表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/101

第68話・天神様を通りゃんせ

忍芽(しのめ)様が討たれてから どうも体調がおかしい…

(ねんご)ろに(とむら)ってやらねば、化けて出そうである。

…と言う事で、そこら辺からの続きを始める事とする。

いざ本文へ。

 ここは尾張小田井川の右岸、枇杷(びわ)島と呼ばれる辺り、草薙紗綾(くさなぎさや)たちが明け方の川霧に紛れ、渡って来た場所である。

 八幡部隊は織田勢の追跡を(かわ)すため、左岸に残った禰津神平(ねずしんぺい)らの尾張組と、右岸に渡った美濃組に分かれたのであった。

 美濃組の陣容は、原彦十郎(はらひこじゅうろう)工藤籐七郎(くどうとうしちろう)源左衛門(げんざえもん)兄弟、望月新六(もちづきしんろく)草薙紗綾(くさなぎさや)望月千代(もちづきちよ)禰津里美(ねずさとみ)古澤亮按(ふるさわりょうあん)坂井忠継(さかいただつぐ)達川一輝(たつかわかずき)の10名と、真田忍芽(さなだしのめ)であった。

 忍芽は棺桶を用意する暇も無く、哀れを感じながらも戸板に載せ 川を渡った。

 見張りの新六と里美を土手に残し、枇杷島で弔いをしてくれる寺を捜さねばならぬ。

 早朝の勤行(ごんぎょう)の声を頼りに、そこそこ格式のありそうな山門を潜り、慇懃に願いを伝える。

 この世の関わりには流されず、仏の教えに沿い衆生(しゅじょう)を救うのが仏門の筈であるが、昨夜の雷鳴を聞いていた和尚は、厄介事へ巻き込まれるのを嫌い、弔いを断ろうとした。

 僧侶として あるまじき行為だと、憤慨する籐七郎を制し、彦十郎が かなり色を付けた布施をチラつかせると、あっさり葬儀が執り行われた。

 …地獄の沙汰も金次第 なのである。


 土饅頭の隅に六文銭を置き、念仏が終わった頃は、日が天頂に届く刻限となっていた。

 対岸の織田勢が神平を追い、下流に去ったのを見届けた新六と里美も戻り、寺から振舞われた飯にあり付いた。

 取り敢えず尻に火が付いた状態からは脱したが、いつまた 織田や雪斎党の探索がこちらに向かうか判らない。

 今日中に国境の境川(木曽川)を渡る事を目標に、寺を後にする美濃組であった。


―――――――――

 ここは小田井川の左岸である。

 実は、こちらに美濃組も尾張組も気付いていない、第三の追手が存在した。

 昨夜、吉法師を警護していた者共である。

 彼らは那古野(なごや)城からほど近い、小折村の生駒(いこま)屋敷の郎党であった。

 生駒屋敷は馬借と灯油の商いを手広く手掛けており、諸国の情報も集まる場所でもあり、当主 生駒蔵人(くらんど)は目端が利く人物であった。

 また、生駒家は吉法師の母(土田御前(どたごぜん))の親類筋に当たり、小折村は織田弾正忠(だんじょうのじょう)家の支配地外にもかかわらず、吉法師が入り浸っていたのである。

 入り浸る理由は美少女であった。

 早熟な吉法師は元服前から近隣の美少女をマークしており、その筆頭が蔵人の娘、(るい)だったのだ。

 そんな色ボケ小僧を追い返しもせず、大切に遇しているのは織田信秀(おだのぶひで)嫡男(ちゃくなん)なればこそ。

 あわよくば勢いのある織田弾正忠家に取り入る為である。

 (さく)の夜中に物の怪の巣と噂される押切館へ行きたいなどと言う 馬鹿馬鹿しい要求にも嫌な顔せず、長男の生駒八右衛門(やえもん)と 腕っぷしの強い郎党を護衛に付け送り出したのも、ご機嫌取りの打算であった。

 しかし!である。

 明け方になり、一人戻って来た八右衛門から聞いた顛末は トンデモナイ物であった。

 メス狐に化かされ吉法師様を見失い、捜し回っているうち雷が落ち、慌てて駆け付けると “吉法師を討った” との声がした…

 それで怖くなり、慌てて駆け戻ったと言うでは無いか。

 …(まず)い。 弾正忠家の嫡男を守れなかったのである。

 吉法師様の生死は定かではないが、非常にマズイ。

 八右衛門は狐のせいだと 泣き喚いているが、それが織田家に受け入れられる筈は無い。

 後始末の付け方を考えている所に、護衛の一人が泥だらけで戻って来た。

 この者は那古野城から駆け付けた織田兵に追われる様に、小田井川近くで隠れていた所、平手と神平のやり取りを聞く事になったのだ。

 話しを聞いた生駒蔵人は、吉法師を討ったのは武田であると知り、河原には女が居なかった事から、川を渡って逃げたと推察した。

 さらに考えを巡らせ、平手様が下流に誘われ追って行ったと言う事は、雌狐は川上が境川に向かったと推理を進める…

 生駒家が生き残るには自分たちを(たばか)り、吉法師様を殺めて逃げている武田の者を取り押さえるしか道は無い。

 川の向こう、清須城は守護代、織田大和守(やまとのかみ)家の所領であるが、断わりを入れておく暇はない。

 早速、郎党十人ばかりを集め、小田井川の向こう 清須周辺を探索する様命じた。


―――――――――

【美濃組:清須城下】

 街道を急ぐ彦十郎たちはウンザリしていた。

 清須(きよす)城に近づくにつれ関所の数が尋常ではないのであった。

 大和守家のゲートは一里に一つ程度だが、正体不明のバリケードが現代のコンビニ並みに乱立し、意味不明の名目で小銭を要求されるのだ。

 結果、支払い待ちの人溜まりで時間を喰い、1里(約4㎞)進むのに 2刻(約4時間)掛る事態となっていた。

 枇杷島から一宮天神までの3里程を1日で駆け抜ける気でいた美濃組は、イライラが募る。

 こんな所で育てば、信長が関所を撤廃し “楽市楽座” を発想するのも頷けると言う物である。

 とは言え、現在は人目を避けての逃亡の途中である。

 目立たぬ様 息を殺してやって来たのは 清須城下町の大門である。

 ここは大和守家の正式な見附門で、旅人 特に他国者は念入りにチェックされる。

 そろそろ日も傾きだし、押切館の騒動がこちらに伝わっていてもおかしくは無い時刻である。

 非常線が張られているのではと、ドキドキの関所であったが、知らせが届いていないのか、淡々とチェックが続く。

 美濃組は、他国者ではあったが物騒な物(物騒に見える物)は護身用しか持ち合わせて居らず、ほぼお咎めなしであった。

 無事 城下に入った所で一思案である。

 先を急ぎたい所ではあるが、日が落ちての移動は、野盗の跋扈など それはそれでリスキーである。

 考慮の結果、予定外の清須城下で一泊となった。

 しかし禍福は糾える縄の如し。 それが良い方にも転がるのである。


 清須城は尾張守護代 織田大和守家の本拠である。

 織田信秀の家、弾正忠家は本来 清州三奉行の一角なので、大和守家の家臣なのだが、最近は信秀の勢いが主家を上回り、色々と軋轢が生じていた。

 信秀の息の掛かった者が騒ぎを起こす事も度々であり、他国者のチェックが厳しいのは先程言った通りだが、ここ最近は小田井川の向こう、弾正忠家の支配地からの人間も念入りに審査されるのだ。

 宿で一息ついている彦十郎たちの耳に、揉め事の声が聞こえて来た。

 生駒の探索隊であった。

 各々、馬に乗り 弓矢に薙刀、長槍を抱え 殺気立った一団は、当然ながら見附門で停止させられ、詮議対象となる。 

 生駒八右衛門が小田井川の向こうで弾正忠家に対し狼藉があった事を説明し、このままの通過を願い出るが、大和守家は我関せずの態度であった。

 何ならこの機会に足を引っ張ってやろうの反応で、各自 長刀一本の所持のみ許され、弓矢に薙刀、長槍は関所預かりとなった。

 野次馬に紛れ、状況を知った新六は 予期せぬ追手の存在に冷や汗が出る思いと、こちらが先に相手を知ると言う予期せぬ幸運に頬が緩む 複雑な思いに至るのであった。

 早速 宿に戻り、新手の追手の正体、対策を協議する美濃組である。

 美濃組でも実質参謀の工藤(弟)源左衛門が、情報の整理を行う。


「生駒と名乗って居ったのですな?

ならば昨夜吉法師様の警護をして居った者たちで御座ろう。

己たちに塁が及ぶを恐れ、我等を捉えようと躍起になって居ると思えますね」


 弟の分析を受け、工藤(兄)籐七郎が献策する。


「我等の追手がここ迄迫って居るとなれば、一刻も早く(はよう)境川に向かうべきではないか?」

「否 兄者、この時刻に町を出るは危うい。

彼等はこの宿場も探りはしましょうが、城下町で騒ぎは起こせぬでしょう。

今はこのまま町に居るが安全」

「そうは言うが源左衛門、其方(そなた)は昨夜、あの者たちと合って(おうて)居る。姿は見られて居ろう」

「…狐面を被っておったゆえ、声を立てねば誤魔化ましょう…

今宵は寝ずの番を立てるに留め、明日 明け方から一気に天神へ駆けましょうぞ」

「しかし、斯様な者共に追われては 無傷で逃れられるのはいささか難しいくなって来たぞ…

亮按先生や一輝殿、城西衆の方々は身を守る小太刀も持って居らぬ」


 籐七郎や里美の “このお荷物どうしよう” 的な視線に晒された古澤だが、何やら坂井や達川と相談していたらしく 悪戯を思いついた子供の顔で口を開いた。


「あのぉ、僕たちも役に立つところお見せしますよ。

一合徳利五~六本と一間程度の麻紐も同じ数、用意できます?」


―――――――――

【美濃組:美濃路】

 卯の刻(午前4時~6時)に見附門が開くと共に清須城下を出た美濃組一行は、一路 国境の一宮天神を目指した。

 清須からは約2里チョイ(10㎞)の平坦な道である。

 本気を出せば3刻(6時間)あれば行ける距離だが、途中の私設関所の数と 生駒衆に見つからずに逃げ切れるかが、勝負のポイントであった。

 平坦で見通しの効く道は 身を隠す場所がほとんど無いと言うデメリットはあるが、生駒衆の殺気立った騎馬集団が立てる砂塵も遠くから察知できると言う、メリットもあった。

 禍福は糾える縄の如しである。

 砂塵が見えると美濃組は望月新六の発案の策を取る。

 くるりと進行方向を変え、清州に向かう集団を装うのである。

 逃げる者を追う集団は無意識に前方の背中を注視する。

 ゆえに向かってくる者への注意が漏れる。

 この方法で追跡者をやり過ごしたら、また向きを変え天神を目指す。

 非常に初歩的なトリックであるが、シンプルゆえに引っかかる 忍びの技なのであった。

 そんなこんなで何往復もする生駒衆をやり過ごし、行きつ戻りつしつつも 一宮天神の渡しはもう目と鼻の先となった頃、3度目の生駒衆の砂塵が後方に見えて来た。

 美濃組も慣れたもので踵を返し、黙々と元来た道を戻る。

 すれ違う程に近づいた所で、生駒衆の先頭の男が片手を上げ、隊列を止めた。

 何が起こったか判らぬ様で、生駒衆の馬はたたらを踏んでに停止したが、我関せずで通り過ぎようとする美濃組。

 生駒衆の先頭の男、生駒八右衛門が馬を返し 美濃組の行く手を塞いだ。

 何事かと顔をあげた彦十郎に八右衛門が問いかける。


御手前方(おてまえがた)は 何処へ参られる?」

「は?われらは清州の城下へ物売りに参る途中じゃが。 御手前らこそ、何用じゃ」

「清州へのう…我等は今朝よりこの街道を行き来しておるが、何度か御手前方(おてまえがた)出合った(でおうた)な」

其方等(そなたら)が何度も行き来しておれば、何度も目にするじゃろ。それがどうかしたか…」

「清州へ向かって居るにも拘らず、出会う度に清須より離れて御座る。不思議では無いか?」

「…それは、誰かと見間違って(みまちごうて)おるのじゃろ」

「いいや其方等(そなたら)じゃ。 童形と女子の多い旅の一座など、そうそうおらぬでな」


 八右衛門の言葉で状況を飲み込んだ生駒衆が美濃組の周りを囲んだ。

 薙刀やら十字槍などに重武装は清州の関所で没収されているとは言え、全員長刀(ダンビラ)で武装している。

 それが馬上から良くない目付きで迫って来るのである。

 天神の渡しはあと1町(約100m)であるが、そこに駆け込めばゴールと言う訳では無い。

 美濃組の彦十郎は周囲を見渡し、渡しの船溜まりから、野次馬が集まって来るのが見えた。

 彼等を巻き込むのは面倒事になりそうだ…等と考えながらも生駒八右衛門に問いかける。


「これは一体、何のおつもりで? 我等が何をしたと?」

「判っておろうが! 押切館で我等を誑かし、吉法師様への狼藉、許し難し。 信秀様に引き渡すゆえ、神妙にいたせ!」


 どうやらバレた様だ…ここは自分と工藤兄弟、それに新六が切り込み、血路を開くしかなかろうと 新六にアイコンタクトを取ろうとした所、にゅ と亮按先生の顔が割り込んできた。

 ニコッと笑うと


「僕たち城西衆が馬を追い散らします。そしたら後ろの船溜まりまで走りましょ。 その後はどさくさ紛れで…」


 と言い置くと 亮按、達川、坂井の3人が生駒衆の前に歩み出た。

 “その後はどさくさ紛れで” どうするんだ? と思いながら見ると亮按たちは一合徳利の首に麻紐を結んだ物を振り回している。

 生駒衆も同様に訝しんでいる所へ 「やー」 の掛け声と共に馬上の男たち目がけ、一合徳利を放った。

 ヒョロヒョロヒョロ と麻紐を引きずる様に飛ぶ一合徳利。

 事も無げに騎乗の者が鞘で打ち払う。

 一合徳利はガシャと音を立て割れ、四方に破片が飛んだ。

 数舜後、鞘を振るった男と 男の乗った馬が踊る様に回り出した。


「熱つつつつ!」


 亮按たちは第2弾の徳利を放つ。

 今度は馬の足元に叩きつけられ弾け飛ぶ徳利。

 ボワッと何かが立ち昇った様に見えた。

 こちらも馬が棒立ちとなり、騎手を振り落とすと狂ったように走り回り出した。

 美濃組の面々も何が起こったか判らず、古澤を見つめる。

 と 達川が得意げに宣言した。


「見たか!城西衆の火炎弾だ!」


 古澤が得意げに、彦十郎たちに声を掛ける。


「さぁ!今のうちに船溜まり迄 走りますよ!」


 勢いに押され、思考停止のまま走る美濃組たち。

 察しの良い読者諸氏であればお気づきであろうと思うが、古澤たちが使用した物をかいつまんで説明しよう。

 甲斐から持参した消毒用高純度アルコールを小分けにした火炎瓶である。

 諏訪の小笠原戦で威力を発揮した “青玉” の小っちゃいヤツである。

 一合徳利に高純度アルコールを入れ、油を沁み込ませた襤褸切れで栓をし、火を点けてから首に巻いた麻紐でぶん廻し、放り投げるのである。

 ダビデとゴリアテで有名な遠心力を利用した投擲法であるが、こちらの本命は徳利内のアルコールだ。

 目の前にフラフラと飛んで来た徳利をぶち割ると、一瞬で発火したアルコールを浴びる事となるのだ。

 アルコールの炎は青白く、昼光の下では見えづらい為、意味も無く踊っている様に見えたが 衣服に染みた炎から逃れる為の必死のダンスなのであった。


 何が起きたか近くで見ようと集まって来る野次馬を掻き分け渡しの船溜まりへ急ぐ亮按たち。

 ここから先は出たとこ勝負の側面が強かったが、こういう時は助っ人が出るモノなのである。

 面白そうに見ていた髭面の男が古澤に声を掛けて来た。


「おう、お主らは織田信秀と遣り合って(やりおうて)居るのか?」

「へ?遣り合うつもりは無かったんですけど、何か追われてるんですぅ」

「何をしたんじゃ?」

「別に…城に火を点けたとか?」

「ほ!信秀の城を焼いた?!」


 古澤の横で源左衛門が厳しい顔で声を被せた。


「亮按殿!余計な事を申すでない」

「おっと、いっけね!」


 このやり取りも面白そうに見ていた髭面の男がさらに声を掛けて来た。


「お主らが織田信秀に追われておるなら、助けてやっても良いぞ。

追手が面食らう(めんくろう)ている内に こっちへ参れ!」


 古澤が呼ばれるままにフラフラと髭面の男の方へ進んで行く。

 その古澤に引っ張られる様に美濃組全体が髭面の男へ吸い寄せられていった。

 髭面の男は一軒の掘っ立て小屋の入口で手招きした。

 古澤を先頭にぞろぞろと入り終わると戸口に(むしろ)が下ろされた。

 小屋の中では古澤を制し、彦十郎が先頭に立ち、髭面の男に声を掛ける。


「お助けいただけるとは有り難いが、見ず知らずの我等に手を貸して下さるは、何がお望みかな?」

「ははは。確かに見ず知らずではあるが、面白い物をお持ちじゃな。

それが何か、大層気になる。 それに、我も織田の信秀には因縁があっての」


 源左衛門は目を細め、髭面の男を疑いの眼差しで見ているが、突拍子も無い事に慣れているリーダー彦十郎は快活に答えた。


「…なれば、まずはこちらから名乗り申す。

我は原康景(はらやすかげ)、甲斐武田の臣で御座る。

ここな者たちはゆえあり、織田信秀様に追われておるが、(やま)しい事一つ御座らぬ。

只々誤解が溶ける時間まで、逐電いたすのみ。

境川を越えようと、天神の渡しを目指して来たのじゃが…」


 髭面の男は頷き、口を開いた。


「儂も名乗ろう。

我は松原芸久(まつばらのりひさ)と申す、川船頭に御座る。

船頭ゆえ渡し船は持って居るが、今は織田が国を閉じて居るゆえ 舟は出ぬぞ」

「何と…」


―――――――――

 えー突然ですが、中の人です。 御無沙汰しておりました、61話ぶりですか…

 またもや新登場の人物 “松原芸久” です。

 川船頭と言っていますが、それがどの様なJOBなのか、どんな立場なのか…彼の口から説明させると長くなるので、こちらが担当させていただきます。

 えーと、まず どんな立場かと言うと、境川(木曽川)沿いに勢力を持った土豪です。

 川舟を使った物流を生業(なりわい)としているのですが、亘利(わたり)城を根城に手広くロジスティクス(物流)を担当しています。

 木曽川は濃尾平野を貫く大河なので、その活動圏は広く、内紛の絶えない織田家や土岐家などを恐れないで良い程の経済力を持っています。

 織田弾正忠家が津島、熱田といった港を手にした事で経済力をUPさせた事でも判る様に、物流を抑えるのは強い訳ですね。

 ですが、この時期 美濃と尾張は紛争中であり、美濃兵が越境するのを妨害する為、織田信秀が触れを出しています。

 曰く “商人、僧侶以外は国越え禁止” です。

 しかし実際はこの近辺を支配している織田大和守家も松原芸久たち川並衆も、物流を止めたくはないのです。

 物流が利益の源泉ですからね。

 ならどうするか?

 表向きは舟を止め、裏で貿易をするんですね。

 正に古今東西、『上有政策下有対策』=(上に政策あれば下に対策あり)です。 (※1)


 ※1:上がいかに政策を施行しようとも、民衆は、それを潜脱する方法を考え付いて、政策を骨抜きにするの意。 中国大陸では数千年の実績を持つ言葉である。


 で “松原芸久” に戻りますと、彼は元々 土岐頼芸(ときよりあき)の家臣だったりしたんですが、頼芸が追い出されると 美濃守護代 斎藤利政(としまさ)に鞍替えし、利政の密命を受け裏稼業もやっている一筋縄では行かない人物なのです。

 そんな芸久だからこそ、密輸業者的嗅覚で古澤たちが使用した火炎瓶に反応し、声を掛けたのでした。

 以上、解説を終わります。


―――――――――

 火炎瓶攻撃を辛うじて避けた八右衛門は暴れ馬を鎮め、何とか生駒衆を立ち直らせていた。

 動ける人数は半減していたがまだ曲者を取り逃がした訳では無い。

 奴らが逃げ込んだと思われる船頭小屋へ向かおうとした八右衛門は、周辺の視線にたじろいだ。

 国越え禁止の触れで川を渡れず、鬱憤も溜まった旅人が胡乱な目で八右衛門たちを睨んでいるのだ。

 ちょっとした刺激で暴動が起きるのはこの様な状況だろう。

 馬と郎党を宥め、静々と歩みを進める八右衛門の前に、髭面の男が立ち塞がり 声を発した。


「ここは我等川の民の領分じゃ! 生意気に馬何ぞに乗った(おか)の奴等が何用じゃ」

「我等は織田信秀様に仇為したる曲者を追って居る!

我等を邪魔するは弾正忠(だんじょうのじょう)家に逆らう者と断じ、処罰いたすから恐れ入れ!」

「なーにをほざくか!我等は川の民と申して居ろうが! 織田弾正など屁でも無いわ!

織田の触れ等知るものか!

皆の衆、これより渡しを始めるぞ! 境川を渡りたき者は我の下へ集え。 舟を出す!!」


 天神の渡しに溜まっていた旅人たちから歓声が上がった。

 我先に船着き場に殺到する人々に押し出され、生駒衆は追い散らされたのであった。


 ()くして幾つかの偶然と必然に導かれ、美濃組は国を越えるのであった。

 因みに彦十郎たちは最初の渡し船に乗せて貰えたのだが、対岸で下ろしては貰えなかった。

 松原芸久は上流に向かい舟を進め、笠松の対岸から稲葉山を目指すと言う。

 是非とも斎藤利政(後の道三)に会わせるそうである。

 尾張の虎口を逃れたが、美濃の(まむし)の巣に行くこととなった美濃組、いかなる仕儀となるのか。

 再び、次回を待て。


 第68話・天神様を通りゃんせ 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ