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第87話・河越 包囲戦

上州では楯岡道順(たておかどうじゅん)ら雪斎党が河越包囲網を作っていましたが、それを罠と見破った武田方の真田幸綱(ゆきつな)箕輪(みのわ)城の長野業正(なりまさ)に事の次第を伝えたのでした。

しかし上杉憲政(のりまさ)は業正の警告を無視して出陣したのが前回までのお話。

今回からはそれぞれの陣営を平行で見て行きたいと思います。

戦国奇聞!(せんごくキブン!) 第87話・河越 包囲戦


【真田サイド:箕輪(みのわ)城】

 真田幸綱(ゆきつな)は甲府の情報と分析から、河越(かわごえ)城は今川・雪斎党の罠であると伝え、上杉憲政(のりまさ)の出陣を止めるよう忠告した。

 それを受けた長野業正(なりまさ)は直ぐに主家上杉憲正へ諫言状を出すが返事が来ないのであった。

 箕輪城と上杉憲政の居城平井(ひらい)城の間は約7里(27㎞)、平坦な道なので馬を乗り継げば一刻半(約3時間)で着く距離なのだが、音沙汰が無い。

 そうこうする内に派手派手しく隊伍を整え、颯爽と南に向かう上杉憲政の噂が聞こえて来た。

 長野業正は激怒した。

 平井城の南には河越城がある。

 つまり業正の意見など聞く耳持たず、河越に出陣したと言う事である。

 業正は怒りを飲み込み 主君を連れ戻すべく馬の用意をさせていたが、激しい眩暈に襲われ倒れてしまった。

 この所の多忙、気苦労が出たのであろう。

 真田幸綱は業正の枕元に呼ばれ、上杉憲政を止める様 頼まれたのだが、武田の息が掛かった真田が何を言っても無駄であろう事はハッキリしている。

 が、恩人の願いを無下に断れはしない。

 幸綱は腹を決め、佐久から人を呼び集めるのであった。


―――――――――

【北条氏康(うじやす)サイド】

 河越城が在るのはお判りであろうが、今の埼玉県川越である。

 小江戸と呼ばれ、蔵造りの古い土蔵や商家が立ち並ぶレトロな町並みで人気の街である。

 しかし戦国時代の河越は暴れ川 荒川や入間川、あやしの川(綾瀬川)が縦横に流れ、湿地と丘陵が点在する原野であった。

 戦国期から何度も治水工事を重ね川筋を整えた結果、江戸期には関東平野の水運の拠点として栄えたのだが、この時期は台風が来る度、川筋が変わり人も田畑も流される様な土地なのである。

 しかし関東平野のほぼ真ん中に位置し、坂東を抑えるには重要な場所でもある。

 そんな河越城を罠とし旧勢力を排除する為、後北条の三代目 北条氏康(うじやす)と今川の軍師雪斎は遠い駿河の河東で戦を起こして見せ、伏兵を隠し河越の城兵を減らし と、準備万端 上杉勢を誘っていたのだ。

 雪斎と氏康が描いた当初の計画を説明すると、以下となる。

 上杉勢は河越城の北、入間川の左岸に陣を張る筈。

 そこで…

 ①古河公方と北条の伏兵は上杉勢から姿を隠して、河越城の後ろに布陣する。

 ②北条氏康軍は川越街道を目立つように河越救出に駆け付け、それを切っ掛けに戦場が動く。

 ③城方が城外に出て上杉方を挑発。

 ④釣られて出て来た憲政を鉄砲隊で射殺し、鉄砲隊は河越城へ逃げ込む。

 ⑤当主を失い混乱に陥る山内上杉に北条氏康が攻め掛かる。

 ⑥大将を失い浮足立った扇谷上杉に城兵と伏兵が攻め掛かる。

 ⑦壊走する上杉勢に古河公方が蹂躙し、止めを刺す。 (図1)


 図1:北条当初案

挿絵(By みてみん)



 というのが作戦計画であった。

 これならば上杉方32,000 vs 北条方49,300 で鉄砲隊の火力も加わり、鉄壁の死の罠である。

 しかし古河公方が想定外の動きをするのであった。


―――――――――

【山内上杉サイド】

 上杉憲政が布陣したのは河越城の防衛線である入間川の手前 越辺川おっぺがわに挟まれた地、白髭神社の2本の欅を目印に陣を張った。

 扇谷上杉は河越城を追われてからも監視の砦を幾つも作っており、ずっと包囲戦をして居た様な状態であったのだが、本体と周辺の国衆を率い、現在の圏央道川島インターチェンジ付近に新たに本陣を置いた。

 乱入してきた体の古河公方は河越城の東、今で言う大宮辺りに陣を張り、河越城を三方から囲む形となった。 (図2)


 図2:河越城包囲完成

挿絵(By みてみん)


 山内上杉と扇谷上杉は上野・下野の諸兵を集め、3万2千余騎の動員である。

 さらに北条氏綱(うじつな)の娘婿であり、北条の一翼を担う筈であった古河公方は鮮やかな裏切りを演じ、北武蔵・常陸・下総の兵を纏め、3万余騎を率いて河越城の東に布陣した。

 これに対し河越城を守るのは これまた北条氏綱の娘婿の北条綱成(つななり)を守将とした3千余人。

 つまり籠城軍3,300に対し、包囲軍62,000、兵力差1:18.8である。

 城を落とすには最低でも5倍の兵力が必要とは言われているが、この差であれば一揉みに落とせる戦力差になっている。

 大将上杉憲政が有頂天になるのも判ると言う数字だ。

 が、戦線は睨み合いであった。

 (いくさ)は地の利と天の気を読まねば、勝てる戦いも負けとなる。

 相撲の立ち合いの、はっけよい = “発気揚々” (気を盛んに発して揚がっていく)、そして “八卦良い” (勝負の準備が整った)が揃わねば、戦ってはいけないのである。

 …等と、勿体つけた事を言っているが、城を囲んでいるのは漁夫の利を狙う者ばかりで、一番槍で入間川を渡り攻め掛かる陣営は居ないのであった。

 何しろネズミだって追い詰められれば猫を噛むのだ。

 追い詰められた北条に最初に飛び掛かるのはリスキーこの上ない。

 ここはひとつ…と、様子見する連中なのであった。


―――――――――

【真田サイド】

 上杉憲政の出陣から遅れる事10日ほど、佐久や上田から人を集めた真田幸綱は憲政の後を追った。

 それに長野業正の嫡男、長野吉業(ながのよしなり)も長野業正に代わり、急遽参加である。

 吉業は元服したばかりの月代(さかやき)の青い ピチピチの若武者であるが、父 業正の名代として、檜扇(ひおうぎ)紋の旗指物を掲げ、長野勢を率い上杉本隊に参陣するのであった。

(長野勢と言っても、中身は真田勢なのは秘密である…)

 幸綱の目的は上杉憲政の安全第一であるので、憲政が戦が始まる前に平井城へ引き返してくれるのがベストなのだが、一世一代の総大将役で舞い上がっている今の憲政が大人しく陣を引くとは考えられない。

 ならば、憲政の身を守る為、雪斎党・鉄砲隊の殲滅を狙うのが次善の策となるであろう。

 相手が雪斎党の鉄砲隊となれば、自ずと真田忍芽の弔い合戦の色合いを帯びて来るのが必然で、尾張那古野(なごや)で対決した八幡隊が集まるのは当然である。

 と言う事でメンバーは幸綱と望月新六、工藤昌祐(くどうまさすけ)(籐七郎)、工藤祐長(くどうすけなが)(源左衛門)の工藤兄弟、禰津里美(ねづさとみ)の顔馴染みと、手足となる者数名である。

 幸綱自身は鉄砲未体験ではあるが、今回は警戒すべき相手がハッキリしているし 城西衆の新兵器や対抗戦術を仕込んでいるのだ…負ける気はしない。

 長野勢として上杉憲政の背後に陣取った幸綱たちは上杉陣営の周囲に探りを入れ、憲政本陣、鉄砲隊の位置を確認し、邀撃の策を練るのであった。


―――――――――

【古河公方サイド】

 状況の(腹の)探り合いとなっている河越城包囲軍であったが、付近で一番の軍勢を誇る古河公方、足利晴氏(あしかがはるうじ)は余裕の表情で各陣営の動きを眺めていた。

 晴氏は四十に手が届こうと言う、油の乗った公方だ。

 政治も戦も 駆け引きに不安は無い。

 思わぬ事が起きるのが(いくさ)の常識とは言え、三万を超える軍勢を従がえる自分が勝敗のキャスティングボードを握っているのは間違い様の無い事実である。

 周りの上杉憲政(山内)も上杉朝定(ともさだ)(扇谷)も二十歳そこそこ、義弟の北条氏康も三十に成るか成らないかの若造である。

 上杉憲政は坂東の覇者気取りであちこちに檄文を飛ばし、北条氏康は秘策ありなどと(うそぶ)いていたが、晴氏から見れば大きな(いくさ)に舞い上がっているとしか見えなかった。

 彼らを(たなごころ)で自在に転がせるのは、将軍家の血を引く この足利晴氏であるとの自負、優越感である。


 晴氏の真意を探りに義弟、氏康の使者がやって来て二心(ふたごころ)の無い事を示せと迫った。

 これが若いと言うのだ…

 こちらは上杉方の鉄砲隊を受入れ、陣所には使い番も詰めているのだ。

 彼らの目の前で、白黒を示す馬鹿は居ない。

 使者を追い返し、この地の主導権は足利である事を示す為、別動隊を河越城の背後に送り込み、包囲網を閉じて見せる晴氏であった。 (図3)


 図3:河越城完全包囲

挿絵(By みてみん)


―――――――――

【北条氏康サイド】

 喰えぬ義兄(足利晴氏)とは思っていたが “何考えとんじゃ!” な行動に会い、北条氏康は愕然とした。

 今川との密約や河越の背後に伏兵を置いていることを晴氏に隠していたのが裏目に出た様だ。

 北条は言うに及ばす、上杉や周辺の国衆に力を誇示し、再度坂東に君臨する誘惑に勝てなかったのであろう。

 街道を北上してきた氏康は足利の別動隊を刺激しない距離で進軍を止め、兵力を悟られぬ様に分散させた。 (図4)


 図4:河越城北条援軍

挿絵(By みてみん)


 古河公方が包囲軍に加わった事で、当初計画をそのまま行うと包囲軍が一気に城に襲い掛かり、落城する恐れが出て来たのだ。

 氏康は計画の立て直しに迫られた。

 伏兵を投入するにしても引き連れて来た軍をどこかにぶつけるにしても、もう暫くは戦線を動かさない事が安全だ。

 また、今川の送り込んだ鉄砲隊とも連絡が取れないので、彼らを当てにしない自力攻勢を考えなければならない。

 まず、上杉憲政(山内)に使者を立て、和睦の道を捜しているとディスインフォメーションを撒き、相手の油断を誘いつつ時間を稼ぐ事にした。


―――――――――

【道順・三虎サイド(上杉憲正陣付近)】

 一方、今川の先兵で上杉方に潜入している楯岡道順(たておかどうじゅん)もかなり焦っていた。

 上杉憲政(山内)の本陣近くに配置された鉄砲隊に三虎(みとら)を訪ね、小声で愚痴を浴びせている。


「三虎殿、我の懸念した通りになっておるぞ…上杉と足利の二兎を追って こちらが討たれそうではないか!」

「そんな事ないだろ。

さっきも北条からは和議を願う使者が来たと、得意気に言いに来たぞ。

オレは滅茶苦茶信用されている訳だ。

…鉄砲隊は憲政(くん)の本陣が狙える所で待機しているし、撃ちたい時に討てる体制になってるぜ」

「ここは問題なかろうが、他はどうじゃ?

足利の隊とどう気を合わすのじゃ? やはり山内だけを狙うが確実であろうが。

それにした所で、周りは敵だらけ…ここまで兵の数に差が付くとは思って居らなんだ。

鉄砲の音を合図に北条が攻め寄せても我らと合流は難しい。…三虎殿、死ぬるぞ」

「死ぬ気は無いって言ってるだろ…

大混乱を起こせば良いだけだ…道順殿の十八番(おはこ)だろ?」 (※1)

「御箱…何の箱じゃ?」

「あぁ?…この表現は早かったか…メンドクサイな。

騒ぎを起こすのは道順の得意とする所だろ、てな意味だよ。

どうすれば上杉と公方の陣に大騒ぎを起こせるんだ? 天下の道順ならお手の物だろ」


 道順は煽てても無駄だぞ とばかりに顰め面で返答する。


「夜討ちをかければ騒ぎは起こる。 多くの鉄砲で撃ち込めば大いに騒ぎとなり、攻めるも逃げるも容易(たやす)くなる」


 三虎はニヤリと笑い


「なんだ簡単じゃないか。

ここの鉄砲隊が夜中に始めれば、公方側に連鎖するって事だろ」

「そうは成らん。

前もって事を起こす日取りを決め、松明(たいまつ)の用意、逃げ道の準備をして居らねば、鉄砲隊も騒ぎに巻き込まれてしまうだけじゃ。

一つの砦や城内の狭い場所であれば、数人であちこちに火を掛けて回れば事は成った。

此度は数里も離れた場で同時に騒ぎを起こさねばならぬ…神ならぬ人が出来る事では無いわい。

それとも夜中でも時刻が知れる手練れの星読みか、陰陽師でも飼っておるのか?」

「そんな奴は居ないけど…何里離れていても、同じ時刻が判る手はあるんだな」


 三虎はニヤニヤしつつ懐から小物を取り出し、これ見よがしに道順に示した。


「カシオが誇るG-shockだ!

崖から転がり落ちて持ち主は死んでも生き残ったタフな時計さ」

「何じゃそれは…その様なもので刻が判るのか?」

「あぁ判る。 それに日付も判るんだ、凄いだろ?

コイツが2つあるんだな…。

でだ…ここ上杉と古河の鉄砲隊にコイツを渡しておくのさ。

今が17日だから、3日後の20日の0時、真夜中に事を起こさせれば良いだけだ。

そろそろ電池が切れるかもだが、こいつを使うのは今だろ」


 道順は眉間に皺を寄せたまま、渡されたG-shockをひねくり回していたが、なにかに気付いた様に


「北条は如何する?

北条とも数里は離れて居るぞ…北条は鉄砲の音に馴染みが無いゆえ、遠雷と思うが関の山。

攻め掛かる合図と受け取って貰えるかは、運頼みじゃぞ」

「そうか、そいつは考えてなかったな… あ、丁度いい、オレが北条の陣に詰めよう。

…それにあそこなら安全だな。

オレなら鉄砲の音か聞き分けが付くし、時計も持っているからな…Gじゃないけど」


 道順は三虎の提案に疑う声で


「一足先に逃げたいだけではあるまいな?」

「ヤダなぁ…言い方。

ギャンブルは視野を広くしておかないと、betのタイミングを見失うんだ。

元々全体が見れる場所に移動する予定だったんだけど、言ってなかったっけ」


 (いくさ)をギャンブルと言われては堪ったものではないが、道順は聞きなれない言葉はスルーする癖が付いていたので、手元のG-shockに目を落とし話題を変えた。


「ならばこの爺何がしを渡しに行こうではないか。

上杉と古河の隊に策を伝え、明日の宵に闇に紛れ北条に向かうとしよう」


 ※1:十八番(おはこ)は最も得意な技や歌などを指す言葉で、歌舞伎役者の得意演目18種が由来で江戸後期に生まれた。戦国期には早過ぎて21世紀では古すぎる表現である。


―――――――――

【北条氏康サイド】

 夜も更けた北条の野営地である。

 遠くに河越城と古河公方の包囲軍が見える筈だが、どこも真っ暗で、寝静まった様子だ。

 両陣営とも動く気配を感じさせない、ある意味 平穏な日々が続いているのであった。

 そんな中、僅かに揺らめく灯りが見えた。

 北条氏康の陣幕である。

 周りの警護も各段に厳重で、訪いを告げた楯岡道順は随分と待たされた。

 漸く陣内に通された道順と三虎は前後左右を鎧武者に囲まれ、暗がりへ連れて行かれた。

 表情を殺した道順と明らかに怯えた三虎が案内されたのは、闇に沈んだ粗末な掘っ立て小屋であった。

 戸を潜ると中は煌々と火が焚かれ、眩さに道順は一瞬視力を失った。

 目が慣れ、室内を見渡すと壁には鹿の皮が張られ、光が漏れるのを防いでいる様であった。

 狭い部屋には数人の男が絵図を挟んで密談中の雰囲気だ。

 中央の男が絵図から顔を上げ、道順に凄みのある笑顔を向けた。

 北条氏康であった。

 膝をつき挨拶をしようとする道順に


「ここは戦場(いくさば)じゃ、挨拶など要らぬ。

お主等の動きが見えぬゆえ、今川抜きで事を進めて居る所であった。

して、何か策を持って参ったのか?

それとも、其方(そち)の心配が図星と成った事を(なじ)りに来たか?」


 氏康は小田原で道順から古河公方の信用度を問われた事を覚えていたらしい。

 偉い人間は己のミスを無かった事にしがちであるが、自分から言ってくるとは凄い自信家か、もの凄く神経質か…どちらにしても用心するに越したことはない性格かもしれない。


「は?(なじ)るなど、滅相も御座りませぬ。

ご連絡が遅れました事、何卒 ご容赦下さりませ。

漸く 関東管領と(にっく)き古河公方を纏めて成敗する策が纏まりましたゆえ、(まか)り越しました次第」


 道順は後ろに佇んでいた三虎を前に押し出し


「これなるは噂の鉄砲隊の長、藤堂三虎と申す者。

この者より軍略をばご説明いたしますので、御耳を拝借いたしたく」

「ほぉ…策が纏まったと? 聞かせよ」


 三虎と道順は氏康に翌日の攻撃計画を説明した。

 子の刻(ねのこく) (午前0時)に上杉憲正と古河公方に同時攻撃を掛けると聞き、最初は鼻で笑われたが 三虎の私物、セイコーウォッチ自動巻き腕時計を見せる事で納得させたのであった。

 因みにこの腕時計は藤堂が若かりし頃、競馬で大穴を当てた記念に購入した縁起の良い品である。

 夜襲計画を説明し終わり、鉄砲の音を聞き分ける役で北条の陣に留まると告げる三虎に、氏康が訊ねた。


其方等(そちら)の策では義兄(あにうえ)をどうするつもりか?」


 三虎は何を判り切った事を の表情で


「30丁の鉄砲を撃ち込まれれば…無事じゃ済まんでしょうね。

あ!首が必要ですか? …困ったな、首を取りに行くと逃げ道が塞がれるよなぁ」


 氏康は首を振りながら


「そうでは無い、脅すだけで充分と申して居る」

「えーー?!」


 信じられない と言う表情の三虎に、氏康が諭す様に喋りかけた


義兄(あにうえ)は厄介な御方だが、将軍家が認めて居る公方様なのだ。

その公方様をここで討ち果たすのは、跡取りを思うと色々と厄介なのじゃ。

解るか三虎。

古河公方には姉上が産んだ梅千代王丸が居るが、何処ぞの女が産んだ 幸千代王丸という年長の童も居る。

儂としては梅千代王丸を公方様にして差し上げたいと、思って居るのじゃ。

此度の戦で北条の力を判らせ、次の公方は梅千代王丸と公に宣言させ、将軍家にも認めさせたいと思っている。

これには少々時が掛かるゆえ、今 義兄(あにうえ)に死んで貰っては困る」


 氏康に見つめられ、三虎は明らかに途方に暮れた顔である。

 この場の常識では何者か定かでない三虎は、北条家当主の氏康に “御意” としか言えないのだが…


「そういうの、早く言って貰わないとぉ。 もう公方の隊には指示済だし…今からの変更は無理!」


 周囲の者は三虎の無礼な言葉にざわついたが、氏康は穏やかに


「うむ…それは困ったな。

しかし儂の望みは変えられぬ。

仕方ない、汝等(うぬら)の企みを義兄(あにうえ)に知らせ、恩を売ると言う手しかないか…」


 このまま三虎に喋らせると(こじ)れると察した道順が口を開いた。


「暫く!

我等の動きを公方様に伝えるのは、いただけませぬな。

この戦場(いくさば)で勝敗の帰趨を握るは、残念ながら公方勢で御座る。

我等の鉄砲隊が上杉勢を襲い大将首を取ったとしても、公方様が無傷であれば北条は勝てませぬぞ。

足利が河越城に攻め掛かれば、形勢はあちらが優位に戻りましょう。

さすれば、北条が負けは必定。

漁夫の利は公方様の物と成りまするぞ。

それで宜しいので?」


 氏康は考える風で道順に目を遣り


「ならばどうする? 義兄(あにうえ)が今川の鉄砲から身を守り、北条に攻め掛からぬ様 軍勢を止め置く策はあるのか」

「…人の考えや動きを止めるには疑心暗鬼にするが一番。

公方様に書状をお書き下され。

“秘策ありと申した事をお忘れか、数日以内に戦が動く、勝ち馬に乗るには鉄砲がどちらを向いて居るか見定める様に” と釘を刺しなされ。

公方様は感が鋭く疑り深い御方でありますゆえ、じっと守りを固め、動きを止めましょう」

「その後は?」

「明日の子の刻(ねのこく)に上杉が討たれれば、虎穴に居る事に気付き、どちらに付くが得かお判りになりましょう」

義兄(あにうえ)の命を取らぬと約定致すか?」


 チラと三虎の不貞腐れた表情を見た道順は溜息を混じりに答えた。


「それは…確たる約定は致しかねますな、何しろ戦場(いくさば)でありますゆえ。

しかし氏康様の忠告で身を守り切れなんだとしたら、公方様の御武運もそこ迄と…」


 氏康は中空に視線を泳がし、道順の策を検討した様だ。

 視線を道順に戻すと頷き


「その策、良さそうであるの…早速、書状を用意するゆえ道順、其方(そち)が使いに立て。

我らは二十日子の刻に全軍合わせ、上杉陣に突っ込む。

皆 手配を急げ!」


 6万を超す軍勢に包囲されている北条軍が反攻に転じる事が決定した。 (図5)

 氏康軍は上杉憲正勢へ、伏兵は公方別隊へ、Xデーは20日の真夜中 午前0時だ。


 図5:北条反転攻勢

挿絵(By みてみん)



―――――――――

 さて、今回はここで紙面切れである。

 北条の坂東支配を補強する目的で企画された上杉誘い込み作戦であったが、想像以上の鉄砲隊の宣伝効果や、古河公方の変節で絶体絶命となっていた河越城はどうなるのか?

 相手は6万越えの兵力である。

 北条氏康が援軍を連れて来たと言っても、状況をひっくり返すほどの兵を連れて来れる筈も無い。


 日和見を続ける古河公方はどう動くのか?!

 雪斎党三虎鉄砲隊はその威力を解放するのか?!

 ロックオンされている上杉憲政は生き延びる事が出来るのか?!

 あっ、真田隊の状況を確認するのを忘れていた。

 幸綱と八幡隊は雪斎党の企みを阻止できるのか?

 勝てるのか、これ... 次回を待て!!

 (どうなるんだろう…作者も不安)


第87話・河越 包囲戦  完

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