第34話・足取りを追え
理不尽に売られた少女を取り戻すべく敵地駿河で捜索に臨む城西衆。
徒手空拳の美月たちが取った手は?
お菓子を用意してお楽しみ下さい。
戦国奇聞! 第34話・足取りを追え
駿河に入った紗綾捜索隊は、まずどの人買い商人に買われたのか 聞き込みを開始…する前に、情報の整理である。
遭難時 『私立城西学院・中等部 3号車』の生徒は、20名程度 居たそうである。
その内 女生徒は10名弱。
全員どこかしら怪我をして、3名は多分 助からない程の大きな怪我だったそうだ。
残り7名弱の女生徒はたぶん 怪我の程度が同じような者2~3名で部屋を分けられ、黒島葵と草薙紗綾は同室となった。
そして数日後、歩けるようになった黒島と草薙は最初の寺から連れ出され、尼寺に預けられた。
事故のショックと仲間たちから離された不安で怯えがぶり返す中、取り調べのような質問を何日も受けた。
漸くこちらの寺の暮らしにもなれた頃、教師の藤堂が姿を見せた。
助けに来てくれたと喜んだが、藤堂は遠くから顔を見ただけで声も掛けてくれず居なくなり、再び不安に襲われた。
草薙と二人で体を寄せ合い泣いていたが、程なくして草薙紗綾の姿が消えた。
何かの本で読んだ奴隷商人の事を思い出し、草薙は売られたのだと考えた。
一人残された絶望と自分も売られる恐怖で何も考えられず、動けなくなった。
どれ位の日が経ったか判らないが、ある日数人の僧侶が現れ、仲間の所へ戻れると告げられ、気付いたら甲斐に居た。
以上が鷹羽たちが甲斐に連れ帰って来た、女生徒 黒島葵からの情報であった。
改めて坂井忠から話を聞き直した 真田忍者の家元、禰津政直は 腕組みしながら呟いた。
「ううむ、定かなる事がほとんど御座らぬの…その暮らして居った寺の名、見えた風景などは判らぬかのう?」
「…黒島さんには訊ねたんですが、判らないって…あ、大きい尼寺とは言ってた」
「ふうむ、駿河で大きな尼寺であれば…国府尼寺菩樹院 であろうかのう?それだけでは手掛かりが薄いのう…」
「…すみません」
坂井は有効な情報を出せず落ち込んでいる。
一緒に聞いていた古澤が(いつもの様に)お気楽に提案した。
「藤堂先生が顔見せたんなら、藤堂先生に聞けば判るんじゃないですか?」
「その藤堂とやらは、何を企んで居るか判らぬ 雪斎党と聞いて居りますが…」
「そうですよ、一味です。でも葵ちゃんは返してくれたんですから、どこの寺かは 教えてくれるんじゃ…」
禰津は多少呆れ顔で解説する。
「その藤堂とやらが顔を見せた直後に姿を消したとなれば、一味の指図で紗綾殿が連れ去られたと見るが自然。
泥棒に盗んだお宝の在りかを訊くようなものでしょうな」
「あーそうか、そうですよねぇ。 じゃあ、人買いが出入りしてそうな、怪しい尼寺に絞って当たればどうですか?」
「…絞ってと申されても…尼寺が女子を売っているなど、普通はあってはならぬ事。表沙汰にならぬ様に寺の者共も堅く口止めされて居りましょう程に、そうそう噂にも上らぬかと…」
「へーそうなんですね。皆さん人買いを当たり前の様に話されているので、こちらではそうなのかなぁ と思ってたんですけど、やっぱり、後ろ暗いんですね…」
禰津は無言で頷き、悲し気な顔でゆっくり喋り始めた。
「城西衆の方々は異国の御方と伺っておりましたゆえ、日本の恥を申す様で気が重う御座るが、お話し致しましょう。
…人買いは古来より国禁とされておりました。 が、度重なる飢饉などから人減らしで他国へ売るのは見逃されておったのが実情。
また奴婢は昔より 売り買い自由でしての。わが国で戸籍を持たぬ城西衆の方々を売っても罪には問われませぬ。
それに今の世は戦に明け暮れる乱れた世なれば、誰が奴婢やら確かめようもなく、駿河の富士の麓には “富士市” と称する人売り市場が立ち、妙齢の子女を買い求め、之を四方に遊女として売るのは 最早公然。
恥ずかしき事で御座る」
「…ヒドイ」
えー中の人です。
可哀そうな少女を取り戻しに行く前に、この当時の人買(人身売買)について、ご説明いたしましょう。
…あ、興味無さそうですね~。そんなのいいから早く話を進めろ って顔ですねぇ。
でもほら、知っていると知らないとじゃ、手に握る汗の量が違ってくるでしょ?
なるべく短くしますから、お付き合い下さい。
禰津さんが説明してくれたように、この当時も “原則” では人身売買は禁止されているのです。
7世紀後期からの律令制では ちゃんと “賊盗律” と言うのが制定されていて、略売(誘拐による人身売買)は流刑の対象とされていました。
『日本書紀』には、凶作のため百姓の子どもの売買許可願いが出され、不許可となっている記述なんかもあり、無軌道に人身売買が行われていた訳では無い事が判ります。
ですが…平安後期以降になると度重なる飢饉などによる政情不安から、人商人が跋扈しだし、鎌倉から室町時代では幼子、青年、老人さえ金で売られる状況になります。
天文年間の物語時空では 禰津さんの言う通りです。
戦国時代は酷い時代だったからしょうがない…と理由付けしようとしても、現実は過酷です。
その後の江戸時代以降は人身売買が消えたかと言えば、さに非ず。
江戸幕府は、慶長、元和、天和と、度々禁令を発し 人買を禁止しましたが実効性は全く無く、身売り人買は日常的且つ大量に行われました。
明治期になると社会の混乱からか、人身売買に対する法的規制は後退し、他人を売るより子孫を売る方が罪が軽くなる有様となり、親が娘を売る事もしばしば。
第二次世界大戦直後は、未成年者が前借金で事実上売買され、現代においては暴力団が関与した売春絡みのケース等々。
他国では人身売買ならぬ臓器売買 と、非人道の度合いは もっと酷くなっていると言えます。
草薙紗綾ちゃん救出劇は現代でも起こり得る事をご理解いただけたと思います。
と言う事で以上、戦国+現代雑記帳でした。
「藤堂ゼッタイ許せねぇ!」
大きな音を立て、自分の腿を叩きながら坂井が怒声を発した。
顔が上気し赤くなっている。
「教師のくせに自分の生徒を売るなんて、絶対、ゼッタイ許せねぇ!
古澤先生、聞くんじゃなくて締め上げればいいんだ!」
腰を浮かした坂井は今にも飛び出しそうである。
禰津は片手で制しながら
「気持ちは判るが落ち着きなされ。相手は駿河の宰相、太原雪斎の手の者、小勢の我等では手が出せぬ」
「それなら、どうするんですか!」
怒りの矛先を禰津に向ける坂井を古澤が教師らしく抑える。
「まぁまぁ忠、真正面からぶつかってもやられるだけだぞ。
それより 禰津さんは忍者なんだから、藤堂の所の天井裏にスルスルって忍び込んで、奴らの悪だくみを聞き出して、紗綾ちゃんの居場所を探り出して下さるさ…ね、禰津さん!」
「あぁ…するする? いや…忍びと言えども中々…」
「え?ウソだー忍者ってみんな出来るんじゃないんですか、そう言うヤツ…」
「誰から聞いたのですか…その様な荒唐無稽な話」
古澤の余りに子供っぽい発言に坂井は怒りも引いてしまった様だ。黙って俯いている。
(ある意味効果的な抑制では、あった)
今までの会話を黙って聞いていた中畑美月が冷静な口調で
「どうせ、マンガでしょ…教師らしく良い事言うかと思ったら、恥ずかしい…」
その言葉に坂井も黙って頷いている。
中畑と坂井の思いのほか冷たい態度に古澤は不本意である。
「な、なんですか、その目は…忠に言われるなら まだ判りますが、美月先生にマンガに関して言われるのは納得いかないなぁ。
教師は一方的な否定はダメでしょうに、じゃあ 美月先生は何かアイデアあるんですか?」
確かに生徒の前で 人への批評だけでは教師として示しが付かない。
ブーメランが飛んできた中畑は眉間に皺を寄せ、腕を組み考え込んだ。
中畑の姿勢に他の者も、真剣に考えだし、静寂が室内を支配した。
永遠と思える刻が経った頃、中畑が立ち上がり、叫んだ。
「スイーツ!!」
まるで古代ギリシアで原理を発見したアルキメデスが叫んだ “ユリーカ!” の体である。
古澤たち3人の男は 突然の声に反射的に防衛体制を取った。 流石は体育教師、剣道部キャプテン、忍者の家元である。
「わ!ビックリした。なんですか、いきなり。 なにか思いついたんですか?」
「思いつきました! 事件が起きたのは尼寺!それならスイーツ、お菓子です!」
一言では理解できないのが、いつも通りの中畑先生である。
ここは扱いに慣れている古澤先生に任せるしかない。
「お菓子が食べたいんですか?」
「食べたいです。 あ、違います、私の話じゃなくて尼さんです。
…黒島さんのお礼ですよ。生徒がお世話になったので、手土産持って お礼に伺うんです。
相手は尼さんですよね、レディーが好きなお土産は? スイーツでしょ!
美味しいスイーツがあれば、口止めされている事だって、つい喋っちゃいますって」
「オー、美月先生、天才ですねぇ」
一気に聞き出せる古澤先生、流石です。
が、同席者の禰津はいきなり スイーツ と言われても理解できない。 当然である。
禰津から すがる様な目を向けられた坂井は少々動揺したが、力を込めて “ダイジョウブ” と頷いた。
「巫女殿は何を申されておるのじゃ…」
「尼さんはお菓子で口を割るって言ってます…たぶん」
不安げな禰津たちに向かい中畑が喋りかけた。
「あっ言葉が判りづらかったですか?もう一度ご説明しますね。
尼寺の尼さんは草薙さんを連れて行った人の事、見ているけど口止めされている。
それを聞き出すなら、お菓子が一番なのですよ。
女子は美味しいお菓子をいただくと、とっても幸せになります。
で、幸せになるとお礼がしたくなるんですよ。
そこで何かを訊ねると、口止めされてても ついポロッと言いたくなるんですって」
説明を聞いていた禰津は驚いた様な表情で
「成程女性の心とはその様な動きを取るので御座るか。これは忍びの心得として勉強になり申した。
したが、菓子を持参する尼寺はどうやって見つけまするか?」
「それは…うーん、草薙さんを探してるって言うと警戒されちゃうけど、黒島さんのお礼って言えば、雪斎さんは教えてくれないかしら」
「…無理で御座ろうな。雪斎様は慎重にして勘も鋭いお方。城西衆が居ると知るだけで警戒されるでしょうな」
「そっか…それなら、しょうがない。 手当たり次第、手土産持って行きましょう。
美味しくて甘―い、…尼さんだけに尼菓子♡ なんちゃって…
禰津さん、お菓子を、大量に調達して下さい。」
「…他の手も思い浮かばぬか… 承知いたしました」
―――――――――
美月の勢いで菓子の手配をする事になった禰津政直(神平)であったが、実際の調達は大変である。
城西衆は事務仕事の頼りにならないので、全て禰津がやらねばならないのだ。
まず当時の菓子、それも甘い菓子は大変高価であったので、金の工面からであった。
それから喜ばれて日持ちしそうな菓子の選定と必要数の割り出し、注文と受け取りの人の手配。
あちこちに手紙を書いていると、部屋に膳を持って 坂井が顔を出した。
「食事を持ってきました。 これ位しか役に立たないので…」
「おぉ、坂井殿。 気遣い済まぬの」
坂井はチラと禰津の文机の膨大な手書を見ると
「美月先生はお気軽にお願いしましたけど、大変な作業ですね」
「うむ、足が丈夫な我等でも、駿河と諏訪を行き来するとなると、片道四日は掛かるからの」
「馬は使わないんですか?」
「早馬は目立つ。我等はなるべく目立たず動くが鉄則ゆえな」
「ふーん。…あれ?鳩は連れて来ていないんです?」
「鳩? 坂井殿は鳩が好物かの?」
「え?好物って、イヤだな食べませんよ。伝書鳩ですって。
「でんしょ…何ですと?」
「鷹の訓練所で鳩、飼ってたじゃないです。 あれって連絡用じゃないんですか?」
「あの鳩は鷹の獲物じゃ…たまにコッソリ我等も喰うがの。で、その でんしょ…とは何じゃ?」
「え?…」
えー中の人です。
再び失礼します。
“伝書鳩” ご存じですか?
カワラバト(ドバト)を飼い馴らし、鳩の帰巣本能を利用して遠隔地から鳩にメッセージを持たせて届けさせる通信手段が “伝書鳩” です。
伝書鳩の歴史は非常に古く、紀元前約5000年のシュメールや紀元前約3000年のエジプトで利用の記録があります。
ただ、日本では少々違っておりました。
カワラバトは飛鳥時代には渡来していたのですが、鳩は八百万神のお使いとされ、神社で尊ばれ、餌やりが主な楽しみ方となり、通信手段としては江戸中期になるまで利用されませんでした。
その後明治以降では軍部や新聞社などで利用され、第二次世界大戦後には鳩レースも一時ブームとなります。
1970年代後半になると、糞害などが喧伝され飼育鳩も減少し、伝書鳩は忘れ去られつつあります。
えっ、何故 中学生の坂井忠君が 伝書鳩の存在を知って居たのか、 ですか?
それは忠君のおじいちゃんのお友達が鳩レース愛好者の生き残りであり、忠君はおじいちゃんと仲良しだったので、一緒にお友達爺から話を聞いていたのです。
世界は以外な人付き合いで廻って行くのです。
以上、戦国?雑記帳でした。
坂井の話を聞き、禰津神平は顎を落とした。
鳩は鷹匠として鷹の訓練用に飼ってはいたが、その発想は無かった。
が、忍者の家元としては使わない手は無い。
片道だけの通信だが、それでも大幅な時間短縮が望める。
「いやはや、城西衆は知恵者揃いとの噂、真であった…幸綱殿が心酔されたのも頷けると言う物。
今までは巫女殿の “すいぃつ作戦” も半信半疑であったが、何やら巧く行きそうな気がしてきたわ。
坂井殿、我等の本気を見せますゆえ 楽しみにお待ちくだされ!」
今まで本気じゃ無かった事を、つい 吐露してしまった禰津であったが、本気を出す気になった真田忍軍、乞うご期待である。
読者の皆さまも お菓子が揃うのをお待ち下さい。
第34話・足取りを追え 完




