第22話・そして、至福の人と雌伏の人
鬼美濃おっかねぇ。 でも、カッケ~。
やっぱ、付き合いたくねー。
と言うお話です。
…好きです教来石♡
戦国奇聞! 第22話・そして、至福の人と雌伏の人
教来石景政は待っていた。
塩尻峠に陣を張って既に3日、どこからも連絡が無く、どこにも敵の影が見えないのだ。
…漫然と天を仰ぐ。
彼の境遇を理解いただくには、少し時間を遡ってみる必要がある。
景政は一週間ほど前、武田家存亡の危機に際し、高遠・小笠原・上杉連合の撃退命令を受け、真っ先に出撃し諏訪上原城に入った。
軍師 山本勘助が発した “神仏のご加護より疾さが命” の言葉を胸に、いまいち乗り気でない 青木やら柳沢やらの武川衆を嗾け、息せき切って、一番槍を付ける意気込みで駆け付けたのだ が…上原城は呑気であった。
だーれも居らぬのだ。
軍師 山本勘助より授かった書付には、塩尻峠に目立つ陣を張り、その先 峠を下った地には伏兵を置け とあり、原虎胤衆と担当割を決めなければならないのに …原衆も だーれも居らぬのだ。
無下に時を過ごす事が無き様、小笠原の情勢と伏兵に適した地を探りに人を出し、武川衆だけでも齟齬が無いよう、申し合わせを続けた が、原虎胤は一向に来ない。
その間に信繁様と駒井様が見えられたが、バタバタと諏訪頼重様と諏訪の太鼓打ちを連れて出陣され、上原城には本当にだーれも居らぬ様になった。
翌日 丸一日待ったが、原衆からは何の知らせも無い。
やむなく、翌朝 武川衆のみでの出陣を決めた。
ところが、夜中に原虎胤が一軍を引き連れ到着した。
何なんだ、こいつら!
―――――――――
景政は 翌朝の出陣に向け、早寝していた武川衆諸氏を起こし、急遽軍議を手配する。
眠りを叩き起こされ、文句たらたらで上原城広間に呼び出された武川衆は息を呑んだ。
広間で待ち受けていた虎胤一行は甲冑を着込んだ戦支度である。
猛者ぞろいの原衆の中でも、大将 虎胤は一段と強いオーラを発し、入って来た武川衆をじろっと、一瞥する。
流石、夜叉美濃と渾名されているだけはある、おっかない。
睨まれた者は皆、目線を逸らし そそくさと席に着いた。
景政も出来れば虎胤と目を合わせたくなかったが、小笠原担当軍責任者の自負があるので、歯を食いしばって 夜叉美濃を凝視していた。
そんな景政と目が合った虎胤は、暫く睨んだ後、ふっと笑い 語り掛けた。
「教来石殿、待たせた様じゃな。
その分、この虎胤が存分に小笠原を追い散らす程に、塩尻峠で緩りと見物されるが良かろう」
…?書付には、塩尻峠には “目立つ陣を張れ” とあった。
目立つのは夜叉美濃、鬼美濃の異名で周囲から恐れられている 原衆でなければならない。
「原様、恐れながら軍師殿の書付はご覧いただいて居りましょうや?」
「ん?あぁ見て居るぞ。 あの軍師、片目の割に良く物が見えて居る様じゃ…詰めは甘いがな」
「なれば、峠の陣は原様が適任で御座りましょう」
「ん?それは詰まらんから、其方に任す」
「は?…詰まらん…とは?」
「脅しの虎は張子の虎じゃ。儂の性に合わん。
峠の陣は目立てば良いのであろう? 誰が居るかは軍師の指図の外であろう。
ならば、我が旗指物を御貸しするので、其方に任す」
「…いや、こちらも既に兵を隠す場所も決めて居りますれば…」
「心配無用。虎は敵地に放してこそ生きるのじゃ。
我らはこれより峠を越える。武川衆は夜明けを待ち、塩尻峠に陣を張り給え。
夜陰に旗を立てても見えぬからな。ははは」
「…」
原虎胤は言いたい事を言い終わると、豪快に笑いながら広間を出て行った。
ゴリラの群れの様な原衆も、原軍の旗指物を手渡すと虎胤の後を追う。
後には呆然とした教来石ら武川衆が取り残された。
―――――――――
諏訪上原城を出た原衆は、諏訪湖を擦りぬけ、峠を目指して行軍した。
さすがに深夜の峠越えは消耗が激しいので、麓で停止し野営する。
虎胤の短い下知だけで、暗闇の中に紛れ体を休める兵士たち。
虎胤の近くには小さく火が焚かれ、側近が集合する。
彼らは携行食を口に運びながら、各自作戦行動の指示を受け、自分の持ち場に戻っていく。
まったく無駄のない、練度抜群の軍団である。
一通りの指示が終わり、虎胤の周りには息子二人が残るのみであった。
夜間行軍に初めて参加した次男の原盛胤(甚四郎)が虎胤に訊ねた。
「親父殿、小笠原は取るに足らぬ相手と兄者から聞き申したが、夜討ちをせねば勝てぬのですか?」
「ん?勝つだけならば勘助とやらが書いて寄こした策でも十分じゃが、踊らされる様で気に入らぬでな。
御屋形様と軍師殿が策に色を足して、虎胤が戦に仕立て直したのじゃ」
「軍師殿の書付には塩尻峠を押さえ、深志(松本)側に置いた伏兵で追い散らせとあったと思いましたが…」(図1)
図1:
「ふん、詰まらん策じゃ。これでは小競り合いじゃ。
小笠原はこれからも幾度も突っかかって来よう。ならば、我が名を聞いただけで矛を収める様に躾ねば ならぬのじゃ」
元服したての甚四郎は首を傾げたまま、隣の兄 彦十郎を見た。
彦十郎は頷きつつ虎胤にせがんだ。
「親父殿、話が難しゅう御座る。甚四郎が首、傾げたままじゃ。どの様に仕立て直されたか、もそっと、判る様 お話下さりませ」
「ん?甚四郎、判らぬか?
戦はの、相手を呑んで勝たねばいかん。小笠原長時が心を手玉に取り、相手が策の上を行くが肝要。
長時が一番欲しい物は何か判るか、彦十郎、甚四郎?」
兄弟は揃って首を横に振った。
「長時が今 一番欲しい物は勝ち戦じゃ。
あ奴は家督を譲られたばかりで、家臣へ己が力量を見せねばならぬと焦って居る。
ならば此度の高遠が誘いに、僅かな手勢のくせに軽々に乗ったのじゃ。
さて、その長時が峠の上に夜叉美濃の旗を見つければ如何いたすかな?」
「足を止めましょうな…そこを横手より伏兵で…」
「ん、足は止まるであろう…が、あ奴は小者なれど愚者には非ず。
勝てぬ相手に手向かいはせず、伏兵に得意の弓矢で一矢報い、平然と引き返すのみ。
なにしろ、小笠原流弓馬術の宗家じゃ。
さすれば、負け戦にはならず、家臣への面目は保てる。
なれば、遠からず諏訪にまた 挑みかかるであろう」
「成程、然らば親父殿の策とは?」
「ん?内緒じゃ…」
ぐっ、と奥歯を噛む兄弟。
彦十郎が搾り出す様に訴える。
「それは…殺生に御座ります…」
「ん?冗談じゃ。
なーに、ちょっとした謀。諏訪から深志(松本)へ向かう商人に、嘘を塗した噂を蒔いただけじゃ。
諏訪頼重が高遠征伐に出陣したのは知って居ろう?
なので “頼重が高遠征伐に天竜川を伝って出陣する” と蒔いた。
それと御屋形様が “上杉憲政が病で上杉勢の足が止まる” と噂を流して居ったので、それに “佐久の武田は塩尻峠に向かうらしい” と色をつけた」
「…すると、どうなりましょうや?」
「…全てを聞くな、自分でも考えてみんか…まぁ良い、夜も更けて刻も無い、答えてやろう。
長時は塩尻峠の下でのんびりとして居られなくなる。上杉に向かう筈の軍勢が迫って来るからの。
かといって、このまま林城に逃げ戻っては面目が立たん。
ならば、何を考えるか。
…諏訪頼重を取って、武田の鼻を明かすのはどうじゃ?」
「成程、頼重様を囮に…」
「天竜川を伝うと聞けば、頼重が居るは下諏訪と思うじゃろ。そこに近いは勝弦峠じゃ。
そして、我らが今居るのが勝弦峠の麓。
我らは夜明けと共に峠を越え、伏兵となる。
そして武田の裏をかいたと意気上がり、峠を越える長時を打ち据える!
これが仕立て直しの策、どうじゃ 面白かろ」(図2)
図2:
えー中の人です。
戦いは力のぶつかり合い のイメージが強いですが、実際は相手の弱点を突いたり、罠に嵌めたりと、化かし合いも付いて回ります。
原虎胤さんが仕掛けたのは情報戦の一種、ディスインフォメーション(偽情報)を使用した心理戦ですね。
さて 現代の日本人は、国を挙げてのオレオレ詐欺撲滅の取り組みとかを見ても、騙す行為に対し非常に潔癖と言えます。
詐欺(知能犯)に対する世間の評価?を見ると、欧米ではダークヒーローですが、日本では程度の差はあれど卑怯な悪人とされます。
まぁ鼠小僧やルパン三世に繋がる、義賊礼賛の流れはありますが、ルパンが欧米基準の “お宝いただいて大成功~” で終わる話は少ないですよね?
“おいらのポッケにゃ大きすぎらぁ” (カリオストロの城より)がカッコいいとされ、騙しはフォーカスされません。
つまり、ルパンといえども 騙して盗むのは悪人となってしまうのです。
これは 皆さんも言い聞かされて育った “嘘つきは泥棒の始まり” という教えが活きているからと思われます。
ところが、日本人の高いと言われる民度を支える素晴らしいこの教え、広まったのは割と最近からなのです。
柳田國男という明治の民俗学者の記述に “近世になり「嘘つきは泥棒の始まり」というウソを悪事と見なす風潮が始まった” とありまして、江戸までは化かし合いがデフォであったのかもしれませんね。
話を戻して虎胤さんの仕掛けですが、対戦相手の心理状態、判断基準の把握、そして周囲の状況から利用できる情報のセレクト&絶妙な偽情報のチョイ足し と相当高度な心理戦です。
特に駒井政武が準備した 高遠を釣る為の生餌、諏訪頼重を、小笠原を誘い出す撒き餌に使うと言う、他人の褌作戦。省エネでステキ。
これがスルっと出来るのは、常日頃からの人物観察、分析を怠らず、常に嵌め手を考えているからでしょう…
個人的には余りお近づきにはなりたくないですね…
以上、戦国雑記帳でした。
―――――――――
小笠原長時は焦っていた。
信濃守護、小笠原家当主として勝ち戦を得なければいけないのだ。
忌々しくも諏訪を手にしたのは甲斐の武田晴信だ。
晴信は自分より遥か歳下のくせに、無法にも父である信虎を追い出し、国を乗っ取ったのだ。
それに引き換え自分は正当に家督を譲られた、正しき当主である。
長らく一族の間で争いごとが絶えず、分裂した小笠原を、力で手懐け 統一した父 長棟から引き継いだ名門 小笠原家は、諏訪も含めて信州を治めるべき家である。
また自分は、小笠原流弓馬術の宗家であり、戦場に出れば武田如きに弓で負ける筈が無かった。
なのに、家臣は長時を子供扱いし、一挙手一投足を先代と比較し、意見して来る。
我慢ならない態度である。
そんな彼らを従がわせるには、何が何でも勝たねばならないのだ。
此度の戦は高遠の誘いから始まった。
長時から見れば高遠頼継如きは諏訪頼重の下、諏訪を盗ろうなど分不相応と思うが、目障りな武田も一緒に叩くと聞き、やる気になった。
それに上州上杉も引っ張り出せば、勝ちは確かに見えた。
高遠の誘いに乗り、四沢川辺りで様子を見ていたが、2日に1回はあった高遠からの使いがパタリと来なくなった。
上杉の音信も途絶えた。
何かがあったのは確かだろうが、ここで弱気になる訳にはいかなかった。
今回の出陣に反対していた大半の家臣の蔑む顔が予想できたから。
そんな時、自分が取り立てた忠臣 水竹が、耳よりな話を聞きつけて来た。
諏訪頼重が高遠相手に下諏訪に向かったと言うのだ。それも小勢と言う。
直ぐにでも峠を越えて頼重を虜にすれば愉快であろう。
小笠原勢だけで動くか、上杉の動きを待つべきか、悩んだが、まごまごしては頼重を取り逃がしてしまう。
一番の重臣、神田将監に塩尻峠を押さえる先陣を命じ、行軍の下知を出そうとした所、将監からの報告が届いた。
塩尻峠を原虎胤に取られたと言うのだ。
流石は鬼美濃。諏訪頼重を守る手を打って居る…
だが待てよ…諏訪への口は他にもある。
直ぐに水竹を勝弦峠口の斥候に向かわせる。
待つこと一刻、斥候からの勝弦峠に敵影無しの報告に、小笠原軍は勝弦峠に向かった。
稀代の戦人、原虎胤の描いた通りに 嵌め手に掛かった小笠原軍は、狭い山道の前後を抑えられていた。
原軍の法螺貝に虚を突かれ、身構える間も無く、矢が叢雨の様に一気に降り注ぐ。
混乱に陥った隊列に長巻を手にした一団が襲い掛かり、疾風の様に去って行った。
その後にまた矢の驟雨。
逃れようとして崖から落ちる者も多く、小笠原軍は大打撃を被った。
智謀に優れ、弓の名手でもある神田将監が塩尻峠から戻り、勝弦峠に追い付いた時には既に勝敗は決し、長時自身も手傷を負い、退却するのが精一杯の状態であった。
原虎胤は長時を深追いしなかった。
勝を確認すると、至福の笑みを浮かべ、勝弦峠を越え、塩尻峠に寄る事もなく、甲斐へ引き上げて行った。
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教来石景政は待っていた。
塩尻峠に陣を張って既に4日、勝弦峠で小笠原軍壊滅の戦いがあった事も知らず、味方からの連絡を、そして敵の影をただ 待っているのだ。
深志側から数台の荷駄がのんびりと上がって来るのが見えた。
小笠原が陣を立てていれば商人が通る事は まず無い。 どういう事だ?
景政はジリジリと荷駄が登って来るのを待った。
そして目の前を通る荷駄の持ち主らしい男に尋問する。
「麓は如何なっておる?小笠原の軍勢は見なかったか?」
「へぇ、兵は居りませんなぁ。あぁ小笠原様でしたら どこぞで討たれたとの噂で…お城に籠っておいでの様ですじゃ…」
「な!なんじゃと?…誰と戦ったのじゃ!」
…憮然と天を仰ぐ。そして一言。
「誰でもいいから かかってこいや!!」
第22話・そして、至福の人と雌伏の人 完




