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第3話・板垣屋敷にて

取り敢えず山本勘助に全乗っかりの鷹羽先生。

しかし、この山本勘助はあの山本勘助なのか?

本当に乗っかって大丈夫なのか?

…成り行きを御覧じろ!

戦国奇聞!(せんごくキブン!) 第3話・板垣屋敷にて


 山本勘助と数人の城西学院メンバーが板垣屋敷を目指し、街道を歩いている。

 今の感覚で見れば上級者向けのハイキングコースと言われる様な道であるが、一応村々を繋ぐ街道なので、広くはないが、整備はされている。

 先頭は山本勘助。 道を知っているのは彼だけなのだから、当然ではある。

 数歩遅れて、鷹羽大輔、明野秀哉、坂井忠、そして 佐藤有希。

 選抜メンバーは “活きは良いがバカな男の子” より “気は強いが機転が利く女の子” の方がリスクが低い、との意見が採用された。

 偉い人に会うというので、制服の汚れは出来る限り落とし、制服の無い鷹羽は“かまし”を狙い、迷彩柄のウィンドブレーカーと迷彩柄のサファリハットを被り、粛々と歩いている。

 どちらにしても現地人からしてみれば、奇怪な集団と認知される風体である。

 たまにすれ違う人々は一様(いちよう)に、すれ違おうか引き返そうか逡巡し、立ち止まる。

 その度に先頭の勘助が、ニッコリ笑いかける事で不要のトラブルを防ぎつつ、旅を続ける一行である。


「先生、村に残ったみんな、大丈夫かな」

 坂井忠が鷹羽の横に並び、話しかけた。


「古澤先生も居るし、吾介さんも居るから大丈夫だ。それに、昨夜の今日だ。

オレ達に手を出したら天罰が当たると思っている筈だ」


 普段は寡黙で、令和の侍の様な坂井がケタケタ笑い出した。


「あれ、メッチャ可笑しかった! 先生スゲーよ。 初めて尊敬した」

「初めて尊敬って、あんまし嬉しくないけど、取り敢えずありがとな」


 話題を変えようと周りを見渡す鷹羽。

 すぐ後ろを歩いている明野に話しかける。


「山だけ見てると違う時代に居るとは思えないな」

「そうですね。植生(しょくせい)は一緒ですからね。でも、植林されていないから樹の高さがバラバラで、やっぱり自然の濃さが違う感じがするかなぁ」

「…成る程、植林で樹の高さ、ね。 お前、よく見てるね…お?

あそこ崩れてるな」

 と前方の山の中腹、一部崩れている所を指さす。


「本当だ。 あれ、向こうにもある。 …土砂崩れ?」

 と、数歩前を歩いている山本勘助に小走りに追いつき


「ねぇ勘助さん。 あそこと向こう、地震?それとも台風 ですか?」

 と質問する。

 その好奇心と行動力、中学生の特権だ。

 心で応援する鷹羽であった。


「た…たいふー? 何じゃ?」

 いきなり質問された勘助は足を止め、指差された方向を見る。


 二人に追いついた鷹羽が


「あそこの山崩れの事です」

「おー、あれで御座るか。

多分、野分(のわけ)で御座ろう。このところ野分(のわけ)が多いのじゃ…

甲斐の国だけでは無い。 巡った(めぐった)国々どこも野分、日照り、それに地揺れと…凶事が多い。

凶事が多いゆえ 世が乱れるのか、世が乱れるがゆえ、天がお怒りになるのか、因果は知らぬが…

で、秀哉 たいふーとは何じゃ?」

「デカい嵐の事です」

 鷹羽が代わりに答える。


「おー、では野分じゃな。左様か、そちらの国では野分を“たいふー”と申すか」

「国じゃないですよ、”じだい”です」

 明野は理系の特性で正確性を求めるのだ。


「おー左様じゃった。

だがの、これからお会い致す板垣様や他の者の手前、“じだい”は通じぬでな。

国とした方が良かろうて」

「ふーん。…左様ですね。 承知いたしました」

「おう、左様左様。 秀哉は覚えが速いの」

 理系は理屈が通れば納得するのだ。


「ねぇ、勘助さん。 板垣様のお屋敷って後どれ位で着く?」

 いつの間にか追い付いて来ていた有希が割り込む。


「うむ、皆の足が思った(おもうた)より早いで、後 一刻(いっとき)程じゃろ」

「えーとね、時間じゃなく距離なんだけど… 先生“距離”ってこの時代、何ていうの?」

「え、オレ、理科教師なんで…(すん)(しゃく)?ってこれは長さの単位か?」


 因みに 当時の距離の単位は、()である。

 一刻(いっとき)に進める距離が一里(いちり)であり、時間と距離がリンクした体系となっている。

 一刻(いっとき)=約2時間、一里(いちり)=約4㎞であるから、時速にすると約2㎞。

 現代の一般的な歩く速さは時速4㎞と言われているので、当時は随分ゆっくりと歩いていた事になる。

 まぁ基本、当時のほとんどの道は整備の悪い山道であったとすれば、登山と捉えた方が正しいかもしれないが。

 その場合、健脚者でも呼吸が苦しくならないペースの目安は時速2~2.5㎞ぐらいと言われているので、あーら不思議、一刻(いっとき)に進める距離が一里(いちり)となるのだ。

 人間の体はそれほど変化が無いのであろう。


 ではこの単位を使った句を一つご紹介。

 “門松(かどまつ)冥土(めいど)の旅の一里塚(いちりづか) めでたくもありめでたくもなし” by一休宗純

 以上、戦国雑記帳でした。


―――――――――

 暫く、こちらの時間で言うと1時間45分程で、小振りではあるが頑丈そうな門と塀に囲まれた板垣屋敷が見えてきた。

 一行の足取りも早まり、無事 到着。

 山本勘助が出てきた小者に書状を渡し、暫く待たされたが、屋敷内に通された。

 一応、推薦状は持っていたのである。


 屋敷内でも控えの間に通され、随分と待たされる。

 戦国時代の武士は領地を巡って(いくさ)ばかりやっていたと思われがちだが、主な仕事は領地経営、つまり 領民からの陳情処理、喧嘩の仲裁、犯罪者の捕縛などなどの 日常生活維持の活動が主であり、まとまった兵の動員は農閑期にしか出来なかった様である。

 今日も今日とて 板垣様は野分被害の陳情対応で多忙であった。

 やっとの事、接見の間に通されたのは、屋敷に入ってから2~3時間後であった。


 接見の間は小振りだが板敷の綺麗な部屋で、奥の一部のみ敷物が敷かれている。

 勘助たちは敷物に向かってかなり奥の板間に直に座っており、山本勘助、半歩下がって鷹羽、一歩下がって明野と坂井忠、最後列に有希が座っている。

 待ちくたびれた生徒たちは、キョロキョロ周りを見ているが、調度品も殆どないシンプルな部屋では、すぐに観察対象が尽きてしまった。


「あれ! 勘助さん着替えている!」

 有希が小さいがハッキリした声で発見を報告した。

 見れば 先程迄の薄汚れ、袖口がほつれた着物ではなく、背中に紋が入り折り目の付いた小奇麗な着物を着ている。


「偉い方に会うのじゃ、当然の事。そちらも顔など拭って(ぬぐうて)身綺麗にしておけ」

 勘助も緊張感からか、余裕の無い、つっけんどんな言葉が返ってきた。


「えっ、なにそれ。 言い方キツ。 そういう事は前以て教えて下さい。」

 と“ワニガメ”。


「まーまー、佐藤さんも落ち着いて、勘助さんはこっちの人だから、僕たちと常識が違うんだ。

鷹羽先生だって、言い方きついのなんて、いつもの事だろ」


 明野が有希を宥め、自分のザックの中から洗顔シートを取り出し、顔と手をキレイキレイする。

 お前って優等生だな。

 …鷹羽先生には流れ弾食らわしたけど。


「先生も使う?」

「あ、くれくれ」

 と生徒から1枚貰い、顔や手を拭き始める。


 実は山本勘助のこの緊張には、理由がある。

 ここへ来る前に就職面談に落ちているのである。

 当初の希望先は 隣国、駿河(するが)の国であった。

 仕官に向け、放浪中に見聞きした戦の経緯、勝敗の決め手をまとめた“勘助観戦記”を用意し、最大の武器、今川家で家老をやっている伯父、庵原忠胤(いはら ただたね)のコネまで使い、今川義元との最終面談まで進んだのだが、異形を嫌われ、断られたのである。

 相当に落ち込んでいる甥を哀れに思った 庵原伯父は、信虎引き受け交渉で懇意となった、隣国 甲斐の板垣信方への紹介状を書き、下男の悟助を餞別代りに付けて送り出したのだ。

 これが山本勘助・甲斐エントリーの真実である。


 自身の醜い容姿という、トラウマ級のお断り理由を抱え、板垣屋敷に向かう途中に鷹羽たちと出会った訳だが、その時思いついたのが“紛れ”である。

 異形集団の中から、賢そうなのと見た目の良いのを連れて来れば、自分の異形が目立たなくなると思い、ここまで来たのだが、長時間待たされる内、よくよく考えて見たら、全員 異形になったとも言えるし、自分の醜さが際立つ結果になるかもと、非常にナーバスになっている。

 それが有希への態度の理由である。

 後ろでは、自分のつっけんどんな物言いにも、律儀に身繕いをしている様だ。

 この遭難者をここへ連れて来たのは自分である。

 彼らを放り出すような真似だけはすまい と思い直し 調子を整え声を掛けた。


「あー…言い様が気に障ったかな。 悪う思うな。

 それと先程も申したが、板垣様と語るは(われ)一人なれば、黙しておれよ」


「あ、心得ました。 絶対しゃべりません」 ほっとした声で鷹羽が返答した。

「…鷹羽先生は別じゃ。 必ずお尋ねがある筈じゃ」

「…ですよねぇ」 とため息をつく。


―――――――――

 廊下をドカドカと足音を立てて、板垣信方(いたがきのぶかた)が側近を伴いやって来る。

 目のギョロとしたガマガエルの様な、50過ぎのオヤジである。

 庵原忠胤(いはら ただたね)の推薦状を持って来た人物であれば、会わぬ訳にはいかないだろう。

 書状には “容姿、些か異(いささかい)なれど” とあったのが若干 気になったが、人手不足の昨今、有能ならば即採用だ。

 接見の間が見える場所まで来た時、室内に控えている数人の異形の者が見えた。

 板垣信方は思わず足を止め、呟く。


些か異(いささかい)、な者だらけぞ?」

 後ろで踏鞴(たたら)()んで止まった側近に向かい


「どっちじゃ? 書状を持ってきたのは」

「さぁ、受け取ったのは別の者でしたゆえ…多分、先に控えておる髭の男です。後ろの者共は…はて」


 板垣信方は接見の間に入って来るや、敷物の上にドカッと座り 一言


板垣信方(いたがきのぶかた)である」 と、結構 大きな声。

 勘助が平伏し、後ろの鷹羽たちも慌てて頭を下げる。


「山本勘助はどちらじゃ」

(それがし)で御座る」

 と顔を上げる。


「うむ」 予想通りで若干ほっとした顔。

「皆も(おもて)をあげてよいぞ」


「この度は目通り叶い、恐悦至極(きょうえつしごく)で御座ります。

われは先般、諸国視察の旅より戻り、駿河の地にて城取談義(しろとりだんぎ)などを義元公に()われて居た(おうた)所で御座いましたが、甲斐の国への思い断ちがたく、駿河を辞して参上したような次第」


 わーお、流石 軍師候補。スイッチが入ると在ること無いこと…


「まずは巡りし国々の話しをお伝え申そうか、京あたりの戦模様(いくさもよう)をお伝え申そうか、お尋ねの儀あれば、何なりと」

 スラスラベラベラ。


 いきなり まくし立て、速攻による得点を狙った勘助であったが、老練な戦士 板垣信方は動じず。


「あ、いや。まずは其処(そこ)な者はたれぞ」

 と手にした扇で鷹羽を指す。


「ハハ、矢張り目立ちまするな。これなる者は“城西衆”の導師と神官であります」


 わーお、流石 軍師候補。 スイッチが入ると瞬時にそれっぽい事をでっち上げる。


「じょうさいしゅー ?」

 板垣信方と鷹羽の二人は初めて聞く言葉を同時に呟いた。

 暫し(しばし) どの様な字を書くのか頭を捻っていたが、手掛かりが少ないため 諦めた。


 改めて導師と神官を手掛かりとした板垣信方は、手にした扇でチョイチョイと鷹羽を呼び、


「そこな導師。(なんじ)はどの様な加持祈祷(かじきとう)を行うのじゃ?

病を止めるのか?起こすのか?」


 鷹羽は呼ばれたのは自分か? と、自身の鼻を差し


「カ・カジキトー?」

 声が上ずっている。 時代劇、もっと見ておけば良かった…と思う。

 鷹羽が機能停止している事を見て取った勘助がすかさず


「あ、いや。 これなる神官は星を読み、必勝の時を逃さず! また、よき風を呼び込み心身頑強と成ります」


 テレビショッピングの医薬品と同じような紹介である。

 鷹羽は精一杯、カクカクと頷きながら


「ホシ・ヨミ・マス」 …医薬部外品だな。


 どっから見ても怪しげな鷹羽に対し


「…この者、言葉は判るのか?」

「おー、流石 板垣様。 全てお見通しでござるな。

実はこの者、西の(かた)、海を渡った西方(さいほう)より来た者どもに御座います」


 わーお、流石 軍師候補。 スイッチが入ると嘘八百、出放題。


「やはり、外国(とつくに)の者か。…外国(とつくに)は、星の動きも日本(ひのもと)とは違いがあるそうな。その様な怪しげなる者、役に立つのか?」

「いやいや、どうして! 星読みだけでは御座らんのですぞ…」


 と、勢いで云っては見たがノープラン。 どうする、軍師候補。


 その時、山本勘助の後ろ、の後ろ辺りから、けたたましいサイレンが響いた!

 ほぼ全員が腰を抜かしたが、板垣の脇に控えていた侍は太刀で、山本勘助は体を回し 片膝立ちで両手を広げ板垣を庇う体勢をとった。 大した肝と反射神経である。


 ピタッと止まるサイレン音。

 板垣を背にした勘助は、腰を抜かしていなかった もう一人“佐藤有希”が手に何かを持っているのを発見し、睨みつける。 お前か?

 一方、佐藤有希は勘助と目が合うとニッと笑った。

 そして、大きな声で

「ま、魔除け!…じゃ」 と叫んだ。


 老練な戦士 板垣信方も、突然の警報サイレンには耐性がなかった。

 見事に腰を抜かしている。 こぼれんばかりに見開いた目がガマガエル感を際立たせている。

 片膝立ち、両手を広げ、板垣を守り切った勘助は、そのままの姿勢で首だけキッと回し板垣信方を

見た。

 山本勘助と目が合った板垣信方


 「さ、採用」


―――――――――

 勘助に呼ばれ、山村に残っていた城西学院メンバーも、数日後には村人の助けを得て、板垣屋敷に合流した。

 村長(むらおさ)や村の古老は、『城西衆』の定住を願い出たが、それなりの銭 プラスアルファで満足し、帰って行った。


 ようやく思いが叶った山本勘助。

 そして勘助の郎党(ろうとう)と見なされた『城西衆』は板垣屋敷に部屋を与えられたのであった。

 就活成功!


第3話・板垣屋敷にて 完


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