第54話・闇夜に鉄砲も数撃ちゃ当たる…かもしれない
唐突だが “イシュー” と “リスク” についての豆知識。
“リスク” を放置し “イシュー” 化してから対策した場合に係るコストより、 “リスク” の内に手当して “イシュー” 化を防ぐコストの方が各段に小さい と言うのが、リスク対策の常識の様である。
何の話だ? と思った方、本文へ…
戦国奇聞! 第54話・闇夜に鉄砲も数撃ちゃ当たる…かもしれない
ここは城西屋敷の離れ、御経霊所吽婁有無。…さあ、何人の読者が読めたであろうか?
…無意味な煽りは止しにして、武田家でも最高機密の作戦室にして城西衆の発明品展示スペース、御経霊所吽婁有無である。
城西衆の全体集会で浮上した、駿河雪斎党の鉄砲所持疑惑を受け、鷹羽が緊急対策会議を招集したのだ。
だがしかし、鷹羽が “大変だ!鉄砲が雪斎党の手に渡った!!” と言っても、 はぁそれは何ですか?… の反応であった。
それが理由かは判らぬが、御屋形様 を初め、秋山十郎兵衛 や駒井政武 など、主要メンバーが多忙でスケジュール調整に手間取り、延び延びになり 開催できたのは招集から半月ほど経ってからだった。
リモート会議が当たり前の現代からは想像できない非効率さであるが “実際に対面でないと本音が聞けない” 等のご意見も実は根強かったりする。 …何の話だ?
という事で集められたのは、武田晴信、甘利信忠、秋山十郎兵衛、駒井政武 そして山本勘助で、鷹羽を含め 6名だ。
彼らは鷹羽(城西衆)が未来人であり、駿河雪斎党にも未来人が居る事を知っているので、鉄砲が歴史に与えるインパクトを語っても拒絶はしない筈であった。
漸く集まったメンバーを前に鷹羽が喋り始める。
「えー本日はお日柄も良く、皆さま 益々ご健勝とお喜び致します…
皆さまにお集まりいただきましたのは、この戦国の世を大きく動かす事態が出来しましたので、そのご報告と今後の…、えーと…」
「前置きは良いから、早く本題に入れ!」
勘助にツッコミまれた鷹羽は あたふたと資料図 『鉄砲とは何か!?』 を、皆の前に広げた。(図1)
こういう所は学校教員である。
図1:鉄砲の図
興味深げに図を覗き込む聴衆に鷹羽が喋り始めた。
「どうやら今川は この銃を装備し、伊那松尾城で使用した様なのです…」
すかさず勘助が口を挟む。
「なんじゃこの棍棒は…」
「棍棒ではありません。これが鉄砲です」
「おぉこれが蒙古来襲で使われたと言う鉄炮!」
「いやいや、そっちじゃ無くてって、もういいですよ、その件…」
鉄板の勘助ボケを一応拾いつつ、鷹羽は鉄砲の基本情報を説明し出した。
「えーと、絵を見ただけでは判らないと思いますので解説をいたします。
鉄砲…正確に言うと火縄銃 と言います。
で、銃口から弾を込めて、狙いを定め 引き金を引くと 火縄から銃身内に点火され、弾が飛び出します。
…わかります?」
周囲の顔を見回すが全員、判で押した様な怪訝顔である。 …つまり、判っていない。
「…」
沈黙に耐え兼ね、勘助が代表する形で疑問を口にする。
「あぁ大輔 “じゅうこう” とはどこじゃ?…それと、その込めると言うタマは、雷玉の様な物か?
…その “バン” となっとるのは何じゃ?」
何一つ伝わっていない事が良く判る質問である。
鷹羽は天を仰ぎ、深呼吸して独り言を呟いた。
「そうだ…この全く伝わらない感覚。…化学の最初の授業のヤツ。…懐かしいぞ」
こう見えて鷹羽大輔、中学の教師なのだ。
ならば、中学一年生 最初の授業と思えば良いのである。
丹田に力を込め、再度 聴衆に向き直った。
「OK、では火縄銃の動作原理をイチから説明しま~す。
まず、これは火薬の爆発力を利用して弾丸を飛ばす武器で~す。
銃身内に火薬と鉛で出来たタマ…弾丸とも言いますけど、それを押し込んで、火縄…火の点いた縄ですね、これで銃身内の火薬に点火します。
すると、火薬が爆発して銃身内の弾丸を吹っ飛ばすんですね~。
その威力はとーっても強いです。弓矢の比ではありませんよ!
なのでこの武器を手に入れた者は大変な力を持つ事になるんですね~。
それがです、雪斎党は なんと伊那松尾城でこれを使用したと思えるのです!
皆さん判りましたか~? (˶˚ ᗨ ˚˶) ニパッ 」
「…」
そうだった、鷹羽は言葉は苦手、実験で興味を繋ぐタイプの教師だった…
今度は晴信たち聴衆が天を仰いだ。
お互い顔を見合わせ、発言のなすりつけ合い…が発生し、最終的に晴信が目線で甘利信忠を指名した。
主命を受けた忠信は瞑目した後、口を開いた。
「あぁ大輔、動作原理は判り申した。したが、それの何が重要なのか、もそっと判り易く…
例えば威力じゃが、弓矢の比では無いとは どの程度強くなっておるのか、教えて呉れぬか」
「…なるほど…今の弓矢との比較ですね。 ははは…勘助さん、春日を呼んで来てもらえます?」
残念…それは鷹羽先生の専門外であった。
化学、物理学で火縄銃の動作原理はカバーできるが、実用性は考えた事も無いのである。
急遽 重度のミリオタ 春日昌人が呼ばれ、質疑応答となった。
軍師の師匠と言う事になっている勘助が質問する。
「大輔は弓矢より鉄砲が強いと申しておるが、どれほどの物なのじゃ?」
「僕も実物で試した訳じゃないけど、一般論で言うと単独性能では一長一短かな。
まず、有効射程は 実戦で命中が期待できる距離だと、弓矢も鉄砲も決定的な差は無いって話だよ。
威力は、貫通力で比べると、鉄砲が上だと思う。
確か…弓矢の速度は200~230㎞/h程度で、火縄銃が約1,730㎞/h。
音速が1,225㎞/h だから、マッハ1.4で弓矢の7.5倍! スゴイでしょ。
鏃と弾丸の重さは大差無いとして、衝撃力は質量 × スピードの二乗だから、この速度差は決定的だよね。
これなら弓矢では射抜けない鎧や木盾でも、鉄砲だと貫通するよね (⌒∇⌒)ニコ」
途中の単位は武田の人間には理解できない物だったが、弓矢の7.5倍で皆押し黙った。
鷹羽は鷹羽で春日の暗記力にビックリしていた。 流石中学生、一度見ただけで覚えられるスポンジの記憶力である。
「春日、お前スゴイな…何でそんな事覚えてるんだ?」
「え?好きだから… (⌒∇⌒)ニコ」
「…だろうね」
二人のやり取りの横から勘助が
「ああ、昌人…それが鉄砲の強さなのじゃな…」
「うーん、それがね、鉄砲も弱点が多いんだ。
まず速射性が最悪…
まず筒先から火薬と弾丸を入れ突き固め、さらに火皿に点火薬を入れ、次に火縄をセットしてやっと狙える訳で…時間が掛かるんだ。
撃つまでにやる事が多いんだよ。
それに比べれば弓矢は、矢を弓に番えて直ぐに射てる。 矢継ぎ早って言う位だからね。…やった事無いけど。
あ、後、雨に弱い! 火縄が濡れちゃうと撃てないのが致命的だよねぇ」
皆の顔は安堵と残念が混じった様な表情である。
勘助が聴衆の気持ちを代表する様に口を開いた。
「ならば鉄砲は大した脅威ではあるまい?…お主等は何を恐れておるのじゃ?」
「僕が読んだ本では “取っつき易さ” と “運用コスト” が雲泥の差って書いてあった (⌒∇⌒)ニコ」
「まてまて待て、途端に判らんようになったぞ…」
「僕は弓も鉄砲も使った事が無いから良く判んなかったんだけどね。 思い出すと…
えっと、弓矢って的に当てるのは難しんでしょ?」
武芸の嗜みが豊富な甘利信忠が無言で大きく頷いた。
それを受取る様に勘助が解説した。
「それは当然、修練が必要じゃ。
特に走る馬上から射る “騎射” ともなれば、不断の鍛錬が居るな。
あの小笠原長時は 弓馬術だけなら大した者であったが…
それが如何いたしたのじゃ?」
春日は勘助の解説には大して興味を示さず、
「鉄砲はそれに比べて簡単なんだって。
射ち手の技量差が弓矢よりは少ないから、ちょっとした訓練で直ぐ撃てて、そこそこ当たる様になるらしいよ。
だから鉄砲隊を作るのも、運用するのも容易だって書いてあった。
それに、弓の名手ってヒトカドの武士だから雇うのが大変だけど、鉄砲は足軽でも扱えるから雑兵が豪傑と同じ働きが出来るんだって…知らんけど」
“雑兵が豪傑と同じ働き” という言葉は、誇り高い武士である武田家の者には 非常に判るが判りたくない事由であった様で、一様に考え込んでしまった。
そんな彼らの心を知ってか知らずか 鷹羽が独り言の様に
「そうか、鉄砲は雇用コストが安いんだ。
例えるなら ヘッドハンティング対象の高スキル社員と日雇いバイト 位の差か なるほど…て、ここじゃ余計判りずらい例えか、はは。
でも、そんな鉄砲を大量生産しだしたって事は、今川はとんでもない戦力を手にする って事だな。
3,000や4,000の傭兵は直ぐに用意できる事は この前の高遠や長時の件で実証済みだし。
…彼らに大量の鉄砲持たせたら、敵う相手は居ないんじゃないか?」
まだ薄っすらではあるが “鉄砲” の脅威が見えて来た武田首脳部であった。
晴信が鷹羽に質問を投げた。
「雪斎党は鉄砲の威力は知って居るのじゃな?」
「それは無論でしょ。 日本史教師の藤堂が居ますから…
軍事上の特色については うちの春日より詳しいかどうかは判りませんが、少なくとも私よりは鉄砲の有効性は理解しているでしょうね」
晴信は頷き、次の質問&要望を投げた。
「大輔は鉄砲の仕組みを知って居るようじゃ…早速 作っては呉れぬか?」
「へ?…無理無理、無理です!
原理を知っているのと、作れるのは別問題なんです!
えーと、御屋形様は刀はお持ちでしょ? 使い方も御存知ですよね?
なら刀を一から作れますか?って話です…」
晴信は顎に手を当て一瞬考え、
「うむ。左様か…
ならば、雪斎党は何故 持って居る? そして何故大量に作っておると思うのじゃ?」
「それは見本を手に入れたと思うからです。
正確な時期は覚えていませんが、この時代に ポルトガルと言う国の難破船が鉄砲をこの国に齎すので、多分それを入手したのでしょう。
藤堂が先回りしたのかも知れません…」
「成程…
ならば、手本があればこの甲斐でも 鉄砲は作れると思うか?」
鷹羽より先に春日が答えた。
「それは間違い無く造れます! 日本に着いた鉄砲は、瞬く間に日本各地で生産されって書いてあったし。
それには面白い話しがあってね、最終的に日本の火縄銃の数はポルトガルどころかヨーロッパ全体より多くなったし、銃の性能も日本製の方が良くなったそうだから、絶対作れる。 (⌒∇⌒)ニコ」
ミリオタ大爆発でケッコウな事ではあるが…話の面白さは余り伝わらなかった様である。
…晴信が質問を畳みかけた。
「武田も是非とも鉄砲を手に入れねばならぬが…雪斎党は鉄砲をどこから手に入れたのじゃろう?」
「ポルトガルの難破船は確か…種子島に来た筈です」
鷹羽の答えを聞いた晴信は
「勘助、早速 種子島に向かえ!」
「は! …して種子島とは何処で?」
「…知らぬ。 大輔、種子島はどこにある?」
「さぁ、名前しか…何処でしょう?」
「十郎兵衛! 種子島はどこにある?」
「はて、調べて見ねば答え兼ねますが。
それに、いつまでその島にあるものか…その鉄砲とやら、珍しき物であれば、京の都の将軍家辺りに献上するやも、しれませぬな。
そちらに探りを入れて見ましょう。
それと…今川は津渡野辺りで作って居るとも聞いているのですが…」
「ほぉ、大輔、実か?
「えーと、中畑が真田の忍者がそんな事を言っていたのを聞いた様な…聞かなかった様な…」
「…良い。 十郎兵衛!真田に問い直し、手を打て。…将軍家の周りも探って参れ」
「御意」
次に晴信は駒井に顔を向け先回りの指示をする。
「鉄砲を手にいれ次第作れるよう、鍛冶屋などの手配をしておけ」
御経霊所吽婁有無全体が唸りを上げ、活気が満ちた様な気がした。
が、命を受けた駒井はしかめっ面で答えた。
「お気持ちは判りますが御屋形様…今は長時に荒らされた諏訪領の復興に銭が掛かっており、これ以上の銭は御座りません。
重ねて申さば足りぬのは銭ばかりでは無く…諏訪の他にも伊那高遠、松尾などの手当も必要で、材木も人手も足りぬのです」
財務官僚の言葉は重い。
部屋の空気が一気に冷めた。
古今東西、政治と言うのはカネである。
やりたい事と使えるカネの量を巧くバランスさせる…これが政治。
このバランスを無視し、やりたい事に突っ走ると、戦争を起こしたり、革命が起きたりするのである。
鉄砲の脅威は将来起きるであろう “リスク” である。
諏訪の被害は既に起きている事で “イシュー” である。
一般的にこの2つの優先順は “イシュー” > “リスク” とされる。
起きるとは限らない “リスク” より、今 目の前に有る “イシュー” をやっつけよう! は判り易く、皆 納得するであろう。
御屋形 晴信も腕を組み、天を仰ぐ。
そんな静まりかえった室内で、鷹羽に話し掛ける春日の小声がハッキリ聞こえた。
「ねぇ、先生、人手が足りないんだって…蒸気機関作ってよ。
あれがあれば産業革命だっけ?あれでイギリスは世界帝国になったんだよね?」
「し~、声 目立つって」
春日に向かい 口に人差し指を当て “し~” として、目線を春日から室内に戻した鷹羽は 晴信とバッチリ視線がぶつかった。
目線を外そうとした鷹羽に、晴信が素早く声を掛ける。
「大輔、何の話しだ? 春日の声が聞こえたが、良き策があるなら皆に聞かせよ」
「あっ…別に大した話では…」
「春日、お主が話しは大した物では無いと 申しておるが、相違ないか?」
「え? あっちの世界では蒸気機関って言う機械がですね…後は先生にパス!」
儲け話を嗅ぎつけた山師の様に、勘助が反応した。
「大輔、使えそうな策があるんじゃな?」
流石の嗅覚である。
山勘の語源が “山師の勘助” と言われる所以である。
いきなりのキラーパスを受けた鷹羽は 恨みがましい目でチラッと春日を睨み、解説的な言い訳を始める。
「そのぉですね、鍋で湯を沸かすと湯気が出ますでしょ。その湯気は、実は大きな力を持っていまして…
それを使えば、鉄道とか、蒸気船とか…ああ、誰も付いて来ていない…」
武田側の人間の “何を言っているんだ?” の目に耐えられず、鷹羽の言い訳の独り語りが続く。
「大体、スチームエンジンってのは高圧力に耐えられる容器が作れないと危険なだけなんだって…
春日さぁ、まだ早いんだよ技術的に…」
室内は “まだ続くのか?” に代ったが無言で鷹羽を見つめるだけであった。
「大きな力が使いたいって言うなら、蒸気じゃ無くたっていいじゃないか。…とは言え内燃機関も高圧力で無理だな。
高圧力を掛けないのはスターリングエンジンとか…って、あれも気密性がいるのか。
…じゃぁ火を使わない大出力? そんなモンある訳無い…」
鷹羽が黙り込んだ。
全員が事の成り行きを見守る。
鷹羽の顔が パっ と輝いた。
「…水車? 有った!大きな力を使える装置だ!
春日、勘助さん、そしてご来場の皆さん! 水車がありました!
何に使えるか 良く判りませんが、産業革命起こせそうな気がしてきました。
これからも精進いたしますので、今後とも変わらぬご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い致します」
室内で一斉に拍手が鳴った! (何なんだ、この展開は?)
という事で、緊急対策会議は終了となった。
鷹羽の中で渦巻いていた不安とモヤモヤは取り敢えず表に出す事で、今川雪斎党の鉄砲に対するリスク共有は出来た。
鉄砲取得に向けた活動までも、話しは進んだ。
その先は今の所 不透明ではあるが、リスクの存在を認識されていれば、優先順の付け替えは可能だ。
甲斐の資金不足は如何ともし難いが、瓢箪から駒的に水車を思いついたので、労働力不足への対策は 何か出来そうな予感は出て来た。
これが余剰資金を産み、鉄砲製造に回せると良いのだが…
蛇足ではあるが、この時代に “水車” は殆ど利用はされていなかった。
『日本書紀』に碾磑という水車の話しが記されているので、存在は知られていたであろうが、灌漑用水車の利用に留まっていたようである。
以上、ここ迄。 (何だ、この終わり方…)
第54話・闇夜に鉄砲も数撃ちゃ当たる…かもしれない 完




