「鷹羽先生 話を進めてください」
「あ…有難う坂井。
えーと今まで色々作って来たルールは戦国時代で皆の安全を守る為、そして元の時代に帰る為に必要と思って決めた物だ。
ここ城西屋敷で集団生活しているのもその一つだ。
しかしこちらで新しい人間関係が出来てきて…
実は坂井と達川二人に美濃の斎藤家から招待が掛かったんだ」
生徒たちから上がる響めきが収まるのを待ち鷹羽が続ける。
「最近はこの屋敷の外、教来石さんの所とか諏訪とかに出向く者も多くはなって来ているが美濃は桁違いに遠い。
斎藤家は好戦的で何やらされるか判らんし、一旦向こうへ行ったら年単位で戻ってこれなさそうでもあり。
坂井と達川は美濃行きに乗り気だが…俺としては心配が尽きない。
なので皆の意見を聞きたいんだが」
鷹羽の言葉に生徒たちは互いの顔を見合わせた。
自分たちに何が聞きたいか ボンヤリしていたからだ。
戸惑う生徒たちの表情を見て古澤が鷹羽に問いかけた。
「鷹羽先生…遠出する時の持ち物はどうするか、の相談ですか?」
「違う!この屋敷での共同生活を続けるか止めるかの相談だ」
“わかんねぇよ” だの “伝わらないよね~” の声が飛び交う中、古澤が挙手しまた質問。
「えーと、そもそも何で共同生活してたんでしたっけ?」
「こっちの世界に不慣れだったから…とか幾つか理由はあるが、元の世界に戻る時に逸れない為だ」
“わかんねぇよ” だの “そうだっけ~” の声が飛び交うのを手で制し鷹羽が続けた。
「タイムスリップの仕組みが判らないんで 全く根拠は無いんだが…
大きな地震が起きると “揺り戻し” が起きるって言うだろ。
タイムスリップも “揺り戻し” が起きるんじゃないか、って思ってな。
その時皆なるべく固まっていた方が一緒に帰れると…その…漠然と思っていたんだ」
鷹羽の語る根拠が思ったより薄かったのか 生徒たちの表情にガッカリ感が見て取れた。
そんな中で春日が手を上げ喋り出した。
「そういう事ならボクは武田学校の方が楽しいから、あっちで暮らしたいでぇーす」
「いやいやいや…別の理由もあるぞ。
春日お前 未来の知識を躊躇なく衒らかすだろう?
タイムパラドックス起こすのが心配で一か所に集めたんだよ」
「えぇ! そんな事言うんなら先生の方が目立つ水車作ったりして歴史変えてんじゃん!」
「いや それはだなぁ物理法則は不変だから遅かれ早かれ誰かが気付く訳で…」
鷹羽と春日の心温まるやり取りを遮る様に明野が手を振ってアピール。
「チョットイイですかぁ?
先生が今 “タイムパラドックスが心配” って言いましたけど、少し違うかなって思ってるですけど」
「…違うって何がだ?」
「今まで僕たちの行動で歴史が変わるとタイムパラドックスが起きて大変な事になる…って何となく考えていたでしょ?」
生徒たちが明野に注目した。
彼の冷静な分析は鷹羽以上の説得力を持っているのだ。
鷹羽が明野に発言を促す。
「あぁそうだな。 歴史的矛盾が原因で何が起きるか判らない…と思っているな」
「でもそれ 矛盾してるんですよ」
「どこが?」
「雪斎党が那古野で織田信長…まだ吉法師でしたけど、暗殺したでしょ」
明野は坂井を見つめた。
坂井がゆっくり頷くのを確認し話しを続ける。
「…て事は “織田信長” は居なくなった。
けれど僕たちは歴史上重要な “織田信長” と言う名前を記憶している。
…おかしいでしょ?」
皆の思いを代弁するように古澤が口を開く。
「明野ゴメン 判んない」
「…ここの歴史が僕たちの知っている歴史と繋がっているなら、吉法師が死んだ時点で僕たちの記憶からも織田信長は消える筈ですよ。
でなければ僕らが知っている織田信長は何処に居るんですか?」
「ナルホド…で どういう事?」
「今いる世界は僕たちの居た元の時代と繋がっていない。
ここで僕たちが何をやっても関係無い…タイムパラドックスは発生しないって事です。
そう思いませんか鷹羽先生」
明野の言葉を腕を組んで聞いていた鷹羽はゆっくり腕を解き
「一理ある…パラレルワールドって考え方だな。
しかし名前の記憶だけではパラレルワールドの証明にはならないんじゃないか?
吉法師が信長になる未来は無くなったが、他の誰かが信長を名乗る可能性は残ってる。
…自慢じゃないが俺は織田信長の名前しか知らないんで、何をすれば歴史に遺る信長になるのか判断できないんだ。
これから出て来る信長がスゲー事して歴史に名を遺すから俺たちの記憶から消えないかもしれないじゃないか。
同様に今作っている水車が俺たちの知っている歴史の何時に出てきていたか記憶していないので、影響があったかどうかも判らないんだ」
鷹羽は明野説を論破した様な若干得意気な顔をしているが、要は自分の無知を衒らかしているだけである。
皆の思いを代弁するように再度古澤が口を開いた。
「えーと 明野君の意見では僕たちが何をやっても問題ない。
鷹羽先生の意見ではまだまだ油断は出来ないぞ…で合ってますか?
で 結局僕はどうすれば良いのでしょうか?」
鷹羽は手を顎に添え暫く考えた末 口を開いた。
「こことは違う場所で暮らしたい者はそうして良い」
「良いんですか? 離れて暮らして」
「ああ 気付いたんだ…
いつ起きるか判らないタイムスリップを待って皆を閉じ込めるのは、いつ起きるか判らない戦争とか災害を恐れ シェルターに閉じ込めているのと同じで…こっちの世界で生きる力を奪う事だって気付いた。
自分の力が出せる場所が見つかったなら申請して呉れ、勘助さんに頼んで調整する。
…と言っても勝手に出て行って良いって訳じゃないぞ、どこに住むか そこで何するかは知らせてくれ」
冒険を前にした勇者のように目を輝かし出した生徒に向かい鷹羽が言葉を続けた。
「それと未来知識を使う事も解禁する。
明野の意見を全面的に認めた訳じゃないが “時間” ってヤツは思っていた以上に強靭に思えて来たんでな。
しかしだ、タイムパラドックスが起きない保証もないから気を付けろ」
再び “わかんねぇよ” だの “どう気を付けるんだよ~” の声が飛び交う中、美月が声を上げた。
「ハイ注目~気を付けるポイントを教えてあげる。
未来知識を喋り終わったら相手の顔を見て 引いてないか判断するの。
電波な事いって相手が引いたらバンされるから気を付けろって事よ。
それが言いたかったんですよね鷹羽先生」
「う…む」
一番電波を出している美月の的確な解説に思わず唸る鷹羽であった。
第91話・山岳同盟または昔の未来との決別 完
―――――――――
※1:
甲斐産鉄砲の試射は御勅使川上流に設けられた飛丸の試射場で、ごく限られたメンバーを集め行われました。
初号機は無事発射されましたが弾は大きくカーブし 二号機は暴発し火蓋が消し飛ぶ結果でした。
原因は調査中ですが銃身と弾丸の寸法の不一致らしいと言われています。
一品生産が基本のこの時代に大量生産を目指すなら、まず品質平準化のマニュアル作りから取り掛からねばならず、前途多難であると言えるでしょう。
※2:
バンドやりたいとの一言で楽器作りの挑戦が始まりましたが、三線に張っている蛇皮は甲府では入手が難しく また湿度の関係で蛇皮はすぐ裂けるのでした。
三線から変化した三味線は猫皮を使うのですが、その事実を美月先生から知らされた生徒たちの拒否反応は強く、動物の皮は使用禁止とされました。
そこで生徒たちの未来知識を基に共鳴版構造のギターが開発されたのでありました。
喇叭は寺に出入りする仏具職人に発注した所 割りと簡単に作れたのですが、バルブを持たないナチュラル・ホルンの為 出せる音は倍音列のみに限られバンド楽器としてはイマイチでした。
そこで構造が簡単で音程が変えられる楽器を生徒たちの知識から捻り出し、トロンボーンを製造する事となったのです。
蛇足ですがトロンボーンは音量が大きく複雑な曲が吹けるので、後日 法螺貝に代わる武田軍の通信装置として採用され、武田学校の必修科目となるのです。
※3:
ミサンガは利き手と反対の手 利き足と反対の足の4か所、そして白赤黄など12色で叶う願い事が変わるんです。(…知らんけど)
具体的には “ミサンガ 意味” でググっていただくと読み切れないほど出てきますので…良しなに。
一応美月先生の付けているのは利き手首に桃色のミサンガ。
野暮と知りつつ願い事を読み解くと、利き手は “恋愛” そして 桃色は “恋愛、結婚” です。(…ガンバ)
それはともかく 製品として造られたのは大変丈夫なミサンガでありました。
理由は幸綱に認められた美月先生が舞い上がり派手な組紐を全力で開発した為で、結果 一旦結んだら滅多な事では切れない高品質の物となったのであります。
切れた時に願いが叶うと言われるミサンガが切れないのは高品質か判断に困りますが、丈夫な組紐はサナダヒモのルーツとなったとか。 (…知らんけど)
また千代たち歩き巫女が授与する時は商品名を “彌燦雅” とし、名前の由来や色と結ぶ場所の解説書を付けて販売したのでした。
※4:
勘助が立てた鉄砲生産計画は鉄・鉛などの調達費が多過ぎると駒井に減額を命じられている最中です。
この当時の甲斐は色んな鉱物は取れるのですが、量が取れなかったのです。
ゆえに鉄は屑鉄などを他国から買い入れ精錬し、鉛も輸入に頼っている状況でした。
何時の時代も兵器造りは生産性の無い投資ですので、鉄砲生産は単純に財政を圧迫する事業なのです。
しかし雪斎党の鉄砲隊に因る扇谷上杉滅亡を見せつけられた武田としては量産化待ったなしの認識はあります。
ですので武田としては鉄と鉛の安定かつ安価な供給元を探していて、鉱山に強い穴山衆が飛騨神岡が鉛が豊富に取れると言う情報を持って来ていました。
飛騨神岡は今では “スーパーカミオカンデ” で有名な土地ですが、あれも鉱山の深い坑道を利用して造られた施設です。
地図で見ると甲斐信濃の近くに見えますが 間には軒並み3,000m級の北アルプスが聳え立ち、山越えで流通ルートを通すのはほぼ不可能です。
遠回りでも東山道で木曾から美濃を回り、飛騨高山を通る飛騨街道を使うのが確実なので、斎藤道三の書状は武田にとっては願ったりだったのです。
以上 補足情報? 戦国雑学? 単なる雑談を終わります。




