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第63話・朔の夜には…

那古野で(さく)の日に何かが起こる…

宮宿の真田忍芽、そして古渡の禰津神平、別れ別れの八幡部隊は那古野に集結できるのか?

そっちも気になるが、雪斎党の目論見も気になる所ではある。

そんな訳で今回は3者の動きを追ってみたいと思う。

戦国奇聞!(せんごくキブン!) 第63話・(さく)の夜には…


 前話で禰津神平(ねずしんぺい)の手に乗り、古渡(ふるわたり)城から宮宿まで体よく お使いをさせられた男(以後、古渡Aと呼ぶ事とする)であるが、丁寧に包まれた鷹用の練り餌を受取ったのが()の刻(22時ごろ)過ぎであり、木戸は閉められていた。

 大抵の宿場は夜間には防犯等の目的で宿場両端の木戸は閉鎖されるのである。

 いくら 城に火急の用である と恫喝しても、通行証が無い限り木戸は開かない…開く筈が無い。

 足止めされ、焦る気持ちを押さえつけ、一夜の宿を探しに戻る古渡Aであった。


 さて時間は多少戻るが、雪斎(せっさい)党の様子は…


―――――――――

【雪斎党:那古野】

 ここは尾張、押切館(おしきりやかた)である。

 那古野(なごや)城から四半里チョイ(1.5㎞)西に行った、土塁に囲まれた館だ。

 元々この場所は今川方大屋秋重(おおやあきしげ)の城、押切城であったが 十年ほど前、織田信秀(おだのぶひで)が那古屋城を攻略した際に攻められ、秋重は討ち死 城は焼け落ち、廃城となった。

 その焼け跡の二の丸辺りに秋重の遺族や今川遺臣の縁者が住み着き、拡張されてきた建物が誰ともなく 押切館 と呼ばれているのである。

 周囲には荒れたままの城跡が広がっており、サバゲ―(サバイバルゲーム)フィールドの様相である。

 ピンと来ない人は、ゲゲゲの鬼太郎が住んでいそうな所と言えば伝わるか?…余り変わらんかもしれんが。

 そんな荒地で一段高い、本丸の跡地には幕が張られ、幕内には白木舞台が作られていた。

 舞台に繋がる橋掛かりの先の小屋では、修験者の様な出で立ちの者が図面を手に打合せをしている様だ。

 カメラを寄せると、雪斎党の香山(こうやま)(教頭)と藤林(ふじばやし)(忍者頭)だ。

 計画の最終確認中である。

 香山がチェックリストを基に進捗状況を確認し、不明点があれば即座に下忍を走らせている。

 イベント開催に慣れている様子なのは、学校関係者のスキルであろうか。

 香山の横では手持ち無沙汰な藤林が 感心した様な、追従の様な面持ちで言葉を掛けた。


「大層な計略も、愈々(いよいよ)で御座るの…それにしても、織田方の心を読み切った策 甚だ見事でありますな」

「ぐふふ…」


 顔を覆う面布で判りづらいが、藤林の言葉を受け 香山が笑った様だ。

 得意げな声で話し出す。


「我等には藤堂(とうどう)が居るからの…あの者は吉法師(きっぽうし)は言うに及ばず、織田信秀であろうと平手政秀(ひらてまさひで)であろうと、織田家中の心の内を、知り尽くして居る…」

「信秀等の大人はまだしも、(わらべ)の吉法師の(たち)は、身内以外は知らぬと思うが…なぜ判るのじゃ?」

「ぐふふ、それが儂らの力じゃ。 そもそも織田を討つ策を講じたは…」


 香山は大願成就が見え興奮したのか、自慢話しを始めた。

 教頭の話しは大抵長くなるので、ここからは要点だけをお伝えしよう。


 信長(のぶなが)(吉法師)暗殺計画は、香山たちが雪斎=今川の保護下に入った当初から練られた物であった。

 今川義元(よしもと)に寄生すると決めたら、今川に降りかかる最大リスクは信長である。

 自分たちの居場所を確保する為には、これの排除を第一目標とするのは当然であろう。

『青田刈り作戦』 と名付けられたミッションは、日本史専攻の藤堂健一(とうどうけんいち)の知識・見識を最大限に使った、かれこれ1年以上の準備を掛けた大作戦である。

 その骨子は…

  ・力を持つ前に信長を暗殺するべく、元服直前の吉法師をターゲットとする。

  ・歴史的に知られた吉法師の性格、旺盛な好奇心と反骨心、実証精神を利用し罠を掛ける。

 であった。

 とは言え 骨子は決めても具体策は中々決まらなかったのだが、生徒 “草薙紗綾(くさなぎさや)” の名前を面白がった雪斎の戯言から、草薙剣(くさなぎのつるぎ)の罠を思いついたのであった。

 そこに軍師としての雪斎も乗っかって、話しが大きくなった。

 そこから先は、今までの断片的な情報にあった様に わざわざ草薙剣を作成し、それっぽい神楽舞を創作させ、熱田神宮に在る剣は偽物との噂を流し、平手に偽文書を送り…と、そこまでやるか とスケールアップしていった。

 雪斎曰く “己の為の偽りは罪、大義の為の偽りは方便” との説に乗った結果である。

 …嘘も方便 はお釈迦様のお言葉と伝わるが、便利な言い訳である。

 そんなこんなでここ迄来て、最後の詰め、吉法師の誘い出しとなった。

 通常、乳母日傘(おんばひがさ)で引き籠っている若様であれば、噂を聞かせるのも一苦労なのだが、(うつ)けと評判の吉法師なら 手はあった。

 吉法師と取り巻きの悪童が出入りしている、生駒屋敷に最後の餌を撒いたのだ。

 “本物の草薙剣で熱田の社に雷を落とす儀式を朔の夜に行う…” と言う餌である。

 旧今川の残党が行う儀式なれば、多数の護衛を引き連れては行けない。

 相手ば逃げ出し、儀式が見れなくなるからだ。

 見たければ少人数で城を抜け出して来るしかない。

 普通ならば釣れる筈は無い餌であるが、自分の目で見なければ納得しない性格の吉法師=信長であれば、確実に乗って来る誘いである。

 これも記録、逸話で得た 吉法師=信長 の性格を分析し、思考・行動パターンを把握していた歴史教師 藤堂の読み勝ちである。

 そして、ここまで大きなプロジェクトを推進出来るのは、マネジメント能力の高さである…と、香山は鼻息を荒くした。


 長い自慢話しに付き合っていた藤林が呆れたような声で


「しかし、それで釣れると知って居れば、噂を流すだけで良かろう?わざわざ宝剣を(こしら)えたり、女子を(かどわ)かすなど、要らぬ手間では無かったか?」

「そこが其方(そち)の詰めの甘さよ。

丹精込めた宝剣を手にしてこそ、霊力の宿りを信じる事が出来る。

こちらが信じねば周りは疑う…特に童は鋭い。

大きな嘘をつくには周りは本当で固めねば相手は信じぬのじゃ」


 藤林は納得した様な、しない様な顔で頷いたが、また 小首を傾げ 根源的な疑問を口にした。


「成程…ではあるが…なぜ、吉法師なのじゃ?

あの様な子倅では織田の痛手は大した事では無かろう…信秀には他にも子は居るし。

討つならば信秀であろう?」


 香山は “信秀などは病で直ぐに死ぬからだ” と言おうとして、辛うじて言葉を呑んだ。

 藤林には自分と藤堂が未来人とは明かしていない。 歴史的事実を喋っては、後々面倒となる。


「ふん…其方(そち)には判らぬ大計があるのじゃ!

それに “蟻の穴から堤も崩れる” と言うであろう。 何事も慎重に先回りしてこそじゃ。

…そう言えば、熱田辺りで草薙の巫女を捜して居ると言うヤツらはどうなった?」


 八幡部隊の動きは香山たちにも感づかれていた様だ。

 が、今度は藤林が得意げに答えた。


「あれは津渡野(つどの)で寺を襲ってきた者共で御座った…」

「中畑と真田幸村か?」

「否、幸綱(ゆきつな)で御座る。…あの美月とか申す菓子配りの巫女と真田は、諏訪で暴れて居ったと楯岡道順(たておかどうじゅん)から知らせが有ったゆえ、てっきり 甲斐に戻った物と思うたが、しつこく追ってき居った」

「正に 蟻の一穴 では無いか! それを 油断 と言うのじゃ」

「なぁに、手は打った。

平手に北畠の書状を流すついでに、奴等武田の手の者であると耳打ちしたら…あっという間に捕らえて行ったぞ。

元々大した人数でも無かった様じゃで、心配は要らぬ」

「吉法師の傅役(もりやく)に、吉法師を殺す露払いをさせたのか? ぐふふ…そちも悪よのう、ははは」


 正に悪役(ヴィラン)。 東映(太秦)時代劇を彷彿とさせる会話は続くのであった…


―――――――――

【神平組:古渡城】

 こちらでは古渡Aを使いに出した後も 穏便に軟禁状態から脱する方策として、申し開き&吉法師に危険が迫っている旨の警告を発し続けていた。

 丁寧に説明するからと 面会を願い出ていたが、状況は悪かった。

 兵からは信秀、林秀貞は三河安祥へ、平手政秀は織田大和守家への使いに出かけ、誰も居ないと聞かされ、直ぐの解放は望み薄の様であった。

 明けて翌日、午前(ひるまえ)には宮宿から古渡Aが戻り、忍芽(しのめ)から受け取った練り餌と使用上の注意書きを神平に差し出した。

 受取った神平は表書きにざっと目を通しつつ、紙の細部を観察した。 やはり炙り出しの返信である。

 使用上の注意書きの内容に話しを合わせ、 勿体付けて古渡Aに話しかけた。


「こちらが指示した材料が揃わなんだ、と書いて御座る。

なれば、持って参った練り餌に手を加えねばならぬで 奥で少々、調理が必要での…一刻程 時間が掛かる見込みじゃ。

それまでの間、鶚丸の様子を見ていて頂けぬか…」


 神平は体よく古渡Aを追い出すと、炙り出しを改めた。

 連絡文には忍芽組も那古野に着目し、探査を始め 既に雪斎党の尻尾を掴んだとあった。

 さらに次の朔の日…つまりで明日に動く気配あり とも記されていた。

 早速 神平がメンバーに状況説明と身の処し方を指示した。


「忍芽殿からの知らせでは、先に那古野、押切館に向かうとあり、明日の夜には事が起きるとある。

表に出れば佐野縫殿右衛門尉さのぬいえもんのじょう なる者が、押切館まで案内して呉れる手筈となっては居る。

なれば、我等も直ぐにでもここを脱したいが、昼日中に逃げ出しても 追手を撒くは至難であろう…

ここはぐっと我慢し、見張りの気も緩む夜中にここを出ようと存ずる。

儂と十座で見張りを眠らせるゆえ、亮按(りょうあん)先生と忠継(ただつぐ)は儂と共に。

彦十郎殿、籐七郎殿は源三郎殿と共に動き召されよ。

されば、時が来るまで悟られぬ様、各々方、抜かりなく」


―――――――――

【忍芽組:那古野】

 さて真田忍芽(さなだしのめ)一行である。

 忍芽、里美、新六も木戸の開くのを待ち構え宮宿を発ち、午過(ひるす)ぎには 那古野に到着した。

 今日は晦日(みそか)、月末である。 と言う事は 明日が月初め、新月=朔の日である。

 朔の夜に雪斎党が事を起こすとなれば、早急に作戦を立てなければならない。

 それに、古渡城の神平たちが間に合うかどうか判らず、連絡方法も無い以上、今居る6人で紗綾を取り戻す策が必要なのだ。

 まずは現在の状況の整理、相手の手の内の推理である。

 新六が張り込み中の源左衛門を呼びに行っている間に、百姓女姿の千代が戻って来たので、こちらの報告を先に受ける。

  ・食材を届けた所、館の奥で多数の職人が作業をしていた。チラと覗くと舞台が組まれている事が判った。

  ・明日の昼には大量の(たきぎ)を届ける様、注文を受けた。

 舞台があるとすれば、秘在寺で幸綱たちが目撃した剣舞を行うつもりなのだろう。

 …となれば、どこかへ出かける事無く、吉法師を押切館へ誘い込むと推理できる。

 大量の薪も舞台の照明と考えれば納得できる。


 そこへ新六が張り込みメンバーを連れ帰り、今度は定点観測の整理である。

 遠眼鏡(とおめがね)(望遠鏡)で確認した人員では偉そうな中年男2名、見た目がそっくりな偉そうな若者2名、巫女姿の女性が3~4名、下人が1ダース位…合わせて20人程度の様だ。

 秘在寺の遭遇戦と照らし合わせると、

  ・偉そうな中年男が、香山という城西衆と同じ国の者と 伊賀者の頭。

  ・見た目がそっくりな2人が、坂井に手傷を負わした双子の忍者。

  ・草薙紗綾は巫女姿3~4名の中に居る。

  ・その他大勢が10名チョイ。

 神平たちから聞いていた陣容とぴったりである。


 次に織田信秀嫡男、吉法師の動向であるが…こちらはほとんどノーマークであった。

 那古野に発つ直前に神平から知らされるまでは 標的は織田信秀と聞かされていたのだから、当然と言えば当然である。

 地元では吉法師の噂では常に悪童5~6人で行動しており、近所のガキと見分けが付かないとの事である。


 以上の事から総合的に分析すると…

  ・雪斎党の人数をこちら6人で相手するのは現実的では無い、無理。

  ・紗綾を取り戻し、吉法師をガードするのは常識的に見て、無理。

 と言う冷徹な事実を、淡々と口にする源左衛門であった。

 …まぁ、そうだろうけれど、…である。

 皆の想い(読者の思い)をひっくるめ、達川が口を尖らせ食って掛かった。


「そんな簡単に “無理” って言うなよぉ。 何の為にここ迄来たんだよぉ」

「したが、正しく見ればそうなろうて…顔が判らぬ紗綾殿を探し出し、取り戻すだけでも(むつか)しき所。

吉法師様も同時に守るなど…想像つかん」


 ヒートアップしそうな二人を宥める様に 優しい声で千代が


「そうでありますね…せめて忠継殿か神平様が居れば、紗綾殿の見分けが付くものを。

さすれば打てる手も、もう少し 思案できよう程に…」

「そうか、紗綾の顔、オレしかしらないのか…絵が上手ければ似顔絵でも…て、待てよ…」


 突然 達川が懐を探り、スマホを取り出した。


「暫く電源入れてなかったけど、起動するかな…おっ入った…」


 何が始まったが理解出来ない源左衛門が、ガサゴソ操作している達川に声を掛けた。


「…何をしておるのじゃ?」

「へっへっへ、千代さんのリクエストにお答えします。 …草薙紗綾の顔、見せまーす。…隠し撮りしといてヨカッタ~」


 とスマホの画面を皆に掲げた。

 一目惚れした少年の、ちょいヤバな行動が役に立つ事も、広い世界では起きるのだ…

 そこには隠し撮りされた、屈託なく笑う制服姿の紗綾が映し出されていた。

 しかし、差し出された画面を覗き込んだ源左衛門は意味が判らず、


「なんじゃぁ これは?!」


 周りの千代は驚きの叫びを上げ、新六は腰を抜かした。

 随分と前に上原城で勧進組や諏訪衆が同じような反応を見せた事があったな… (※1)

 こうならない為に鷹羽先生が生徒たちに “自分の持ち物を見せびらかさない” てのを 約束させた筈だが…達川は覚えていない様だ。 (※2)


 ※1:パッドとアプリで諏訪頼重を確保した一件である。 詳細は第11話参照。

 ※2:今となってはスマホロスも克服した様だからしょうがないか… 先生との3つ約束は第2話参照。


 鏡よりも鮮やかな像を映し出す “スマホ” なる物に皆の興味は集中した。

 達川は質問の十字砲火に見舞われたが、当然ながら まともな答えを言える訳が無い。

 回答と質問が3往復程した時、混沌を忍芽が立ち切った。


「その話はそこ迄と致しなされ! 刻が無いのです。

皆、紗綾殿の顔は目に焼き付けましたか? これで探し出し易く(やすう)なりましたね。

では、次に目的の後先(あとさき)をはっきりさせましょう。

紗綾殿の顔が判ったとしても、吉法師様をお守りしつつ、紗綾殿を奪いに行くのは、容易ではありません。

どちらかを諦めざるを得ない時は如何するか決めます。

…吉法師様に何かあれば、武田と織田 御家の(いさか)いとなってしまいますゆえ、こちらを優先と…」


 達川が目を剥いた。 が、源左衛門が先に口を開いた。


「お待ちを! 長々と雪斎党を追って来たるは紗綾殿奪還が為。

織田にチョッカイを掛けて居るは雪斎党、今川家で御座りましょう?

我が武田は巻き込まれた側にて織田に遠慮して紗綾殿を取り返せぬでは本末転倒。

ここは紗綾殿が第一、第二は我等が命、余裕があれば吉法師様の安全…これが妥当で御座りましょう」


 忍芽は源左衛門の意見に異を唱える者がいないのを確認し、頷いた。


「承知。 ならば如何な策で紗綾殿を取り戻しましょうや?」

「押切館で紗綾殿を捜しまわるのも中々、かと言って 舞台上で奪うは至難の業。

一層の事(いっそのこと)雪斎党の目的達成(吉法師暗殺)まで待ち、彼奴等が油断するのを狙っては?」

「吉法師様は後とは申しましたが、討たれるを待つ…は、無情と言う物。

また、相手の手の内が判らぬ以上、紗綾ごと切り捨てられるやも知れず… 他の策は?」

「ならば舞台に上がる前に取り返せれば…」

「主役が消えれば否が応でもバレてしまうでは無いか…ダメじゃ」

「…否、手は在る」


 忍芽が答え、同時に里美が頷いた。

 忍芽は一旦奥へ行き、何かを持って戻って来た。

 そして皆の前で真っ赤な巫女装束を開陳した。


「これなるは、駿河草薙神社の巫女装束で御座います。

秘在寺の草薙紗綾を見た我が夫、幸綱様が出所を探り、何かの役に立つやもと、持たされました。

これを里美が着て、入れ替わります」


 皆が頷き、源左衛門が後を受けて喋りだす。


「されば頼まれた薪を少なく持ち込みましょう…

少ないと文句を言われましょうから、日が落ちてから追加の薪を補充と言って運び込み、それに紛れて里美殿を送りましょう。

吉法師様が到着し、周りの気がそちらに向いた時、薪に煙玉を放り込みまする。

それを合図に里美殿に派手に暴れていただければ、その隙に紗綾殿を連れ出せましょう。

それに雪斎党の目論見では…紗綾殿は主役に非ず、吉法師様が目的。

吉法師様が目の前に居れば、紗綾殿が逃げたと知れても追う者は居らんでしょう…」

「成程…なれば、紗綾殿と入れ替わる機を違わねば、奪還は叶うと言う物!」

「して、紗綾殿を取り戻した後…退路の手筈は?」

「舟を使いましょう。 押切館の半里も無い先が小田井川(現:庄内川)で御座る。…新六殿、船頭と話を付けて頂けましょうや」


 作戦がサクサク決まって行く様だが、達川が心配げな口調で声を上げた。


「身代わりの里美が殺されちゃうぞ…大体、里美と紗綾じゃ顔が違うじゃん。 バレちゃうよ。

あっそうだ。 それに紗綾は里美の事 知らないぞ。 助けに来たって言っても簡単には信じないんじゃ…」


 周辺に一瞬動揺が走ったが、里美が事もなげに答えた。


「ほぉ、一輝は思ったより知恵が回るようじゃな。

したが我の身は心配には及ばぬ。 色々術を持って居るから、我一人の方が逃げやすい程じゃ。

それとの、女子(おなご)は化粧で化けられるのじゃ。 今一度紗綾の顔を見せよ。 見分けが付かぬほど化けて見せる。

だが、紗綾殿が我を知らぬは、尤もじゃ…な。

お、そうじゃ。紗綾殿と一輝は幼馴染であろう? 二人しか知らぬ事を何か教えよ。 それを喋れば信じて貰えよう」

「え? 紗綾とオレの二人だけの秘密?」 


 考え込む達川であるが、そんなもの有るのだろうか… 何しろ盗撮する様な仲だぞ。

 と、小さな声で


「あった…。 “LINEで告ったけど、既読スルーされた達川が来ている” って言ってくれれば、信じて貰えると思う…」

「え? らいんでこくったきぞく…どういう意味じゃ?」

「え! 意味。 …て、言えるかよ…呪文だよ呪文!」

「左様か? それを申さば、一輝が事と知れるのじゃな? 判った、その呪文 紙に書いてくれ」


 切ない…


 忍芽の仕切りで着々と作戦を立てていくが、忍芽が今一つ冴えない表情で俯いている。

 源左衛門がそれに気づき、問いかけた。


「忍芽様…何か気掛かり事でも?」


 その声に顔を上げ


「吉法師様の事じゃ。 この策では吉法師様を見殺しとする事になる。

我は国元へ帰れば、幼子を持つ母でもある…見も知らずの子ではあるが、忍び無く(のう)て」


 皆 一様に押し黙ってしまった…

 源左衛門が押し出す様に


「心苦しきは同じで御座るが、如何にも手が足り申さん。

先程取り決めた目的の後先(あとさき)に順じ、神平様が間に合うなり、手が有ればお救い致しましょうぞ…」


 一応形の見えて来た奪還作戦であるが、外は日も傾いて来ている…準備時間は明日のみ。

 プランBなど無い、出たとこ勝負の作戦だ。

 忘れていたが、出たとこ勝負の作戦は禰津神平の組も同様…

 古渡、那古野それぞれで不安しかない夜を迎える八幡部隊であった。


 第63話・朔の夜には…  完

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