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第30話・御経霊所吽婁有無より

戦国奇聞!(せんごくキブン!) 第30話・御経霊所吽婁有無(夢の国作戦室)より


 城西屋敷には質素な離れがある。

 表向きは 外国の神を召喚する『城西衆・神官』の祈りの場とされており、覗いた者は祟られると噂されている。

 ここに出入りが許される者は、武田の中でも ごく一部の限られた者であり、譜代の宿老、重鎮と言えども無断では入れない、謎多き場所である。

 その こじんまりした出入り口には一間(1.8m)もある板が掲げられ、有難い様な 禍々(まがまが)しい様な文字が書かれている。

 その文言は “御経霊所吽婁有無” 。

 そう、城西衆でも 読める者がほとんど居ない、御経霊所吽婁有無(オペレーションルーム)である。


 さて、仰々しく進めて来たが、この離れの本来の役わりは、晴信の夢 “民が戦で死なぬ国” を創る為の特別チームが、政策を練る隠れ家である。 

 なので、その室内は夢いっぱいのアイデアの走り書きやら、殖産事業を実現する発明品の展示スペースでもあった。

 中央の大テーブルには鷹羽作成の各種設計図が置かれ、参加者席には この当時の高級品である紙と、武田家内部で流行り出した 武田菱鉛筆がセットされている。

 そして壁には最近実用化された “黒板” が現代の大型モニターの様に設置され、『本日の議題』 その下に 『雷玉』 などのタイトルが書きだされている。

 そう、本日は御屋形様への懸案事項の進捗報告と 新たに立ち上げたいプロジェクトの説明&承認を得る “ステアリングコミッティ” である。

 参加者は武田晴信、信繁の国主兄弟。最側近の駒井政武と 軍師・山本勘助、横目衆 兼透波(すっぱ)の元締めの秋山十郎兵衛、 そして城西衆の頭目 鷹羽&古澤、中畑の教師3名(…おっと、晴信の護衛、甘利忠信を忘れていた)であった。

 最後に入室した晴信は壁の “黒板” に目を奪われながら駒井に声を掛けた。


「政武、こうして呼び出したという事は、また 何やら厄介事か?」

「いえいえ、城西衆より夢の様な提案が 数多く御座りまして。躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)では申し上げつらく、お越しいただいた次第。

強いて言えば この集まりが他の耳目を避けねばならぬが、厄介と言えは厄介 かと…」

「…本当にそれだけか?」

「…まぁ、多少は銭が掛かる相談事も御座りますが ま、それは追々。 軍師殿、第一議案を進めて下され!」


 流石に進行役駒井は慣れたもので 自分のペースでトップ会議(ステコミ)を進めて行く。

 駒井の指名を受け 勘助が喋り出した。


「えーまず、雷玉で御座るが、以前の場所ですと府中に近く 人が多く、また強烈な臭いで目を引きますゆえ、秘密を守るのが難しく(むずかしゅう)御座る。

そこで人目の届かぬ山奥へ場所を移し、生産を再開いたします」

「ほほぉ、ニオイで目を引くとな? まぁ鼻を引くとは申さぬが…山奥だけに草木(臭き)が多いか…ククク…」


 思わぬ所で晴信の笑いスイッチが入りそうである。

 こいつが発動すると、色々面倒なので 勘助が慌てて新工場予定地の説明を進める。


「色々都合よき場所は、馬を養う牧場(まきば)近く…また、水運も使える所と思いまして、釜無川を昇った先…」


 言葉ではわかりづらいと思い、勘助は最近使い慣れて来た "全国道路地図" を広げ、火薬工場候補地(現在の北斗市武川町辺り)を指差した。 


「この辺りですと諏訪にも、飛丸の扱いに長けた板垣衆の本拠にも近く、便が良いかと」

「成程、ここで城西衆が作るのか?」

「否。彼等は別に新しき事に当たりますゆえ、他の者を考えて居ります。

したが 何かと秘伝が多い事柄ゆえ、家中でも口が堅く信用の置ける者に任せようと…」

「誰に任せるのじゃ?」

「は、武川衆の教来石景政が適任かと…」

「…少々粗忽(そこつ)な気もするが大丈夫か?」


 それとなく皆も思っていた図星を突かれたので、お互いの顔を見る面々。


「粗忽では無く “豪胆” なのです!まさに雷玉を作るに適任かと存ずる!」


 一号議案で紛糾するのを避けるべく勘助が力強く意見したが、晴信は駒井に確認する。

(疑う訳じゃないけど、一応ね…)


「…政武、どうじゃ?」

「城西衆より目付役を出していただければ、作業自体は教来石殿で問題は無いかと…」

「うむ、左様に取り計らう様に」


 駒井のチェックでOKを出す晴信である。

 (疑う訳じゃないけど、やっぱり勘助より駒井さんの方が慎重だからね…)

 晴信の言葉に黒板の『本日の議題』下の 『雷玉』 横に 甘利忠信が “OK” と書き込んだ。

 駒井はそれを満足気に見ながら


「…では次に」


 と、会議を進めようとしたが、晴信がテーブル上の "全国道路地図" (※1)を凝視し、進行を止めた。


 ※1:全国道路地図は事故ったバスに常備していた物で、遭難場所から離れる際 救急箱などと一緒に持って来た品の一つ。

 今や勘助の愛読書である。


「勘助、この見事な地図は城西衆が物か?」

「は、左様で…先の世の地図なれば、我らの知らぬ事も 色々と記されて居りますが、何か?」

「…この縦に走るが釜無川で…この横手に交わるが、御勅使川(みだいがわ)だな…うん?」


 晴信はブツブツ呟きながら地図を指で辿り、眉間に皺を寄せた。

 そして地図の1点を指でトントンと叩きながら鷹羽に問いかけた。


「大輔。 この地図は正しいか?」

「はぁ、衛星測量もしてるでしょうから…かなり正確な筈です」

「ふむ。…大輔、其方(そち)の時代では この甲斐に大水(おおみず)はどの程度 起きて居ったか?」

「は?オオミズって、あぁ洪水か…さぁ、私の記憶では…起きていないですね」

「うーむ…」


 晴信の指先に誘われる様に、地図を覗き込んでいた信繫が訊ねる。


「兄上、その地図に何かありましたか?」

「川筋が変わって居る。 そしてあちこちに堤が築かれて居る…これは川を抑えた結果の図では無いのか?」

「…おお!!」


 そう、甲斐の国を苦しめていた洪水。それを抑え込んだ治水工事の結果が載っているのが 現代の地図だ。

 晴信の言葉が意味する事を理解した、室内の全員から驚嘆の声が上がった。

 常日頃から問題が頭にあり、国土の地形に精通した晴信だからこそ、気付いたのであろう川筋の変化であった。

 リクエストは受けていたが、何も思い浮かばず、シレっと投げていた鷹羽にして見れば、一目で自己解決した晴信は 夢の様な手品を見る気分であった。

 駒井も食い入るように地図を睨み、記憶の中の川筋と検証し、興奮気味に声を上げた。


「御屋形様、治水の筋が見えましたぞ。後はこの図に合わせ工事を進めれば、甲斐の国の悩みが消えまする!」


 鷹羽も改めて地図を凝視すると “信玄堤” や “霞堤” の字が確認できた。

 なーるほど…信玄(晴信)さんが成し遂げた治水の答えは、こんな所にあったんだな と一人頷き、歴史に思いを馳せるのであった。

 しかし、何か違和感も感じる。

 思わず 隣で室内の興奮につられ ニコニコしている中畑の肩を突き、小声でモヤモヤをぶつけた。

 思考の整理を試みる事にしたのだ。


「なぁ中畑、ちょっと聞くが、この信玄堤 ってのは、晴信さんが作ったもんだろ?」

「えーそうですよ。まだ信玄を名乗っていないから、ここに居る誰も気づいていませんが」

「この地図には信玄が作った堤防が記録されていて…今 晴信さんはその地図を見て、堤防を作る事を思いついたんだ…」

「…そうですね。私もここで目撃してましたから知ってます」

「いやいやいや、それっておかしくないか?」

「?何がですか…」

「だってこれって、答えの書いてある紙を拾って、その通りに回答するって事だろ?」

「…ええ、それで?」

「じゃぁその紙の答えは誰がいつ、どうやって出したんだ?あり得ないだろ?パラドックスじゃないか?」

「…その答えは合ってるんでしょ?」

「え?たぶん…て、そういう問題じゃないんだって」

「…なら、答えはどこから出たのか ってのが、問題なんですか?」

「そう、それが問題」

「どうでもいいじゃないですか、答えが合って居れば。

私、割とありますよ。答えに迷った時は直観とか、目つぶってこっち とか、大抵合ってますもん。

…あ、ジト目で見てる。信じてないんでしょ。

じゃ、これなら信じるでしょ “正夢” です。 これって割と聞くでしょ。それですって」

「…“全国道路地図” に書かれているのが “正夢” って事?」


 当然 の顔で頷く中畑。

 なおも首を振り 喰いつく鷹羽。


「いやいや “全国道路地図” は占いの書 じゃないんだから、納得いかないなぁ」

「もう、これだから理系はめんどくさい。 なら “正夢” はなぜ当たるんですか? 科学的に証明されてるんですか?」

「あぁ…それは知らないけど…」

「鷹羽先生はちょっと前に私が歴史に干渉したら消えちゃうっ て言ったら、ジト目で不確実性がどーのこーの って言ってたでしょ、おんなじです。

これで甲斐の国のみんなが安全に暮らせるようになるんだから、何が不満なんですか?

ほら、会議、次の議題に移りますよ!」


 女性相手に直観や正夢を否定するのは不可能である。

 それは神父相手に神の存在を否定するのと同様の行為であった。

 既婚者である鷹羽は改めてその事を噛み締めた。

 …パラドックスになるって事は無かった事になったのであった。(ややこしい)


「さて、次は寺子屋の進みで御座るが、国内各所の寺に読み書きを教える様、呼びかけております」

「事の次第は順調か?」

「最初は中々 動きませんでしたが、生徒の人数に合わせ銭を出すと言ったら、一気に…」

「ははは、銭に一番聡いのは商人より坊主じゃな」

「“黒板” に “算盤” も徐々に揃ってきましたが “算盤” を教える教授が足りませぬな…」

「うーむ大輔、何か策は無いか」

「はぁ、今の御屋形様の言葉で思いつきました。銭に一番聡い坊さんに、こちらに来てもらい集中講義します。

彼等なら “算盤” の有用性に直ぐ気付くでしょうから、我さきに学習に来るでしょう」

「うむ、左様に取り計らう様に」


 甘利忠信が黒板の議題 『寺子屋』 横に  “OK” と書き込んだ。


 “では次に…” と話はじめた駒井に向かい、古澤が手を振り発言した。


「あのぉ、寺子屋ついで と言っては何ですが、併せて寺に病院も作れませんかねぇ…寺病院」

「…? “病院” とは何じゃ」


 駒井が理解できずに訊ねた。

 訊かれた古澤も根源的(プリミティブ)な質問に根源的(プリミティブ)な質問を返した。


「え?病院って…お医者さんが居て…怪我人や病人を治療する所ですけど…あれ? こちらに病院無いの?まさか医者って居ないんですか?」


 えー中の人です。

 根源的(プリミティブ)な質問にお答えします。

 物騒な戦国時代ですので当然、戦で怪我人が多く出ます。

 怪我人が多くなれば 当然、治療する人も多数必要となり “金創医(きんそうい)” と呼ばれる、刀や槍による怪我(金創)専門の外科医が存在していました。

 外科医と言っても現代のように専門の教育を受けた者は僅かであり、見よう見まねの治療や、気休めにもならない “血止めに馬の糞を飲む” といった処置がまかり通っていたようです。  (…元気でも死ぬって)

 その金創医も戦の時に呼ばれる位で、平時の怪我は “唾つけて我慢” や、 “村の古老秘伝の塗薬” で何とかするしかありません。

 病気治療に関しても、京の都や大国の大寺院には大陸から医学書が入って来ていましたが、治療を受けられるのは財力のある貴族、大名に限られました。

 それも往診治療が基本ですので、平民は医者に無縁でした。

 平民は “呪い師(まじないし)の呪術” や、 “村秘伝の薬草” に頼るしかありません。

 これが “病院” ともなると、ほとんど存在していません。

 実在の病院の始まりは鎌倉時代に律宗の僧、忍性が極楽寺に開設した “桑谷病舎” と思われますが、それ以降受け継がれた記録は無く、病院らしい病院は1557年に医師でもあったポルトガルの宣教師ルイス・デ・アルメイダが豊後国に建てた物が最初となります。

 つまり、古澤先生が提案した このタイミングでは、平民に医療を施す病院という概念は無く、晴信たちには画期的な発想と受け取られたでしょう。

 以上、戦国雑記帳でした。


 古澤や鷹羽から “病院” とはどの様な物か説明を受けた駒井は、顎を撫でつつ考え込んでいた。

 頭の中で実現する為に掛かる銭と享受できる得を量っているのであろう。


「しかし、医者を京の都より呼び寄せるにしても、こちらに留まらせるには大層の銭が掛かる。

ましては医術を伝授せよと命じても、従うかどうか…これ以上の銭を掛け、得がでるのか?」

「駒井さんともあろう人が、何を言ってるんですか!

甲斐の国は貧乏なんでしょ?それなら育てるのに一番手間のかかる人間を大事にするのが当然でしょ!

それに最近御屋形様も盛んに口にしてるじゃないですか。 “人は石垣人は城” って。

この時代は子供の死が多過ぎます。 子供の生存率を高めれば国の生産量も増える。甲斐も豊かになるんです!」


 普段の古澤から想像できない正論に、一同 目が点である。

 一気に守銭奴的 嫌な奴ポジになってしまった駒井は歯切れが悪くなる。

 しかし、財政を預かる身として言わねばならぬ事もある。


「そ、そうは申しても…その “病院” とやらを、寺に作らせても医者が用意出来ねば、意味がなかろう…

その医者は呼ぶのも作るのも、銭が大層掛かるのだ…」

「銭で命が助かるなら掛けるべきでしょ!銭がそんなに大事ですか!」

「大事じゃがそれだけでは無い。

 儂は…民を軽んじて居る訳では無いのだ。 医者は簡単に手当できぬと申しておるのじゃ!」


 古澤と駒井が睨み合っているが、どちらの意見も もっともと思える。

 腕を組み二人を見つめていた晴信が、天井を見上げ楽し気に口を開いた。


「… “手当するのが医者の役割りだが、医者を手当するのは誰か” で揉めて居るのか? 成程難題じゃ、ははは」

「ぷっ」


 晴信の声に武田信繫が判りやすく吹き出し、高まっていた緊張が フと、緩んだ。

 その空気を受ける様に勘助が皆を見渡しながら


「うむ、亮の献策 疎かにはせぬぞ。難題は皆で当たるが宜しい。 急がず文殊の知恵を出すとしよう」


 その場のメンバーは みな頷き、甘利忠信は黒板の議題 『寺子屋』 横に 『寺病院・文殊』 と書き足した。


 次の議題に移る中、勘助は仲間の顔を見渡した。

 今一つ距離を置く素振りであった大輔たち城西衆も、駿河の遭難者を保護してから積極的に策を出すようになったと感じる。

 信濃、上野(こうずけ)、そして駿河…周辺の情勢も安定とは言い難く、国力増強を急ぐのに随分とのんびりした策ばかりの気もするが、武田晴信の夢 そして勘助自身の夢 “民が戦で死なぬ国” に向けた仕込みなのだ。

 栄枯盛衰の世の中で、この仕込みが花開くのが先か、他国に先手を取られ 追い込まれるのが先か…

 漫然とした思いを抑え目線を移すと晴信と目が合った。

 目だけで笑い無言で頷いた御屋形様を見て、同じ気持ちだと感じた時、何か大きな事が出来そうな手応えを掴んだ勘助であった。


戦国奇聞!(せんごくキブン!) 第30話・御経霊所吽婁有無(夢の国作戦室)より 完


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