第59話・ディスインフォメーション
尾張・織田家へアプローチを開始した八幡部隊だが、展望が見えない…
でも大丈夫。
継続は力なり!
信じる者は救われる!
鰯の頭も信心から!
…どんどん、他力本願になってる気がする。
戦国奇聞! 第59話・ディスインフォメーション
ここは尾張 古渡城である。
正確には城に程近い、城下の一屋敷 土岐頼芸邸である。
土岐氏は平安時代末期から美濃国 土岐郡内に住まいしていたが、鎌倉時代には幕府側の御家人にも 京方(後鳥羽上皇方)にも “土岐” の名が見え、他にも常陸、上総など関東各地にも点在しており、繁殖力の強さが垣間見える旧家である。
その後 鎌倉幕府の滅亡時点では土岐頼貞が足利尊氏に味方し勢力を維持し、続く南北朝時代には後醍醐天皇の討幕計画に関与したり、逆に室町幕府の尊氏とあちこち転戦して大活躍したり と両陣営で良く判らない動きをして、最終的に美濃、尾張と伊勢の守護職を兼任する大大名となり、最盛期を迎える。
昔から落ち着かない…と言うか、大家としての格調の高さは感じられない家である。 (あくまでも個人的意見)
室町時代はデカくなり過ぎて幕府に目を付けられ、伊勢と尾張守護を取り上げられたり、隙あらば 取り戻したりしていた。
そして現在の当主、土岐頼芸である。
彼は土岐家の次男として生まれ、実兄土岐頼武と熾烈な家督争いを演じた。
浅井家や朝倉家そして六角家などの周辺の勢力、長年の家臣 守護代斎藤家も巻き込み、敵味方入り乱れての権力闘争を行い、気が付けば 自分が取り立てた守護代 斎藤利政(後の斎藤道三)に美味しい所を持って行かれ、息子の頼次ともども美濃を追い出されたのだ。
11代続いた美濃守護の名家も急降下の没落で、現在は一時敵対関係であった織田信秀を頼り ここ尾張に身を寄せていたのである。
名家の矜持はどこへ行った と、喝の一つも入れたい所であるが、日本全国に散らばった土岐の名は現代でも確認できる訳で…何だかんだあっても生き延びるのが名家なのかもしれない。
話しを戻し尾張 古渡城下、土岐頼芸邸である。
邸内の一角で頼芸、頼次親子と禰津神平、望月源三郎が膳を前に座っていた。
そう、前話で決定した “織田信秀とお近づきになろう大作戦” の第一段を実施中なのである。
土岐頼芸は簡単に釣れた。
諏訪上原城より海野十座らに持って来させた 禰津神平の鷹『鶚丸』を館の上空で二、三周飛ばしただけで 見事に引っかかったのだ。
早速、神平と源三郎が屋敷に上げられ、鷹の画を描き終わるまで屋敷に逗留する様懇願され、頼芸邸で既に二日が過ぎていた。
本命の織田信秀との目通りを期待したのだが、頼芸から出て来るのは 自分がいかに部下に恵まれていないか の愚痴のみで、手詰まり感が出てきている所であった三日目の朝 朝餉の膳に向かっている所を、一団の男たちに囲まれた。
少々驚いたが 土岐親子の方が狼狽えていた所を見ると、織田家が動いたのだろう。
縄打たれながらも冷静に様子を見る神平である。
一方の頼芸は声を荒げ、一番年嵩の男に食って掛る。
「平手 これは如何した事か!」
平手と呼ばれたのは、歳五十に届こうかと見える やせ型だが、目付きは鋭い男である。
平手と聞けば、神平には思い当たる人物がいる。
新興織田家の内情の調べは付いているのだ。
多分 織田弾正忠家の重臣、平手政秀であろう…外交を担っている人物の筈である。
平手が頼芸に静かな声で返答した。
「頼芸様、勝手に人を連れ込んではなりませぬぞ…
ご不便と思われましょうが、何かと身辺が危なく御座りますゆえ、何事も織田の者にお知らせ願います」
頼芸はまだ緊張が解けぬ声で言葉を重ねた。
「この者は諏訪の鷹使いじゃ。儂が鷹を好いて居るのは知って居ろう。
儂は無事なれば手荒な事はするな!」
「は?…狙われて居るのは、我が殿 信秀様に御座ります。
頼芸様を狙う者は居りませぬゆえ、ご安心召されよ」
「…さ、左様か」
ちょっと残念そうに頼芸が呟いた。
神平は内心笑いながら、二人のやり取りから得た情報を整理した。
・信秀が狙われて居る事が織田家で認識されているらしい。
・頼芸はそれほど重視されていない事も判明した。
・自分たちは頼芸を利用して接近した刺客に間違われた様である。
ならばこちらの目的を明らかにした方が話しは早そうだ。
神平は平手に声を掛けた。
「何やら疑いを掛けられて居るようじゃが、我等は織田に仇為す者では御座いません。
したが織田殿が狙われて居るのは事実、是非とも我等の話しを聞いていただきたい」
平手はギロッと神平を睨み
「元よりそのつもりじゃ…これより城に引立てる。 話しはそこで聞こう」
頼芸親子には目も呉れず、平手は神平と源三郎を取り囲み、連れ出して行った。
―――――――――
望月新六は土岐頼芸邸を見張っていた。
正確には工藤籐七郎、源左衛門兄弟と交代で禰津神平からの連絡を待っていたのだが、物々しく男たちが訪れた異変を捉えていた。
暫くして縄打たれた神平と源三郎が 古渡城へ連れて行かれるのを見届け、早くも作戦が失敗したと、仲間の許へ駆ける新六である。
宮宿の旅籠で三々五々暇つぶしをしているメンバーにエマージェンシーを伝え、緊急ミーティングである。
「神平殿が捕らわれ申した…
十人を超える人数で古渡へ連れて行かれたゆえ、信秀様 或いは重臣の指図と思われる。
縄打たれるとは不穏であるが、背後で動きがあったとも考えられる。
我等は如何いたしましょうぞ…」
八幡部隊 副長の原彦十郎が落ち着いた声で訊ね返した。
突飛な事態には型破りな父親(原虎胤)で慣れている。
「それはまた急な事じゃ…
神平殿は怪しまれる様な身分は名乗っていない筈…捕らわれた のでは無くて、招かれたのでは無いかな?
携えた『鶚丸』は見る者が見れば見事な鷹と知れよう程に、信秀様が所望しても不思議は無かろう?」
「否、縄打たれ引きずられる様に連れ行かれましたゆえ、捕らえた と存ずる」
「神平殿は何と名乗ったのじゃ?」
「諏訪の鷹匠 と申して居る筈」
「ふむ嘘ではない…何が怪しまれたか…其許の兄、源三郎殿の目付きが悪いを 見咎められたか?」
「まさか…」
副長彦十郎は突発する事態への耐性はあるが、全てを見越した策を持っている訳では無かった。
メンバーの顔を見渡しながら 訥々と意見を求める。
「さて、どうしたものかの? これをどう見る?」
皆を見渡していた女性、真田忍芽がラスボス感を漂わせ、静かに新六に問いかけた。
「神平殿を捕らえた者は誰か判るかえ?」
「は、あれは確か…平手政秀 で御座ったかと…」
「そはどの様な者か?」
「織田弾正忠家 一の識者(物知り)で、他家との付き合いも広い重鎮で御座る。
今は…信秀様嫡男の傅役で尾張志賀城に住まうと聞いて居ります」
「この辺りに居らぬ者がわざわざ出向いて来て、捕らえて行った と言う事かえ?」
「…そう言う事になり申す」
「何かの知らせを受け、駆け付けて来た…と 見えるな」
参謀格の源左衛門が斜め上に目線を向け、考えをまとめつつ喋りだした。
「これは、こちらが思っていた成り行きとは少々違っていますが、信秀様に接近できた…と言う事になりましょうな。
連れて行かれる際の神平殿の表情は如何でしたか?」
新六は思い出しつつ回答する。
「穏やかな…薄っすらと笑って居る様なお顔でしたな…」
「成程…なれば、神平殿も頼芸を踏み台に次の段階へ移った と思われて居るのでしょう。
したが、織田の動きが少々手荒い気も致すし、遠方の平手が動いたは 我も気になり申す」
忍芽がスラスラと対策を提示する。
「こちらが罠に掛ったのかも知れませぬゆえ、先ずは織田家が迂闊に走らぬ様に 手を打っておきましょう。
使者を立てます。 押し出しの良い者…そうじゃな、彦十郎殿と籐七郎殿は身なりを整え、古渡の城へ向かいなされ。
そこで我等は甲斐武田家の者と明かし、神平殿を返していただく様 申し入れよ。
そうそう、確か 我らの身分の証の書付を御屋形様から渡されて居った筈、それを持って参るのじゃぞ。
その上で、我等の目的を伝え、助けを乞うのです。
理由は判らぬが神平殿を召し捕ったとなれば、快く思って居らぬと言う事です。
腰を低くして接するのですよ」
皆が忍芽の指図に頷いた時、源左衛門が片手を振った。
行動に移りかけていた副長 が気付き、声を掛ける。
「なんじゃ源左衛門。意見があるか?」
「書付の他に銭もお持ち下され。
神平殿は武田に必要な者ゆえ銭で買い取る と申さば、利に聡い信秀様なれば、短慮で殺めはせぬでしょう」
源左衛門の意見に忍芽もニッコリと頷いた。
再び行動に移ろうとする皆に忍芽が訓示を垂れる。
「いよいよ、事が動き出した様です。
誰一人命落とすことなく、紗綾殿を取り戻しますぞ。 各々方、抜かりなく」
―――――――――
ここは古渡城、政務室としている広間である。
城主 織田信秀が忙しそうに書状に目を通している。
そばには側近の林秀貞が付き、状況説明をしている様だ。
信秀は多忙であった。
今も三河安祥城を守らせている長男 織田信広からの相談事を裁いているし、越前の朝倉孝景との美濃出兵の取り決めを詰めねばならなかった。
こちら側の手駒、土岐頼芸、頼次親子をどう使うかも早く決めて置かねば、面倒と言えば面倒な問題である。
そんな折に部屋の外から訪いが入れられた。
「信秀様 政秀で御座る。
先ほど、刺客を捕らえましたゆえ、そのご報告と処分のお指図を頂戴いたしたく、参上いたしました…」
信秀は声を聞きながら書面から顔も上げず返答する。
「またか…取り敢えず入れ」
許され室内に入って来た平手政秀は近くの林秀貞に目礼し、信秀の前に座り平伏した。
「政秀、今度はどこの刺客を捕らえた?この半月で何人目じゃ?
儂は余程嫌われて居るのぉ…まぁ、思い当たる事だらけじゃがな、はっはっは」
「殿、笑い事では御座りませぬぞ! 仰る通り三河に美濃、駿河に越前、それに足元の大和守も殿を狙って居るのですぞ。
御身お大切にして頂かねば、ご嫡子の元服も未だなのでありますれば…」
平手政秀は文化人の習性で放っておくと話しが長くなる。
横に居る林秀貞が軽く咳払いをし、話しを奪う。
「して平手殿、此度は何処の者で?」
「ん?うむ、武田じゃ。」
「…武田? これはまた以外な所から」
平手の言葉に信秀も一瞬考え
「武田…甲斐のか? 武田と喧嘩しておったかの?」
「少々話しが複雑ゆえ、我がご説明いたします…」
平手が腕まくりしつつ喋りだした。
「話しの発端は 伊勢、北畠家で御座る。
先だって “伊勢神宮遷宮の為” と銭七百貫、寄進なされたのは覚えておいででしょう?」
余り乗り気でない表情で聞いていた信秀が口を挟む
「勿論じゃ。…細かく申さば、銭七百貫と材木を多数 じゃ」
「は、左様で。
その縁で北畠晴具様の家臣より書状を貰いまして…
近頃手に入れた 熱田神宮の因縁で、今川と武田が殿のお命を狙って居ると!」
「…さっぱり判らぬが、その話、長くなるか?」
―――――――――
えーと、中の人です。
平手政秀は文化人なので放っておくと話しが長くなりますから、こちらからお話しいたしましょう。
その前に…付いて来れてますか? いつも以上に登場人物が多いので、心配しております。
ここ迄の流れをおさらいしますと、土岐頼芸を踏み台に織田信秀に近づこうとしていた禰津神平がいきなり捕縛され、その原因は信秀家臣・平手への北畠家からのチクリメールであった…となります、よろしいですか?
で、北畠家って誰? ですが、伊勢神宮のある伊勢の国を支配している国司で、公家大名です。
鎌倉、南北朝、室町と武家が実権を持つ時代が続き、かつ 下剋上で身分卑しき者が大名にのし上がる、戦国大名家が台頭している世の中で、平安時代からの公家(貴族)が現地経営に当たる数少ない家なのです。
文化人は昔の風俗、習慣に重きを置きますので、文化人・平手政秀は北畠家のファンだったりして、このチクリメールを熱心に読んでいたのです。
その書状に書かれていた内容と言うのは…
『南北朝から応仁の乱以降、世の中に平穏が訪れない。
その理由は今の帝の証、三種の神器が紛い物であるからだ。
戦乱の世を終わらせるには正しい神器を祀り直す必要があり、朝廷の命を帯びた者が駿河に密かに祀られていた “シン草薙剣” を伊勢に運んでいる。
だが、その事を察知した駿河今川と甲斐武田が、神器を奪取し日本を征服しようと手を組んだ。
紛い物を祀っている伊勢と尾張を残していると面倒なので、今の支配者を滅ぼす計画であると、北畠家が抱える伊賀者が掴んだ。
身に掛かる火の粉は払わなければ成らないので、北畠と織田で対抗しよう』
…と言う物です。
実際の書状は 現在熱田神宮と伊勢神宮に奉納されている神器が偽物である事を、もっと長々と 細々と説明しているそうなのですが、これ以上は誰もついて来ないと思われるトンデモ噺なので、取り敢えず 今回は端折ります。
誰が流したか(物語の流れ上 当たりは付くでしょう?)は知りませんが、壮大な作り話ですね。
しかし、古今東西こういうのは いつでも流布しているのですよ。
こじんまりした物では 高貴な血筋の御落胤とか、名家に伝わる秘伝秘宝とか…デッカイのなら ノアの箱舟は存在するだの、現代なら エリア51 とかですよ。
この手のものは話すだけなら ほら話、与太話で済みますが、周りに真実を散りばめたり、小出しにしたりして 装飾を施すと “ディスインフォメーション(偽情報)” となり、利用用途が変わって来るのです。
さて、こちらの書状ですが、北畠家のファンである文化人・平手政秀と言えども、いきなり そんな話しは信じられません。
一体何を言っているんだ…と返事を書きあぐねていました。
かと言え、書状の送り主は北畠家家臣。名門家です。
無視する訳にもいかず、書状の裏を取る目的で、熱田神宮の宮司に今ある宝剣は本物か訊いたり、駿河今川や甲斐武田で怪しい動きは無いか 噂を集めたり、熱田神宮の宿場、宮宿の警備に異常は無いか確認したりしていました。
すると駿河で武田の巫女が大勢の尼を集めた だの、東海道で怪しい修験者の一団を見かけた だの、臭う情報を入手しました。
調査を続けている所へ、宮宿に10人ばかりの怪しい集団が現れたとの情報が入って来たのです。
ハラハラドキドキと監視を続けていると、武田に最近併呑された諏訪の鷹匠を名乗る者が、土岐頼芸にすり寄り、織田信秀に会いたがっているとの報告です。
これは! チクリメールの言う通りじゃないか?!
斯して北畠家の書状は ほら話、与太話から留意すべき重要な情報へ昇格され、平手政秀は曲者捕縛に動いたのでありました。
―――――――――
平手政秀の熱い語りを一通り聞いた織田信秀は 困った様な顔で林秀貞を見た。
秀貞も同じような表情で信秀を見返した。
語り終えた平手政秀は どうだ! とばかり胸を張っている。
軽くため息交じりに信秀が平手に問いかけた。
「話しは聞いたが…で、どうなのじゃ? …捕らえた鷹使いは儂を殺しに来たと自白したのか?」
「は? あ、否。 …そ奴は殿を守りに来たなどと嘯いて居りますが、刺客に間違いは無いかと…」
「ふう…」
信秀が今度はハッキリと聞こえる程のため息をつき
「政秀、其方の忠心を疑うものではないが、その盲信はちと 心配になる時がある…
まさかその鷹使い、殺しては居るまいの?」
「まだ生かしておりますが…裁可いただければ、直ぐにでも首刎ねられまするぞ!」
「いや待て待て、絶対殺すな!」
「ほぉ、お許しになられるので? 流石 伊勢神宮へ寄進される程の信心で御座いますな…」
「否…伊勢へは官位が欲しいからで信心では無いが…左様な事と言わせるな」
信秀がまたしても困った様な顔を見せたので林秀貞が口を挟んだ。
「そうではありません…御手前が先程申された通りで。
確たる証拠も無しに他家の臣を手に掛けては、面倒事となりましょうや。
今はあちこちと戦を控えて居りますれば、この上 甲斐武田と遣り合うのは得策ではない
とのご判断かと…」
信秀が安心した様に頷いた。
神平が即刻 首を刎ねられる事は無さそうで、取り敢えずこちらも安心したが、八幡部隊の行動は想定以上に読まれている様だ。
八幡部隊メンバーには忍者が多いのだから、監視の眼に少しは気づけよ…とも思うのだが、緊張感が足りないのでは無いか?
八幡部隊は ふわっとした作戦しか持ち合わせていないが、これで立ち向かえられるのか?
読者が気を揉む様に作者も心配である。
と、言う所で次回へ
第59話・ディスインフォメーション 完




