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第6話・軍師勘助

そう言えば勘助さん “軍師” ですが、このままでは “自称” 軍師…

今回は頑張る勘助。要チェックです。

戦国奇聞!(せんごくキブン!)第6話・軍師勘助


 城西宿房の庭である。

 この前まではビュンビュン丸が所狭しと並んでいたが、今は片付けられた様だ。

 隅には花などが植えられて多少庭らしく成ってきた。

 そんな庭では剣道の稽古の真最中である。

 坂井忠が中心となって、猪山翔太(いのやましょうた)神宮寺彬(じんぐうじあきら)、それから数名の連絡係の若侍が列を作り、坂井の号令に合わせ木刀を振るっている。

 生徒達はすっかり、この時代に馴染んで来ている様だ。


 彼ら越しに、向こうから荷車を引き連れ、近づいてくる山本勘助が見える。

 勘助の姿を認めた猪山が、屋内に到来を告げた。

 城西宿房にたどり着いた勘助が馬繋(うまつなぎ)の柵に馬を繋ぎ、後ろの荷車に車止めを置く。

 玄関から手の空いている者がわらわらと現れ、荷車に積まれている大量の野菜や俵、樽を手慣れた感じで下ろしだす。


「あら、勘助さんが持って来てくれたんですか?」

 すっかり庄屋の内儀、いや 油屋のリン(※1) の様な中畑が話しかけた。


「おお、使いを頼まれたで、持って来た。大輔は居るか?」

「また 教師部屋に明野君と籠って、怪しげな事 やってるみたいですよ」

「おお、左様か」


 ※1:千と千尋の神隠しの登場人物


 こちらは教師部屋。

 板戸が閉められ、昼だというのに薄暗い。

 白衣がわりの生成(きなり)の作務衣を着た鷹羽と明野が低い机を挟んで座っている。

 机の上には、大小様々な徳利が並んでいる。

 実験中の教授と助手の様でもあるが、昼から吞んでるインモラルな親子にも見える光景である。


 板戸がドカドカと鳴り、山本勘助が入って来た。

 が、室内を一目見るなり


「む、なんじゃ この有様は…大輔!昼日中から酒浸りとはどういう了見じゃ!」

「あぁ勘助さん…僕達実験だよ。…吞んれなんかないよ」

 と明野。


「あぁ勘助さん…久し振り?でしたっけ?」

 と鷹羽。


「諏訪から戻ったが途端、板垣様から叱責じゃ。『城西衆』が酒ばかり無心してるが如何(いかが)な事じゃ!と言われたわ。

…まさかと思うて来たれば、仰せの通りじゃ。いやはや」

「え、誤解です。これは武器開発の実験で、明野も言ってる通り、吞んでません!」

「酒飲みは皆、そう言うのじゃ。戸を開け 明るい所で秀哉を見よ。朱に染まっておるわ」

「勘助さん…だから呑んれないって。 (^ー^* )フフ♪」

「…え?明野?酔っ払ってるの?やば…勘助さん、戸を開けて!」

「…何が吞んでいないじゃ。 いやはや」


 勘助と鷹羽、二人して部屋の板戸を開け放ち、アルコール気を追い出す。

 ちょうどそこへ、昼飯を盆に載せ、廊下をやって来た中畑と古澤。

 教師部屋の中で踊っている勘助を目撃した。


「勘助さん何踊ってるんで…酒臭!え?昼から酔っ払ってるんですか!?」

(われ)では無い。 大輔じゃ」


―――――――――

 開け放たれた教師部屋で、中畑、古澤、勘助と、鷹羽、明野が対峙している。

 真ん中に置かれた机の上の徳利を前に、鷹羽が説明、というか言い訳をしている。

「…なので、酒を蒸留して高純度アルコールを精製していたんですって」

「じゃ、なんでこんなに酒臭いんですか? どうせ実験とか言って味見してたんでしょ。

明野君を見て下さい。真っ赤じゃないですか。彼は未成年なんですよ。教育者として、遺憾です!」

 ご立腹である。


「そうですよ。アルコールの実験なら生徒じゃなく、僕を呼んでくれれば、美月先生に叱られることも無く…」

「だーかーらー、一滴も呑んでないんだって。精製したアルコールの減りが激しいから、どっかから漏れてるんじゃないか、調査してただけなんだって…」

「そうだよ。 (^ー^* )フフ♪ 保存法の調査だよ (*´艸`) 呑んでなんかないさぁ~♪」

明野は一人、唄い出した。 ご機嫌である。


「…確かにコイツは酔ってるな。…アルコール蒸気でも酔えるんだな。オレの考慮不足だ。反省する。

それにしても、明野、唄い上戸って キャラ変わりすぎだろ。…部屋に戻って寝てろ」

 ミュージカル俳優の様に、歌いながら明野は退場していった。


「ところで大輔、誰が呑んだかはどうでも良い。

問題はじゃ、値の張る酒を湯水のように飲まれては、かなわん。

屋敷から追い出されるわい」


 鷹羽の今までの弁明は、あまり効果が無いようである。


「え、追い出されるって、どんだけ吞んだんですか!」 

「…ひと月で10樽位かな?再度言っておくが、古澤、呑んではいないぞ。」

「十樽! 晴信様への目通り前に借金で首を取られるわい!」

 勘助が目をむく。


「え? 酒ってそんなに高いんですか?酒税とか高いんですか、この時代では。

でも、90度以上のアルコールを1升作るには、樽2つ以上は必要で…その上保存していると どんどん目減りするので。

ですが、今回の件で判ったのは、どの徳利も密閉度が悪く、周りが酔っぱらう位蒸発しているという事です」

「…飲まずに蒸発させたなんて、なんて罰当たりな」

 古澤が天を仰ぐ。


「オイオイ、大輔。何が判ったか判らんが、まだ酒がいるなのかえ?」

 勘助は下を見る。


「えーと…密閉度の高い保存容器開発が先、と判りましたので、アルコール精製は中止します」

 鷹羽は誤魔化すため、斜め上を見る。


「…持ってきたお昼、すっかり冷めちゃったな。皆さん食べて下さい」

 と、本来の目的を思い出した中畑が、中央の徳利を手早く脇へどけ、雑炊を配りだす。


「そう云えば中畑先生、最近はお出かけしないんですか?」

 話題を変えようと、率先して話しかける鷹羽。


「うーん、ちょっとお休み…」

「あ、聞きましたよ。“巫女行列”禁止されたんですって?」

 古澤が反射神経で乗っかる。


「…誰から聞いたんですか」

「巴」

「でしょうね。あの子知ってる事、全部しゃべるもんね」


 そのまま話は終了し、食事に戻る中畑と古澤。


「おーい、置いていくなー」

 勘助と鷹羽が声を合わせる。


「失礼、失礼。美月先生御一行が人気者って話は、知ってますよね?」

「それは聞いた気がする」

「それで有希が信者に奇跡を見せたって話になって、人気大爆発!

行列について回る信者が多くなり過ぎて、事故が起きるからって、外出禁止になって…

で、巫女を出せ!って板垣屋敷に人が詰めかけ、ついでにお供え物が凄いって話」


「成程、左様であったか。

(われ)が諏訪へ行っておるが間に、その様な塩梅(あんばい)になっておったか。

今朝方(けさがた)も『城西宿坊』へ参るならこれを持って行け、と荷車一杯の糧秣を渡されたのじゃ。

板垣様も随分と気前が良い方だと感謝いたしたが、巫女様の働きじゃったか、成程、なるほど」


 と、そのまま話は終了し、食事に戻る中畑、古澤と勘助。


「えーと古澤先生。ひとつ、気になった事があるんだが…佐藤がまた、何かしたのか?」

「流石、鷹羽先生。聞き逃しませんねぇ。

巫女行列で行った先の御神楽(おかぐら)を有希がipadで録画してたらしく、それをここの手伝いに来ていた近所の娘さんに見せたらしいんです。

そしたら、その娘さんの病気のお母さんの病が治ったらしく…」


「何一つ確実な事が無い話だな。それに、病気の治りとうちらは…無関係だ」

「そうですね。 それはともかく、その話が噂になって板垣屋敷では“巫女を出せぇ、おらが村にも連れてこい”って事に」

「いやいやいや…それって、大事(おおごと)になってんじゃないの? 大丈夫なのオレ達って…」

 と、女子部の責任者 兼、巫女行列の筆頭である中畑を見る。


「…ほんとにねぇ。佐藤さんもねぇ。大事にしないとパッドの電池切れちゃうのにねぇ」

「いや中畑先生、そこじゃないんだ」

「…え?」 (o^―^o)ニコ


―――――――――

 昼過ぎの城西宿坊である。

 この時代の食事は朝と夕の2食が基本である。

 しかし『城西衆』はそれまでの習慣を守り、昼食を摂っていた。

 お付き合いでいただいた所為(せい)か、眠くなって来た勘助、眠気覚ましに、威勢の良い声を辿り、庭に面した大部屋にやって来た。

 数人が剣道の稽古をしている。

 と言っても、木刀を振っているのは坂井忠のみである。

 猪山や神宮寺、若侍は庭にへたり込んでいる。


「おう忠、剣術の稽古、精が出るのう」

「あ、勘助さん。こんにちは」

 と素振りを止め会釈する。


「そこもとらの国では剣術など必要いと聞いたが。 …剣術をして何とする気じゃ」

「俺、剣道部のキャプテンだったんです。

爺ちゃんが時代劇好きで、一緒に見ていて俺も好きになって。

侍に成りたくて、始めたんだけど」

 無口な坂井には珍しい、自分語りである。


「…勘助さん。俺 侍に成りたいんだ。どうすればいいですか?」

 おっと、突然の進路相談。

 坂井君から見ると、勘助さんは なりたい自分を掴み取った人。

 古澤先生辺りより、信用できそうな相談相手と思えても不思議ではない。


「その気持ち、大輔には言ったのか(ゆうたのか)?」

「…言ってません」

「先ずは先生に聞いてみよ。

『城西衆』はこちらの国の者とは考え様(かんがえよう)違っている(ちごうておる)からな。

それが強味なのじゃが、侍にはそれが弱味となるやもしれん。

焦らず、よう考えたがいい。

人の進む道は、天が決めて下さるものじゃ」

 さすが、苦労人、含蓄がある。


「…」 坂井忠 頷く。


「これ、甲斐の武者が神官に負けておるぞ。 精進せい」


 大河ドラマの様な空気に照れが出た勘助、庭で大の字に倒れている若侍に向かい声を掛ける。

 そんな所へ、廊下から春日昌人がニュと顔を出すと、 あー居たー!と嬌声をあげた。


「勘助さん来るの遅いよ。ずっと待ってたんだよ。見せたい物があるんだ!」

 春日が廊下を走る様に、勘助を後ろ手に引っ張ってゆく。


「ここ。参謀室!」

 廊下の突き当り、物置と思われる狭い部屋の戸を開け、勘助を押し込む。


 室内は中央に半畳程のテーブルが置かれ、ヘックスシートが乗っている。

 ヘックスシートの上には土を盛った小皿、細かい葉の小枝を束ねた物があちこちに置かれ、それらの間を白っぽい紐が蛇行している。

 目を凝らすと槍を持った兵隊や騎馬隊のフィギァ、赤や白の小旗、砦の様な建物も配置されている。

 と、文字で説明してもイメージ、湧きませんね。

 了解です。どうぞ…


挿絵(By みてみん)

 ↑これの上に


挿絵(By みてみん)

 ↑こんな小物が乗っている。

いかがであろうか? イメージ掴めました?


「…これは?」

 良くは判らないが軍師として ピンとくるものはあり、勘助は凝視している。


兵棋演習盤(へいぎえんしゅうばん)

19世紀のプロイセン軍に採用され、プロイセンからドイツ参謀本部に至る歴史と栄光を形作った、強力なツールだよ!」

「おー、意味は一言も判らぬが、徒ならぬ(ただならぬ)モノの様じゃ…」

 目が輝きだす勘助。


「攻撃目標と味方の状況をこの盤上に再現し、敵味方の配置の優劣、どの方角からの攻撃が有効か、また味方の弱点の炙り出し。そんな事やあんな事が全部出来ちゃうスグレモノです!」

「半分が程は判った!…して、これは何処(いずこ)の地形じゃ?」

「あーこれは、例題。 勘助さんがどこを攻めるか聞いていないし、この辺りの地図も無いし…

でも、山も森も川も移動できるから、どんな戦場でも再現可能だよ」


 兵棋演習盤上の山(土を盛った小皿)や、森(細かい葉の小枝を束ねた物)を動かして見せる春日。


「それにこれも作っておいた」


 懐から何かを取り出し、ヘックスシート上に置く。

 小さな“投石器”と眼帯をした人形である。


「ビュンビュン丸と勘助さん」

「おー!」

 …喜んでいる。


「でねでね、演習の進め方なんだけど…」

 長い夜が訪れそうである。


 暮れ残った夕日で何とか人の識別出来る、逢魔が刻。

 中畑が誰かを探している。

 廊下の先にボウと現れた吾介に思わず声を上げた。


「わっびっくりした。吾介さんか」

「美月御前、この吾介がモノノケにでも見えたかね」

「ちょっとね。  あ、そんな事無いよ。でね、勘助さん見なかった?」

「あーそれなら、参謀室から勘助の叫び声がしてただに」

「“さんぼうしつ”? どこそれ」

「昌人坊の部屋だ」

「春日君の部屋? あー物置部屋?」

「んだ。 昌人坊は“さんぼうしつ”と呼べと言うで」

「フーン。どういう意味なんだろ。 まぁいいわ、勘助さんに頼み事があるんだけど…どうしようかな。春日君と一緒だと、訳わかんない話してるわね、ダメかな…」


「…んだば」

 とすれ違い離れていく吾介。


「あー吾介さん?」

 呼び止める。


「なんだね、美月御前」

「その、呼び名。 何?」

「村の者、町の者 皆が言っているで。『城西衆』の男衆(おとこしゅう)は”なんとか坊”、女子衆(おなごしゅう)は”かんとか御前”と呼ばねば、バチ当たるそうでな」

「えー、そんな呼ばれ方してたら、こっちがバチ当たるっての」


―――――――――

 城西宿房の朝である。

 大部屋には生徒達の席が作られ、手伝いの女中達が大量の朝食の配膳をしている。

 お供え物で食材には困らない『城西衆』は、巫女様仏様に感謝である。

 イメージは、修学旅行の旅館の朝食風景、といえば、お判りいただけるだろうか。

 男子生徒、女子生徒それぞれ固まって食事をいただいているところから、少し離れて教師達と連絡係の若侍の席が設けられている。

 その席に1つ、手付かずで残っている膳。

 中畑がそれを横目にみながら


「勘助さん出てこないですね…」

「勘助さんがどうかした?」

「なんか昨夜から春日君と部屋に籠っているらしいです」

 ピク! とする鷹羽。


「勘助さんと春日が籠っているだと?また良からぬ事をしているんじゃ…」


 呼ばれたかの様に部屋に入って来る、勘助と昌人が見える。

 一目で二人してハイテンションなのが判る。


「お、噂をすれば、来ましたよ二人。…なんか元気そうですね」

「良かった。勘助さん機嫌良さそう。 お願いしてみようかな…」

 リスク感度が低いのか、古澤と中畑ががのほほんとした事を言っている。


「い、嫌な予感がする」 のは、オレだけか?と思う鷹羽である。


 朝食後、勘助から話がある と集められた教師3名。

 教師部屋で勘助&春日と向かい合っている。


「折り入って、頼み事のなじゃが」

「勘助さんと春日が揃うと嫌なんですが…一応伺いましょう」

「うむ、昌人を貸り受けたい」

「…ド直球ですね。 理由や目的も判らず、春日に何をさせるかも知らずにOKは出せません!」

「おーけー? …お、承知の意味じゃったかの!」

「いやいやいや、そうですけど、違います」


「僕、軍師の先生をやるんだよ!」

 大人の探り合いを忖度しない春日が、ウキウキした声で報告する。


「軍師の先生? …いやいやいや、判らんって」

「前にも申したが昌人は大した軍師じゃ。

昨夜から兵棋演習なる手法を試しておったのじゃが、われが考えておった攻め手を防ぎおっての。

このまま板垣様へ献策しておったら、大恥をかく所であったわ」


「春日を認めていただけるのは嬉しい事ですが、彼をどこへ連れて行くつもりですか?って言うか、こちらでも読めてますよ。

勘助さんが(いくさ)の準備をしているのは知っています。

飛丸で城を落とすと大見え切っちゃったのも、知っています。

と、すると投石器を使った戦いに詳しそうな春日を(いくさ)に連れて行きたくなる…でしょうね?」


「大輔、(いな)

(われ)の心を、良く読んでおる。 が、(われ)は武士ぞ。 約束は守る。

そこもとらが生徒の安全が第一と思うとる事は判っておる。 さればこそ、戦場(いくさば)へは連れて行かぬと約定もした。

ゆえに昌人を(いくさ)になど連れては行かん」


 勘助は鷹羽を睨む様に見つめている。


「それは…失礼いたしました。では…春日をどうするつもりですか?」

 鷹羽も勘助から目を逸らさず、問い返した。


「板垣屋敷で地ならしじゃ!」 

 勘助と春日が “どーだ!” とばかりに、ふんぞり返る。


「…あのぉ、決め台詞だった様ですが。不発です。伝わってません」

 古澤が申し訳なさそうに、指摘する。


「え? 判らんか?」

 そこまでは考えてなかったーの顔で春日を見る勘助。


「勘助さん、言葉が硬いよ。 僕が説明する」

 なんか…頼もしくなったな、昌人。


「えーとね、勘助さんは板垣チームに入ったばっかじゃん。 だからあんまり 信用されていないんだ。

“軍師の作戦だ”って云っても、板垣チームは自分たちの作戦にこだわりがあって、言う事聞かないと思うんだって。

そこで、この僕の出番。

板垣屋敷で作戦会議するんだけど、兵棋演習盤で板垣チームの作戦をぶっ潰して見せるんだ。

こんな小僧に負ければ、プライド砕けるでしょ。

僕は一応、勘助さんの弟子って事になってるから、勘助さんの命令が通りやすくなる。

つまり“地ならし”が出来るわけ」


「おー、判り易かった。 けど、容赦ない表現だね」


「それにもう一つ。

飛丸 やら 雷玉 やら、使った(つこうた)ことが無い武具じゃで、使い様(つかいよう)がよう判らん。

兵棋演習でいつ、誰が使うのが一番か、板垣の将たちに得心(とくしん)させるが肝心(かんじん)

それが出来れば昌人が同道せんでも、飛び丸で城は落とせる!」


 勘助が再度“どーだ!”とばかりに、ふんぞり返る。

 今度は決まった…かな?


「わっ、なんか勘助さん、カッコヨです。軍師っぽいです♡」

「わっはは! そうか軍師っぽいか、美月。 はは」 機嫌が良い。

「大輔、どうじゃ。昌人を借り受けて良いか?」


「…了解、しました」


―――――――――

 板垣屋敷へ乗り込む準備に忙しい物置部屋(さんぼうしつ)である。

 春日が兵棋演習盤セット一式を丁寧に、慎重に、梱包している。


「勘助さんは雑だから手を出さないで!」


 勘助が手伝おうと延ばした手は、追い払われ、手持ち無沙汰な山本勘助である。

 そんな勘助の状況を知ってか知らずか、中畑が廊下から声を掛る。


「勘助さん、ちょっとよろしいでしょうか」

「おー美月御前のお出ましか」

「勘助さんまでその呼び方、止めて下さい」

 ちょっと怒る。


「おーすまなんだ。 で美月先生、如何(いかが)した?」

「えーと、ですね。 こんな事勘助さんにお願いしても良いかわからないですが、ずっとモヤモヤしていて…」


「え! コクっちゃうの!?」

「ち、違います! 何言いだすの春日君。あっちに行ってなさい」

「いや、ここ僕の参謀室だし」

「?何の話をしておるのじゃ」


 出鼻をくじかれた中畑であったが、気を取り直し


「勘助さん。 今準備している戦争の相手って、諏訪なんでしょ」

「いやー、大声で言う様な事では無いが…そうじゃ諏訪頼重(すわよりしげ)じゃ」

「やめられない…ですよね」

「?何の話をしておるのじゃ」

「えーとですね、私のおばあちゃんは諏訪大社の氏子で、諏訪湖大好きだったんです」

「ほう美月は信州の出であったか!」

「いえ、私は神奈川出身だけど、母方のおばあちゃんが諏訪にいたんです。高校の時死んじゃったけど。

それで、諏訪が戦場になるって聞いて、なんかおばあちゃんが攻められる様な気持ちになっちゃて」


「時代が違うって先生。 落ち着いて」

「判ってるって。

こっちの時代に居るとしても、私のおばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんの…何代も前のおばあちゃんだって事は。

でもね、今度の戦争でね、私のずっと前のご先祖様が死んじゃったりしたら、私は生まれて来れないのかなって」

「わーお。 タイムパラドックスだ!」


「…よう判らん話じゃが、(われ)の起こす(いくさ)で、そこもとらに害が及ぶのか?」

「可能性の問題だけどね。えーとね 例えば、の話ね。

勘助さんが生まれる前の年に戻ったとして、勘助さんのお父さんを殺しちゃったら、勘助さんはどうなるか?って話」


「…なるほど。厄介な話じゃな。『城西衆』はその様な立場という事か。…で諏訪頼重とは(いくさ)をするな、と」

「そうです。やめられますか?」

「…無理じゃな。事が進み過ぎておる。武田が動かんでも他家が始めるじゃろうな」

「ですよね~。 春日君、(いくさ)が始まったら私が消えない様、祈っていてね…」

「うーむ、難儀じゃ。 その様な話を聞かされては軍師はやってられん」


「あーあまったく! この時代の人達ってバカなの?戦争ばっかりやってて死ぬの?

(いくさ)じゃなくて、御柱かなんかで決着つければいいのに…」


「ほぉ、美月…今、なんと申した」

「…え? (いくさ)じゃなくて祭りで勝負すればいいのにって。

冗談ですよ…ちょっと本気だったけど」

「いやいやどうして。 目はあるやもしれん…昌人、板垣屋敷行きは延ばすぞ。軍略の練り直しじゃ」 と思考モードに入る。


その時、春日が “あ!” と小さく叫び声をあげた。

中畑は ビクッ!とし、


「何々なに、春日君」


「タイムパラドックスは起きない!」

(まこと)か!」

「うん!“親殺しのパラドックス”は子供である殺人者が、親を殺した瞬間、殺人者は生まれなくなって、存在が消えるから“親殺し”は発生しない。 って言うヤツだけど、今回のケースは中畑先生のひーひーひーひーばあちゃんを殺すのは赤の他人なんで、殺しても殺人者は消えない!」


「…つまり、どういう事?」

「うん! 中畑先生のひーひーひーひーばあちゃんが殺されたら、中畑先生が消えてお終い。 …あれ、悪化してる」


勘助、美月 同時に


「…だめじゃん」


第6話・軍師勘助 完


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