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第71話・周辺状況再び

さて今回は、諏訪の状況を見てみましょう。

諏訪衆…好きだなぁ。 見てるとほっこりするんだよなぁ、知らんけど。

では、本文をお楽しみください。

戦国奇聞!(せんごくキブン!) 第71話・周辺状況再び


 ここは上諏訪、麗らかな朝である。

 小笠原(おがさわら)長時(ながとき)の軍勢に荒らされ、大半が焼け落ちた上原(うえはら)城下であったが、活気が戻りつつあった。

 諏訪頼重(すわよりしげ)正室・禰々(ねね)の逝去で重い気に包まれていた人々であったが、町の声を聞き誠実に答える武田信繁(たけだのぶしげ)と、時折 信繁の隣に姿を見せる凛とした湖衣(こい)姫に、新しい時代を感じ 民に笑顔が戻って来たのであった。

 これを機に新たな町割りと街道の整備に関する御布令(おふれ)が出され、信繫陣頭指揮のもと、町の再開発が始まったのだ。

 また上原城の脇を通る上川沿いでは、甲斐で実施される予定の水車事業も一足早く進められ、動力水車建設が着手された。

 必要とされる物資や人が満載された “運べる君” が街道を行き交い、正に戦後復興の様相であった。


 上原城内でも新たな指導体制のルーティーン、朝評定が開かれていた。

 参加メンバーは実質的城主 武田信繫と側近の山高親之(やまたかちかゆき)、諏訪の事務方と言えば重臣Aこと 田中淡路、それに頼重の伯父諏訪満隆(すわみつたか)である。

 満隆は先の騒動で信繫推しとなり、住居も桑原(くわばら)城から上原に移し、評定に押し掛け参加しているのである。

 本来の領主、頼重は…と言うと、禰々逝去のショックから、政事(まつりごと)に興味を失い、顔すら見せなくなっていた。

 元々 政治に不向きな性格であったし、能力もXXX(伏字)であったので、大勢に影響は無いのであるが…

 手慣れた感じで田中淡路(重臣A)の議事進行で始まった朝評定だが、今朝は佐久の状況報告もあり、真田幸綱(さなだゆきつな)がオブザーバー参加であった。

 挨拶もそこそこに淡路が幸綱に発言を促した。


「では幸綱様、佐久で動きがあったとか…どの様な事で御座ろうか?」

「うむ、先の小笠原長時の騒動の時も動かなんだ村上義清(むらかみよしきよ)であるが、最近 佐久周辺の配下の者共に密かに指示を出して居る」

「…」


 幸綱は眉をひそめ声を落とし、参加者の顔を覗くように見回しながら 重大な秘密を打ち明ける様なトーンで皆の注意を引っ張る。

 人の意見に流されやす淡路(重臣A)が食い気味に訊ねる。


「勿体付けずお話し下され。何事で御座ろうか?」

「…望月城からの知らせであるが、兵糧をたんまりと入れて置けとの指示が出たそうじゃ。 遠からず動きがあると言う合図じゃ」


 幸綱の報告に淡路と満隆が即時に反応する。


「其れは一大事! 満隆様、即刻 諏訪の兵を出さねば!」

「兵を出すと申しても淡路、義清の軍に適う兵は諏訪には居らんぞ?」

「ならば桑原城からも人を…」

「じゃから、向こうにも兵は居らんて!」


 放っておくと何時までも掛け合いが続きそうな二人を、山高親之が咳払いで制し 疑問を口にした。


「オホン! 今まで義兄弟の危機にも動かなかった義清が、何を狙って動くのでありましょうや?」


 村上義清の正室は先代の信濃守護・小笠原長棟(ながむね)の娘で、小笠原長時とは義兄弟となる。

 その長時が乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負に出た 先の騒乱の時も動かなかった事を言っているのだ。

 幸綱は山高をチラと見て


「知らん…長時とは反りが合わなんだのでは無いか?

したが、儂が義清であってもそろそろ動かざるを得んじゃろ…このままでは、ジリ貧じゃ」


 今度は淡路からの質問である。


「村上勢に弱味は見当たりませぬが…ジリ貧なので?」

「国力の配分が変わったのじゃ。

長時が深志、弟の信定(のぶさだ)が伊那を抑えて居った時は 村上と小笠原が信濃を分け合って居った。

諏訪の力は信濃全部で見れば 二十が一(5%)程度じゃ…諏訪を高遠が取ろうと武田が取ろうと、左程の脅威では無かった。

が、伊那が武田の物となり、深志も武田の息が掛かるとなると様子は変わる。

伊那は五分が一(19%)、深志は七分が一(15%)…これを加えればどうなると思う?」

「…」


 説明を受けても淡路は首を捻っている。

 …おや? 読者諸氏も首を捻っているではないか!

 うーむ、中の人 出番じゃ!


―――――――――

 はい、呼ばれた様なので 中の人です。

 読者諸氏におかれましては暫く尾張方面に意識が行っていましたので、甲斐・信濃の情勢はお忘れかと思います。

 なので、ざっとおさらいを致しましょう。

 以下(図1)が最近の勢力図です。


 図1:現状の信濃勢力図

挿絵(By みてみん)


 村上勢の勢力範囲は善光寺平と佐久平の半分で、以前と変化はありませんが 伊那平と松本平が実質 武田の勢力圏となったので、バランスが変り 追い詰められて来たのですね。

 因みに小笠原長時が弾けちゃう前の勢力図は第32話・教えて!周辺状況 図2:信州勢力図 をご覧下さい。

 これだけでは村上義清の追い詰められ度合いが判らないぞ!と言う方は、ネットから資料を引っ張ってきましたので、定量的なデータ(図2)で村上vs武田の経済力を確認してみましょう。


 図2:信濃の経済力

挿絵(By みてみん)


 物語世界の時間軸から100年ほど後の数値ですが、土地の特性はそれほど変わっていないので、地域間の比率は同程度と考えられるでしょう。

 と言う事で、支配地で集計した経済力の比率で見て見ましょう。


 図3:経済力対比

挿絵(By みてみん)


 パーセントで見るとハッキリしますね。

 長時が弾ける前は小笠原が33%、武田・諏訪は精々16%チョイだったものが、ガラガラポンでほぼ互角です。

 武田は本国甲斐の経済力を加えれば 35:65 となります。

 村上さんとしては、焦るなと言う方が無理な追い詰められ方でしょうね。

 話しは少々ズレますが、図2を眺めて思う事は 駒井政武(こまいまさたけ)がボヤク様に、甲斐は貧乏なのだなぁ…ですね。

 信濃の半分以下の国力ですからね。

 この数値は年代的に甲州金山の算出分は入っていないと思われますので、武田晴信(はるのぶ)は金山で辛うじて戦費を賄っていたのではないかと。

 そんな事も含みつつ、状況をご理解いただいたところで、本編をお愉しみ下さい。


―――――――――

 幸綱の説明を聞き、淡路が指を折りつつ横の諏訪満隆に訊ねた。


「五分が一に七分が一を足すと、如何ほどに成りますので?」

「…随分な数と成り申そう」

「はぁ、左様で…」


 信繁が眉間を揉みながら、懐紙を取り出し、以下の様な表を書いた。

 図4:経済力対比(団子仕様)

挿絵(By みてみん)


 表を差しながら、信繁が丁寧な説明をする。


「団子の数が力の数と心得よ。

以前は村上が三つで信濃に君臨して居ったが、今は互角。

それに甲斐の団子を加えれば我が武田が六つと成るゆえ、村上は動かざるを得ない…と、幸綱は申しておる」


 淡路と満隆が大きく頷いた。 …報告は判り易い物を心掛けたいものである。

 状況認識が共有できた所で山高親之が最初の疑問に立ち戻った。


「このままでは負けが見えている村上は 何処を狙って動くのでありましょうや?」


 幸綱が答えるより先に諏訪満隆が自信満々に意見を述べる。


「義清は回りくどい事はせぬ!…儂と同じく、竹を割った様な(たち)じゃからな。

城に兵糧を揃えよとの指示が出たのであれば、佐久攻めであろう。

それに佐久は義清の居城、葛尾(かつらお)城からも近い、他に何処がある」


 信繫が眉間に皺を寄せ、ウームと唸った。

 幸綱はそれを見ながら、満隆に目を向け直し答えた。


「それは…まだ判らんですぞ。 義清は中々の弓矢巧者でありますからな。

佐久を取ってもそれきりで御座るが、深志の先には伊那が御座ろう…

深志に入った日が浅く、支配の定まらぬ小笠原信定も、狙い目でありましょう」


 “義清が貴方と同じ猪武者と思っていたら怪我しますぞ” とは思ったが、口にはしない幸綱であった。


「では…何処に?」

「…」


 言い切れるだけの情報は無く、沈黙に支配される朝評定である。

 しかし判らないからと言って、何も決めないと言う訳にもいかない。

 信繁が今やる事と今後の課題を決める。


「上原城、桑原城の兵糧を多くせよ。 下諏訪衆の蓄えも増やす様布令(ふれ)を出せ。

…佐久の砦に人を遣りたいが、我等だけでは手が足りぬゆえ、躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)に使いを出す、支度いたせ」

「は、直ぐに!」


 山高親之が一礼して退室して行った。

 信繫は見落としが無いか、顎に手を当て考え、スッと幸綱に目をやった。


「そう言えば、望月城の奥方はまだ戻っておらぬのか?」

「はぁ、八幡隊はこちらの言う事を聞かぬ連中の様で…千代殿も新六殿も一向に帰ってきませぬな…

替りに行った筈の我が奥共々、旅を愉しんでおるのでありましょう。

望月盛時(もりとき)殿からは、頼りになる者共が帰って来ぬで何とかせよ と、泣きつかれて御座る。

せいぜい小県(ちいさがた)の諸城の調略に精を出しまする」

「…禰津館に通信文を持たぬ鳩が戻って来たのは何日前であったか?」 ※1

「三日前で御座る…」

「大過なければ良いが…」

「一応、足取りを追う様、尾張に人を走らせておりますゆえ、何某(なにがし)かの動きは 遠からず判るかと」


 ※1:押切館前でビックリ箱として使用した鳩が戻って来たのであった。 事の経緯は第65話・クロスファイア(十字砲火):【忍芽:押切館・大手門前】を参照。


―――――――――

 さて 一方こちらは突然ではあるが、駿河 今川館である。

 政務を行う表の広間の脇に作られた、密談用の小部屋に太守・今川義元(いまがわよしもと)、軍師・太原雪斎(たいげんせっさい) そして尼御台(あまみだい)・今川家のラスボス 寿桂尼(じゅけいに)様が集まっていた。

 今川義元と言えば映画、ドラマでの長年の刷り込みにより、白塗り化粧で馬にも乗れず塗輿(ぬりごし)で戦場に赴き、あっさり信長にやられちゃった変態武将のイメージが強いのであるが、それは大変な誤解である。

 そもそも今川家は清和源氏(せいわげんじ)・足利氏の支流で、足利将軍家の親族としての家格を有し、将軍家から御一家として遇された吉良(きら)家の分家である。

 と、記して見たが支流の分家で…って、偉いんだか偉くないんだか判り辛いが、家格としては将軍職を継ぐことができるほどの名家ではあるのだ。

 白塗り化粧は高家の貴人としての嗜みであり、戦場での塗輿も将軍から特別に輿に乗ることを認められている権威の表示であっただけで、軟弱なオネエであった訳では無いのだ。

 誕生時は三男(四男との説もあり)であった為、当主となるとは思われず 幼くして仏門に出されたので、最初は武芸が苦手であったかもしれない。

 しかし後年は “街道一の弓取り“ とも呼ばれるほど戦も強く、また京都の流行を取り入れた文化圏を作り、分国法である 『今川仮名目録』 を完成させるなど、名君と呼べる人物である。

 まぁ今時点では20代半ばの、発展途上のフワッとした御曹司なのであるが。


 本日は今後の外交について、基本方針を決める集まりであった。

 軍師雪斎が現状&今後の策の説明を始めた。


「河東の北条は守りに徹し、目立った動きは御座いませぬ。

これは北条氏綱(ほうじょううじつな)様が急逝(きゅうせい)されたゆえ、と思われまする。

また、三河では織田信秀(おだのぶひで)がちょっかいを出して居りましたが、嫡男に不幸があった由。

暫くは尾張から出ては参らぬでありましょう」


 雪斎の報告に義元が笑みを浮かべ相槌をうった。


「戦が広がらず 何よりである」


 雪斎はその言葉にゆっくりと首を振り、義元を見据え言葉を継いだ。


「これは安定に非ず、停滞であります。

東西に戦を抱えた現状は今川に取って 良い状況では御座りません。

その上、甲斐武田家が信濃の大半を抑えた由、危ないと見なければ成りませぬ」

「武田は我が室の里。 同盟の先でもあろう? なぜ危ういのだ?」

「大国が小国を慈悲の心で守るが平和と言う物。

甲斐が信濃を飲み込んでは、もはや小国とは言えませぬし、甲斐も自身が大国と思い上がりましょう。

さすれば、愈々(いよいよ)貪欲に周辺に手を伸ばしたくなると言う物。

努々(ゆめゆめ)油断は出来ぬ国となりましょう」


 義元は考え込み、首を傾げたまま雪斎に訊ねた。


「…ならば、我が師は如何な手をお考えなのか?」

「我が家でお預かり致して居る 武田信虎(のぶとら)様を使いまする。

彼の方(かのかた)は晴信様に追われ、駿河に身を寄せてお居られるが、まだ国主の座を諦めては居りませぬ。

我等の合力で甲斐国主に戻して差し上げれば、今川の腹心となりましょう」


 義元が大きく頷いた時、今まで黙って聞いていた寿桂尼が口を開いた。


彼の方(かのかた)痴れ者(しれもの)じゃ。 晴信様に代え信虎様を甲斐に置くなど、正に虎を野に放つが所業。

雪斎ともあろう者が愚なる策じゃ」


 寿桂尼の速攻ダメ出しに雪斎は憮然とした。

 別に雪斎の肩を持つ訳では無いが、この案は彼なりの妥協策であったのだ。

 元々は雪斎党・香山からの提言で、原案はもっと過激な物であった。

 信長暗殺成功の報告に来た香山は、次に今川に立ち塞がるのは武田家であると告げたのだ。

 因みに『青田刈り作戦(信長暗殺)』は、義元も寿桂尼も知らされていない、雪斎独断で裁可された極秘作戦であった。

 今ならばこの日本(ひのもと)で鉄砲を持っているのは今川だけなのだから、色々画策するより力技で甲斐の国を盗ってしまえと言うのが、香山の案であった。

 流石に将軍家に連なる名家の今川が、理由も無しに同盟国を攻め取っては 天下の顰蹙を買ってしまう。

 こちらの常識でも受け入れられるラインで捻り出したのが “信虎復帰計画” であったのだが、背景を知らない尼御台には受け入れられなかった様だ。 一刀両断である。

 黙している師匠・雪斎を庇い 義元が母・寿桂尼に問うた。


「雪斎の指摘に因り北条と織田、背と腹に敵を抱え、容易ならざる事態と得心いたした。

また武田家が力を付けし事に注意すべしとの言葉、肝に銘じた。

斯様(かよう)な事態を招いたは、国主たるこの義元が力不足である。

母上は雪斎が策を愚なる物と仰せじゃが、儂は舅殿を使うは面白き策と思いました。

代わる策がお有りであれば、お聞かせ願いたい」


 寿桂尼は鷹揚に頷き、自愛に満ちた目で義元を眺め、ゆっくりと喋り始めた。


「雪斎が見立ては、大筋では申すが通りと思うて居る。

したが(わらわ)は、先に致すは北条との和議と思っている(おもうておる)

北条との仲違い(なかたがい)は武田との縁組が事の始めであったが、言うなれば北条氏綱様への不義理が原因。

氏綱様逝去を幸いとするものではないが、弔問と共に新たな当主:氏康(うじやす)様に詫びを入れれば 絡まった糸も解けるのではないか?

武田との事は今までの信虎様と晴信様の行いを見れば、どちらを信ずるか、自ずと判るであろう。

信虎様は諏訪を(そそのか)し戦に巻き込み召されたが、晴信様は頼重を飼い慣らされた。

信虎様は家臣と言えど異を唱える者は命奪われたが、晴信様は攻め込んで来た小笠原長時と言えど、我等を使って遠流(おんる)とされた。

晴信様の行いは貴人の振る舞いと見えるが、雪斎は如何思うか?」


 ここまで理路整然と述べられたら、無言で頭を下げるしかない雪斎である。

 義元はポカンと口を開け母を見ていたが、慌てて口を閉じ 感じ入った様に


「いやはや、母上の申される事、尤も…早速、北条への書状を用意いたします。

…さすれば武田への備えは、如何計らうがよろしいでしょうか?」

予予(かねがね)思っていた(おもうておった)手であるが…義元、一の姫は幾つに成ったかの?」

美禰(みね)に御座りますか? 五つと成りますが…それが?」

「晴信様には男子(おのこ)が居った筈…そうであったの雪斎?」

「はい。太郎君(たろうぎみ)なる御子が、確か 七つ八つで御座いましたな」


 寿桂尼の意図を察した雪斎が再度頭を下げつつ


「武田とは、より強い(よしみ)を得る御所存でございますな。

早速、武田家へ打診致します。

北条の件と併せ、準備に掛かりますゆえ これにて」


 雪斎は一礼すると悠然と退室していった。

 義元は雪斎を見送る途中で漸く理解し、大きく頷いた。

 今川家の外交方針が決した様である。


―――――――――

 …えーと、中の人です。

 呼ばれてもいないのに何事か? とお思いでしょうが、今さっきの今川の話し、ご理解いただけました?

 馬鹿にするな! と言いたげな人も居られるようですが、武田家、今川家の周辺の状況が思い浮かばないと、分かりづらいですよね?

 こんなこともあろうかと、勢力図も作っちゃったので、置いておきます。

 以下(図5)が、甲斐周辺の勢力図です。

 良ければご利用ください。


 図5:甲斐周辺の勢力図

挿絵(By みてみん)


 では、今回はこの辺で。


第71話・周辺状況再び 完

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