第62話・那古野捜査網
雪斎党の目論見に気付いた禰津神平たちであったが、古渡城で軟禁状態となってしまった。
宮宿に残った真田忍芽たちの行動はいかに?!
と言う事で今回は八幡部隊 禰津神平チーム:神平組と、真田忍芽チーム:忍芽組を、同時に見て行きます。
では、本編へ
戦国奇聞! 第62話・那古野捜査網
【忍芽組:宮宿】
古澤亮按先生と坂井忠継を古渡城に送り出した真田忍芽たちは、漫然と宮宿でお留守番をしていた訳では無かった。
とは言え宮宿で聞き込みを続けていた訳でも無かった。
新たに知れた 北畠文書の出処を追い、平手政秀の居城 尾張・志賀城方面の探査に方針を変更したのだ。
早速 現地へ向かう訳だが、志賀城は那古野城の先 半里にあり、那古野城は古渡城から約一里。
さらに忍芽たちの居る宮宿から古渡城までは約一里半。
つまり、宮宿→古渡城→那古野城→志賀城は何だかんだで 三里(約12㎞)はあり、一日で往復するには少々辛い距離である。
かと言って、今の拠点である宮宿を引き払う訳にはいかない。
本国甲斐や古渡城の神平からの連絡を受ける為にも、残しておかねばならないのだ。
電話、特に携帯電話を老若男女、ほぼ全国民が持っている現代ではイメージするのも難しいかもしれないが、人と人が連絡を取るという行為は、実は非常に面倒な事だったのである。
連絡不備によって起きるロミオとジュリエットの様な悲劇は、日常茶飯事だった筈だ。
逆に現代で連絡が付かない為に起こる悲劇を描くには、携帯が繋がらない理由とか、住んでいる次元が違ったなど、別の理由付けが必要となってくる。…作家としては別の意味で面倒なのではある。
話しを戻し、八幡部隊の方は やむを得ず忍芽と里美の二人を残し、望月新六、工藤源左衛門、望月千代、そして達川一輝 が尾張・志賀城方面で町の規模が大きく、人口も多い那古野城下から捜査を始める事となった。
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【忍芽組:那古野城下・捜査1日目】
那古野城下では新六&源左衛門、千代&一輝、それぞれがペアとなりで聞き込みである。
新六&源左衛門ペアは城の南方面、千代&一輝ペアは城の北方面を聞き込んだ。
捜査はペアで地区が重ならない様に担当を割るのが基本である。
現代の警察でも変わらぬ聞込みのセオリーである。
映像化の際には、是非ともここで商い小屋や宿屋に聞き込みに入るペアのインサートショットを繋いで欲しい所だ。
地取り鑑取り、足で稼ぐ捜査の成果は 夕刻の捜査報告会議で見えて来た。
まず、新六&源左衛門ペアの報告である。
・この地域では織田家は未だ受け入れられていない感触を持った。
・特に那古野城は織田弾正忠家の信秀が、卑怯な計略により乗っ取ったので 非常に受けが悪い。
この情報には少々歴史的解説が必要であろう。
那古野地方(現在の名古屋市・西区、中村区の一部)は長らく駿河今川家の領地であり、非常に地縁が強い地である。
さらに詳しく解説すれば、尾張守護・斯波氏より古い 今川氏庶流の 那古野氏が根付いている土地であり、信秀に追い出された今川氏豊は駿河今川家からの養子であり、今川義元の兄弟である。
そんな今川色が強い土地を織田(弾正忠)家が支配した訳だが、旧勢力の懐柔は進んでいなかった。
経済力を手に入れ、軍事面においては主家をも凌ぐほどとなった弾正忠家であったが、統治面においては手練手管の守護斯波家、守護代大和守織田家には及ばず、地元住民には新興成金と見られているのである。
また虚けで名高い吉法師を城主としたため、追い出された今川旧臣たちは納得がいかず 燻ぶっているのだ。
次に、千代&一輝ペアの報告である。
・最近、城の北に位置する押切館に修験者の集団が出入りしている。
・押切館は十年ほど前に信秀との戦いで討死した大屋秋重の遺族が住んでおり、反織田勢力のアジト的な場所らしい。
ふーむ…宮宿では全く得られなかった、手応えを感じられる捜査結果じゃないか…目先を変えたのは大正解、ビンゴである!
各ペアの捜査情報を合わせると、那古野は雪斎党が潜むには最適の地であり、押切館はアジトの臭いプンプンである。
ただ、慎重に見れば 紗綾や雪斎党を目にしては居らず、掴んだ尻尾が本物かどうかは定かではない。
宮宿への報告前に、明日は押切館に裏取り捜査を行う事にする四名であった。
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【神平組:古渡城・軟禁1日目】
亮按先生の迂闊な発言から信長=吉法師と判り、警護対象の誤りに気付いた禰津神平たちであったが、同時に完全なる軟禁状態に置かれてしまった。
早く古渡城を脱出したいのだが、策に紛糾している所であった。
まず、中間姿の海野十座がダイレクトな策を述べる。
「神平様や彦十郎殿、皆様の腕があれば この城を出るなど簡単であろう?
ちょちょっと 火でも着ければ、半刻も掛からず逃げ出せるに、何を悩み為さる?」
望月源三郎がやぶ睨み気味に十座を睨みボソッと答えた。
「城を出るだけならば、そうであろう…したが、それでは直ぐに追手が掛かる。
本来の使命、紗綾殿救出に那古野に駆け付け様にも、追っ手を巻きながらでは出来るものも出来なくなるわ」
原彦十郎が顎を撫でながら発言する。
「左様、ここからは穏便に出たいが…時間を掛けたくはない所じゃ。
ここは忍芽様に知らせ、彼等だけでも那古野へ走らせるが第一かと…」
神平が頷くが横合いから工藤籐七郎が疑問を口に出す。
「されば、如何にして知らせを走らせますので?外には見張りが何人も居るようですが…」
「我なれば、見張りなど 何人居ろうが 倒せるぞ!」
と、腕まくりをする十座に源三郎が声を被せる。
「じゃから、事を荒立ててはいかんと申しておるのじゃ!」
「殺しはせぬ。 ちょっと気が失せるだけじゃ…」
などとワーワーやっていると、神平が片手を上げ 皆を黙らせた。
「彦十郎殿が申す、宮宿に知らせを出す事が第一で御座ろう。
なれば、この城の者を使いに出す…」
と懐から小さな笛を取り出した。
皆の目が集まる所、彦十郎が訊ねる。
「それは…なんで御座るか?」
「鷹笛と申す物じゃ。 普通は少し高めの音を出す笛じゃが…ここを外すと人には聞こえぬ音が出る。
我等と共に連れて来られた 『鶚丸』 は、この音を聞くと騒ぎ立てる様に仕込んで御座る」
「…?」
普通の鷹笛は「ピロロロ」という音色で鷹を呼ぶのであるが、神平の笛は細工があり、高周波の音が出せるのであった。
人には聞こえない笛と言えば、犬笛が有名であるが 同様の笛とご理解いただこう。
しかし室内の者は説明を受けても今一つ判らず、次の言葉を待っている。
「自分で申すはなんだが 『鶚丸』 は天下の名鷹である。
値段を付けるなれば 思いのまま…と土岐頼芸様に吹き込んだゆえ、信秀様にも届いて居ろう。
銭に聡い信秀様なれば、粗末に扱う筈が無い。
その鷹が暴れれば、きっと係の者が泣きついて来るであろう。
さすれば特別な餌が必要と説明し、書付を持たせ宮宿へ走らせる寸法じゃ」
「おぉ!」
流石は鷹匠 兼 真田忍者の家元、作戦がスマートである。
早速 特製の鷹笛を咥え、力一杯吹いた。
人に聞こえぬ音なので、室内の人間は何事も無いのだが…一人、耳を押さえ蹲った者が居た。
「わっ!耳が痛い! 助けてくれ」
十座である。 彼には聞こえている様だ…
神平は驚いた様に鷹笛と十座を交互に見、念のため もう一度鷹笛を吹いた。
再度の悲鳴を確認した後、十座に声を掛けた。
「お主、この音が聞こえるのか?」
十座が涙目で神平を見上げる…充分な回答であろう。
神平は感心する様な、呆れる様な表情で
「山犬の如きの鼻を持ち、鷹の如き耳を持ち、猿の如く木に登る。
…お主ひとりで、桃太郎の家来全部が出来るのぉ」 (※1)
※1:十座の驚異的嗅覚による活躍は第48話参照。…桃太郎の家来は犬、雉、猿 だが、鷹の方が強いので良しとしよう。
暫くすると部屋の外が騒がしくなって来た。
出入口を固める兵たちが何やら言い争いをしている様に、神平が薄っすらと笑いを浮かべた。
唐突に戸が開かれ、中年の男が焦った様子で入って来るや
「鷹使いは何処に居る!み…みさき…何とかと申す鷹が狂ったように騒いで居るのじゃ。如何すればよい?!」
部屋の中央に座っていた神平は顔だけを男に向け、徐に声を掛けた。
「落ち着き召され… 『鶚丸』 に御座る」
神平を見つけた男はオロオロと近づき縋る様に跪いた。
「其許が鷹使いか?鷹がおかしいのじゃ。
あの鷹、殿からは “高い物なればくれぐれも” と申し使って居る。
…何かあったら首が飛ぶ…助けよ!」
「落ち着き召され…そろそろ、と思うて居った所で御座る…」
「そろそろ? 何の事じゃ?」
「あれは特別な鷹で御座る。 貴公もご覧あればお判りであろう?
さすれば、特別な餌が必要なのじゃ」
「特別な餌? 生きた鼠か? 雀か? …何を喰わせれば良いのじゃ!」
「毒蛙を喰わせた毒蛇の肉を薬草で煮込んだ…特別な練り餌じゃ。そう簡単には手に入らぬ…」
「ならば…儂は如何すれば…」
男は顔を伏せ、力無く呟いた。
相手が途方に暮れた顔になったのを見定め、神平は救いの手を差し伸べる。
「宮宿に居る我が手の者が持って居る。 文を書くゆえ、使いを出しなされ」
男が顔を上げ、神平を凝視する…目に光が戻った。
「儂が使いに走るゆえ、直ぐに書け! 文を今書け!」
「心得申した…」
神平は部屋の奥の文机に向かい、サラサラと文を認め、男に渡した。
男は素早く文面を読み、餌の配合のみが記されているのを確認し、宿の名を聞くと脱兎の如く飛び出して行った。
男と神平のやり取りを固唾を飲んで見守っていた彦十郎たちであったが、我に返った様に
「あれが忍芽様への知らせ…で御座るか? 那古野の事は一切書かれていなかった様で御座ったが…」
「心配無用。 炙り出しじゃ。 我等 禰津や真田は用心のため、常日頃よりこの様な手を使って居る」
「…流石じゃ」
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【忍芽組:那古野城下・捜査2日目】
さて、やっと掴んだ雪斎党の尻尾、押切館だ。 細心の注意で探らねばならない。
相手も伊賀者、気配を読むのに長けている筈。
ここで勇んで近づき過ぎ、感づかれては元も子も無い。
そこで威力を発揮したのが遠眼鏡(望遠鏡)である。
遠距離通信網構築の為、鷹羽先生指導の下 試作された秘密兵器を旅立つ達川たちに託していたのだ。 (※2)
望遠鏡と聞けば、前後にレンズが付き、胴を伸び縮みさせるガリレオ式を大抵の人が想像すると思うが、鷹羽先生が作ったのは “反射式望遠鏡” である。
嵩張り、携帯性に難ありと城西衆内でも評判が悪いのだが、透明なレンズを作る技術が無いための苦肉の策である。
試作品で凹面鏡の放物面が少々歪んでおり、見える画像もピンボケだが、今回の張り込みでは大層威力を発揮する装置である。
対象の顔を知っている者であれば、何とか識別可能な結像を、遥か遠くから 相手に感づかれる事無く確認できるのだ。
青竹で組んだ三脚に載せたデカい望遠鏡で藪の中から押切館を監視している達川と新六。 (今日はペアを組み替えた)
絵面的には刑事ドラマの張り込み…と言うより、野鳥の生態撮影のテレビクルーの方が近いな…
まぁ これをパッシブセンサー(受動型捜査)とするならば、千代と源左衛門はアクティブセンサー(能動型捜査)として動いた。
付近の農家で押切館に出入りしている者を捜し、商人に化けた源左衛門が商売をさせて欲しいと頼み込み、百姓女に化けた千代が、一緒に野菜を売りに行ったのである。
台所から敵内部の人数やら人の出入りを探る、公安の様な捜査である。
※2:望遠鏡開発秘話は第29話参照
結果、両方から裏が取れた。
達川が望遠鏡でぼやけた紗綾を確認し、千代は次の朔の夜に 集まりがある事を聞き出した。
確実な証拠を、動きを掴んだのだ!
こうなれば宮宿の忍芽、古渡城の神平らを急遽、呼び集めなければならない。
今までは草薙紗綾が何処に居るか不明であった為、織田三郎を警護し待ち構える作戦だったが、紗綾が見つかった以上 織田など どうでも良いのだ。
そろそろ日も暮れかかる 酉の刻であったが、早馬ならぬ新六が忍びの技を使い、宮宿に走った。
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【忍芽組:宮宿】
真田忍芽は何時でも出立できる様、身支度を整え 連絡を待っていた。
行く先は古渡城となるのか、熱田神宮となるのか…はたまた志賀城か那古野のお城か…
待つ事二日、知らせは相次いでやって来た。
最初は甲斐からの連絡要員であった。
宿の者が鼻をつまんで案内して来たのは年の頃30過ぎ、ひげ面でガッチリした体躯の男だ。
毛皮のファーベストと山頭巾、短弓を背負い、さらに大きな犬を連れた異形の者だ。
対応に出た真田忍芽の正面に座り、緊張の面持ちで室内を見回しながら
「禰津様はどちらじゃな?…」
「…禰津殿は只今 所用で留守にしておられる。 して、其方様はどちら様じゃ?」
「お? おぉそうであった、名乗らねば…
我は穴山様配下で猟師をしておる、佐野縫殿右衛門尉で御座る。
こちらに城西衆の巫女殿が出向いて御出でと 殿が聞き及び、援助として銭十貫を届けよとの命にて罷り越し申した。 …してそちらは?」
「私は…真田の家の者、禰津殿の留守を預かっております」
上記やり取りで判る様に、この仰々しい名前の男は 初めましての使いであった。
この地に城西衆の巫女は来ていない…草薙紗綾か望月千代と勘違いしたのであろう。
忍芽や千代は…と言うより望月や海野、滋野一族にとっては、巫女は誑かしのコスプレの認識であった。
城西衆の巫女も同じと思っていたので、武田一門衆に援助を送ると言わしめるとは 随分と誑かしたものだと、驚いた。
そう言えば美月とか言う巫女は金山の場所を言い当てたり、人の心根を見抜いたりしたと、夫 幸綱から色々と聞いてはいたが、本当の霊験を持った巫女なのだろうか…興味が湧く忍芽であった。
忍芽は喉まで出かかっていた “ここに城西衆の巫女は居らぬ” の言葉を飲み込んだ。
わざわざ送って呉れた資金である、有難く受け取って置こう…
などと考えている最中に、今度は怒鳴り声の男が上がり込んで来た。
「禰津の手の者はここに居るか!」
汗だくで叫ぶ男は貧相な身なりで、身分の低い武士と判る。しかし居丈高である。
が、部屋にデンと座っている子熊の様な猟犬と 親熊の様な縫殿右衛門尉を認めると、ちょっと引いた様に声が小さくなり
「し、至急の用がある…」
忍芽が縫殿右衛門尉越しに顔を出し、静かな声で
「禰津殿の留守を預かっておりますは、私めで御座りますが…」
「お?おぉ この文の品を早急に用意いたせ!」
受取った文が炙り出しと一目で見抜いた忍芽は、練り餌を調合すると言い置き 奥で通信文を読み解く。
残された むくつけき二人は互いをチラ見しつつ 居心地悪そうである。
そんな所に到着したのが尻端折りで駆け続けて来た望月新六である。
見慣れぬ者が居るのを察すると、裏手に回り 忍芽に手短に那古野の情報を伝えた。
今まで動かなかった事が動く刻は一気に動くものである。 そして今がその刻のようだ。
忍芽は里美に表の二人の相手を、新六には練り餌の用意を命じ、自分は神平への連絡文を書き出した。
内容は練り餌の材料が手に入らぬゆえ、代替にあれこれ使っている…と書かれているが、本文は当然、炙り出しである。
四半刻で準備を終え、古渡城からの男にはそれっぽい練り餌と注意書きを渡し、これを神平に見せて餌やりのコツを聞く様にと言い添え、送り出した。
次に縫殿右衛門尉に向かい、言って聞かせる様に
「縫殿右衛門尉殿、初めての方に無茶を申す様ですが、お願いが御座います…
我等はこれより那古野へ移ります。
が、禰津神平ら六名は古渡城で虜となって居り、直ぐには動けぬ由。
追っ付、城を脱する筈ですが、我等の後を追う手助けをお願いしたいのです。
猟師の犬は微かな匂いでも、獲物を追う事が出来ると聞いて居ります。
先に行く我等の許に禰津殿を導いて下さりませ」
縫殿右衛門尉が神妙な顔で頷くのを見、同席していた新六が呟く様に声を掛けた。
「忍芽殿、我等が掴んだ動きでは “次の朔の夜” つまり、明後日に何かを企んで居るのですぞ。
間に合いましょうか…」
「判って居ります…なれば急いで那古野へ向かうのです。
神平殿が間に合わぬでも、手を拱いては居れませぬ。
我等だけでもやれる事を考えましょうぞ」
禍福は 糾える 縄の如し。
信秀に近づいた事で雪斎党の目論見を見抜けたが、直ぐには動けぬ状態となってしまった。
雪斎党の動きは掴めたが、対抗する体制が間に合うのか…
一喜一憂せず、やれること 最善と思える事を 粛々と行うまでである…
次号を待て。
第62話・那古野捜査網 完




