第53話・スモーキーな人々とKPT
怒涛の長時の乱は終わったが、大半の城西衆は燻ぶっていた。
という事で今回は 「燻製窯を開けてみた」 の回である。
では、本編へ
戦国奇聞! 第53話・スモーキーな人々とKPT
甲府 城西屋敷である。
信州深志の小笠原の差配、今川の使者対応も終わり、久々の安寧の日々である。
躑躅ヶ崎館での論功行賞では、高遠城を救い、神田将監を討ち取った 横田高松、原虎胤に、感状と褒賞が出された。
他にも真田幸綱の真田衆と並び、中畑美月が小笠原長時捕縛の功で褒賞を頂戴し、施菓子会で溶けた費用の一部が補填された。
また、上原城救援軍大将:甘利信忠の推挙により、明野秀哉設計 “運べる君” の目覚しい性能、春日昌人の飛丸を使った軍略見事なり という事で、御屋形様からお褒めの言葉を賜った。
…と、華々しい喝采を浴びた城西衆であったが、残された生徒たちには不満が溜まっていた。
彼らの言い分を拾ってみると
・明野君は理系好きなだけなのに、にエンジニアっぽくて悔しい…
・春日君は只のミリオタのくせに、軍師軍師と持て囃されて羨ましい…
・春日君と明野君はルール違反で出て行ったくせに、褒められておかしい…自分もやってみたい
・中畑先生は先生のくせに、駿河でお菓子を食べまくっていたらしい…羨ましい…
・中畑先生は先生のくせに、顎で忍者を使っているらしい…自分もやってみたい…
・中畑先生は先生のくせに、推しと旅行して羨ましい…
・鷹羽先生は先生のくせに、ほとんど役に立ってなくて悔しく無いのか?
・古澤先生は温泉に居るらしいけど、何してるんだろう?
等々である。
前半の明野や春日に対しては達川一輝や神宮寺彬などの男子生徒、中段の美月に対する意見は中林巴など、女生徒中心のモノであろう。
最後2つの意見は… “ほっといてあげて” 的な意見ではあるが、それ以外は根底に燻ぶっていた者たちの “嫉妬” が見て取れる。
一般的に “…何々のくせに” のフレーズは “のび太のくせに生意気な” 等、典型的ジャイアン思想であり、これを放置するのはハラスメントに発展しやすく、よろしくない。
という事でスモーキーな(燻ぶった)生徒に向け “何が起こっていたのか” の報告会を開く事になった。
―――――――――
城西屋敷の第一教室である。
諏訪や駿河で療養中の黒島葵ちゃんや坂井忠君、古澤先生以外は全員参加の全体集会だ。
城西衆以外にも山本勘助や甘利信忠、駒井政武のお馴染みメンバーも同席している。
まずは久しぶり帰郷となった美月先生の登壇だ。
生徒たちのお帰りコールに包まれた中畑美月は完全にスター様である。
何しろ、山ほどのお菓子で駿河のお偉方を骨抜きにし “甲斐壱の巫女” の称号を奪取したのだ。
その上 山奥の寺では雷を呼び 真田忍者を指揮し 雪斎党一味を焼き尽くし、大怪我した坂井君を背負い、温泉に連れて行ったと聞いている。
最後には、推しの幸綱様と逃避行した諏訪上原城で、真田忍者を使い、憎き小笠原長時を捕まえさせたそうである。
話しがごちゃ混ぜ かつ、尾ひれ付きまくりであるが、もうこれはロマンと冒険に満ちたマンガの主役!
生徒たち羨望のヒロインそのものである。
(…世の中の噂話とはこの様に育っていくのだ)
そんな美月から、草薙紗綾の足取り、坂井忠の怪我状況などが報告されたのだが、基本的には “良く覚えていないんだけどね…” から始まる、曖昧模糊としたものであった。
質疑応答となり 生徒ほぼ全員が質問の手を挙げる中、一際大きな声の中林巴が差された。
「えーと、駿河で振舞ったのは何と言うお菓子で、原材料は何でしたか?出来れば私も作って見たくて…」
流石は和菓子屋の娘だ。そこが気になるのだねぇ。
それに対し、腕を組んで思い出そうとしていた美月であったが
「んー、ナンチャラ粽って呼んでたね、確か…材料は…なんか “水が合わない” とか言ってたけど…ゴメン、実は先生和菓子は苦手で…」
「…じゃぁ、風味はどんな感じでした?」
「んー。 試食からずっと食べてて、飽きちゃって…あ、でも 甘かったよ!」
「…もう、いいです」
ごめんな、巴。 不毛だったね。
次の人は…佐藤有希ちゃん。
「葵ちゃんの様子は?」
「ちょっとビックリしたって言ってた…上原城で大切にして貰っていると思うけど…」
「でも、お城の中から誘拐されたんでしょ?防犯スカスカ!早く甲斐に戻した方が良いですよ」
「そうも思うんだけど、虎王ちゃんが葵ちゃんに懐いていて…」
「じゃ、虎ちゃんも一緒にこっちに連れてくればいいじゃん!」
女子部の皆がウンウン と頷くのを見た駒井政武が手を挙げ、発言した。
「ああ、虎王丸様はダメじゃ…こちらには連れてこれぬ」
「なんでですかぁ。虎ちゃん お母さん失くして寂しいでしょ? こっちに来れば皆で遊んであげれるし…」
「虎ちゃん…否、虎王丸様は諏訪の跡取り。諏訪の地からは離れられぬのじゃ」
「え~、何それ! 大人の都合じゃんそんなの。そこをなんとかするのが、勘助さんの仕事でしょ!」
有希ちゃんが喰ってかかる。 “カミツキガメ” は伊達ではない。
大人の都合 と言えはその通りなのだが、大人の方がややこしい場合もあるのだ。
若人は理想を信じ、そこに突き進む勇気を持てるが、大人は理想の限界を感じ、本音を隠して動くのである。
つまり大人の方が根が深く、後を引くのだ。若い生徒たちは(当然ながら)そこら辺を理解していないのである。
勘助が駒井をフォローしようと説明を加える。
「虎王丸様を甲斐に連れ帰るとじゃな…いよいよ武田が諏訪を乗っ取りに来ると、諏訪衆が不安を抱く。…さすればまたぞろ謀反をだな、起こさんとも限らぬ訳で…」
勘助の話しを聞いていた美月が、キョトンとした表情で
「エ! それは信繫様が湖衣姫と結婚するから問題解決じゃなかったの?
諏訪で幸せそうな二人を見たでしょ?」
生徒たちと顔見知りで人気が高い信繫様が結婚! インパクトの強い言葉に生徒たちがざわめき立ったが、普段は無表情の甘利信忠が驚いた顔になり反応した。
「ん!何の話じゃ? 信繫様と湖衣姫様がどうしたと?
家中でも諏訪をどうするか、揉めて居る最中で、御屋形様も悩んでおいでじゃぞ…」
国主やその親族の婚礼は国家的戦略に基づき、相手を選別し、慎重の上にも慎重に話を進めねばならない。
しかも武田信繫は甲斐武田のホープ中のホープだ。
惚れた晴れたで進められる話では無いのである。
上原城で信繫が顔真っ赤にして意思表示したとしても、それはまだ内密な段階で、知る人ぞ知る物であった。
それが高らかにバレた。 国家機密なのに…
御屋形様 晴信に持って行く前に、あちこち根回し中の 勘助と駒井が慌てる。
「ああ、美月それは…大人の話しでじゃな…」
「そうそう、色々と根回しをせぬと、納得せぬ者も居る話しで…」
晴信と湖衣姫のバルスな縁談は、確実に潰したと思っていた美月は、猛然と勘助に喰ってかかった。
「勘助さん!まーだ晴信様と湖衣姫をくっ付けるのを諦めていないんですか?
言ったでしょ?バッカじゃないのって」
「え?勘助さんは邪魔してるの?サイテー」
「御屋形様って、奥さんも子供もいたよね? 不倫じゃん!」
上原城では美月一人の猛攻であったが、今回は女子部数人も乱入してきた。
その圧力を想像し、思わず逃げ腰になる勘助である。
「あ、いや、そうではなくて…じゃな。
無論、反対などはしておらぬぞ、うん。 有希、そんなキツイ目で睨むな…」
普段なら軽いMCでやんわりと場を納めてくれる 古澤先生は出張で不在だ…険悪の空気で場が澱んでいく。
仕方なしに駒井が慣れぬMCにチャレンジする。
「ウホン! 皆、静まれ。…この件は信繫様の意に沿う様、取り計らうゆえ、他言無用ぞ!」
「…」
女子生徒たちは小難しい言い回しと偉そうな駒井の物腰に、疑いの目を向ける。
ジト目に遭遇した駒井が焦って言葉を重ねた。
「…悪い様にはせぬ!」
女子生徒たちは一層疑う目となった。
駒井…なんでそのセリフを使うかなぁ。 悪役じゃん…
しょうがないので、勘助が最大限の提案を出す。
「近々、信繫様と満隆殿ら諏訪衆を甲府に呼び、御屋形様に直接 湖衣姫との婚礼を願い出ていただこう。
御本人の言葉なれば、家臣も兎や角文句も言えまいて。
美月、これで良いか?」
美月がニッコリ頷いた。
場の雰囲気が落ち着いたのを見計らい、春日が手を挙げた。
先ほどの流れでMCとなっていた駒井が反応する。
「うむ、昌人殿 如何した?」
「えーと、ずっと気になっていた事があって…伊那松尾城の事なんだけど…ビュンビュン丸で炸裂弾が使われたって、聞いたけど…」
「ビュンビュン丸? とは、何であったかの?」
話しがややこしくなりそうなので、勘助が話を引き取る。
「虎胤様からは、伊那松尾城では石が飛んできた とは聞いたが…雷玉は聞いて居らんぞ。
どこから手に入れた話じゃ?」
「武田学校で彦十郎さんから…大きな音がして小笠原の兵士が数人射殺されたって聞いたんだ。
大きな音なら火薬だろうけど…今川にはビュンビュン丸の図面しか渡してないって聞いてたから…
火薬はどこから手に入れたんだろうって」
「ふむ、そう言われれば、解せぬ話じゃな…」 (※1)
※1:伊那松尾城 攻防の状況は第50話を、ビュンビュン丸モンキーモデルの件は第27話を参照。
顎に手を当て話を聞いていた鷹羽が初めて口を開いた。
「彦十郎さんって、虎胤さんとこの彦十郎さんだよね?
彼なら雷玉の砲撃は見た事あるから、炸裂弾は見れば判るんじゃないか?
…射殺されたってのは、変だよな」
「そうか…じゃ、音は勘違いかな…」
鷹羽が腕を組み、独り言の様に問いを発した。
「その傷って、どんなんだったんだろう…怪我人には会えるかな?」
「もう、この世には居らんじゃろう。松尾から甲府に連れ帰る間に、手負いは殆ど死んでしもうたからな…」
「…なら、傷の状態は何か聞いていませんか?」
勘助は首を振ったが、春日が何かを思い出し 答えた。
「槍で突かれた様だった、って聞いた。 矢傷にも似ていたけど、矢は見当たらなかった…て、なんか変でしょ…」
「矢か槍…刺し傷、刺創だな。砲弾の爆発だと、石ころなんかが当たった打撲創になる筈だ。
…大きな音がして、刺し傷の様な深い傷を負わせる武器は…」
鷹羽と春日は顔を見合わせ、同じ言葉を口にした。
「鉄砲だ!」
春日が興奮した口調で喋り出す。
「もう日本に来ていたんだ! それも雪斎党が手に入れてたんだ。ヤバいよヤバイよ…
ゲームチェンジャーだよ、これは…ビュンビュン丸より小回りが利くから、戦術が変わっちゃうよ!」
鷹羽と男子生徒の何人かは “鉄砲出現” のインパクトを理解した様だが、勘助を始め大半の人間は 怪訝な顔である。
春日が何に興奮しているのか、理解の外であった。
勘助は何かを思い出した様に頷きながら
「おぉ、鉄炮!蒙古来襲の!」
「いやいや、そっちじゃ無くて。 もっとヤバイ奴です」 (※2)
※2:炸裂弾を板垣信方に解説する際に引っ張り出した故事。 詳細は第5話参照。
今度は鷹羽が何かを思い出した様に頷きながら
「そうか、鉄砲を手に入れたから、盛んに火薬の製造法を欲しがっているか…
くそっ、ビュンビュン丸が抑止力になると思っていたけど、今川の武装を加速させてしまったのか…」
「ヤバいよ、鷹羽先生…」
二人静かに煮詰まって行く鷹羽と春日を目にした美月が何かを思い出し、おずおずと声を掛けた。
「えーと、そう言えば…津渡野に鍛冶屋さんが集められて、天狗と樵がトップシークレットの何かを大量生産しているって…真田の忍者が言ってた様な」
「え!それって鉄砲作ってるって事じゃん …そうとうヤバイじゃん! 何でもっと早く教えてくれないのぉ」
美月の今の話しで鉄砲製造を思い浮かべる春日の想像力も大したものだ…が、
春日の非難に美月が口を尖らせ言い訳する。
「そんなの、判る訳ないでしょ、先生 神様じゃないんだから!」
「えー!だって先生、巫女じゃん!」
「巫女って事になってるけど、普通の音楽教師なの、本当は!」
普通かどうかは意見の分かれる所ではあるが…何やら無意味な云い合いになって来ている…
鷹羽が二人を止めた。
「チョット待った二人とも。情報が多すぎて入ってこない。
…中畑先生、ツッコミ所多いけど、…津渡野って、何?場所?」
「紗綾ちゃんを追っていった先の川向うです」
「…あぁ、場所ね。えーと春日、そいつが鉄砲と関係しているのか?」
「天狗って西洋人でしょ?それで周りに隠して大量生産って、絶対鉄砲だよ!」
「なるほど、説得力がある様な無い様な…鉄砲関係はもうちょい 深掘りが必要っぽいので、場を変えまーす。
…では話題も変え、報告事項その2 草薙さん捜索の状況と坂井忠君の現状報告 をお願いします」
美月からの報告は駿河・草薙神社で藤堂先生が巫女衣裳を持ち去った話しや、京都の気難しい菓子職人の話し、施菓子会で会った寿桂尼のお肌が綺麗だった件、などなど多岐に渡り 所々に幸綱情報が入ったりで 想定の1時間を優に超え、漸く草薙紗綾救出の場面に至った。
「で、坂井君と幸綱様 それに神平さんが探りを入れる為に秘在寺って言う…何度聞いても妖しげでしょ?その秘在寺に向かったの。
私と古澤先生は近くの神社で待機してたんだけど…そうしたらそこに誰が来たと思う?
真田の忍者たちなの!もうビックリ! どうしてそこに私たちがいるのが判ったのか判らないけど…
で、秘在寺にいってるっていったら迎えにいくっていって、いったらスッゴイ音がして、カミナリだったんだけど…あれ?カミナリが鳴ったから迎えにいこうっていったんだったっけ?あれ?どこまでいったっけ」
一事が万事、この様な説明だ。…確かな事は判らない事だけは確かに判る、報告なのであった。 (※3)
※3:明解な話しを知りたい方は第34話~第38話を参照
なし崩し的に質疑応答となった第一教室は混沌の坩堝となった。
中林巴から出された “城西屋敷に京都の菓子職人を招聘” する案が賛成多数で議決されるが、勘助からコスト上の理由により即行で却下されたり、草薙神社の巫女衣裳に反応した達川一輝が提唱した “藤堂先生アニオタ説” が過半数の賛同を得たり、秘在寺に雷を呼んだのは雪斎なのか禰津神平なのか草薙紗綾なのか、憶測の連鎖などなど、終わりの見えない状況となった。
体力が余っている生徒たちとは言え、流石に疲れが見えて来た教室で 誰よりもタフな有希が手を挙げた。
「ハーイ!で、結局 草薙紗綾さんの足取りは追えているんですか?
相手は教頭と伊賀忍者なんでしょ?残されたのが怪我した坂井君と古澤先生じゃ、心細いと思うんですよねー」
先程までの混沌に意識が飛びかけていた鷹羽であったが、誰も答える者が居ないので、辛うじて返答する。
「えーと、まだ古澤先生たちから連絡が来ていないので、状況は見えていないけど…
坂井は心配ではあるが傷に良く効く温泉だそうなので…それと、なんだったっけ、古澤先生がどうしたかだっけ?」
「古澤先生はどうでもいいんです。草薙紗綾さんの足取り、です。
て、言うか ぶっちゃけ、頼りにならないと思うんですよねぇ、あのメンバーじゃ。誰かがHelpに入らないと…」
有希の言葉に勘助がすかさず
「何じゃ?自分が助太刀したいと申しておるのか?」
コクコクと首を振る有希。
するとそれに呼応し達川も腕を振り回しながら
「お、俺も紗綾ちゃん救いに行く!」
「おバカは足手まといになるからダメだよ」
「…人を馬鹿っていう奴がバカなんですぅ。有希の方が空手バカですぅ」
「私のは アイキドウ って言うの! やっぱバカじゃん」
いつも通りのやり取りを始めた佐藤有希と達川一輝である。…タフだね君ら。
何やら無意味な云い合いになって来ている…デジャヴりながら鷹羽が二人を止めた。
「よーし、そこ迄だ。
えーと、草薙さん関連も深掘りが必要だな。
美月先生が手に入れて来た情報を精査してみれば、きっと手掛かりがある筈だ。
佐藤に達川、君たちの力を借りるかどうかも含め、検討するから もう少し待っていてくれ。
では、予定時間を過ぎたがこれで終会とする。 お疲れ様でした」
延々3時間に及んだ報告会は、鷹羽先生の有無を言わさぬ宣言で終了となった。
判ったような疑問が増えたような ふわっとした感触であったが、参加した生徒たちは一様にスッキリした顔であった。
スモーキーな人々は一応、ガス抜きになった様である。
が、残っていた草薙紗綾取り返し問題に加え、雪斎党の鉄砲問題など、大きなヤツが増えてしまった。
燻ぶっていた鷹羽先生と勘助に解決策は出せるのか?…次回を待て。
第53話・スモーキーな人々とKPT 完




