第21話・疑の人 義の人
祇園精舎の鐘の音は、擬音か玉音か?
何言ってるがわかんねーぞ!
取り敢えず真田リクルートの最後を飾る決断と行動、見届けて下さい!
戦国奇聞! 第21話・疑の人 義の人
中畑美月の熱き想いに真田幸綱は武田陣営となる決断をしたのだが、それで佐久方面上杉軍の進軍が止まった訳では無い。
上杉軍を止めるには、具体的な邪魔建てが必要である。
山本勘助から依頼された足止は、5日から7日の遅延である。
その間に伊那方面の高遠軍を撃退するので、その情報が伝われば、上杉軍は単独戦闘を嫌い、撤退するとの読みであった。
その程度の足止めであれば、進軍計画を知り、佐久地方の土地勘が豊富な真田一党であれば、簡単な工作である。
進軍路に当たる山道などの隘路に倒木を放置したり、穴を掘ったり、 崖崩れを演出したり、最小の作業で最大の嫌がらせが可能と思われた。
しかし、真田には、色々と面倒事が残っている。
幸綱は軍事行動中に所属陣営を変えるのだ。
現在の会社員の転職、タレントの事務所移籍とは訳が違うのである。
平時ならいざ知らず、これは出奔(敵前逃亡)と見なされ、軍律違反、重大な裏切り行為である。
まぁ、現在でも重役クラスのヘッドハンティング、売れっ子タレントの引き抜き などは、裏は修羅場と聞くが…修羅場のレベルが違うのである。
現在、真田幸綱および真田家臣の家族は上杉陣営(長野業正)の世話になっている。
世話になると言う事は人質に取られているという事でもあり、裏切り者の縁者は殺されたり売られたり、ヒドイ目に合うのが当然であった。
幸綱ら真田一党は、武田移籍がバレないうちに、遠く離れた箕輪城にいる家族を逃がすという、かなり難易度の高いミッションをこなさなければならない。
上杉本隊は計画では数日前に箕輪城を出ている。 遅くとも 数日でここ志賀城に到着する。
真田幸綱がすぐに使える人員は、幸綱と共に従軍している真田党と、影のように同行している忍びだが、全てを合わせても10名足らず。
足止工作と家族脱出工作の両方を行うには、使える日数も人数も足りないのだ。
腕を組み あれこれ考えを巡らしていた幸綱がチラと勘助を見、問いかけた。
「山本殿、我らと動ける武田勢は如何ほど居られるのかな?」
「敵地であるゆえ、大勢は居らぬが…」
勘助は横に居る十郎兵衛に目線を送り、潜入している透波の数を訊ねる。
「十郎兵衛殿、使える人数は?」
「…三人が程」
幸綱はオモイッキリ 疑いの目で十郎兵衛を見る。
「…十郎兵衛殿、そんな訳あるまい? 我が手の調べでも片手は居った筈…」
勘助もジト目で十郎兵衛を見ながらクレームを入れる。
「十郎兵衛殿、真田殿はお味方ぞ。 詰まらぬ細工は無用に願う」
「…すまぬ。 五人じゃ」
俯く十郎兵衛。
ほーら五人だ! と勝ち誇る幸綱。
だが、本筋を思い出し
「えー!本当に五人だけ?…この真田のみで邪魔建てさせる考えで御座ったのか?」
「…その、こちらも時が無く、なんとか用意できたのが この人数であった…」
「…」
気まずい沈黙の中、お互い見つめ合う武田と真田。
幸綱がボソボソとしゃべり出す。
「…先ほどは美月殿の言葉に心動き、武田に与すると申したが、よくよく考えれば、今動くは我らのみの損となり申す。
残念ながら、今回のお話し…」
「わー待たれよ真田殿! 暫し、しばし!」.
勘助が慌てて幸綱の言葉を遮り、美月、十郎兵衛を手招きで呼び集め、幸綱に背を向ける様に顔を寄せ、作戦会議を初める。 (いつもこんな事している気がするが…)
「真田殿の申す事、尤もじゃ。十郎兵衛殿、手勢はもっと用意できんのか? 」
「今から国許に要請すれば、五日後には手勢が揃うが…」
「間に合わぬわ…美月、お主のお告げでは真田殿はどうなるのじゃ?それなりの目算があっての調略であろう?」
「えー!それは…幸綱様は活躍する事間違いなし だけど、周りの人達の事は、よく覚えていないなぁ…」
「なんと、薄情な…」
二人があてに成らないと踏んだ勘助は、正攻法で立ち向かう事にした。
つまり、敵を知る事である。 (…え、今から?)
勘助がクルっと幸綱に顔を回し、呼びかけた
「真田殿!ちと お尋ね申すが、ご家族は何処の何方の元に御出でかな?」
「箕輪城主、長野業正様の元に居り申す」
「合点!
…で、我は会った事がないのじゃが、長野業正とはどの様な御仁であろうか…」
「…」
幸綱は“それを今聞くか?” と かなり不安になりながらも、自分と業正の関係を語り始めた。
「我らは村上勢に城奪われ、多くの者を失い 命からがら山を越えた。
身一つで箕輪城にたどり着いた我らを業正様は何も聞かず、受け入れて下さった。
我らの傷から衣・食・住の手当、それに武具馬具の戦支度 全て用意下さり、限りない後押しをいただいておる。
この戦も海野や真田の為の物。ご自分の利は何も無いにも関わらず、真っ先に立ち上がって下さった。
実を申さば、その業正様に邪魔建てするは、人として申し訳ない…
やはり、今回のお話しは無かった…」
「わー真田殿! 今暫く待たれよ、今暫し!」
幸綱が口を開くたびに、話が無かった方向へ行くので焦る勘助。
早急にどうにかしなければならない。どうする勘助…
その時、勘助の横で美月が立ち上がり、素っ頓狂な声を上げた。
「アー!思い出したぁ~」
その場にいた全員が美月を見るが、美月は頷きながらニコニコ笑うだけである。
「…って、何なんじゃ、美月! 皆が待って居る、何を思い出したのじゃ!」
「えっと、思い出したのは長野業正さんの事~」
「勿体付けるな、もそっと詳しく話さんか」
「…はい、えーと長野さんは良い人です!…」
「…」
沈黙を破ったのは幸綱であった。
「うん、知って居る」
残りの者は、ズッコケた。 吉本か!
「美月! 頼むで、判る様に話せ」
「だから、長野業正さんは正義の人なんですよ。
幸綱様が武田に付く理由、長野さんへの感謝の気持ちを、正直に話せば 判ってくれるんですよ。
真田のご家族も気持ちよく、送り出してくれますって!」
十郎兵衛が たぶん、その場に居た美月以外の気持ちを口にした。
「…いやいや、その様な 都合の良い話があろうか?真田殿を引き留める為でも、もう少し まともな嘘を…」
「えっ、本当ですって、嘘なんてついていません!思い出したんです!」
嘘つき呼ばわりされ、美月は見る間にむくれて来る。
別に取り成す訳ではないが、業正の人となりを知る幸綱は、“あるかもしれない”と思い、美月に確認を入れる。
「美月殿は“思い出した”と申されたが、業正様にお目通りされた事が御在りか?」
「いえ、マンガで…万が一にも私如きが、お目通りは出来ませんが…お告げです。幸綱様はお信じに成らないかもしれませんが、お告げで見たのを思い出したんです!だから、確かです!」
顎を上げ、宣言したその表情は、神が降りた巫女であった。
幸綱は迷った。
武田に魅力を感じているのは確かである。
箕輪城の家族が危険な事も事実である。
長野業正が話せば判ってくれそうなのも、在りそうである。
この美月と言う巫女も怪しげと言えば、怪しげである。
どっちの道を選んでも後悔しそうで、弱気になりかけた時、幸綱の後ろから重い声が響いた。
甘利信忠である。 (…そういえば君も居たのだね)
「某も長野業正は義の人であると、御屋形様から聞き及んでおる。
今回の話、どちらに転んでも真田殿にご無理を強いて居る。
ここは長野業正殿へ下駄を預けては如何か?
この信忠と勘助が同道いたし、真田殿が思い、包み隠さず業正殿にお話しになされるが宜しかろう。
許さぬと申されれば、信忠と勘助の首を取れば良し、許すと申されれば、ご家族も悪い様にはされぬであろう。
“人の心をつかめる者は、敵を消滅できる。古来、兵は戦を好まぬ”と諸葛孔明も申しておる」 (ほぉ、信忠かっこよ)
予期せぬ方向から、感動のフィナーレを迎え、対上杉軍への方針が決定した。
謀で世を渡る勘助たちが、長野さん(義の人)に正面から謀無しで、“真田さんを下さい”と頭を下げて頼んでみよう と言う事である。
一見、成功率の低そうな作戦であるが、勘助は美月のお告げ(歴史的事実)を信じ、甘利信忠は彼も義の人なので、失敗したら腹切れば良い との割り切りで、真田幸綱と共に上杉本隊に向け、出立した。
蛇足であるが、美月はこれ以上の旅は無理!との事で、海野口宿に戻り、透波の護衛付き待機。
十郎兵衛は万が一 上杉足止め失敗に備え、防衛線構築の指令書を携え甲斐へ戻った。
―――――――――
真田幸綱は上杉本隊の中継地である西牧砦へ向かった。
こちらの都合で裏切るのである。 出向くのが礼儀との思いであった。
市野萱川沿いの西牧砦は、前線基地の志賀城から早馬を使えば5~6時間の行程である。
待っていても数日後には本隊が到着すると言うのに、何を急ぐか?と訝る前線の責任者には“戸石城辺りの村上の動きが怪しい”と 口から出まかせで煙に巻き、本隊の下知を仰ぐと言い置き、眼帯髭面オヤジの山本勘助、生きた威圧感の甘利信忠を引き連れ、長野業正の元へ急いだのである。
西牧砦では戦を前に馬を飛ばし戻って来た真田幸綱を“何事か”と向かい入れたが、各部隊の長は行軍の準備で出払っており、陣中では長野業正と 砦の持ち主 西牧信道の二人が真田一行を出迎えた。
西牧信道は長身で大髭を蓄えているが、幸綱より若い様だ。
目がクリっとしており、憎めない雰囲気の武者である。
長野業正は50過ぎで、鬢と髭に白い物が目立つが、がっしりとした体躯である。
表情は穏やかだが、眼光は鋭く、歴戦の武将と判る。
幸綱が連れて来た勘助と信忠は、戦人がアラームを鳴らすのに充分な気を含んでいる。
が、長野業正は警戒しつつも穏やかなで調子で幸綱に声をかけた。
「幸綱殿、見慣れる御仁をお連れだが、如何されたかな?」
「この様な時期に突然にお訪ねいたし、申し訳ございません。
が、どうしても業正様に告げねばならぬ事が出来いたしましたゆえ、罷り越しました。
これなる方は山本勘助殿、そして甘利信忠殿に御座います」
勘助と信忠は無言で頭を下げた。
長野業正は ん? と片方の眉を上げ
「…甘利と言えば、甲斐にその様な一族が居ったと思うたが…」
信忠は長野業正を正面から見据え、再度 会釈し
「お初にお目通り致します。某、武田家家老 甘利虎泰が子、甘利信忠と申す」
突然、目の前に敵重臣の子が現れた!
同席していた西牧信道は飛び上がり、RPGの勇者の様に、戦闘モードに突入しようと動いた。
「信道殿!お静かに」
長野業正の声に西牧信道は恐る恐る、元の場所に腰を下ろす。
穏やかな調子を崩さず、業正が言葉を続けた。
「甘利殿…良い面構えじゃ。 お初にお目にかかる。儂が長野業正じゃ。
したが幸綱殿、武田と戦を始めようという時に、どういう了見じゃ?何を企んで居る?」
「企みでは御座りませぬ。
此度、真田一族は武田に与したく存じます。したが、大恩ある業正様にご挨拶も無く去るは武士として情けなく、お許しいただきたく、罷り越した次第」
幸綱が長野業正に平伏し、思いを述べる。
「…なんと、裏切りの報告に参ったと!
愚かな事を…豪胆と申すか、浅はかと申すか…この業正が大人しく話を聞くと思うて居るのか?」
「は、愚かと申されればその通り。
この真田の想いをお聞きいただいたが上で、手打ちとされるならば、恨みはいたしませぬ。
ここに居ります者、三人が首 差出しまする」
長野業正は呆れたような顔をしたが、頷きながら答えた。
「…そこまで覚悟を決めたのであれば、武士の情けじゃ。 聞いて進ぜよう」
「有難き哉。
まず、真田の荘を追われた元凶、武田に付くなど、気が触れたとお思いでしょう。
確かに武田信虎は不倶戴天の仇敵。
されど、武田は代が替り、新たな当主となった由。
その晴信様が真田の荘をお返し下さると申された。
幸綱はこの方に明りを見ました」
「暫く。
武田の新代は親の信虎を追い出し、妹婿の諏訪頼重を幽閉しておるのじゃろ。
その様な者の言、信じるに値するか?」
山を幾つも超えた遠国には判りやすい出来事だけが伝わるのである。
晴信の真意は伝わるべくもない。
「あいやしばらく!
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや!」 (※1)
今まで無言で佇んでいた勘助が、たまらず声を上げた。
※1:司馬遷が編集した『史記』の中の陳勝のエピソードから生まれた言葉。
詳しくは各自でお調べください。
「うん?この業正を雀と申すか。
…そう言えば、どなたで御座ったかな?」
長野業正が初めて気が付いた様に勘助を眺め、声を掛けた。
「山本勘助と申す。御屋形様の軍師を任されて居り申す」
「ほ!これは大物が御座ったわ」
突然、目の前に敵の軍師が現れた!
同席していた西牧信道は飛び上がり、RPGの勇者の様に、戦闘モードに…
「信道殿!お静かに!座りなされ…
さて山本殿、その軍師がなぜ、この様な所に居わす?」
「武田の、…晴信様の行いに嘘が無い事を申し上げる為で御座る!」
「はは、武田に嘘が無いとな? 可笑しき事を…
ならば晴信が真とは何ぞ!」
「人を活かす事 也!
この戦国、出し抜き 裏切り 二枚舌が満ちて御座る。
己の欲の為に人を殺めるが武勇と言われる世を、止めようとされて居るが晴信様じゃ!
それが証拠に信虎様も頼重様も命は取らず、別の道で活かされて居り申す。
志を知ろうとせぬは、燕雀 也!」
勘助は長野業正を睨み、気を吐いた。
聞き終わった業正はニヤッと笑い
「嘘も付けぬ者が国主なぞ勤まるか!
幸綱殿も本音はどうじゃ?武田の言葉を信じて居るのか?」
流石、海千山千の御仁である。
綺麗事だけで納得する様な武将ではない。
それを思い出した幸綱、長野業正と同じような不敵な笑みを浮かべて答えた。
「ははは、業正様には全てをお見通しの様ですな。
包み隠さず申さば、武田晴信 に興味が御座った。
彼を知ったは、海野が怪事の付き始め、海ノ口城攻めで御座る。
晴信が海ノ口城を落とした策は、某が上の者に忠告していた策で御座った。
つまり、目の付け所が我と同じ。
これは中々の者と思うたので御座る。
それと…海野本家は某が意見は聞く耳を持ちませぬ。
それを武田は重く用いると御朱印まで出して下さる。
ならば、武田であれば己の才覚、試せるやも知れぬ、と考えた次第」
長野業正は次に表情を変えず、勘助を見る。
「ならば、こちらも本音をば…
今の上杉は信濃が事は二の次。真田殿はこのまま上杉に付いて居られても、飼い殺し。
真田殿はこの様な小さき戦で埋もれさすには惜しい方ゆえ、こちらにお譲り戴きたい」
二人の本音を聞いた長野業正は大口を開き、笑った。
「いや、清々しき哉。
確かにこのままでは真田殿の本懐、いつ遂げられるやら。
よし!この業正、真田殿の思い得心いたした。
元よりこの戦、高遠に乗じ武田を懲らしめるつもりの物、その意味が無くなった」
長野業正の横で 皆のやり取りを固唾を飲んで見ていた西牧信道は飛び上がった。
(よく飛び上がる人だ…)
「業正様、ここで戦をお止めになるのですか!? それはぁ、色々とぉ、面倒では…」
「此度の戦は進むも止めるも、憲政様よりこの業正が任されて居る。どうと言う事もあるまい」
「しかし、高遠、小笠原には如何様に…」
「うむ、気が変わったで止めた では不義理を致す事となるな…」
二人の言葉を聞いていた勘助が情報と予想を伝える。
「長野様、高遠は武田が蹴散らしておりますゆえ、遠からず敗走いたしたとの報が届く筈…
また、小笠原は上杉方の尻に付き、攻め入る気で御座ろう程に、とやかくは申せぬか と…」
「はは、武田が軍師は 大した自信じゃな。
したが高遠が退いたとなれば、我らが戻っても不義理とならぬも道理。
…よし、高遠が動き、軍師の申す通りであるか、この地にて見守るとしよう」
長野業正の決定に西牧信道はニッコリ笑い、大きく頷いている。
「それが宜しかろう。 実を申さば、我が西牧と小笠原は以前より因縁の仲。
上杉様の言付ゆえ合力いたしたが、本意では非ず。
この地にて様子見であれば、心より同意致しますぞ!」 (※2)
※2:西牧氏と小笠原氏とは100年以上前から折り合いが悪く、数代に渡り嫌がらせし合っている様である。
昨日の友は今日の敵、逆もまた真。 化かし合いが続く世の中である。
何が有ったか知らないが、西牧信道の言葉に 先程迄、本音をぶつけた移籍交渉を行っていた全員が、微妙な表情となった。
第21話・疑の人 義の人 完




