第47話・女武者は走り、英雄は(大抵)山を越える
8話に渡り追って来た攻防戦。
上原城と高遠城、どちらも一気に動きます!
…動くけど、完結するのかは、本文へ。
戦国奇聞! 第47話・女武者は走り、英雄は(大抵)山を越える
【武田サイド:上原城外】
謎の集団に拉致された虎王丸を追い、城外に飛び出した真田幸綱らは早々に停止していた。
向かうべき方向で揉めているのだ。
諏訪湖方面に馬首を向けた幸綱に対し、湖衣姫が凛と問うた。
「虎王を攫ったは長時の息の掛かった者共であろう? ならば、長時が居るは卯の方角(東)。
なぜ午(南)へ向う?」
「長時の許に急ぎ馳せ参じると思うは早計かと。
虎王丸様は大事な人質。されば様子の判らぬ戦場にお連れするは、危ないと見るが普通。
拐かしたのは多分 乱波。人質はあ奴等の大切な金蔓で御座る。
流れ矢にでも当たられたら、目も当てられ申さん。ははは」
幸綱としては丁寧に、優しさを出したつもりで 笑いを交えて説明したのであったが、馬鹿にされたと受け取られたのか、赤備えの親衛隊から猛烈な抗議が出た。
「だまらっしゃい!姫様のお考えが愚かだとでも申すのか!女と思って軽く見るのは許しませぬぞ!」
今まで世間の目に辛い思いをし過ぎたのか、非常にナーバスな集団の様だ。
幸綱は美月に対する時の様に、フランクに接したのが裏目であった。
ここで揉めては時間が惜しい。
穴山衆の半分、五名に手早く指示し、諏訪湖方面に向かわせ、湖衣姫に返答した。
「承知仕った、長時の許を探りましょう。
長時は前宮の砦に向かったと聞いて御座る。 早速、そちらに向かいましょうぞ」
前宮の砦では教来石の飛丸隊が攻撃を始めた様だ。雷鳴が響いている。
砂塵立つ 戦場目がけ、駒を進める幸綱である。
…と言葉にするとカッコいいが、総髪(※1)に鉢巻も凛々しく 赤鎧に薙刀を携えた女武者の集団を、小袖と馬乗り袴と言う 通常旅装の数人の男が ピリピリとガードして進んで行くのだ。
思い浮かべるならば…全力コスプレイヤーを誘導する会場運営の人 の趣である。
(一般的ではない例えの気もするが…)
※1:総髪=ポニーテールの和名である。 湖衣姫の髪は腰まである長い物なのでポニーと言うよりホーステール位の迫力だが、ホーステールは つくしが成長した “スギナ” の意味となってしまうのでご用心。
暫し進む一行の前に、駆け戻って来る信繫隊の姿が現れた。 目と鼻の先で長時軍と武田・諏訪軍が激戦中である。
この騒ぎの中で鏑矢の音を聞き洩らさなかった所は流石である。
が、幸綱と湖衣姫たち(全力コスプレイヤーと誘導の人)の取り合わせが理解できない信繫隊は 遠巻きに槍を向けた。
幸綱が馬上から信繫に向かい、手を振り 味方アピールをする。
「信繫様!儂じゃ幸綱じゃ!」
「…?! 幸綱、戻ったのか? で、その赤武者は誰じゃ?」
「驚いて馬から落ち召さるな、湖衣姫様じゃ!」
「!!」
信繫は落馬こそしなかったが、馬を鎮め 降りた。
戦場の真ん中と言っても過言では無い所で、一旦馬を降り 事情説明を開始する異様な集団である。
「なんと!虎王丸が… 諏訪の軽挙に流された儂の落ち度じゃ。
…して、その乱波共がこちらに向かったのじゃな?」
「否、確かな手掛かりが無いゆえ、何処へ向かったかは…
下諏訪に向かう街道筋に一隊を向かわせましたが、湖衣姫様は長時に一早く届ける筈と、こちらに向かった次第…
ここは戦場なれば、危なく御座ると、お止め申したが…肝の据わった姫様じゃ…
信繫様はこちらへ向かわれるに、怪しい奴らを見ませなんだか?」
幸綱はそれとなく 下諏訪方面へ探索地域の変更を匂わせた。
敏感に感じ取った信繫が興味を持った風に問い直す。
「うむ、怪しい者共な…其方らが一番怪しく目立って居ったかも…幸綱は乱波共は何処へ向かったと読んで居る?」
「長時が陣を移したとすれば、我等武田の援軍が届いたと知っての動き。さすればこの砦も一時の物である事は長時も乱波共も承知の筈。
虎王丸様を無事に引き渡すなら安全な深志を目指すと読んで御座るが…」
幸綱の論理的な読みに信繁親衛隊が頷くのが見えた。
それに対し湖衣姫側、赤備えの親衛隊が反論体制に入るのも見えた。
ここでも捜索場所について意見衝突の再燃か…と思う所、赤備えを片手で制し姫自らの意見具申である。
「幸綱殿の意見も尤も、と思われようが それは長時の本性を知らぬ考え。
あの者は家格で全ての優劣を決める男じゃ。 小笠原にすれば、諏訪など取るに足らなぬ石と見て居る。
ゆえに虎王の命など気にはすまい。 生きて居ろうが死んで居ろうが威しの効果は同じ。
一刻も早く手に入れれば、砦は落ちぬと考えるであろう。
これが妾が 虎王は長時の許に居ると申す訳じゃ」
「…お、おぉ」
幸綱の数倍の論理的読みに、感嘆のどよめきが上がった。
「湖衣殿、見事な読みじゃ。
この信繫も長時と相対し、冷酷さを感じて居った…申される事、一々尤も。
行き先は決まった。 皆、長時が砦へ向かうぞ!」
…ディベートは湖衣姫の勝ちである。
轡を並べ戦場へ向かう信繫と湖衣姫の後ろから幸綱が問いかける。
「姫様、砦へ向かうは良いが その先 虎王丸様を如何に取り返す御つもりか?乱戦に突っ込まれても お命を危うくされるだけですぞ」
「…それを考えるが其方の役目であろう!」
「…ははは、承知! 乱戦なればこの真田の出番じゃ。 長時風情の乱波には負けぬ。
信繫様、兵を四、五人 お借りしますぞ!」
―――――――――
【武田サイド:高遠城】
上諏訪で盛り上がっている所であるが、こちらは高遠城である。
高遠城は伊那平の諏訪湖寄り、三分の一位 三峰川と藤沢川が合流する台地の西端に築かれた城で、三方を山に囲まれ、正面は伊那平に開き、背後は杖突街道を背負う要衝である。
城の大手門側には三峰川、搦手門(裏手)側には藤沢川が流れ、これを天然の堀とした堅固な城である。
その立地条件と飛丸隊があれば無敵! の驕りがあった板垣衆は、城の生命線とも言うべき 水の手をまんまと切られてしまったのである。
目の前に二つの川が流れ、一見 水は豊富であるがチョット汲みに行く訳にはいかない。
周りは急峻な崖である。…だからこその城なのであるが。
具体的に水の手は 城裏手の水場であり、杖突街道への抜け道に繋がっている。
そこを元の持ち主高遠頼継の手引きにより、小笠原長時の弟 小笠原信定軍に抑えられてしまっていた。
籠った敵なら飛丸で粉砕すれば良かろう、 と飛丸で狙って見たが 射線上は立木がびっしりと生い茂り、有効な射撃は不可能であった。
これも防衛計画も立てず、水場を放置していた板垣信方の怠慢と言われても仕方ない所ではある。
残る手段は力技による奪い返しだが、相手もここが戦の肝と判っているので、守りは堅く 引く気配は見せない。
水場に近い搦手門(裏手)側は急峻な山道で大人数は展開出来ない事もあり、小集団の戦いを繰り返し、双方 着実に犠牲を増やしている。
冷静に見て、絶対数の少ない城方には勝ち目が見えない展開である。
―――――――――
【小笠原サイド:高遠攻略軍】
高遠攻略軍大将、神田将監は大手門側 三峰川の対岸に設けた本陣から、山上の高遠城を眺め 戦いの趨勢を確認していた。
水の手を奪取した小笠原信定から、自軍ばかり被害が出ると苦情が出ぬ様、将監指揮の兵と交代させたり、援軍を追い返す陣地を杖突街道側に作らせたり、練度がまちまちな諏訪西方衆は監視だけで済む正面、大手門側に振り分けたり と、相変わらずの気の使い様ではあるが、詰め将棋も終盤の感覚だ。
漸く戦の流れが見え、胃痛から解放された将監である。
きつかった日差しも和らぎ、夕日になろうかという酉の刻限(午後5時過ぎ)、高遠城へ降伏勧告の使者を送る時期を考えている将監の耳に、違和感のある怒号が聞こえて来た。
陣屋の背後で揉め事でも起きたのであろうか…無意識に胃に手を当てようとした矢先、使い番の兵士が転がる様に駆け込んで来た。
「敵襲! 敵襲で御座る!!」
「な!?」
報告の言葉を聞き返す間もなく、使い番の背後から数名の武者が乱入して来た。
将監は咄嗟に太刀を抜き 振り回し、外へ逃れる。
走りながら周りを見ると襲ってきた兵たちの背中は見覚えのある旗指物だ… “八曜に月”。
「!お…鬼美濃」
過日 将監が塩尻峠に誘き出され、裏を描かれた長時様が 勝弦峠で散々に打ち払われた 原美濃守虎胤 の印である。
「なぜここに?…どこから??」
問う者が居ない中、呟きながら逃げ道を探す。
神田将監の受けた衝撃も凄かったが、その他の者たちはパニックに陥っていた。
将監配下の高遠城攻略軍は小笠原正規軍であり、勝弦峠で虎胤の洗礼を受けた兵たちであった。
彼等にとって虎胤の旗印はトラウマとなっている。
つむじ風に翻弄されボロボロにされた勝弦峠の悪夢が再来したのだ。
我先に逃げ場を探す兵士たちに組織立った抵抗が出来る筈も無かった。
なぜここに?…どこから? と自問を繰り返す将監は川向うの信定軍にも襲い掛かる軍勢を目撃した。
彼等の印は “釘貫紋”…横田備中守高松!
鬼美濃にも劣らぬ弓矢巧者と噂の軍である。
将監同様に状況が判らなくなった読者の方もいるかもしれないので、一言 申し上げておこう。
ここ数話 行方不明であった 原虎胤、横田高松のオッサンコンビが、ここ高遠の地に突然現れたのである。
「なぜここに…どこから…」
逃げる事も忘れ、その場に立ち尽くす将監であった。
―――――――――
【武田サイド:高遠城救援軍】
時は少し遡る。
躑躅ヶ崎館で高遠城救出に手を挙げた虎胤であったが、実はノープランであった。
しかし高遠城を救える自信はあった。
直観である。 虎胤が戦に臨む時はいつもそうであった。
敵方の武将と戦場となる土地の名前を呟いた瞬間に勝つか負けるか判るのだ。
以前の高遠征伐の折は、場の雰囲気で出陣を請け負ったが “長時と塩尻峠” と呟いてもいまいち ピンと来なかった。
軍師からは急がされていたにもかかわらず、中々腰を上げなかったのはそのせいだった。
嫡男の彦十郎に急かされても “刻を待っている” とそれらしい事を言って動かなかったのだが “長時と勝弦峠” と呟いたら 俄然勝てる気となり、家臣を急き立て出陣したのである。 (※1)
細かな軍略は行軍中に降って来るので、前もっての打合せなど、やりたくても出来ないのだ。
戦上手なのは間違いないが、アドリブしかしない将に 家臣たちは不安であったのだろう。
不安に打ち勝つ為に己たちで鍛錬し、いつの間にか虎胤のアドリブに余裕で付いてこれる 一騎当千の者共となっていた。
虎胤隊が猛者揃いなのは、それが理由であった。
※1:哀れな教来石が虎胤に振り回された理由である。 教来石の受難は第22話参照。
今回は “神田将監と高遠城” と呟いても確信を持てなかったが、試しに広間に居た同輩の名を順番に呟いていったら、横田備中…と言った途端、頭の中で “当たり!” と出たのだ。
いきなりご指名を受けた老将 横田高松は虎胤とは違い、敵の動向や周辺情報を地道に収集するタイプの武将であり、今回の作戦を主導したのは彼であった。
彼もまた一筋縄では語れぬ武将であるが、長くなるので次回に譲り 高遠城救援軍の行動を説明しよう。
種明かしをすると、虎胤・高松合同軍は 山を越えたのである。 (図1)
図1:山越えルート
そう、ハンニバル、ナポレオン、源義経 などなど、古今東西 英雄は山を超えるものだ。
高松は敵の虚を突くべく近隣の修験道者を案内人とし、夜叉神峠を通り 北岳、甲斐駒ヶ岳の間、 野呂川伝いに2000m級の山越えで 今の駒ヶ根あたりに出現したのだ!
虎胤隊は600人程であるが一騎当千。現代で例えると米軍特殊部隊デルタフォース級の猛者である。
高松勢も負けてはいない。こちらを例えると陸上自衛隊レンジャー級手練れで、その数 約1,200である。
馬なども連れてゆけない、修験者でも普通は行かない危険な道である。
虎胤、高松の隊であればこその南アルプス越えであった。
救援軍にしては数が少なく思えるが、化け物みたいな兵士たちだ。
それぞれ戦力換算すればデルタフォース級の猛者は通常兵の3倍、1,800人相当、陸自レンジャー級手練れは通常兵の2.5倍、3,000人相当となろう。
対する小笠原勢は 当初5,000の規模であったが、将監率いる2,000以外は寄せ集めである。
戦力換算すれば4,000強 程度であろう。
それが高遠攻略の水場争い等で削られ、実戦力は3,500程度まで落ちた。
加えて 兵糧攻めが成功したと、油断しきっていた。
そんな所へアルプス越えして来ても、益々やる気ギンギンの猛者と手練れ、合わせて4,800相当の兵が背後から急襲したのだ。
それは ヌーの群れに襲い掛かるライオンであった。
襲われた小笠原勢に出来る事は、ひたすら逃げ回り 日が落ちた闇に紛れ、落ち延びる事だけだった。
斯くして脱水症で気力だけで戦っていた高遠城は間一髪 救われたのである。
第46話・女武者は走り、英雄は(大抵)山を越える 完




