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第25話・鵜の目、鷹の目 監視の眼

戦国奇聞!(せんごくキブン!) 第25話・鵜の目、鷹の目 監視の眼


 城西屋敷 応接室である。

 御屋形様・武田晴信の突然の訪問を受け、 “夢の国作戦室”  (※1)から駒井政武も急遽招集された。

 晴信はメンバーが揃う間、普段なら連発するダジャレも言わず腕を組み、目を瞑っている。

 戦勝祝賀のほろ酔い気分も吹き飛んでしまった勘助も晴信にならい、腕を組み、目を瞑っている。

 鷹羽たちは何の話か判らないが、自分たちとは関係ないだろうと、お気楽である。


 ※1:お忘れだろうが城西屋敷内に設置されている、正式名称:御経霊所吽婁有無(オペレーションルーム)である。 詳しくは第16話参照。


 暫くすると駒井も駆けつけ、勘助が(ようや)くの思いで晴信に声を掛けた。


「…御屋形様、皆揃いましたぞ。して、何事で御座りましょうや」


 晴信はゆっくりと目を開けると静かに話し出す。


「何やら今川が怪しい動きをして居るようじゃ…」

「はて、国境(くにざかい)に動きでもありましたか?」


 駒井もゆっくりと問いかける。


「否、それと判るような動きは、何一つ 無い。…したが、(まと)わりつくような気配がある。

そして 勘助、其方(そち)に係わりが在りそうゆえ、館では話はせなんだのじゃ」


 勘助は周りの意識が自分に集まるのを感じながら、晴信を促す。


「…伺いましょう」

「過日 駿河から援軍の申し入れが在ったのじゃ」

「信濃の件で?」


 頷く晴信。

 勘助が先を促す様に質問を投げる。


「それはいつ頃の話で御座りましょう?」

「かなり早い時期じゃ。勘助が高遠の動きを察知した頃と、ほぼ同じ頃じゃ」

「どの様な申し出で御座りましたか?」

「飛丸を一台寄こすならば、小川路峠から伊那に兵を千程 出しても良い との申し出であった…

勘助が策で大過無いと思い、早々に断ったがの…」


 勘助は笑みを浮かべ、軽口で答えた。


「ほぉ、飛丸一台で兵一千! はは、中々高く(たこう)売れましたな。

それならば、我らの兵を出さずとも良かったかもしれませぬな」


 勘助の言に片眉を上げた駒井が疑問を投げる。


「なぜ 飛丸を知って居るのじゃ?」

「簡単な事。

飛丸は信濃衆に脅しを込め、見せつけましたゆえ、それを見ていたのでありましょう。

あの時は大層、見物が集まりましたからな。

今川はあちこちに草を放って居りましょうから、知っていても不思議は無いと存ずるが…」

「飛丸の名を知ったは それであろうが、その威力まで判るかのう?…随分と青田買いじゃな。

高遠を破った今であれば、飛丸を欲しがるのも判るが、あの時期では当家の中でも玩具扱いで御座った…」


 駒井の疑問に晴信が頷き、言葉を継いだ。


「そうじゃ。駒井が申すが通り、早過ぎる。 

高遠の動きと大きさを読むのも、飛丸に目を付けるのも、ちと早すぎる気がせぬか?」


 晴信の言葉に勘助が目を細め、考えを巡らす。


「…確かに。然れば(されば) (はな)から高遠の動きを見張って居ったか…

将又(はたまた)、高遠を(そそのか)し、兵を上げさせたか…

じゃが、高遠に火を点けて、我らには火消しの援軍を送るとの申し出を?

…手がかりが少なくて(すくのうて)何が狙いか判らぬの」


 足元に視線を下げ思考していた駒井がすっ と顔を上げ


「狙いは勘助殿では御座らぬか?

今川が勘助殿を見張って居れば…高遠の動きもいち早く勘付き(かんづ)きましょうし、飛丸の威力も理解しますぞ」


 晴信は頷くが、勘助は “は?” の表情をし、自嘲的な笑いを浮かべた。


(それがし)を見張る? 在り得ませぬな。…義元殿は(それがし)を小者と見ておいでじゃ」


 皆には話してはいないが、勘助は今川義元に面接で落とされた過去があり、心にシコリが残っていた。


「否、その説ならば、筋が通って参るぞ!」

 晴信が唐突に指一本を立て、勘助に示した。


「もう一つ、妙に感じた事があったのじゃ。

援軍の申し出、雪斎殿の書状じゃが、これを持って来たのが明叔(みんしゅく)和尚なのじゃ。 (※2)

勘助も知っての通り、今川の軍師 太原雪斎殿と明叔和尚は同じ妙心寺派ゆえ、懇意ではあろうが、筋としては妙であろう?」


 ※2:全く読めないけど明叔慶浚と言う高名な坊主。城西衆の特別教師を務めている。 詳しくは第15話参照。


 晴信の言葉に駒井が反応する。


「国と国の話なれば、駿河との同盟は続いて居りますし、明叔和尚を通す事ではありませぬな。 とは言え、勘助殿との繋がりは…?」

「…明叔和尚と勘助を繋ぐもの。儂は素直に “城西衆” と読んだが、どう思う?」

「!」


 異形を理由に仕官を拒んだ今川が、いまさら自分に注目する筈は無いと思い込んでいたのだが、晴信が指摘するように変数に “城西衆” を置いてみれば、思い当たる事がある。

 勘助はおずおずと声をあげた。


「そうであれば 実は(それがし)の元にも…」

「勘助も気配を感じたか?申してみよ!」

「は!

御屋形様もご存知かもしれませぬが、(それがし)と武田家と繋いでくれたは伯父、庵原忠胤(いはらただたね)で御座ります。

その伯父は今川家の家老を務めて居りますが、先頃便りが御座いまして。…その中に “家中の者が増えた様だが何者か” とあり申した。

忙しさに(かま)け 忘れて居りましたが、こちらの暮らしを誰が知らせたか…

御屋形様が申されたように “城西衆” を探る動きとすれば、腑に落ち申す」

「ほほぉ、まずは今川には城西衆に興味を持つ者が居る と見て良いな…

となれば、次は “城西衆” を探る狙いは何か? どこまで正体がバレて居るか…じゃな」


 晴信は同席している城西衆、鷹羽たちに目を移し問いかけた。


其方(そなた)らはどうじゃ? 何か変わった事が無かったか?」


 いきなりのパスで慌てる教師たち。

 つい さっきまで、自分たちとは無関係と思っていたのが、突然主役を振られたエキストラである。

 一応に目が泳ぎ、古澤は天井を見あげ、美月はコメカミを押さえ、鷹羽も腕を組み、懸命に記憶を探りだした。

 回答待ちの沈黙に耐え切れず、言い訳をする様なトーンで鷹羽が返答した。


「…いやぁ、巫女行列とか試作品の発注とか、目立っちゃったのかな?気を付けてたんですけどね…

古澤先生とか何か無いの? 君は誰とでもお友達になるでしょ」

「僕は特には何も…あっそう云えば、吾介さんが 家に来る商人に駿河者が多くなった って言ってた様な…

あと、美月先生の方で怪しい奴につけられたって 言ってませんでしたっけ?」

「なんだ、色々あんじゃないか! 中畑先生、危ない目にあったのか?」

「いえ…私が直接見た訳じゃないんですけど。女子部の乗馬訓練の帰りに、何人か男が付いて来ていたって、有希ちゃんが…」

「…え?女子部も乗馬訓練してるの?いつから?」

「あれ?鷹羽先生は参加していなかったんですか、乗馬教室? 古澤先生、男子生徒はほぼ全員乗れるようになってますよね?」

「えぇモチロンですよ。こちらの国では馬に乗れないのは 歩けないのと 同じですからね!僕も当然 乗れますし」

「えーいつの間に…聞いてないぞ! オレも練習しないとヤバイ…かな」


 放っておくと どんどんヨレテいく鷹羽たちの話に勘助が釘を挿す。


「あー大輔…今はそこでは無い、馬は後にせえ」

「あっ、そうでした…でも、うちらの正体 と言っても、海の向こうから来た人間と周りには言ってますし、それで通るんじゃないんですか? 同じ様なもんでしょ、そんなに珍しいですか?」


 今ひとつ、自分たちが監視対象である事に実感が無い鷹羽たちは警戒感が薄いのであった。


「どこから来たかは問題ではないな… 興味を持つとしたら城西衆の知恵じゃろうな…」

「なるほど…とすれば、経緯はともかく オレ達が何かとんでもない事を知っているって、勘違いを…あれっ!もしかして…」

「?なんじゃ、何か思い出したか?」

「いえ…直観ですけど。

今川にも城西衆がいるんじゃないか、って。

オレ達がこちらの世界に飛ばされた時、はぐれてしまった生徒たちが居るんです。

今川…駿河の国って、隣の国でしょ?

そっちに生徒たちが飛ばされていたとしたら、そして今川家に保護されているとしたら…」


 鷹羽の言葉に勘助、晴信ら戦国の人間が顔を見合わせ、頷いた。


「成程、言われてみればお主たちと出会った(でおうた)のは、駿河との国境(くにざかい)に近い。

あの車の残りが駿河に落ちて居ったとしたら、今川に拾われて居るかもしれんな…」

「へぇそうなんですね…で、あるならば、逆にこちら側から状況を確認しに行けませんか?

向こうに生徒たちが飛ばされていたとしたら、迎えに行ってあげないと…」

「ふむ、こちらから出向くと?

普段慎重なお主には珍しいの。何か思うものがあるのか?」

「いえ、今から思えば、なぜもっと早くから彼らの探索を始めなかったのか…

自分の想像力の無さに腹が立ちます。

知らない世界に飛ばされて、保護してくれる筈の教師にもはぐれ、どんな目に合って居るのか…

そうと判れば、生徒の保護に向かうのは当然でしょ」


 晴信が再度 頷き


「うむ、そういう話であれば、こちらから人を出したが良さそうじゃが。…かといって、いきなり “そちらの城西衆を引き取ろう” とも切り出せまいのう?」


 晴信の言葉を引き取り、冷静に駒井が補足する。


「左様ですな。 皆さまその気になられて居るが、今川に城西衆が居ると言う確証はありませぬぞ。…また、居ったとしても今川の狙いがはっきりと判らぬ以上 迂闊な事は言わぬが良いかと…」


 駒井の発言に古澤と中畑がこの時代の危険さを声高に叫んだ。


「でも、はぐれた生徒たちは 全員女生徒なんですよ。一刻も早く保護しないと危険です!」

「そうですよ。こっちの世界では女の子は何をされるか分かったもんじゃないでしょ!」


 先ほどまでの自分たちの無警戒感は無かったかの様である。

 勘助が二人を手で制しながら晴信に顔を向け


「御屋形様、(われ)が武田への仕官成就の報告と礼を名目に、忠胤伯父を訊ねてみようと思いますが…」

「うむ、それは名案!

…そうじゃ、儂が義元殿へ書状を書くゆえ、はぐれた城西衆を引き取れそうであれば、今川家家老の庵原殿を通じ 話を付けよ」

「おぉ、それは有難き事」


 次に勘助は鷹羽に向き直り


「ならば大輔、(われ)が連れて帰って来るに依って、はぐれた生徒の名前と人相を記しておけ」

「え?15人位いますよ! 人相を説明って無理だな…オレも行く じゃ、ダメなんですか?」


 自分の事となると警戒感は薄い鷹羽である。

 そんな鷹羽に駒井が解説する様に


「鷹羽殿は気楽にお考えの様じゃが、今川が城西衆に何をするつもりか判らぬ今、何の備えもせず駿河に行くは危険で御座ろう」

「でも…今川とは同盟しているんでしょ?」

「盟約など有っても無くても同じなのじゃ。 欲しい物があれば騙しても、力ずくでも盗る。利用できるなら同盟する。

この世はその様に回って居る…」

「うわー流石 戦国時代だ。でも それなら顔を知っている者が行かなきゃ、騙されるでしょ。…勘助さん、何か今川の弱味を握っていないんですか?取引出来るような」

「うーむ、今川には晴信様の姉君が嫁いで居られるし、先代信虎様がお世話になって居られるし、どちらかと言うとこちらが弱味を握られて居るかもしれん…」

「えー打つ手無し?」


 駒井達の会話を髭を撫でながら聞いていた晴信が、ボソッと会話に参加した。


「否、手は在るやもしれんぞ。

探りを入れてきたは明叔和尚を通してであった。これは雪斎殿が単独で動いて居るだけで、義元殿は知らぬ事かもしれん。

そうであれば、城西衆をこちらに渡さねば損と義元殿に思わせれば…」

「成程、義元殿はああ見えて利に聡いお方に御座れば、城西衆の生徒を抱えるが得か、手放すが得かを見せれば案外…」


 計算高さの権化、駒井が晴信の読みに賛同した事で、取り敢えず方向性が決定した。


「後 気掛かりは、こちらの読みが外れたとすれば、大輔が(とりこ)となるやも知れんな…

うーむ、足りぬかもしれんが、(甘利)信忠と(教来石)景政を護衛に連れて行くが良かろう」

 晴信の突然の指名であったが、甘利信忠はニヤリと答えた。


「ふふ、我一人で充分。雪斎殿も己の命と引き換えにする程、城西衆に執心は御座るまい。

まぁ、教来石が居れば何かと便利ではあろうな、御屋形様の命であれば、承知で御座る」


 晴信が場を締める命を発する。


「義元殿宛て、雪斎殿宛ての書状を書くぞ。

(駒井)政武、文面を考えよ。

(山本)勘助、(鷹羽)大輔、それに(甘利)信忠、すぐに出立できる様、支度せい。

さて、これですっきりした。 儂はひとまず 館に戻るぞ」


―――――――――

 多忙な晴信は躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)へ帰り、勘助も駿河行の支度に取り掛かった。

 応接室に残った教師たちも、今後の体制などを打ち合わせたが、鷹羽は眉間にしわを寄せ考え込んでいる。

 気付いた古澤がお気楽な声で問いかけた。


「どうしたんですか?鷹羽先生。駿河に行くのが怖くなったんですか?」

「いや、そうじゃないんだけどな…あのさ、馬って 乗れるのに、どれ位掛かるの?」

「まぁ人それぞれですね。センスがあるかどうかで かなり変わります。…で、誰の事です?」

「…古澤、今までの流れで判るだろ?オレだよオレ!」

「あぁ、鷹羽先生。ですよねぇ…だったら ひと月、うーん、3か月かな?」

「3か月!駿河には間に合わない…よな。えーとさ、3,4日で乗れる練習法とか、無いか?」

「ありませんねぇ…合宿免許じゃないんだから。それに、普段運動しない人がそんなに詰め込んだら怪我しますよ」

「でも…初心者が馬で旅しても、慎重に行けば大丈夫だよね、中畑先生?」

「…死にます」

「…」


 カッコつけて直ぐにでも迎えに行くとか 言わなきゃよかったと思う鷹羽であった。


 今川に飛ばされた生徒たちを無事に連れ帰る事が出来るのか?

 それ以前に鷹羽先生は無事に駿河に行きつけるのか!?

 詳細は次回を待て!


第25話・鵜の目、鷹の目 監視の眼 完


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