第40話・諏訪で大変ですわ(ダジャレかよ)
ノーマークだった諏訪のお家騒動。
…諏訪満隆って誰だよ?
いきなり出て来たヤツが犯人って、ミステリーなら最悪だなぁ。
だが、寝首を掻かれるのはこう言う時なのだよ。明智君…
で、武田のプリンス、信繫はどう動く?
戦国奇聞! 第40話・諏訪で大変ですわ(ダジャレかよ)
場面は上原城、謁見の間である。
鮮やかにクーデターを成功させた諏訪満隆は、上座で虎王丸の機嫌を取っていた。
下座に下がった諏訪頼重は燃えるような目で満隆を睨んでいるが、此奴は無視しても問題は無い。
マークすべきは頼重の隣で瞑想する様に静かに座っている、武田信繁 此奴である。
信繫は若いが頭も切れるし度胸もあり、部下の統率も大したもので、その上 顔も良い…忌々しい限りである。
形式上とは言え 諏訪領主 諏訪頼重と、正室禰々、虎王丸の親子を人質に取れたので、主導権はこちらにある。
今の所 信繫ら武田勢の抵抗は抑えているが、信繫を本気にさせては危ない。
人数的には満隆の軍勢は劣勢であり 技量的にも信繁隊は武田家中の精鋭、対する満隆隊は急場の寄せ集めである。
本気のやり合いになれば勝負は見えている…と、言う事は この小僧に声を上げさせてはならぬのだ。
だいたい、このクーデターは武田の支配に異を唱えるのが目的であり、諏訪家を滅ぼす物では困る。
ここは穏便に信繫隊を城外に追い出す事が重要である。
…が、満隆の差し迫った問題は虎王丸であった。
先程から満隆の膝の上でこの幼子が憤りだした。
通常であれば別室で乳母なり侍女なりに面倒を任せてしまう状況であるが、虎王丸は必須の人質。
武田の血を引く虎王丸以外、人質の価値が無い とも言える存在である。
泣くからと言って別室で寝かしつける訳にもいかず、かと言って あやしても脅してもイヤイヤ期の幼児には効果は無い…困った。
「にわにいきたい~」 やら 「あおいとあそぶ~」 と膝の上で飛び跳ね、叫ぶ虎王丸。
我が子でもあやした事が無かった満隆は途方に暮れた。
“泣く子と地頭には勝てぬ” の諺通り、満隆は虎王丸の要求を飲むしかない。
「…”あおい” とは何じゃ? 花か所か? 虎王は何が所望じゃ…」
虎王の母、禰々が嫋やかに答えた。
「葵とは城西衆の娘でありますよ。
駿河に拐かされて居りましたが、先ごろ運よく勘助殿に救われ、甲斐に戻って来られましてね。
駿河の地が恐ろしいゆえ、なるべく離れた地、ここ諏訪に静養に来ておりますのじゃ。
ここに挨拶に寄った所、虎王が懐いて仕舞って、ほほほ。
…城西衆の娘たちは皆、麗しく 知恵のある者なのですよ。
…葵は城西衆の娘にしては大人しい子ですが、芯の強い娘御と見えました。
あの子を見ていると、何やら手を差し伸べて上げたくなるような…ねぇ」
記憶の良い方は 見覚えがあるかもしれないが、葵とは “黒島葵” と言う、3号車に乗っていた子である。
この前まで駿河の尼寺で不安に震えていた子であり、草薙紗綾の情報を呉れた子である。
駿河に居た女生徒たちは今でも富士山を見ると駿河での不安を思い出す様で、なるべく離れた地、諏訪に養生に来てたのだが、年齢的には大して変わらない禰々は城西衆にシンパシーを感じていたのか、しょっちゅう呼び寄せていたのだ。
虎王丸が懐いていると言うよりも、禰々が懐いているであった。
「城西衆だかなんだか知らぬが、その 葵とやら、直ぐに連れて参れ!」
と、下知する満隆であるが、言って直ぐに出て来る訳では無い。
なおも憤る虎王丸を必死に宥める満隆。 …オッサンの方が泣きそうである。
「虎王、直ぐにその葵とやらが来るからな…そうじゃ、虎王、腹は減って居らんか?」
一瞬考え込んだ虎王丸が、コクリと頷いた。
瞬間、満隆の顔が輝いた。 地獄で仏に会った時に見せる顔であろう。
「そうかそうか、腹が減って居るか…そうじゃ頼重、お主も腹は減っておらんか?」
「?この様な時に何を…それとも、虎王共々 我等に毒を盛ろうと言うのか」
「いやいや そう尖るな、我が甥よ。 お主は大祝であろう?
神職はもそっと、人の善意なる物を大切にせねばならぬぞ。その、なんでも斜に捉える質…、そういうところじゃぞ…」
頼重と話していても険悪になる一方なので、満隆は信繫に にこやかに話し掛けた。
「この様な時こそ、皆して飯を喰うのはどうじゃ。さすればお互い善き話も出来ようと言う物…のう、信繫殿」
信繫は探る様な目で満隆を見たが、敢えて微笑み 軽く頷いた。
皆 平静を装ってはいたが、憤る虎王丸に 室内の空気はイラついていた。
こういう時は まずは腹を満たさねばならない。
空腹は人を過激にする。
厄介事に遭遇した時は、飯を喰うに限る。
暫しして、大盆に盛られた握り飯が運ばれ、敵味方合わせての食事となった。
両陣営とも眉間の皺が目に見えて消えて行く。
満隆の慧眼である。
人々の表情が丸くなった頃を見計らい、信繫が天気の話でも聞くようなトーンで満隆に話し掛けた。
「満隆殿、高遠が背いた折は諏訪は一枚となり、大祝家を支えられました。…此度は何の違いから誘いに乗られたのか?」
満隆が顔を上げ 口を開く前に、信繫の横で頼重が吠えた。
「どうせ満隣叔父辺りが大祝に成りたくなったのじゃ。 高遠が時は高遠が大祝を望んだゆえ、手を組まなんだ…どうせそんなものじゃ」
「…これ、頼重。 信繫殿は我に訊ねて御座る。
お主は大祝なれば、もそっと人の話を聞け! そういうところじゃと申しておろうに…」
満隆は再度 甥に意見した後、信繁に返答した。
「さて、信繫殿。此度小笠原の誘いに乗ったは、如何な理由かお訊ねじゃが、…それを聞いて如何される御つもりか?」
「背くには背く理由があり申そう。武田に非が御座れば、直してゆく所存じゃ。
“過ちては改むるに憚ること勿かれ” と兄上は常々申されて居る」
「ほ!なんと、神職の様な心構えじゃな。…頼重、少しは見習ってみよ。
…ならば信繫殿。我等が心 お聞きいただこう」
満隆は襟を、信繫は居住まいと正した。
「以前より我等は武田の真意に疑問を持って居ったのじゃ。
諏訪の地は武田が狙う信濃の要。
…なぜ、頼重を上原城に残して居るのか?
…なぜ、虎王丸を甲斐に連れて行かぬのか?
頼重の言の軽さは叔父である儂等も良く知って居る。それが判らぬ武田ではあるまい?
それも頼重は晴信殿を一度裏切った…早々に斬るのが戦国の倣いじゃ。
…訝しんでおる所、今回それの答えを得たのじゃ。
武田晴信は頼重が娘、湖衣を側妻に取り、頼重を排す謀がある と聞いた。
愈々頼重を切る決心をしたと言う事じゃ」
「!」
信繫が口を開く前に、信繫の横で頼重が吠えた。
「晴信め!わが諏訪の血を、この頼重をなんと心得るか。許さん!許さんぞ!」
「…これ、頼重。 我は信繫殿に話して居る。 気持ちは判るが…ウルサイ!」
満隆の言葉を聞いた信繫は、後ろに控えていた側近 山高親之を見、目で “お前知ってる?” と訊ねた。
山高はブンブン顔を振り、知らない事を力強く回答した。
信繫は正面の満隆に向き直り、問いかける。
「満隆殿、その話 弟である儂も知らぬ話じゃ。それは神掛けて言える。
したが、兄上と湖衣姫の縁談は…神掛けてあり得ぬ、 とは言い切れぬ話じゃ…な。
それは一体、どこから手に入れたものじゃ?」
「板垣衆の者が申しておった…と、聞いて居る」
「ふうむ…それもありそうな筋で」
「そうじゃ。頼重を切る時期を待っていたと考えると、腹落ちする。…なれば、我等はその話を信じ、動いたのじゃ。
今でも本音を申さば、武田の血が入った者が いづれ大祝を継ぐのは、忸怩たる思いがある。
が、虎王は頼重が子、諏訪の子じゃ。
しかし晴信が子を大祝に据えるとなると 話は違う。それは武田の血じゃ」
信繫は大きく頷き
「成程、尤もな話。
なれば、我が兄と湖衣姫殿の話が 根も葉もない事が証明できれば、満隆殿、満隣殿が兵を上げる意味は無い と?」
「うむ、左様じゃ。…兄者の本音は知らぬが、少なくとも我は力比べで武田に勝てるとは思って居らんからの」
「承知。 と、なればじゃ。 小笠原など居らんでも諏訪と武田で話合えば、事が済むではありませぬか?」
満隆は一旦 言葉を呑み、信繫を見つめた。 ここが交渉の肝と感じたのだ。
「…左様じゃな。 したが、兄者と小笠原は一戦交える気でここへ向かって来よるからな。
信繫殿には一旦、上原城から退いていただき、改めて和議を結ぶ …では、如何かな?」
「…それでは、高遠城が孤立しますな。…それに、小笠原の野心は 諏訪の心とは別でありましょう?
小笠原は信濃全部を取らねば気が済まぬ。 なれば武田の血も持った諏訪氏にこの地を任せはせんでしょう。
我等が上原城を出るのは、いたずらに小笠原を勢いづかせるだけ。 と、心得えます」
信繫の指摘は尤もな所がある…満隆は頷きかけるのを、堪えた。
小笠原と武田に挟まれた諏訪はどちらに付こうが戦場となり、田畑が荒らされるのだ。
戦をせず引いてくれれば良い としか考えていなかった満隆は返答に詰まった。
信繫が被せる様に今後の展開を話し出す。
「小笠原が幾らの兵で押し寄せるかは知らぬが、二日もすれば、甲斐から援軍がやって来る。
さすれば、戦下手な長時がこの上原の城を守れると思えましょうか?
結局、諏訪の地を荒らすだけ荒らし、深志へ逃げ帰る…諏訪を、虎王丸を危険にさらすだけで御座ろう?」
満隆は自分の息子より歳若の小僧に言い負けて行くのだが、不思議に悔しさは無かった。
主導権が信繫に移動しつつあるのを感じた。
「…ならば、どうされる御つもりか?」
「当然、籠城いたします」
「小笠原は四千と聞いておるが…信繫殿は精々が三百。如何に戦上手でも…」
「なーに、二日籠れば良いだけの事。城内でいざこざが起きぬ限り、守りに憂いは御座らぬ。
それに、攻め掛かる満隣殿も 虎王丸と満隆殿には死んで欲しく無いでしょう?
そうそう無理な戦にはならぬ筈」
「…」
“城内でいざこざ” とは、満隆勢が大人しくしていれば、一緒に守ってやる と暗に言っているのである。
“虎王丸と満隆が城内に居れば、満隣も無理をしない…” は、人質を取っている気でいたが、どうやら満隆が人質認定である。
完全に主導権は信繫側となった。
押し黙り、頭の中で話を整理している満隆に向かい、信繫が念押しをした。
「満隆殿はここで、虎王丸と禰々をお守り下されば、結構。
城外の敵は信繫隊が当たります…では、支度が御座ればこれにて失礼致す」
信繫と側近たちは一礼すると退室して行った。 戦支度の満隆と手の者は、ただ見送った。
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さて、ここは一旦上原城を出て、小笠原長時の動きを見返してみよう。
今回の小笠原の初動は、贔屓目なく見ても 上出来であった。
その作戦計画の大半は駿河・雪斎党のお膳立てであったが、小笠原には つき があった。
曇っていたのである。
諏訪侵攻に選んだ道は大軍を動かすには向いていない勝弦峠であったが、迅速とは言えない寄せ集め兵たちの行軍も、低く垂れこめた雲で 峠の武田方砦からの発見が遅れた。
また、小笠原侵攻を知らせる狼煙も雲に阻まれ、麓の下諏訪にすら伝わらないという幸運もあった。
無論、小笠原の策動を捉えていた武田(勘助)も、手を拱いていた訳では無い。
事が起きれば実施する迎撃作戦を書付で下諏訪勢に渡していたのだが、動かなかった。
下諏訪勢への駿河雪斎党の調略が成功したと言えばそれまでだが、決め手になったのは これも曇りであった。
事前の武田との取り決めは “峠の砦からの狼煙で動け!” であったが、狼煙が見えぬ間に小笠原が目の前に出現したのだ。
人は鮮やかな手筈に魅了されるものだ。
勘助の書付より雪斎党が約束した条件の方が、確かな物に思えたのであろう 金刺氏や諏訪神家の一族、矢島氏などは目の前の大軍に目がくらみ、小笠原に身を投じたのである。
こうして出来た小笠原の軍勢は7,000を超える物である。
長時は武田が動く前に高遠攻略と上諏訪攻略の作戦を発動した。
陣立ては以下の通りだ。
まず、高遠攻略軍は神田将監に小笠原正規軍 約2,000と、矢島氏等 諏訪西方衆を集めた 約1,500。
計3,500の勢力である。
これを天竜川沿いに岡谷道で高遠城に向かわせる。
また長時の弟、小笠原信定が 約1,500を率い、伊那平 松尾城から北上してくるはずであり、総数5,000で高遠城を囲む算段である。
片や上諏訪攻略軍は 長時自身が雪斎党用意の 約4,000を引き連れ、諏訪満隣の居城 桑原城に向かっていた。
長時が上諏訪で杖突峠を塞げば、高遠城の板垣信方への援軍は届かない。
高遠城は袋の鼠、落城は必至である。
この時点では諏訪満隆が上原城乗っ取りに動いている事を長時は知らないが、上原城には武田信繫の兵 数百しか駐屯していない筈であり、寄せ集めの兵と言え 4,000の兵で囲めば 落とすのは容易いとの読みであった。
今こそ信濃守護 小笠原家の威信を見せる時だ。
『指輪物語』のウルク=ハイのポジに身をやつしても、勝ち戦が欲しい長時の威風堂々の進軍だ。
上原城の信繫はオークから中つ国を守れるか! (おい!サーガが混じってるぞ!)
と、言う所で紙面が…次回を待て!
第40話・諏訪で大変ですわ(ダジャレかよ) 完




