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第9話・御屋形様

いよいよ登場、戦国時代のビッグネーム!

若き日の彼に興味ある人は、本文へ!

戦国奇聞!(せんごくキブン!)第9話・御屋形様


 ここは、早朝の躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)、甲斐武田家の居城である。

 数騎の武士が城門で訪い(おとない)を入れる。

 御屋形様からいきなり呼び出された山本勘助と鷹羽大輔が、板垣信方に付き添われ、到着したのだ。


 そういえば、馬に乗れない鷹羽大輔さん、どうなったのでしょうか。


 あ、一人だけ 他と違う衣装の人がいますね。

 ちょっと、カメラ、寄ってみましょう。

 馬の首にしがみ付いていますので、顔が判りませんが、これは…作務衣ですね。

 この時代にこれを着ているのは『城西衆』だけですので、彼が鷹羽さんでしょうか?

 馬は止まりましたが…人は、起き上がりませんね。

 あ、落ちました。 落馬です。

 …怪我が無ければ、良いのですが。

 以上、現場でした。 スタジオさんに戻します。


――――――――――――

 巳の刻(みのこく)(午前10時)の躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)、謁見の間である。

 一段高くなっている奥に向かい、部屋のほぼ中央に板垣信方が座っている。

 その一歩後ろには山本勘助。 さらに半歩後ろには鷹羽大輔が控えている。

 板垣信方と山本勘助は直垂(ひたたれ)、鷹羽大輔は小直衣(このうし)姿で畏まって(かしこまって)いる。

 こちらに到着後、着付けて貰った様だ。 (その手があったか)


 廊下より側近・甘利信忠(あまりのぶただ)を伴い、若い男が入って来た。

 武田晴信である。


 板垣信方ら、平伏する。


 えー中の人です。 読者の皆さまは、多分 武田晴信様に会ったことが無いと思われますので、この場をお借りして、ご紹介させていただきます。

 武田晴信。甲斐の守護大名にして、甲斐武田家第19代当主、御年二十歳。

 一般的には武田“信玄”、そしてデップリとした容姿が有名ですが、デビュー当初は、シュッとした新進気鋭の若きリーダーです。

 とは言え、今現在は 重臣に担がれ 父信虎を駿河へ追放したばかりの、実力は未知数の若殿。

 晴信様も そこら辺は自覚していまして、国内外から注目を奪える、バズる実績が欲しい。…そんな状況です。

 以上、ご紹介でした。


 着座し、皆が平伏している間に居住まいを正した晴信。

「板垣の(じい)、出陣前の忙しき時に無理を言い、すまなんだ」


 呼ばれた板垣信方は面を上げ、

造作(ぞうさ)もない事。 早速、これに控えしが 軍師見習いの山本勘助。 またその後ろが外国(とつくに)より参りし導師にございます」

「うむ、左様か。 面をあげよ」

 勘助と鷹羽、共に面をあげる。

 武田晴信は柔らかな笑みを浮かべながら、勘助、鷹羽の二人をじっくりと見ている。


「…して、御屋形様。 この者共になにやらお尋ねの儀が御有りとか…」

 沈黙に耐え切れず声を掛ける。


「うむ、…幾つかな。

お、そうじゃ。 板垣の(じい)、虎泰がなにやら相談したき事があるそうじゃ。

奥で待って居るゆえ、こちらは外して良いぞ。

この者達に尋ね終わらば、信忠が案内(あない)して送るゆえ」

 晴信は手にした扇で出入口を指し、板垣をそれとなく追い出そうとする。


「え! そうは参りません。 このじいが取次(とりつぎ)ますゆえ、何なりとお尋ね下され」

「まぁそう申すな。 この晴信、もう (じい)の手を借りずとも出来る事も多なった(おおなった)

甘利を余り待たすな」(※1)

 狙って言ったのか偶然そうなったのかは判らないが、晴信は自分が言ったダジャレに笑いだす。

 板垣は今のがギャグなのかミスなのか判断できず、正しい反応に迷っている。


 ※1:虎泰(甘利虎泰(あまりとらやす))武田家譜代家老。 これが狙ったギャグなら、周りはつらい。


 一人クックと笑いながら、板垣を追い払う様な手つきをする晴信。

「お気遣い、恐れ入ります」 

 と、板垣は一人退室していった。

 板垣信方が完全に出ていくのを待ち、


「さて、五月蠅(うるさいい)じいの目が無くなった。 近くへ寄れ(ちこうよれ)」 と手招きする。

「…」 無言で胡坐座りのまま、ズイと一歩分 体を前に進める。

「…」 こちらも無言で、山本勘助の見よう見まねで 体を前に進める


 山本勘助に向かい

「名はなんと申したかの」


 勘助は、ははっ と再度平伏し、そのままトーンを落として渋い声で答える。

山本勘助(やまもとかんすけ)に御座ります」 

「うむ。 して、導師、そちの名は?」


 鷹羽は自分で答えて良い物か勘助を見るが、振り向いてくれない。

 晴信様はジッとこちらを見てるし…テンパりながら、

鷹羽大輔(たかばだいすけ)にてござそーろー」 声、裏返った…

 吹き出す、晴信。

 しばらく、ヒックヒック笑っている。

 先程のダジャレといい、笑いのハードルは低そうである。

 笑いの発作を抑えた晴信、別人の様に表情を改めた。


「鷹羽大輔か、良い名じゃ。…唐の国の名では無いな」 と静かに言う。

「これは、日本(ひのもと)へ渡ってからの名乗りにて…」 勘助が咄嗟の返し。

「ほう、では元の名はなんと申す?して、いつ日本(ひのもと)へ渡って来られたかな?」

「…元の…名は、チン・ゲンサイ。 そう陳玄斉 で御座ります!」 

 勘助、平伏し勢いで押し切ろうとする。


「ハハハ」 と晴信は笑った後、

「もう良い」 と真顔になる。


 勘助も鷹羽も、顔を下げたまま何を言われるか身構えている。


(おもて)を上げよ。

われは甲斐の国主である。

わが国で起こりし事は、小さき音も我が耳に入り、怪しげなる事は漏らさず我が目で見ておる。 無論、城西宿房の暮らしも聞こえておる。

鷹羽大輔と申したの。そちが乗って居た(おった)車も見たし、村で示した神通力の話しも聞いておるぞ」

 と、後ろに控えている甘利信忠に手を伸ばすと、甘利信忠が懐から何かを晴信へ渡す。


「車の近くでこれを拾った(ひろおた)」 と勘助たちに示す。

 ペットボトルである。


「!、やば」

 思わず声が出る鷹羽。


「読めぬ字も在るが“富士山の天然水”と書かれておる。 これが唐の国から持って来た物とは思えぬ。

ギヤマンの様に透き通っておるが軽く柔らかい。

一体これは何じゃ?

お前たちは何者じゃ」

 晴信は勘助たち二人から目を逸らさず、静かに追いつめる。


「…」 言葉が出ない。

「…信忠、あの導師が腕を一本、取ってまいれ。狐狸妖怪(こりようかい)(たぐい)ならば、尻尾の一つも出すやもしれん」 

 目を逸らさず 後ろに控えている甘利信忠に命令する。

 刀を手にすっくと立ちあがる 甘利信忠。 無駄な動きは一切なく、生きた威圧感!

 鷹羽は蛇に睨まれた蛙 状態で身じろぎ一つ出来ない。

 甘利信忠が ズイと動き出した瞬間、勘助が


「お待ちあれ」 静かだが重い声だ。

 しかし甘利信忠はその声には従わず、一歩前にでる。

 まるで『シャイニング』のジャック・トランスである。 (※2)

 勘助は座ったまま、鷹羽側の腕を上げ、庇う姿勢。


 ※2:1980年公開のサイコロジカルホラー映画。とっても怖い。


「待て、信忠。 話がある様じゃ」 

 晴信の声にはピタリと止まる甘利信忠。


「勘助、申してみよ」


 勘助は意を決して口を開いた。


「流石は晴信様。全てお見通しで御座りますか。(まこと)を語らねば、この勘助が残った足も切り落とされますな」 

 内心のビビりを漏らさぬよう、笑みを浮かべる。

「ただし、初めに申しておきますが、突飛な話で御座ります。

最後までお聞きいただき、その上でこの話、信じるも信ぜずも晴信様次第…」


「良かろう」

 と晴信頷く。


「まずは 此処(ここ)な鷹羽大輔は歴とした(れっきとした)人で御座る。

只、今の世の者に非ず(あらず)、今よりズイと先の世から飛ばされて来た(よし)に御座ります」

 受け入れられているか、晴信の顔を見るが、表情は読めない。


(にわ)かに信じがたい事とお思いでしょうな。 当然が事。

この勘助め も、初めは戯言(ざれごと)と思い申した。しかし、この者共の持ち物、知恵、立ち居振る舞いを見知るに従い、これを信じざるを得なくなり申した」


「…ほぉ、先の世 とな。…そう来たか。

ならば勘助、そちが信じたと申す、先の世の持ち物とやら、儂にも見せよ」


 勘助は後ろに体を向け、手首を指しながら鷹羽に

「あれを出せ!」

「あれ? どれ?」

「いつも着けておる、うでどけい じゃ」

「…あ、はいはい」 妻からの誕生日プレゼント、腕時計(クロノグラフ)を懐から取り出し、勘助に渡す。

「これを」 恭しく(うやうやしく)差し出す。

 甘利信忠が音も無く近づき、それを受け取り、晴信へ。


 晴信は腕時計(クロノグラフ)を手に取り、目を近づけたり、離したり、360度観察する。

 ストップウォッチを動かしたらしく、“おー!”と声があがった。


「…これは? なんじゃ?」

「時を測る道具にございます。この者はそれを腕に着け、寺の鐘に頼らずとも 今が何刻か判りまする」

「ふむ、細かな細工じゃ…して、大輔と申したな、そちが居た時世(じせい)は何という?」

「は? 時世(じせい) とは?」 

「通じぬか?

…今は天文11年じゃが、そちの居た(おった)時世(じせい)の元号はなんじゃ」

「あー元号? あっ令和 です!」

「…それを聞いても、何もわからぬの、ははは。どれ程が先の世なのじゃ」

「確かではありませんが、5百年ほど…」

「おぅ、それば驚きじゃ」

「あのー、…信じていただけるのですか?」

「うむ、信じる。

そこもとらの乗って居た車、“飛び丸”とか申す武具、ギヤマンの様なこの徳利、我等の持ち得ぬ物じゃ。

どう考えても判らぬ事であったが、先の世の物とすれば、筋が通る」

「…柔軟な方ですね」 鷹羽の素直な感想である。

 晴信の後ろでずっと黙って聞いていた甘利信忠が、口を開く。


「あ奴が狐狸妖怪(こりようかい)(たぐい)であっても、筋が通りますぞ」

 と刀を手に取る。


「ははっ、あのギヤマンはいつまでたっても木の葉に戻らんぞ。鷹羽大輔は人で良かろう。

それに、彼奴(きゃつ)が狸でも別に困らん。

『城西衆』とやらが作った“飛び丸”が、馬の糞に戻らなんだら、それで上等じゃ」

「…合理的な方ですね」


「お、そうじゃ、信忠 この事、他言無用ぞ。 勘助、判っておろうが そちらも、じゃぞ」

「はっ、それは無論。 板垣様もご存じなき事で御座います」

「え、爺は知らんのか…老いたか? まぁその方が都合が良い」


「さて、儂が疑問は無くなった(のうなった)。面白き者共と判り、愉快である。

先ずは山本勘助、この様な者を使いこなすとは大した者じゃ。 そなたをこれより この晴信の軍師とする。銭百貫じゃ」

「! はは、ありがたき幸せ」 

 平伏する。


「鷹羽大輔、そちは銭五十貫じゃ。 それとこれは貰って(もろうて)良いか」

 と手にした腕時計(クロノグラフ)を見せる。


「…お断りします。

それは妻より贈られた大切な物です。晴信様、いえ 誰であろうと、お譲りする気はありません」

 鷹羽の言葉を聞くと、晴信は にこっ と笑った。


「左様であるか。 すまなんだ、返すとしよう」

 と腕時計(クロノグラフ)を甘利信忠に渡す。

 そして、甘利信忠から鷹羽に戻るのを見ながら

「改めて鷹羽大輔、そちも百貫じゃ」


――――――――――――

 山本勘助らの謁見は終わり、引き続き 広間は諏訪攻めの作戦報告の場となった。

 檀上には武田晴信と、護衛を兼ねた側近:甘利信忠。

 板間の上座には板垣信方、甘利虎泰など重鎮が座り、武田信繁など御一門衆も参加している。

 攻撃部隊を持っている、主だった家臣が皆 参加する軍議である。

 勘助と鷹羽は軍議の席から少し離れた場所に控えている。


 関係者が集まった事を見計らい、檀上から晴信が宣言する。


「これより諏訪攻めが手筈(てはず)申し合わせを始める。

が、その前に皆に引き合わせる。 勘助、大輔 これへ。」

 “勘助・大輔”…吉本のマンザイコンビの様な呼び出しとなったが、山本勘助が末席へ進み、平伏する。

 鷹羽も勘助の後ろを付いて回り、見よう見まねで平伏する。


「山本勘助で御座ります。 良しなに」

「タ、た鷹羽大輔れす。 よしなに」  噛んだ。


「勘助は板垣の(じい)の軍師じゃったが、これより儂の軍師となる。 皆もその様に心得よ」

「勘助めは、まだ軍師見習い。御屋形様の軍師など、早いで(はよう)御座る」

 いずれは晴信の軍師に、とは目論んでいたが、相談も無しに勘助を取り立てられ、少し拗ねて見せる板垣の爺である。


「そうか? しかし“飛び丸”は 中々の物ぞ」

 板垣の面倒くささを理解した上で、いじっていく晴信。


「あれは…勘助ではなく、そこな導師の作じゃ」

「うむ、左様。 皆も聞き及んでおろう、『城西衆』が導師、鷹羽大輔じゃ。

山本勘助と二人合わせての軍師じゃ。 こちらもそう心得よ」

 結局、晴信に転がされた板垣の爺、“いやいや、それはおかしい” などぶつくさ言っている。


「披露目は終わりじゃ、手筈が申し合わせに戻るぞ。 (じい)、頼む」

 そんな板垣信方を立てる構成で軍議を進める晴信。 人あしらいが上手である。


 板垣が手を打ち 合図すると、広間の外から板垣の家来数人が大きな紙を運び入れる。

 それを床に繋ぎ並べて行くと、巨大なヘックスシートになる。

 春日君手作りとは比べ物にならない、職人仕事のシッカリとした作りの“小山”、“森”、“砦”や、“騎馬隊”、“槍隊”の人形(フィギュア)が次々と運び込まれ、ヘックスシート上に配置されて行く。

 板垣以外の参加者は初めて見るヘックスシートに戸惑い、質問を投げかける。


「板垣殿、これは何じゃ」

 板垣信方、待ってました の表情で


兵棋演習盤(へいぎえんしゅうばん)で御座る!」


――――――――――――

 引き続き、躑躅ヶ崎館の広間、軍議会場である。

 すっかり日が暮れ、灯りが燈されている。

 兵棋演習盤での説明は数時間を要し、説明者は山本勘助に代わっている。


「…細かな事は省きまするが、『城西衆』を以て、諏訪頼重の思いあがりを砕き、手向かう心を摘み取りまする。

これ、偏に(ひとえに)頼重に嫁ぎし“禰々様”大事のため。

頼重の命は取らず、諏訪の大祝(おおほうり)としての役目を尽くしてもらう算段で御座ります」

 みな、静かに作戦計画を聞いている。

 プレゼンテーションは成功した様だ。

 ダメ押しを狙ってか、晴信が語りだした。

「…“禰々”は、可哀そうな妹なのじゃ。

父の野心のため、頼重なぞに嫁がされ、挙句 兄に攻められておる。この上 命まで失ったら、哀れすぎて…この晴信も寝覚めが悪うなる」

 家臣一同、無言で頭を下げる。


「して、勘助。“頼重の思いあがりを砕き、手向かう心を摘み取る”と申したが、頼重が心、どう読んでおる?」

「はっ、頼重は大層 気位の高い者と解しております。 してその気位は諏訪の神に根差しておると見ます。

本来は依り代(よりしろ)であった大祝(おおほうり)が、いつしか己が神との思い違いが根源。

ゆえに諏訪の神からの天罰と思わせる仕掛けを用意して御座います」

「成程、頼重が心の在り様、良く見ている(ようみておる)。あ奴の高き鼻を折るには神罰が一番と見るは、儂も同じじゃ」


 暫し考え、

「じゃが、少々危ういの」

「は?」

「頼重には(じか)会った(おうた)のか?」

(いえ)、私如きは近づけませなんだ」

「左様か。直でなければ判らぬ事もある…

頼重は気位が高いだけではなく、体面に拘る奴じゃ。己が体面を保つために意固地になり、挙句 自滅する。

まだ若いのじゃ。 儂が言うのも、おかしなものじゃが」

 皆、晴信の話を待っている。


「先年、禰々が子を産んだ折、儂が祝いの使いに行ったのじゃ。

その時頼重が庭を案内してくれての。何かの拍子に庭木の枝振りに怪事(ケチ)が付いた。

頼重がその場で枝打ちするというて脇差を抜いたが、見れば硬い木での、確か(かし)だと思うたが…

刃が立たぬゆえ止めておけと申したが、鞘を払った手前、体面を失うと思うたのであろう。

そのまま脇差を打ち付け、刃が欠けた。

ますます意固地になって家臣に命じ、その樹 丸ごと切り倒してしまった(しもうた)


「それは、中々に厄介な、臍も曲って御座りましたか…」

 勘助が呟いた。


「そうなのじゃ。鼻を折らねば 負けを認めぬが、折られたが恥と思えば一族郎党 道連れにしてでも 己が意地を通す」

「…ならば暗殺 とか?」

 誰かの呟きが聞こえた。


「頼重は用心深い。勘助が近づけなんだと申しておった様にの」

「うーむ、面倒な。初めの案に戻り、力攻めにいたしましょう!」

 板垣の爺が“ちゃぶ台返し発言”。


「馬鹿者、それでは“禰々様”が危ういわ」

 板垣と「両職」を務める甘利虎泰が一言。

 板垣信方を“馬鹿者”呼びできるのは晴信様と虎泰くらいである。


「うむ、板垣の(じい)、早まるな。三人寄れば文殊の知恵とも言うであろう? もそっと絞ってみようぞ。

皆、まずは 飯を喰うぞ」


 勘助と鷹羽は二人して、腕組みして考え込んでいる。

 顔を上げると目が合った。

 二人だけが聞こえる位の小声で

「また、ハードルが上がりましたね」 あー胃が痛いの表情。

「左様、左様。 されど、百貫の働きはせねばの♪」  あれ、表情が明るい。

「何でそんなに余裕なんです? 百貫って何ですか? それ美味しいんすか?…」


――――――――――――

 それから10日後。

 ここは甲斐から諏訪へ続く街道である。

 爽やかな朝日を受けて、大勢の引手が大きな柱を引いている。 御柱(おんばしら)である。

 先導は揃いの狩衣を着た神官行列(カラーガード)

 次に鳴り物隊。

 その後ろには派手な巫女装束(コスチューム)を着た巫女が音曲に合わせ踊っている。

 どこから集まったのか、引手を上回る数の見物人が御柱に手を貸しつつ、付いていく。


 甲斐と諏訪の国境い(くにざかい)では小競り合いが続いているが、同盟が完全に破棄された訳ではない。

 ましてや姻戚関係もあるので、今回は甲斐から諏訪への御柱奉納と言う名目で、国境を超えての行列である。

 城西衆プレゼンス “オレ達の本気の御柱祭り”始まり始まり である。


 行列の後方200mには、乗馬した板垣信方と山本勘助が祭りを眺めている。


「本当に上手く行くかのう。 正直申さば、儂は(はかりごと)は好かぬ。今からでも力攻めでドーンと」

「板垣様! もう『城西衆』が国境い(くにざかい)を越えております。戻す事は出来ませぬぞ。

ここは晴信様の軍師、この山本勘助が策にお任せください」

「…何が“晴信様の軍師”じゃ。 最後の詰めは御屋形様の策ではないか」

「まぁ、確かに。いやー流石は御屋形様。頭脳明晰にして人格温厚、軍略は周瑜もかくや の切れ味」

「はは、そうであろう、そうであろうて。 晴信様は儂が育てたのじゃ、当然じゃ。

まぁ今回の諏訪攻めは、御屋形様が知恵の詰まった策じゃ。心配のし過ぎは余計かもしれんの」

「左様で御座ります。

さて、(われ)は 頼重を降して(くだして)まいりますゆえ、板垣様は高遠、金刺が勝手に動かぬよう、釘をさして回って下され」

「うむ、金刺相手に釘刺し じゃ、ハハハ」

 板垣様、旨い事言ったの顔…落ちてないから。


【第9話・御屋形様 完】


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