第38話・一旦落ち着きましょう
辛くも雪斎党の囲みを脱した幸綱であったが、作戦続行には困難が…
深まる香山らの狙いの謎、狭まる紗綾捜索隊の選択肢…
どうなるんだろ、美月たち…
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戦国奇聞! 第38話・一旦落ち着きましょう
真田幸綱や紗綾捜索隊たちが辿ってきた安倍川は、大谷嶺・八紘嶺・安倍峠に源を発し、全長52㎞を一気に駿河湾に流れ込む、急流の一級河川である。
そして2023年時点でも本流・支流にひとつも河川法上のダムが無い、珍しい清流である。 (※1)
なぜダムが無いかと言えば、ダムを作っても維持が難しい程 急流で流砂量が多いからであり、チョット多めの雨が降ればあちこちで崩落が起きる 災害多発の川だからだ。
安倍川上流には金山や温泉があり、伝承によれば約1700年前の応神天皇の頃から知られていたらしいのだが、交通の便が悪く ず~と、知る人ぞ知る秘境である。
その様な状況から大河内村を経由して駿府に至る道は、大雨の度 川沿いの路も削られ、ひどく不完全なままである。
逆に上流部の梅ヶ島地域から安倍峠を越えて甲州へ通じる路が、古くから主な交易路であった。
ただ、こちらも大雨が降れば崩落が起きるのは下流と同様であり、2019年の台風の影響で2023年時点でも安倍峠は通行止めだったりする。
※1:河川法の定義では流水を貯留、取水等をするための施設で堤高が15m以上のものを “ダム” と呼ぶ。
なので、ビーバーが作る構造物はどんなに巨大でも “ダム” では無い!…日本の河川法に於いては、であるが。
さて、美月たち一行の現状であるが、秘在寺で雷に打たれ アドレナリンの勢いで暴れ川を一気に駆け上がり、大河内村まで来てしまっていた。 (どういう説明だ…)
ここに居る者は、真田幸綱と紗綾捜索隊、それと 幸綱の危機を救った男三人と女一人であった。
村内の一軒の家に上がり込み、美月が貰った “寿桂尼様お墨付きの通行手形” を笠に着て、喰い物を強請る幸綱は 野盗か野臥か、の体であった。 (お礼の銭はちゃんと払ったが…)
怖がる家主が納屋に逃げ出したのを幸いに、母屋を乗っ取った一行は、囲炉裏を囲み団欒である。 (やはり野盗だな…)
怪我で熱が出て来た坂井を寝かしつけ、残りの者は粟粥を食しエナジーチャージするのであるが、 “初めまして” の者だらけなので、幸綱が今更ながらのメンバー紹介をする。
「あぁ、これなるは 望月源三郎と望月新六。佐久望月城主 盛時殿の一族じゃ。そしてこの女性が盛時殿の妻女、千代殿じゃ。
城西衆の娘御を連れ帰るには 美月殿一人では心細かろうと、出向いて貰った次第じゃ。
で、こちらは今を時めく 城西衆の古澤殿と美月殿じゃ。 噂は聞いておろう?あ、ここで臥せって居るのは忠殿である」
紹介された男の片方、たぶん望月源三郎が、珍しい動物を見る様な目を美月に向けた。
「おぉ、これが城西衆の神憑り…そう言えば、先ほどの寺で雷を呼んだは城西衆か?何とも凄い術を使うものじゃ!」 (※2)
秘在寺で何があったか詳細を知らない美月は、何の事やら判らず、曖昧な笑顔で “どーもー” と胸元で小さく手を振るのが精一杯である。
が、紹介されたメンバーに驚いたのは禰津神平であった。
「も、望月盛時殿の御妻女! それに源三郎と新六なれば盛時殿の弟であろう?
佐久望月城と言えば、未だ村上義清に与して居る筈。 これはどういう事じゃ幸綱殿…」
「…盛時殿と真田は裏で繋がって居る。…望月も禰津と同じく滋野一族の家柄じゃ、そう驚く事でもあるまい。そうであろう神平殿?」
「…それはそうじゃが、一族郎党で血で血を洗うのも時世じゃで…
あ、村上勢と通じて居ったで、幸綱殿が律儀に村上を見張らんでも、事足りたと…成程、漸く腑に落ち申した」
「フフフ、まぁその様な事じゃ…」
「…それはそうと…」
神平はちょっと離れた炉端で黙々と粟粥を啜っている大男を見やった。
「そこで貪り喰っているのは誰じゃ?」
言われて初めて意識に留めた様子の幸綱が
「お、そう言えば…これに居るは 我が真田の本家筋、海野家の十座じゃ。…が、なぜお主がこれに居る?…いつから居った?」
「?う、ぐふっ …使いを頼まれたのじゃ。漸く追いついたと思ったら、またまた駆け出すで へとへとじゃ…やっと飯にありつけたわ」
「…それは難儀を掛けたの。…で、使いとは何じゃ?」
「禰津神平は居るか?」
「…儂じゃ」
「うむ、神八と申す童からこれを預かって参った」
十座は懐から暴れぬよう布で巻かれた “鳩” を取り出し、神平に渡した。
「…喰うのか?我にも喰わせろ」
「喰いはせぬ…造作を掛けたな」
「然程でも無いわ…」
と、また十座は粟粥を啜り始めた。
何か思う所がありそうな幸綱が問いかける。
「鳩を届ける為だけで来たのか?」
「う?…おう、そうじゃ、晴信様の軍師殿の使いも御座った。忘れる所であった、ははは」
「…はは、は。思い出したか。…で何じゃ?」
「おう!深志が愈々怪しいそうじゃで、幸綱殿は早う戻れ との事じゃ!」
「は?真実か!」
幸綱に城西衆のコトバが移った様である。 ヤバいとマジは感染力が高いのだ。
「…したが、こちらもこれからの事を色々決めねばならんし…」
食事中ではあるが、急遽これまでの手掛かりを元に、今後の行動計画を練り直す事となった。
※2:紗綾の舞での落雷。何だこのご都合主義は!と思ったであろう? しかし雷は冗談の様に落ちるのだ。
何を隠そう、中の人である私はマンション十階に住んでいた。
学生時代のある夏、夕立が来た。雷雨である。
たまたま 遊びに来ていた友人が雷にテンションが上がり、窓を開けて天に向かって叫んだ。
「ヤーイ カミナリ、落ちて見ろ~」 すると目の前、隣のビルの避雷針に落ちたのである!
友人と私は衝撃で窓際から部屋の奥まで吹っ飛んだ。
怪我など負わなかったが、それ以来、私は雷が苦手である。
…信じるか信じないかはあなた次第だが、雷は冗談の様に落ちるのである!
―――――――――
まず、望月源三郎と新六兄弟が探ってきた津渡野の様子が報告された。
「周囲の山の樹が全て切られ、やたらと炭を焼いて居ったぞ。それと昼夜を問わず火の手が見えて居った。
あれは蹈鞴場では無いかと思うのじゃ…それと槌音も聞こえて居ったが、どれほどの刀を拵えるのか、戦支度にしても大それたものと思うが…」
腕を組み話を聞いていた神平が一人頷き、口を開いた。
「美月殿が施菓子会で聞き込んだ話と辻褄が合うぞ。…樵が雇われ、村からも町からも鍛冶職人が消えた。
みな、津渡野に連れて来られたのじゃな」
「成程。したが、何を作っておるのじゃろうか?」
幸綱が秘在寺の光景を思い出し、仮説を口にした。
「紗綾殿は見た事も無い、見事な剣を使かって、舞っておったが、それを打って居ったのでは無いかな?」
「…じゃな…じゃが、剣一振りに左様に大掛かりになる物か?」
「…判らぬ。…紗綾殿の舞に謎を解く鍵が在りそうじゃが…」
紗綾の舞を見ていた神平と幸綱が必死に思い出そうとしていたが
「だめどう…いっさら判らぬ…(ダメだ、まったく判らない:甲州弁)」
その時、炉端に寝かされていた坂井が寝床からぬぅ と、何かを掴んで手を上げた。
まるで墓場から這い出すゾンビの様であった。
皆の視線が集まる中、恐る恐る 古澤が握られている物を回収した。
「忠、これは?」
「紗綾が俺に投げて来たモノ…何か言いたそうだったから、意味があると思って必死に拾って来たんだ…」
「ふーん、これは…枝豆?」
灯りの下で皆が覗き込み、物証が吟味され、神平が回答する。
「野良豆じゃな…」
「のらまめ? 聞いたことないなぁ」
「ちょっと良く見せて下さい…」
と、美月が手を出し
「あぁ、グリーンピースだ。 鞘に入っているけど、えんどう豆ね…紗綾ちゃんはこれ投げて来たの?」
「どういう意味だろ?紗綾ちゃんだけに “さやえんどう” …なんちて」
全員からジト目で見られ、さすがに口を閉じる古澤。
坂井が寝床でブツブツ 呟き、 “あぁ” と声を上げる。
「“さやえんどう” …紗綾END …もうお終いって言ってるんだ。 俺が助けられなかったから…」
「え?いやいや、忠。 そんなネガティブになっちゃダメだって。…ねぇ」
古澤が同意を求める様に周りを見るが、皆 ?の表情である。
「あ、そうか! えーとですね “えんど” って、英語…僕たちの国の言葉では お終い って意味なんです~」
「おぉ!」
ダジャレも解説が入ると高尚に思える様で、一様に感心される坂井であった。
結局、えんどう豆のメッセージ解析より、怪我をして弱気になった坂井への励ましが主となり、謎解きは終了した。
では、手掛かりが交錯した中で、紗綾捜索隊はどう行動するか? である。
このまま捜索を続けるとしても、雪斎党とひと悶着起こしてしまったので、こちらが追われる(追い払われる)立場となったとも言える。
ここは一旦甲斐に戻り、体制強化の上 雪斎党の企みに当たるのが上策と思える。…勘助も帰ってこいと呼んでるし。
甲斐に戻るにはこのまま安倍川を上り、安倍峠を超え身延へ抜け、富士川に沿い 甲斐府中に戻るルートが早いのだが、坂井の傷が問題であった。
先程から傷口が腫れ、熱を持ち始めている。これは炎症(感染症)のサインである。
以前、バス遭難時 春日昌人も足に怪我を負ったが、その時は救急箱や各自が持参していた消毒薬があり、初期に化膿を食い止められたが、今回は薬が足りない。
坂井の体力勝負となった時、峠越えは命取りかもしれない。
悩む幸綱に神平が妥当な案を提示した。
「この上に梅ヶ島なる土地がある。 そこには温泉が湧き出でて、金創(刀傷)に大層効果があると聞く。
忠殿はそこで湯治。千代殿には忠殿の世話を頼みたい。
儂と、源三郎殿は身の回りの用心と紗綾殿の行方を追う。
残りの者は甲斐に戻るが如何かな。
これまでに得た手掛かりを城西衆壱の知恵者の鷹羽殿に吟味を願い、雪斎党の企みを解いて貰うのじゃ。
その為に美月殿は甲斐に戻られよ。
…駿府の施菓子会で知られた甲斐の者は、女一人に男三人じゃ。
幸綱殿に新六殿と十座殿も行かれれば、人数も揃い、雪斎党を謀るには丁度よいし、追手が掛かっても巫女殿を守るには充分と思うが、どうじゃ?」
スラスラと提示されたのは、皆が納得できる案であった。
幸綱が賞賛の声を上げた。
「流石は神平殿じゃ!皆の役割も揃うておるし、雪斎の目まで読んでおる!」
これで決定! の顔で頷き合っている中で、小さな声が聞こえた。
「あのぅ、僕は何をすれば…良いのでしょうか…」
「あ…」
古澤の声に 先程まで自信満々であった神平が虚ろになった。
ゴメン、完全に忘れていたよ、古澤先生。
場が気まずくなる寸前で千代が涼やかな声で答えた。
「古澤様は坂井殿に付いていて下さりませ。
お怪我の体で知らぬ地、知らぬ者に囲まれていては治りが遅くなりまする。
坂井殿の治癒には必要なお方でありますよ」
千代の言葉に周りが大きく頷いた。 ナイスフォローである。
今度こそ これで決定! の顔で 場は締まった。
―――――――――
方針が決まれば行動は早いメンツである。
夜明け前から源三郎と新六が斥候に出かけ、神平は後方からの追跡が無いか偵察。
幸綱は今までの経緯を報告書に纏め、美月は坂井の看病で千代は朝餉の用意である。
…えーと、十座と古澤は…朝飯をモリモリ喰って、元気いっぱいである。(善哉、善哉)
払暁の中 幸綱を先頭に大男の十座が坂井を背負い、並んで歩む美月と千代は先程からお菓子の話しで盛り上がりつつ梅ヶ島を目指していた。
「美月様は その尼様がたに、どの様な御菓子を配られたのですか?」
「えーとですね…都から五郎左さんって言う職人さんが来て、粽とか 砂糖饅頭 とか、あと色々作って貰って…」
「ええ…すごぉい。それ全部尼様に配られたんですか?」
「そうですよー。もう皆さん凄い勢いでね。御菓子もおしゃべりも 止まらないのー( ̄∇ ̄;)ハハハ」
「それは…羨ましい…私も尼になれば良かった…」
「あら、駄目ですよ。ご主人が死なないと尼さんに成れないでしょ」
「あらいやだ、そうでしたわ、ほほほ」
かなり速い速度での行程だが、女性はおしゃべりに夢中で、疲労を感じない様である。
「でも、そのような御菓子、私も戴いて見たいもの…」
「!そうだ、良い物を差し上げます。…これ、五郎左さんが “使い切れなかった” って置いて行った “黒糖” ですよ。ニコ」
美月は袂に忍ばせていた黒糖の欠片を千代に渡した。
千代は恐る恐る口に含んだ途端
「甘~い!素敵!」
と、目を潤ませた。
千代の前を 高熱でぐったりしている坂井を背負い闊歩している大男の十座が、その声と黒糖の香りに機敏に反応した。
くるっと体を回し、後ろ足で歩みは止めぬまま、千代の口元を凝視する。
「何を喰っている?我にも呉れ!」
昨夜からの言動を見るとこの十座は 食い物に目がない様である。
美月がニッコリ微笑みながら十座にも欠片を渡した。
「忠君おんぶして貰ってるし、エネルギー補給ね。ニコ」
「なんじゃこれは?…う、旨い、甘い、美味!」
「でしょー、言う事聞いてくれたらもっとあげるからねー (o^―^o)ニコ」
「!何でも お言いつけ下さい(千代)。 !おぉ、なんでもやるぞ(十座)」
…着々と真田忍軍を餌付けし、手懐けていく美月であった。
さて、紗綾救出も気が急く所ではあるが、次話からは、愈々怪しくなって来たと言う 信濃の状況に目を転じる事にしよう。
坂井、早く元気になれよ~。まだ、出番はあるからな~。
第38話・一旦落ち着きましょう 完




