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第27話・雪斎党

戦国奇聞!(せんごくキブン!) 第27話・雪斎党


 ここは駿河の国、庵原館である。

 そして鷹羽はイラついていた。

 勘助が太原雪斎宛てに出した要望書への回答が要領を得ないからである。

 最初に届いたリストでは10人以上いた生存者も確認するたびに減っていき、名前もころころ変わって来る。

 まるで某国との拉致被害者返還交渉の様相であった。

 今も勘助に返って来た(らち)が明かない回答書を前に、鷹羽と勘助が揉めていた。


「本当に今川は生徒を返してくれる気があるんですかね!?」

「うーむ。対応は非常に丁寧なのじゃが、書かれている内容は、木で鼻を(くく)って()るのう…」

「おるのう、じゃないですよ…

前回は聞いたことも無い名前が挙がって来てましたし、その前に有った名前が消えているし。

さんざん待たされてこれですよ!

回答期限を切って交渉するとか、もっと強く出れないんですか?

こちらに飛ばされて来た人数は、甲斐に来たのと同じ位 居ても良いでしょうに。少なくとも10前後の名前が挙がって来る筈なんですよ。それが確定3名って…

勘助さん、甲斐は何か弱味でも握られてるんですか?」

「いやぁ、先の御屋形様の面倒を見て貰って居るし、武田との同盟で北条と(いくさ)になったらしいし、弱味と言えば弱味かのう…」

「だからぁ、そんな気持ちだから軽く(あしら)われるんですよ」


 鷹羽と勘助のやりとりを部屋の隅で見守っていた庵原忠胤(いはらただたね)が教来石に小声で訊ねる。


「あの鷹羽とか申す異国人は勘助の家来では無いのか?あの様な口振り、どちらが上か判らぬではないか…」

「はぁ、城西衆は皆 驚くほどの知恵者で御座りますので…家来と言うより与力でありまして…

それに鷹羽殿は生徒第一の思いが強く(つよお)御座りますれば、居ても立っても居られないのでしょう」

「そうであれば、その知恵とやらで 勘助を助けてやれんのかのう…」


 と、ごにょごにょとおしゃべりしている二人を見とがめる様に鷹羽が顔を向けた。


「そこの二人! 意見があるなら挙手、そして大きな声で発言するよーに!」

「わ!見つかった…ごめんなさい、意見はありません」


 教来石が授業中の無駄口を注意された生徒の様に首をすくめ、庵原忠胤(いはらただたね)もつられて身を縮めた。


「…そうだ、忠胤様はご家老であられましたよね。今川家の中の事は良くご存じなのでしょ?何か思い当たる事はないのですか?」


 鷹羽は矛先を変え、忠胤を問い詰める。


「おう、そうじゃ伯父上からも義元様に取り成していただけませんか、それとも雪斎殿に直接でも構いませんぞ。

伯父上は庵原家当主で御座りましょう?血筋から言えばそれ位 お出来に成られますでしょうに」


 鷹羽を(なだ)め疲れていた勘助が庵原伯父を巻き込んだ。


「いやぁ、そう言われても…雪斎殿は特別なのじゃ…

我らは今川家の家臣であるが、雪斎殿は義元様の師であるからのう。

雪斎党には義元様はもとより、誰も物申す事など出来ぬのじゃ。

ましてや儂など、とてもとても…」


 申し訳なさそうに答える忠胤を見て、鷹羽の怒りのテンションは落ちて来た。

 逆に何となく気が引け、話題を変える言葉を探した。


「…あ、なるほど。どちらの御宅も事情がお有りですよね… 別に責めてはおりませんので、御気になさらず。

…で、その雪斎党 って何ですか?」

「うむ、雪斎殿が国内外から集めて来ておる者共の事での、それぞれが異能の者と噂があるが、よう判らぬのじゃ。

この前、この屋敷に連れて参った異国人も その一党と言われて居っての、義元様も知らぬ事のようじゃ。

雪斎党は今川家とは直接繋がって居らぬゆえ、儂もその程度しか知らんのだが」


 今川義元は異形、異端を嫌うから難破者の引き渡しはすんなり行くかもと、淡い期待をしていた勘助であったが、雪斎単独で未来人の囲い込みをしていた様だ。

 と言う事は今川義元に泣きついても意味は無く、ましてや情に訴えても効果は上がらない、か。

 勘助は髭を撫でつつ呟いた。


「左様か…これは、いよいよ 何かを出さねば生徒をこちらに渡す気は無いという事じゃな。…大輔、言っていた(ゆうておった)例の物、持ってきておるか?」

「バッチリ!」


 勘助と鷹羽のやり取りに甘利忠信がニヤリと笑い


「…ほほぉ 軍師殿はこの様な成り行きも読んで居ったのか。ならばさっさと次の手を打つべし じゃ」


―――――――――

 二日後、庵原館の広間である。

 生徒の引き渡しを条件に、今川が欲しがっている物を渡すと、勘助が雪斎党を呼んだのだ。

 やって来たのは太原雪斎と香山(こうやま)教頭、そして前回は来なかったもう一人の教師、藤堂もやって来た。

 香山は前回同様、丸頭巾と白い布で顔を覆っているが、藤堂は修験者の(なり)をしている。

 出迎えるは勘助と庵原忠胤の甥と伯父。

 形の上では同盟国の軍師同士の会談なので、見た目ではお互いにこやかではあるが、腹の探り合いである。

 挨拶もそこそこに 勘助が引き渡し可能な者の人数を確認し出す。


「さて、こちらへお渡しいただける難波者は何名となりましたでしょうか?

前回の様に、間違った者が紛れる事が有りますゆえ、(くど)い様ですが…」

「はて、見つかった者の事は既にお知らせしていると 聞いて居りましたが…」


 雪斎はにこやかな表情のまま(とぼ)ける。

 それを受け、横手から香山が他人事の様に口を挟んだ


「難波者はこちらで大変なお世話を受けたのです。本日はそのお礼の印、寺などへの 寄進の品についてお話いただけると聞いて居りましたが…」

 僧形の雪斎と修験者姿の藤堂が これ見よがしに合掌する。


 生徒を取引の道具としか見ていないコイツらが、鷹羽と同じ時代から来た教師なのか? と、勘助は内心呆れた。

 だからこそ、駿河の難破者(生徒たち)を甲斐に連れ帰らねばと、思いを強くし言葉を継いだ。


「おう、そうでありました。

お礼の品は何がよろしかろうと思案いたしましたが、以前 雪斎殿より高遠征伐合力の申し出をいただいた折 “飛丸” にご興味が御有りのご様子であったのを思い出しましてな。それをお持ちいたしました」


 飛丸と聞き、雪斎は表情が変わらなかったが 香山と藤堂は身を乗り出した。やはりこれが狙いだった様だ。

 相手が喰いついて来たのを確認し、勘助が奥に向かって音高く パンパンと手を叩いた。


「例の物をこれへ!」


 奥の戸がさっと開き、黒ずくめの男が三人現れた。

 揃いの墨染の作務衣で決めた鷹羽と、ゴリマッチョ教来石、そして眼光鋭い 甘利信忠である。

 見た目と勢いで相手の気を呑む、勘助のいつもの手だ。

 ズイッ と室内に入って来た信忠の威圧感に圧され、身を乗り出していた香山と藤堂がのけ反った。(出だしは好調!)

 そのままの勢いで鷹羽が雪斎の前に進み出、後ろ手に持っていた大きな図面を バッ と広げた。

 今度は雪斎がのけ反った。 (順調順調!)

 広げたのは以前、板垣屋敷で使用したプレゼン資料の強化版であった。

 メインコンセプトの “とにかく強そう” をより強調した飛丸の設計図である。

 板垣屋敷では想像図であったがゆえ、その凄さが伝わらなかった様だが、今では実物が存在し、実戦でその威力も証明済みである。

 今度は絵のインパクトと説得力に自信を持っている鷹羽(自称ジョブス)であった。 (※1)


 ※1:初回のプレゼンは爆死したが今回は満を持してのリベンジである。 詳しくは第4話参照の事。


「これが高遠戦で3,000の相手を一瞬で粉砕した “飛丸” の設計図です。

コンパクトにして堅牢。 飛距離、命中率ともに驚異的な性能を持つ事が証明されています。

マキシマムレンジ(最大射程)は砲弾質量が10㎏なら約300m、5㎏なら400mオーバーは出る計算です。

…香山先生と藤堂先生、理科教師の私だから作れた物だって事は理解いただけますね?

それに、この時代に大砲を持つインパクトは想像が付くでしょ…

生徒、こっちには何人いるんですか?」


 落としどころを確認しているのだろうか、香山と藤堂が互いに耳打ちし始めた。

 藤堂は鷹羽より歳上、40過ぎの社会科(日本史)教師である。

 ヒョロッとした体で癖毛の頭髪を後ろで束ね、香山に軽く首を振っている。 条件で揉めている様だ。

 チラチラとこちらを伺っていた藤堂が、張り付いた笑みを浮かべながら口を開いた。


「鷹羽君、それ スティーブのパクリだよね…ププ、受けるよ。

ところでさ、鷹羽君はブラックパウダー(黒色火薬)を作ってるんだろ?

そいつの製造法も出してくれないかなぁ。そうすれば甲斐に行ける生徒の数も変わるかもしれないだけどねぇ」

「な!何ていう事を…自分の生徒でしょ、藤堂先生!」

「え、怒ったの? 冗談だよ鷹羽君、当然 生徒の事は気にかけているよぉ。

まぁそれはそれとして、ブラックパウダー(黒色火薬)がリッチにあればさ、静岡と山梨で全部を統一できると思うんだよねぇ。

キングオブジャパン(天下人)に成れるんだよ!」


 藤堂が何を言っているのか判らないのだろう、勘助が鷹羽の顔を伺っている。

 藤堂はこちらの時代の人間が理解できない言葉を使い、天下取りに誘っているのだ。

 鷹羽も彼らにしか判らない言葉で返した。


「…生徒放り出してレボリューション(革命)ですか?

…ブラックパウダーだけでキングを狙うのは止めた方がいいですよ、パラドックスが起きますから。

…意味、理解できてますか?」

「ふん、真っ先にウエポン(武器)を作った人が偉そうな口をきくじゃないか。

生徒、生徒って言うけど状況が変わったんだよ。学校も社会も消し飛んで、教師も生徒も無くなったんだよ。

…あっちじゃ先が見えてたんだよ、オレも君も。

こっちならさ、サヨナラ満塁ホームランだよ。

いいかい、状況に適応できない者は生き残れないんだ。…君は適応むずかしそうだよね」


 香山も藤堂の隣で頷いている。

 この二人に反論しようと身構えた鷹羽を勘助が抑えた。

 何を云い合っているかは理解できない勘助だが、ここで言い争いをしても意味が無い事は判っているのだ。


「あー雪斎殿。

この図面、本来は門外不出である事はお判りいただけますな。

それを晴信様は持たせて下さった。

それは父君 信虎様と姉君が居られる この駿河との(えにし)を大切に思われているゆえで御座いましょう。

この前の雪斎殿のお言葉通り、異国人同士の事で駿河と甲斐が揉める事が無き事が肝要かと…」


 勘助は雪斎に “これ以上欲をかくな” と告げたのだ。

 雪斎は軽く頷き、香山たちに黙るよう目配せし、言葉を引き取った。


「いやはや、お持ちいただいたのは、別格な物でありますな。

今川と武田の(えにし)、益々強く(つよう)なりましょう。

さて、勘助殿がお探しでありました難波者ですが、方々手を尽くし、4名が存命であると聞き及んで居ります。

また行方が消えぬうちに、お渡しできる様 急がせましょう程に、今後も良しなに…」


―――――――――

 雪斎との交渉を終えた鷹羽たち面々は、いまいちスッキリしない気分で勘助の部屋に引き上げて来た。

 結局、この時代のゲームチェンジャーである飛丸と引き換えに、取り返せたのは女生徒4名となりそうである。

 教来石などは明らかに憤慨していた。


「鷹羽殿、あの者たちも “城西衆” なので?

何とも得体の知れぬ禍々(まがまが)しさを感じ申した…飛丸をあの様な者共に与えても良かったのであろうか?」


 甘利忠信も腕を組みムスッとした表情で…


「確かに我らが知る “城西衆” とは違っている(ちごうておる)

何と言うか、毒蛇の様な剣呑さであるな。

大輔は見知って居るのであろう?あの者はどの様な人物なのだ?以前からあの様な気を放っておったのか?」


 鷹羽も腕を組み、天井を見上げ 以前の彼らを思い出してみる。


「うーん、香山教頭は規則には凄くうるさかった事しか記憶に無い。

藤堂先生は…いつもへらへらしていた印象だけだな。

…すみません、ほとんど思い出せない。自分でも驚くほど彼らを知らない事が判りました。

ただ、今の彼らは危険な臭いしか しないです。

皆さんには判らない言葉で誤魔化していましたが、やらかす気満々です」


 教来石が顔を赤くし吠えた。


「ほぉら、矢張り!軍師殿、なぜ飛丸を渡したのじゃ!

今川との同盟なんぞ、いつ反故になるかは誰にも判らぬわ。

飛丸が甲斐を狙う事になるやもしれんと言うに、鷹羽殿も同罪じゃ!」


 教来石に(なじ)られ、反論するかと思われた勘助と鷹羽はニヤニヤし出した。

 二人の表情に教来石がさらに顔を赤くした


「何をにやけて御座る!我は甲斐の行く末を憂いておるのじゃ!」


 鷹羽は笑みを引っ込め教来石に手招きした。


「心配無用。あの図面は細工がしてあるので…」

「?細工…はぁ、偽りの図面で御座るか?図面通りでは完成致さぬのか!」

「いやいや、嘘は描いていません。作れない設計図は直ぐバレますからね。

春日が言う所の “モンキーモデル” って言うやつです」 (※2)

「も、門木?出る? また判らぬ言葉で誤魔化すつもりで御座るか?」

「…ゴザルじゃなくって、お猿(モンキー)ですけどって、違いますって。

分解機構を削ったり、強度を落としたり、狙いが狂う様な位置にしたり…

つまり武田で持っている飛丸に比べると、6割程度の性能になる様な設計なんですよ。

飛丸を持っていない相手ならそれなりに使えるけれど、武田と打ち合いになったら勝てない設計です。

まぁ、こちらの国にも工夫を重ねる職人が居るでしょうから、いずれは改修されるでしょうけど、直ぐには追い付けないでしょうね。

この事は駿河にはシーですよ、教来石殿」


 説明しながら口に指を当てる鷹羽に、“モンキーモデル” を理解し、ニヤリが伝染る(うつる)教来石であった。 ( ̄― ̄)ニヤリ


 ※2:他国へ輸出する際に、意図的に性能を低下させた製品、またはオリジナルより劣化したコピー品を指す用語。



 さて、少数であるが、生徒の連れ帰りは叶った。

 しかしながら、今回の旅で隣国駿河に雪斎党と言う、不気味な相手が居る事も判ったのだ。

 明らかに天下を狙う危険な香山たちの狙いを、雪斎は、そして今川はどこまで知っているのか?

 教来石には心配無用と言ったが、野心を持った藤堂の知識は明らかな脅威である。

 いづれにしても大きな不安要素が出現したのだ。

 一刻も早く甲斐に戻り、対雪斎党対策を練らなければならないと思う鷹羽であった。


 第27話・雪斎党 完


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