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第86話・河越 開戦ドーン

雪斎党が仕掛けた大いなる詐欺が目に見えて動き出しました。

走り回っているのは楯岡道順 (だけ)と思えるのはどう言う訳だ。

個人事業主の悲哀を感じつつ上州、相模の動きをモニターして行きましょう。

戦国奇聞!(せんごくキブン!) 第86話・河越 開戦ドーン


 ここは上州上野(こうずけ)、平井城である。

 平井城は鏑川(かぶらがわ)の支流鮎川(あゆがわ)西岸の段丘上に築かれた平城で、関東管領である山内(やまのうち)上杉家の本拠である。

 そして城主であり15代当主である、上杉憲政(のりまさ)は舞い上がっていた。

 全ては雪斎党、楯岡道順(たておかどうじゅん)が運ぶ 駿河今川の軍師、太原雪斎(たいげんせっさい)が寄こす親書が切っ掛けであった。

 8歳で家督を継いでから常に、家老や重鎮と呼ばれる大人たちの顔色を伺ってきた憲政が、今や彼等を従がえているのである。

 藤堂三虎(みとら)なる人物が率いる鉄砲隊に心酔し、誘われた河越(かわごえ)城攻略に参戦を決め その意を告げると間を置かず、雪斎の書状が届きだしたのだ。

 雪斎の書状は上州の置かれた地政学的重要性の解説から始まり、北条の進出意図とルート 及び弱点の指摘などが詰まった外交解説書であった。

 また 話しは周辺国に留まらず、家中の者への目配り所、下知(げち)(命令)の出し方、褒め方なども記されており 雪斎が今川の現当主義元(よしもと)に施した帝王学が記された、当主国主の虎之巻とも呼べる物でもあった。

 これはもうユーキャン、放送大学ばりの通信教育である。

 一読してこの書状は取り巻く者たちの(くびき)から脱する指南書と悟った憲政は、家老たち重鎮にも内容を明かさず一人学習に励んだ。

 次に届いた雪斎状には山内上杉家が取るべき道が記されていた。

 周辺勢力の誰を優遇し 誰に気を付けるべきか、どのタイミングでどの順番に激を飛ばせば良いか、懇切丁寧に理由も書かれ 檄文の見本も記されている参考書であった。

 楯岡道順に促されるままに参考書を書き写し、武蔵、上州の中小領主に檄文を送った所、2万を超す軍勢が集まってしまった!

 それにより上杉憲政が味わったのは未だかつて経験した事が無い高揚感であった。

 自分は、自分こそは関東管領である! と叫ぶほどの高揚感だ。

 興奮が冷めやらぬ内に再び雪斎状が届けられる。

 次の課題は長年のライバル、因縁の扇谷(おうぎがやつ)上杉家との和睦であった。


 ここで今更ではあるが、今回の戦いのターゲットである河越城についての予備知識を話そう。

 元々河越城は扇谷上杉家の城であった。

 数年前に北条に奪われた城を取り戻し、上杉家の威信も取り戻そうと言うのが河越攻めの目的なのである。

 まぁ、奪われた城と言うならば、扇谷先代朝興(あさおき)の頃は江戸城を居城としていたのだが、北条の先代、北条氏綱(うじつな)に攻略され、河越へ逃れている。

 つまり河越城を取り戻しても負け越しには違いないのだが、城の格が違うのである。

 “江戸” と聞くと何となく関東の中心と思ってしまうが、室町の頃の中心は鎌倉方面であり、北条の拠点は小田原、武蔵の雄上杉勢の拠点は河越城であった。

 江戸城辺りは西に平川(日本橋川の前身で日比谷入江に注いだ川)、東に神田山(駿河台)に挟まれた地で、湿地帯の多い辺鄙な場所であった。

 物の序(もののついで)で逸脱するが、江戸城の縄張り(設計)をしたのは 築城の名人として知られる “太田道灌(どうかん)” である。

 彼は扇谷上杉家の筆頭家老であり、城の縄張りに限らず、文武両道に長けた才人であった。

 道灌を擁する扇谷上杉家は勢力を増し、武蔵に限らず、相模にも地盤を持つ大勢力となったのだが、時の扇谷上杉当主、上杉定正(さだまさ)は道灌の名声を妬み、彼を暗殺してしまうのである。

 諫言する者が居なくなった上杉定正は嫡流の関東管領山内上杉家と身内争いを繰り広げ、その間隙を突くように相模で北条初代、伊勢新九郎=北条早雲が台頭して来るのである。

 関東上杉一族の鬼っ子、定正は落馬で急死するのだが、(こじ)れた物事は容易に(ほぐ)れず、関東管領や古河公方と言った旧勢力は疲弊して行き、北条の二代目北条氏綱はじわりじわりと支配地を増やし、遂に1524年正月に伊豆、相模全域から1万を超す兵を集め武蔵に攻め込んだのだ。

 権現山城、世田谷城など扇谷上杉方の城を次々と落とし、一カ月もしない内に江戸城を囲んだのであった。

 河越城へと逃れた上杉朝興は1537年4月に死去。

 跡を継いだ朝定(ともさだ)は13歳で、これを好機とみた北条は7月には河越城を攻略し、朝定は松山城へと退き 今に至るのである。

 そんな扇谷上杉の本城であった城を、なぜ因縁浅からぬ山内上杉が、それも要請されても居ないのに、先頭に立って取り戻そうとしているか?

 これはずばり、マウントの問題である。

 一時は山内家を凌ぐほどの隆盛を誇った扇谷上杉家に、嫡流は誰であるかを見せつけるには、こんなに効果抜群な物は無い。

 没落の道を辿っている最中であるのは山内上杉も似たり寄ったり、他人事ではないのだが、ここで河越城奪取できればクリティカル間違いなしなのである。

 しかしだからこそプライドが邪魔をして和解は難しいのだが、雪斎状には河越城奪取後のそれぞれの役割や利益分配案など具体的な和睦条件と共に、扇谷が呑みやすい演出も記されていた。

 それは鉄砲隊である。

 和睦条件を話し合う為に平井城を訪れた扇谷上杉家の使者に、三虎鉄砲隊のデモンストレーションを見せると、一も二も無く和睦が成立した。

 これで軍勢は3万に届こうかと言う規模に膨れ、家中の誰も憲政に意見する者は居なくなった。

 唯一、長野業正(なりまさ)が “河越は今川の罠だから出陣まかりならぬ” と諫めごとの書状を寄こしたが従う気は無い。

 業正も今の勢いを目にすれば、褒めこそはすれ、止めはしない筈だ。


 次の一手は何になるかとワクテカで雪斎状を待つ憲政の元に、思わぬ使者が訊ねて来た。

 古河公方、足利晴氏(はるうじ)の使いである。

 晴氏は北条の先代氏綱と同盟し、氏綱の娘を継室に迎え、上総(かずさ)下総(しもうさ)(現千葉県)に勢力を伸ばしている筈であった。

 北条と同盟していると言う事は、山内上杉家とは敵対している関係である筈だ。

 晴氏は北条氏綱を関東管領に補任したとの噂も届いて居り、山内上杉家を関東管領と認めていないと公言している人物なのである。

 そんな古河公方の様子がおかしい。

 古河の足利家と山内並びに扇谷両上杉家とは 公方・管領家の間柄として、武蔵に蔓延(はびこ)る北条を成敗すべし と言って来たのである。

 どうやら三虎の鉄砲隊の一斉射撃を見た者たちが 尾ひれ背ひれを付けて吹聴した話しが、古河公方の耳にまで達した様であった。

 北条の三代目の力を軽く見た晴氏が鮮やかな裏切りに走ったのであった。 (この時代のあるあるだが…)

 憲政は今までの雪斎状で学習した全てを出し、古河公方を先兵とする同盟を結んで見せた。

 言葉だけでは状況が判りづらいので坂東を中心とした勢力地図をご覧いただこう。 (図1)

 図1:河越前夜勢力図

挿絵(By みてみん)


 本来、関東管領の上に位置する筈の公方家(地図上のピンク)が山内の指示に従うと言うのである。

 古河公方の影響力は北武蔵・常陸(ひたち)など(地図上の薄緑)に及び、上手くすれば軍勢は今までの倍、6万にも届くかもしれない。

 憲政は有頂天である。

 これはもう高揚感などと言うレベルではない、全能感だ。

 最早 鉄砲隊など居ても居なくても、無敵! 負ける筈が無い状況である。

 “無敵状態” と “怖いもの知らず” は似て非なる物であるが、自分がどちらであるか判断させるのは中々難しいものである。

 …結果に大きな違いが出るのは周知の通りではあるが、大抵は行くところまで行ってしまうである。


―――――――――

 一方 こちらは相模・小田原城、北条の本城である。

 城主氏康(うじやす)が楯岡道順の訪問を受けていた。

 (かね)てからの計画に従い、河東で合戦を演じる為の打合せである。

 道順が懐から取り出したのは数巻の巻物。

 攻め手と守り手の行動が併記してある総合演出書、そして攻め手(今川・武田)側、守り手(北条)側 別々に記された個別演出書である。

 ここら辺のイベント台本の作成ノウハウは、雪斎党・香山教頭が学区発表で手腕を振るったスキルの活用だ。

 総合演出書を氏康の目の前に広げ、道順が説明を始める。


「まずは 武田の飛丸…石榑(いしくれ)を飛ばす武具で御座りますが、それが北条方に対し、壺を飛ばしまする」

「壺? 漬物でも投げて寄こすのか?」

「否、そうでは御座りませぬ。 飛丸が飛ばす壺は弾けるので御座ります」

「弾ける? 蛙でも詰まって居るのか?」

「否、…なんと申しますか…」


 火薬の存在を知らない者に雷玉を説明するのは手子摺(てこず)っている様である。


「兎も角、(いかずち)が如き壺で御座りますれば、北条様が総崩れなど起こさぬよう、心積もりを為さるが肝要。

さて、その武田の飛丸を狼煙(のろし)として…」


 道順の説明は遅々としているので、読者諸氏には掻い摘んで説明しよう。

 河東の戦いは武田の飛丸から開始される。

 今までも周辺に河東侵攻の匂わせをしているので、各国からの透波(情報員)が河東には潜入している筈である。

 武田が最初に目立つ事で、河東の戦いに今川が本気である事を示し、北条は対応の為 河越が手薄になると思わせないといけない。

 遥か遠くの上州勢にも河東の開戦を届かせるのが目的であるから、派手に一大攻勢を演出する必要がある。

 武田の雷玉と赤玉を幕開けとし、北条軍は派手に負けて見せ、逐次撤退をする演出プランである。

 “武田と今川に背中を見せるは北条の名折れである!” と言う怒気を含んだ北条家臣の異議申し立てに、道順は噛んで含める様に演出意図を説明する。

 上州上杉勢を信じさせる為の演出であると何とか納得させ、退却部隊は誰に指揮させるか、退却の合図はどうするか等 細かな取り決めをそれぞれの台本に掻き込んでいく。 (舞台演出は大変な作業なのである)

 河東戦の経緯では退却を続ける北条の次の一手は、当主氏康の出馬である。

 そこで北条が巻き返すが戦線は膠着。 後方各地から兵を引き抜く流れになり、河越が手薄となると信じさせるのだ。

 実際は河越城から少し離れた場所に伏兵化する。

 そして最終段階、河越城の兵力低下を切っ掛けに、攻め掛かって来る上州勢の総大将、上杉憲政を同道してくる三虎の鉄砲隊が討ち取る。

 総大将が討たれ、大混乱となるであろう上州勢には、同盟している古賀公方と伏兵の北条が襲い掛かり、止めを刺すと言うシナリオである。

 一通り説明を聞き終えた氏康に道順は気になる事を確認した。


「この筋書きの最後を締める古河公方、足利晴氏様は信用置けましょうや?

立ち入った事を伺う様ですが、氏綱公亡き後は北条家と公方様は疎遠と見えまするが…」

「晴氏様に()した姉上からは特段知らせも無い…心配は無用じゃろう。

元々かの御方(晴氏)は目先の損得に煩い御方ゆえ、我らと共に居るが得と思わせれば良い。

上州が事は秘策あり、領地が増えるを約束致すと言っておけば、都合の良き所へ陣取らせるは容易(たやす)かろう」

「…左様で。

承知(つかまつ)りました。 ならば次なる月の一日より、河東で戦の口火を切り申す、暮れ暮れ(くれぐれ)も怠りなく。

我はこれより駿河、甲斐を周り、上州 平井城で上杉を河越に送り出す仕上げを行いまする。

色々と建て込みますゆえ御暇(おいとま)申す、御免」


 道順は氏康と秘密を共有する北条家重鎮に頭を下げると(そそくさ)と退出した。

 連絡先と連絡調整事項が多く 仕事量が半端ないが、これが成功すれば今川の雪斎以外にも、北条からも受注出来るかもしれない。

 現在上司に当たる藤林からの独立を狙っている道順にとって踏ん張りどころなのであった。


―――――――――

 十日ほど経った日の上州平井城である。

 既に河東では武田と今川が富士川を渡り、怒涛の進撃が始まった頃である。

 しかしここ 上州の地では未だ 平穏。

 三虎鉄砲隊の最後の隊を引き連れて楯岡道順が裏門に訪いを入れた。

 通い慣れた城であり、城兵も手慣れた感じで道順を城奥の小部屋へ案内する。

 待つ事暫し、上杉憲政が足取りも軽やかに入って来た。 藤堂三虎を引き連れての登場である。

 憲政は着座するや否や、平伏し、挨拶を述べようとしている道順に言葉を被せ喋り出した。


「道順、待兼(まちかね)たぞ。

其方(そち)の居らぬ内に飛んでもない事が出来(しゅったい)したのじゃ!

それも此れも雪斎様の薫陶(くんとう)と、この三虎隊がお蔭じゃ!」 


 低頭した道順はいきなりのハイテンションの憲政に頭を上げるタイミングも逸し、上目遣いに


「これはこれは…ご機嫌麗しゅう。 面を上げても宜しいので?」

「あ? 構わん、面を上げよ、そして何が有ったか当ててみよ」

「…長野殿が参陣された、とか?」

「違う!左様な者はどうでも良い。 足利様じゃ、公方の足利晴氏様が、お味方いただけると申し出されたのじゃ。

凄かろう! 関東管領など歯牙にもかけなかった御方が、共に戦おうと参陣為されたのじゃ。

これで我等は六万を超える軍勢と成るぞ。

業正(長野)など居らぬでも負ける筈が無くなった(のうなった)わ」

「…!!」


 道順は一瞬 状況が判らず絶句していた。

 公方 足利晴氏は今回の河越城攻防戦のクローザーで、上杉勢に止めを刺す役割の筈である。

 それが上杉勢に加勢しに来ただと?!

 これが事実なら古河公方の明らかな裏切りである。

 嫌な予感がしていたんだ… と心の奥底で沸き上がる言葉を飲み込み、表情に出ない様気を付けながら憲政に返答した。


「そ、それは…祝着。 お…御目出度う御座ります。 して…公方様は如何なる役割を担われるので御座りましょうや?」

「ふふふ、それがの 何でも儂の下知に従うと申しての。 正に公方の目付、関東管領の立場に儂が収まったと言う事じゃ、はははは・・・」

「は、ははは…正に正に、して どの様なお役目を?」

「…まだ決めて居らぬ」


 道順の筋書きでは、ここで河東で戦が始まった事を華々しく告げ、河越への出陣を促す予定であったが、思わぬ役者が乱入してきたのである。

 ここは一旦 河東には触れず、こちらの体制を立て直さねば。

 道順は少し離れた場所でニヤニヤしている三虎を一瞬睨み、笑顔で話し掛けた。


「これは三虎殿も心強かろう。 事によると公方様の合力が有れば鉄砲隊も要らぬやもしれぬな。

三虎隊の備えに障りでも有るのではないか?」

「いやいや、味方が増えるのは良い事だ。 特に問題は無いぞ」


 どこ迄判っての回答か、藤堂(三虎)はニヤニヤのまま言葉を返して来た。

 道順は表情を固定したまま三虎に言った。


「三虎殿には積もる話も有るゆえ、後で部屋を訪ねよう」

「そうじゃな…新たに来た者たちの訓練もあるから、ちと 忙しいのだが」

「じっとしておれ!」


 道順と三虎の若干の不穏さも、人生バラ色の憲政は気が付かない。

 その後も自分が如何に雪斎の薫陶で変わったか、家臣や周辺の国人をどの様に治めているかの自慢が続いたのだ。

 一刻(約2時間)後、漸く解放された道順は、藤堂の部屋に急いだ。

 部屋では三虎は鉄砲隊の隊長と談笑している所であった。

 道順は三虎を睨みつけ、人払いをさせると前置きも無しに問い詰めた。


「古河公方がこちらの陣に居っては誰が戦を終わらせるのじゃ!

それに、六万じゃと! 城に籠る北条方は精々が六千と見て居る。

六万と六千! 勝ち負けはハッキリして居るではないか、河越城は落ちるぞ。

鉄砲云々など 関係無いわ」 


 噛みつかれた三虎は不思議な者を見る目で道順を見つつ


「何を怒っているんだ? 古河公方がどっちに居ようと大した問題じゃないだろ?」

「何を申す! 六万と六千では上杉方が勝ってしまうではないか」

「落ち着けよ、河越城がどうなろうと、俺たちにはどうでも良いだろ と、言っているんだ。

いいか、何が目的か思い出せ。

最終的に北条に関東を束ねさせるのが雪斎の望みだ。

関東で邪魔なのは関東管領と古河公方。

今度の(いくさ)で上手くすれば両方消せるんだぜ。

河越が一旦落ちたって、北条の当主が残っていればどうにでもなるんだ。

最初に上杉、時期を見て古河公方を始末する雪斎の策の方が、まどろっこしいと思うよ」


 三虎の言葉に道順の怒りは冷めて来た。

 改めて状況を整理すると、重要なのは上杉を確実に討てるかであり、城攻めの帰趨は二の次でも良いのだ。


「判った、ならば改めて訊くが…鉄砲隊は本陣近くに陣取れるのか?」

「問題ない。

鉄砲隊は憲政君のお気に入りだからな。 扇谷と古河に偉そうに出来るのも鉄砲隊が居るからって事は理解しているさ」


 道順は戦場の配置図を思い浮かべながら、言葉を続けた


「公方様の軍勢はどう動かす?

儂等が知らせなんだら、北条方は味方と思うておるぞ」

「何も…まだ泳がせておいていいんじゃないかな?

取り敢えず鉄砲隊の一部を公方の本陣に送り込めれば、こちらの目的はやれるんじゃないかな…」


 三虎の答えに道順は頷いたが、ふと眉を曇らせ おずおずと


「今川北条へはどう伝えたが良いかの…」

「うーん、俺としてはこのままほっといた方がワクワクで楽しいけどな。

まぁ一般論で言えば、あっちこっちに違う事言っていい顔しようってのは、上手くないね。

コウモリさんは信用失くすよね…て、元々 裏切りがデフォだがらな、信用なんて関係ないか、ハハハ」

「…よう判らんぞ。 儂はどうするが良い?」

「知らないよ…って言っても他ならぬ道順の悩みだがらなぁ。

北条とは今後とも付き合いたんだろ? なら、古河公方に裏切りのニオイ有り 位は言っとけば?

それと同時に出陣しちゃった方がいいと思うぞ。

軍が動けば情報は錯綜するのが当たりまえ。 道順からの知らせが少なくなっても理由が付く」

「な…成程」


 ホッとした道順だが、新たな懸念が浮かんだ。


「したが…古河公方まで手を広げるならば、鉄砲隊の逃げ道は如何する?

上杉方からの退路は予てからの準備があるゆえ、用意しておるが…古河公方の本陣からは」

「当てはあるんだ…公方は打算で動く人物だろ? だから周りに居るのもそんなのばっかだ。

誘いを掛けたらコロッと転ぶのが居るのさ…」

「信用置けるのか?」

「は? 俺たちが他人の信用を語るのか? まぁ賭けだけどな…嫌いじゃない」


 三虎の答えに不安の色を見せながらも


「三虎殿の鉄砲隊は今川の宝じゃからな…北条の戦で失くす訳には参らぬ」

「いや~涙が出るね、道順にそこ迄思われているとはな」

「…勘違いするな、何かあっては儂が責を負うからじゃ」

「お、怒ったか? 冗談だよ。

俺も死ぬのは嫌だからね、危ない所へ行くつもりは無いさ。

鉄砲足軽は何人か犠牲が出るだろうけど、俺さえ居れば再建出来るから心配無しだ」


 三虎の人を喰った返答に道順は疲れた表情を見せつつも、


「…承知じゃ、我はこれより河東の動きを上杉の耳に入れて来る。

さすれば河越を取り囲む軍勢に下知を出す筈じゃ」


 いずれにしても、あと数日で河東の北条劣勢が聞こえて来る筈で、扇谷や古河公方の期待や本音が透けて来るのである。

 河越城での趨勢はどうなるのか?

 道順の予定とは異なるアドリブの多い戦いとなりそうである。

 あっさり上杉が勝っちゃったりすると、出処進退がヤバイ事になりそうな道順は顔真っ青である。

 ワクテカしているのは上杉憲政と藤堂三虎だけの様ではあるが、作者も乗っかる事にして 今回ここ迄とする。


 第86話・河越 開戦ドーン  完

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