第41話・長時の野望
信州からの武田排除を狙い 始まった小笠原の諏訪、伊那侵攻。
しかし綿密な計画も入念な準備も、ちょっとした偶然、よくある勘違いで台無しになるのも、ままある事。
初手は成功した小笠原だが、本番はこれから…
悪魔の囁き、天使の微笑み…風がどちらに吹くのか?
戦国奇聞! 第41話・長時の野望
ここは上諏訪 桑原城。
城主は諏訪頼重の叔父、諏訪満隣である。
諏訪大祝に成るという野心を抑えきれず、小笠原の諏訪侵攻に合わせ 頼重排斥に動いた満隣であったが、その心は揺れていた。
弟 満隆は “任せて置け” と、上原城に乗り込んだが 謀が露呈したのであろうか、梨の礫、音信が無い。
で、あれば…小笠原の大軍を以て武田を追出し、自分が大祝の座に就けば良い と、思っていたが 物見の報告では長時の軍は様子が変だ。
下諏訪で隊列を組んでいるのは一部の者だけで、大半は早くも狼藉、乱取りを始めているとの事。 (※1)
その為か 約束の刻限を過ぎても長時は桑原城に姿を見せない。
このままでは上諏訪も荒らされるだけではないのか?
組む相手を間違えたか…この様な時に相談する相手も居らず、檻の中の熊の様に室内をウロウロするばかりの満隣であった。
※1:乱取り と言っても、柔道の練習ではない。 乱妨取りとも言われ、戦のあとに兵士が物や人を略奪する行為の事である。 しかし戦の前に行うとは 単なる強盗である!
漸く桑原城に長時が到着したのは約束の日の申の刻(夕方)であった。
先ほどから降り出した雨の中、門前の馬出しに三々五々 集まって来る小笠原軍は 肩を聳やかした長時の周りのみ、ピリピリとした雰囲気である。
予定では巳の刻(午前中)に集合し、午後には上原城に向かう筈であったので、大幅な遅刻だ。
これからの城攻めは無理であろうから、実質一日の遅延であり、先乗りしている満隆のクーデターが成功していても、夜を支え切れるか非常に不安である。
苦情の一つも言ってやりたい気持ちを抑えつつ、満隣は長時を迎えに行く。
「これは長時様、お待ち申しておりました。 長駆の進軍、お疲れで御座りましょう…まずはこれへ
…少々お手間を取られた様で御座りますが、何やら不都合でも?」
横柄に頷いた長時は馬から降りつつ、吐きだす様に
「新参者が不慣れゆえ時間を喰った。
今宵はここへ逗留し明日朝 上原城を落としに行く。 …接待はこの馬回りの者だけで良い。案内せえ」
遅れた詫びもせず、いち配下の者の様に扱われた満隣は さらにムッとしたが、顔には出さず城内へ招き入れた。
弁護する訳では無いが、長時とすれば 小笠原は信濃守護であり、諏訪満隣は諏訪大社の関係者の、いち国人でしかない。
また軍勢が予定通りに進まないのは ほぼ当たり前の事で、一々弁明する必要などない事である。
つまり満隣への対応は信濃守護で軍の総帥としては 何一つ間違っていない と、信じての行動であった。
(長時さぁ、一理はあるけど…)
接待の席では長時の言いつけ通り、馬回り衆しか招かなかったが、数は5人ほどであった。
聞いていた軍勢は四千を超える筈だが、この人数で指揮できるのか?
満隣は酒を勧めながら 訊ねずには居られなかった。
「長時様、大層な軍勢をお連れになられたと伺っておりましたが、それらの将は追っ付 お見えになりましょうや?」
「…あの者共は、小者ゆえ儂と同席はせぬ」
「…はぁ、では此度の城攻め、この満隣は何れのお役を承れましょうや…」
「上原城など 高々数百の城兵しか居らぬであろう? 四千の我が軍の一揉みで落ちる。…元より眼中に無い」
…今のやり取りで雰囲気は判って来た。長時は丁寧な戦など する気は無い様だ。
数に任せた力押しで諏訪を蹂躙する気なのだ。
既に乱取りを始めたという、物見の報告を思い出した満隣は暗然としつつ、言葉を重ねた。
「…成程。 さすれば、上原城の頼重、虎王丸 などは 如何される御所存で?」
「降伏れば良し、降伏ざれば、城ごと焼き尽くすまで。
それと、何じゃ?爾の役わりか?…そうじゃな、道案内で十分じゃ」
「…左様で。 実を申しますと、上原城を武田より取り戻すべく 我が弟を潜り込ませておりまして…」
長時はジロっと満隣を見ながら 舌打ちをした。
手にした盃を一気に空け、陰険な目で満隣に問いかけた。
「その様な事、誰が頼んだ? 爾の手など借りずとも我が軍勢で充分。
だいたい、上原城など 此度の戦では 付け足し。 余計な事を…
全く、なぜ皆 勝手な事を致すのか…行軍が遅れる程の乱取りやら…思い上がった奸計やら、
これじゃから、大局が見えぬ小者は嫌なのじゃ」
最初は満隣への問い掛けと思われたが、中盤は独り言、後半は愚痴と聞こえ 満隣は俯き 聞き役となった。
気まずい空気の中、同席の側近の一人が満隣への気遣いを見せ 長時に具申した。
「満隣殿は無駄な流血を厭われたのでありましょう。 この地は諏訪氏の本拠でありましょうし」
満隣は救われた思いで顔を上げ 口を開いた。
「か…勝手を致し、申し訳御座らぬ。
しかし、長時様の露払いにでもなればとの思いで… それに、頼重の子 虎王丸をば人質にすれば、武田も手控え致すと…」
長時は既に興味を失ったように、空いた盃に酒を注ぎながら 満隣に声を掛けた。
「もう良い。 儂も人殺しが好きで戦をしている訳では無い。…気遣いご苦労じゃったな。 で、首尾はどうなって居る?」
「は、物見の報告では上原では大きな動き…戦に備えた動きは無いとの事で…成就したのでは、と思われます」
「左様か。明日の朝が楽しみじゃ」
―――――――――
明けて翌朝、昨夜降っていた雨も上がり、晴天。 強いて言えば 戦日和《いくさびより》である。
桑原城前には 何時集まったのか、四千の軍勢が揃っていた。
が、威風堂々と言えるのは長時の馬回り、親衛隊のみで 後の集団は装備も隊列もバラバラであり、野臥集団の様であった。 (…事実その通りなのだが)
進軍前の点呼でも勝手に振舞う傭兵たちに予定以上に時間を喰い、朝から機嫌の悪くなる長時である。
上原城までは一里ほどの道程であるが、先頭で道案内を務める満隣は暗澹たる思いであった。
武田と言う鬼を追い払おうと、もっと始末の悪い 悪鬼羅刹を招き入れてしまった後悔である。
未だ上原城の満隆からは連絡は無いが、謀反が成就してもしなくても、四千の野臥に蹂躙される事、確定であろう。
思い沈む満隣を乗せた馬は、通いなれた上原城への道を淡々と進んで行く。
上原城の櫓が見え始め、こちらを眺める見張りの兵が見えた。
あれは武田か諏訪の兵か、満隣が目を凝らすなか、城兵がこちらに向かい 蟇目鏑矢を放った。
甲高い音を立てて飛ぶ鏑矢に、小笠原軍の足が一斉に止まる。
満隣の馬の十間(18m位)程先に刺さった矢には、文が結んであるのが認められた。
弟 満隆からの連絡である! 満隣が慌てて馬を降り、矢文を拾う。
内容を改め、後ろの長時に注進に走った。
「長時様に注進!
我が弟 満隆めが、諏訪頼重親子を抑えたよし。
武田信繫らと斬り合いとなり、制圧いたしましたが城内は辛酸の極み。
守護、小笠原様を城内にお迎えしたいが、片付けに今少し時間をいただきたく。
…との事で御座います。
片付けに手が足りぬゆえ、諏訪の者を先に入れて貰えぬか…とありますが、如何で御座いましょうか…」
計画通りに進まず 内心イライラしていた長時は予想外の朗報を喜んだ。
信濃守護を迎える為に城内を整えたい との礼法も気に入り、了承した。
諏訪満隣は手勢三百ほどを率い、上原城に入って行った。
―――――――――
半刻ほど経ち、上原城の門前では傭兵どもが 待ちくたびれたので早く入れろと 騒ぎ出した。
が、長時は彼らと一緒に入城する気は無く、馬回りに命じ 傭兵軍団を二町歩(約200m)ほど 城門から下げさせた。
すると、その動きを待っていたかのように櫓に一人の武将が現われた。
武将は門前で屯する長時と親衛隊に向け、喚ばわった。
「我こそは武田典厩信繫なり!
そこな小笠原長時に物申す。 信濃守護を名乗り、国を安んじるが勤めの小笠原が、無頼の徒を集い安寧を破るとは何たる仕儀か!
いまや小笠原長時、野臥にも劣る者と明らかなれば、我等は諏訪大明神に成り代わり、退治するゆえ、覚悟いたせ!」
櫓の上で手にした旗を高々と上げると、対をなす櫓から ブンと唸りを上げて竜弾が打ち出された。
弾は上空で散け、長時が下がらせた傭兵の頭上に降り注いだ。
信繫の立つ櫓からも飛丸の竜弾が射ち出される。
二つの櫓からのつるべ撃ちに、傭兵たちは阿鼻叫喚に陥った。
為す術も無く立ち尽くす親衛隊であるが、長時は一瞬の逡巡の後 下知した。
「引け~!! 下がれ~!!」
叫びつつ、長時は馬上から信繫目がけて矢を放ち、親衛隊を引き連れ全速で城門から横に退いた。
数舜後、上原城から長時に放たれた矢は 虚しく地面に刺さった。
信繫は矢を避けつつ 状況判断、号令、行動の素早さから、長時が愚鈍な武将では無いと理解した。
―――――――――
場面変わって、こちらは少し前の上原城内である。
この数刻に城内で何が起きていたか、読者の皆さまに一応、お話しておこう。
矢文を受け 凄惨な場を想像しつつ入城した満隣は、穏やかな城内に戸惑った。
迎いに出て来た 弟、満隆から 事の概略を聞き、戦場の片付けのつもりが 小笠原からの寝返りとなった事を理解した満隣は、心の底から喜んだ。
兄 満隣を武田サイドに引き込む謀は、満隆のアイデアであった。
満隆は 殴り合った後、友になる 少年マンガのお約束の様に 信繫に心酔してしまい、武田の力になる事を決めたのだ。
一晩であっちこっちに寝返り過ぎの気もしたが、そう決めたのだ!
結果として、男泣きする満隣をメンドクサソウに遇う頼重と、労う信繫という光景が見られたのである。 (そういうことだぞ、頼重…)
信繫にしても、満隆からの申し出は、渡りに船 であった。
自信満々に上原城を守ると言ってはみたが、長時軍が4,000と聞いて、内心はドキドキであった。
城の防御力は高いが限界と言う物もある。
通常、城攻めは城方の5倍以上の兵力が必要と言われている。
信繫隊のみで戦うとした場合、300 vs 4,540 (※2)→ 1:15 である。
※2:小笠原軍の内訳は 長時親衛隊:120 + 傭兵:4,000 + 満隣隊:420 = 4,540
これで勝てる と断言するのは虚言という物だ。
しかし 諏訪満隣(420)、満隆(230)兄弟の手勢が加わると、950 vs 4,120 → 1:4 となる。
これなら勝てないが、負けもしない。
甲斐からの援軍を待ち、籠城戦が戦える兵力である。
昨夜の内に勘助宛てに早馬も出した。
上原城から躑躅ヶ崎館までは約16里半(65㎞)程度であり、途中の関所で足止めされても夜明け前には伝令が通っている筈である。
勘助の事であるから、準備万端 1日あれば出陣できるだろう。 とすれば、今日を入れて3日後には先陣が届く!
城の要所に守備兵を振り分けながら、腕を撫す信繫であった。
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城外の長時軍は、飛丸の砲撃を受け 崩れ掛けたが、迅速に射程外に軍を下げ、持ち直した。
そして城山を見渡せる上川近くに本陣を設け、砲撃の被害状況と周辺状況を聞き取り、矢継ぎ早に指令を出していた。
奇襲に失敗し、諏訪兄弟の調略にも失敗し、上原城は直ぐには手に入らないと理解した長時の、切り替えは素早かった。
傭兵の頭たちを呼び集め、周辺の村の乱取りを正式に許可した。
加えて 村人の男は捕らえ人足とし、女子供は避難民として上原城へ誘導する事を命じた。
長時は今後の軍略を聴かせる為、周辺に傭兵の頭と幹部を集めたが、馬回り衆は未だ初戦の躓きの動揺が見て取れた。
側近の水竹がおずおずと具申した。
「長時様、上原城を取れませぬと武田と野戦となり申そう…ここは一旦 下諏訪へ戻られた方が…」
「水竹、何を気弱になっておるか! それでは高遠への援軍を防げぬではないか!
良いか、此度の戦の目論見を思い出せ。
我の望みは高遠城の板垣を討ち取り、伊那平の支配を完全に握る事じゃ。
折あらば この上原城も取るが、それは付けたしと申していたであろう。
ならば、この城は後回し、甲斐から高遠への援軍を止めるが先じゃ。
そこで これより軍を二つに分ける。
一つはここで上原城を囲み、我等への邪魔立てを防ぐ。
残りはこれより甲斐寄りの宮川と街道の交差地に砦を設け、甲斐の軍を迎い討つ」
長時の軍略を聞いてた傭兵の頭が疑問を口にした。
「砦を築くと 軽く言うが俺達は人足じゃねぇぞ。そんな簡単に出来るものか!」
「儂の下知を覚えて居らぬのか? この付近で乱取り勝手とし、そこの男どもを人足とせよと申しておるじゃろ。
それを使い、そこかしこに柵を作り、武田の足を止めよ」
「…なぁる、なら どんだけ邪魔してりゃいいんだ? 迎い撃て と威勢よく言われようと、追い返すのは存外大変じゃ。
邪魔立てが良いとこだんべよ。…そんなに長い事、持たんぞ」
「十日じゃ」
「と、十日? そりゃ持たんぞ」
「最後までお前たちだけでやれ とは申しておらん。 途中で上原城を囲った者と交代させてやる」
「…」
「時が無いぞ。 水竹! 此奴等を連れて 早う行け!」
長時は側近の水竹を怒鳴り、宮川へ追い立てた。
勢いで長時の軍略に従ったが、側近も含め 残った者は 今ひとつ納得できていない様である。
周りの顔色を伺い、傭兵の将が純朴に長時に訊ねた。
「大将は十日で片が付く と言っとるが、なぜ十日なのじゃ?
攻めるは “城” じゃ。 こっちは軍を分け、攻め手の人数も減ってしもうたし…勝てはせんぞ」
長時は冷たい目で将を見つめ、冷ややかな声で答えた。
「大局が見えぬ者は全てを答えてやらねば判らぬ様じゃ…
良いか、城というものは、籠る為の物じゃ。
そして喰い物と水が無ければ、籠っておられぬ。
高遠城は水の手を切る策がある。 そして上原は女子供を送り付け、食い扶持を絶つ。
どちらの城も囲まれるとは思って居らんだろうから、ざっと見積もって 籠って居られるのは七日。
…援軍を絶ち十日囲めば、落ちると申しておる。
高遠が落ちれば、勢いはこちらに付く。 ここを引いても追い打ちは受けぬ。
判ったか?判れば さっさと己が役目に掛かれ」
説明を聞いていた傭兵の将、側近の 長時を見る目が変わった。
作法に拘るばかりの凡将と思っていたが、何の確変だ?
親衛隊も傭兵部隊も、持ち場に急そいだ。 各自の瞳に迷いは消えていた。
元々、小笠原は弓矢(武門)の家柄である。
そして長い内紛を勝ち抜いてきた父 小笠原長棟を傍で見て来た、長時は戦略的能力が磨かれていたのだ。
が、過剰なプライドとサイコパス的性格に邪魔をされ、戦術に失敗しがちであり、周りからその能力が評価される事は少なかった。
判り易く言えば、目の付け所は良いが性格に問題があり、協力を得られず成功を取り逃がすタイプ である。
天才肌、芸術家気質と言えば聞こえは良いが…武将には向いていない かもしれない。
甲斐の武田も舐めて掛かっている小笠原長時であるが、今回は短期決戦。
戦略的能力で押し切れるか、性格的問題で破綻するか?
興味深い展開となって来たが今回はここ迄、次回を乞うご期待!
第41話・長時の野望 完




