第18話・邀撃発動
愈々勘助の頭脳が唸りを上げるぞ!
むさ苦しい親戚の叔父さんでは無い所を見せてくれ!
読者の皆さまに置かれましては、面倒臭い作戦説明に唸らないで下さいませ…
戦国奇聞! 第18話・邀撃発動
さて 信濃大変に対する基本方針は決した武田家であったが、個別の行動計画はスカスカであった。
もっとも、通信手段が限定されるこの時代では、『実効性』の高い 細かな計画を立てても補正が効かず、『実行性』が危ぶまれた。
カッコ良く言ってみたが、何のことやら伝わっていない気がする…
判りやすく言えば “ごちゃごちゃ決めても、行ってみなけりゃ判らないし、計画の修正は伝わらないから、ザックリした事だけ決めて行ってみよー” と言う事である。
なにしろ軍師の大きな仕事の一つが、開戦の時期、方角を占いで決める事なのだ。
占いの卦ひとつで 出発時間と方角が違ってくるのであるから、綿密な行動計画を立てるだけ無駄である。
しかし、我等が軍師、山本勘助は生まれ変わったのだ!
占いに頼らない、科学的、合理的なシミュレーションを重視する、新しき軍師である。
きっかけは、息子と言っても差し支えない歳の少年。 ミリタリーオタクの春日昌人であった。
それまで漠然としか認識されていなかった、地形による防御効果や騎馬隊、槍隊など兵科による攻撃力の違い、朝晩の時刻による移動速度の変化、そして補給の重要性。
それらを数値化し、兵棋演習盤上で仮説検証を繰り返し、適切な運用を導き出す術を体得したのであった。
今では、敵将をプロファイリングしての心理戦や、合理的複合的な戦術を駆使し、多様な戦いを描ける、次世代軍師の誕生である。
…であるが、今回は高遠の伊那方面、小笠原の深志(松本)方面、上杉の佐久方面と対処地点が離れており、通信がネック。
連携が難しいのである。
と言うことで、次世代軍師殿は超多忙である。
各方面の作戦意図、達成目標、達成時期そして失敗時の撤退方針まで策定し、司令官に納得させなければならない。
また、お互いの連絡手段が無い作戦では、連携が破綻した場合の後詰発動条件まで、事前に取り決めておく必要もあった。
マネージメント項目を増やすと必然的に作業量が増え、コスト増を招く…いつの時代も悩まされる命題ではある…
――――――――――――
城西屋敷の第一教室である。
ここが緊急の作戦司令室となった。
躑躅ヶ崎館で陣立て発表のセレモニーを行った流れで、3方面の司令官、副官を招集したのだが、なんやかんやで20名を超す人数となったので、大きな第一教室が使用されたのだ。
庭に面した戸が開け放たれ、外の光が差し込む明るい部屋の中央には、板垣衆が手際良く 6枚ほどの畳を敷き、その上に大きな美濃紙のヘックスシートが並べられ、想定戦場が作られていた。(図1)
図1:
ヘックスシートの周りには 伊那方面の高遠を受け持つ 駒井政武、板垣信方、秋山新左衛門と各副官2名の計9名。
深志(松本)方面で小笠原担当の教来石景政を筆頭に武川衆3名と、原虎胤の副官2名で計5名。
…虎胤本人は顔を出さない所が喰えぬオヤジではある。
佐久方面で上杉担当は山本勘助、中畑美月、 計2名 で、方面司令関係は16名。
これに本陣である 武田晴信、一門衆の武田信繁と傍衆の護衛・甘利信忠、奥近習と思われる見慣れぬ男の 4名で総勢20名。
そして事務局の城西衆の春日昌人、鷹羽大輔、古澤亮等が加わり、密である。
座ると盤面が見えないので 御屋形様を初め、全員が立ち会議で誰かの開始の声を待っていた。
そこに春日昌人が1間(1.8m)はあろうかと言う指揮棒を運び込み、恭しく山本勘助に手渡す。
いつにも増してワイルドな笑みを浮かべ、指揮棒を受け取った勘助が、室内を見渡し 声をあげた。
「皆々様、此度の戦、要は疾さで御座る。
そして次に重要なるはこちらの動きを悟られぬ様、先手を取る事。…御敵が我等に気付いた時は既に遅し、一気呵成に討ち果たすべし!
ここに居わす者共にて三方が敵を追い散らすさまを、御屋形様にご覧いただくのじゃ。
まずは、板垣様、駒井様!」
「おう!」
板垣信方が吠える。
「板垣衆には飛丸を携え、杖突峠を越えていただきますが、宜しいかな?」
「心配無用じゃ勘助。 何時如何なる刻にも使える様、日頃から鍛錬しておる。
…じゃが勘助、本当に高遠勢は杖突街道を来るのか? 三千が軍勢、天竜川沿いに動かすが容易であろうが」
「否、その経路は楽ではありますが三十里に近く、長く御座る。杖突街道なれば十五里が程で三日で着き申す。高遠も奇襲を狙うておるのであれば、こちらを選びましょう」
高遠討伐軍 軍監、駒井政武が言葉を被せた。
「それに、天竜川沿いに下諏訪に出たのでは小笠原勢との合流となります。そうなれば小笠原長時が信濃守護の身分を笠に着て、高遠に下知を出すは必定。
大将高遠頼宗もそれを知るだけに天竜川は避け、杖突街道で間違いないかと」
彼の情勢分析も杖突街道ルートを裏打ちしている様だ。
「ところで軍師殿、我に ちと、策があるのじゃが…」
「ほほぉ、知恵者で名高い駒井殿の策とは、興味深き物。なんで御座るかな?」
駒井が思いついたという風に意見具申し、勘助が興味津々の顔で訊ねる。(事前打ち合わせしてるな…)
「勇猛果敢で名高き板垣衆、それに飛丸があれば、よもや 負ける事はあるまいと存ずるが、高遠勢を逃さぬ策として諏訪衆の助けを借りては如何かと」
「ほほぉ、しかし諏訪には頼重様近侍程度しか兵は居らんのでは?」
「兵の力が当てでは御座らん。 諏訪大祝が討伐に出れば、高遠勢は背を向けられぬ。また、他国の者には諏訪家の身内争いとする事が出来、手出し無用と言えましょう」
「成程成程。流石は知恵者。しかし頼重様は御屋形様の義兄弟、また板垣信方様預かりの身、この勘助が一存ではのう…」
と、板垣信方&晴信に視線を送る。(…確信犯だな)
「ふふ、政武か勘助どちらの知恵か問わぬが、虎王丸を担ぐよりは面白き思いつきじゃ。
だが、近侍のみで頼重を高遠にぶつけるのは、ちと無慈悲とも思えるの…」
晴信は即答を避け、何やら考えを巡らしている。
「禰々は可愛い妹。妹が泣く姿は見たくありません…兄上、我が手勢が出向きましょう。
諏訪家は武田にとっても身内、その身内争いに一門衆が助勢するは当然が事。
如何でございましょうか?」
声をあげたのは晴信の横に居た武田信繁である。
御屋形様の弟君で見た目 細マッチョの、主役を支える親友ポジの面立ちだ。
晴信の4つ下の年齢で、城西衆の生徒たちと同世代の筈だが、戦国の人間は早熟というか、落ち着いて見える。
追放された先の御屋形、信虎が嫡男である晴信を廃して家督を譲ろうとしていたという話があった程、誰にも才気を感じさせるオーラを持っている。
「おぅそれは名案。信繁隊が加勢であれば、頼重も見栄えが上がるであろう。…板垣の爺、どうじゃ?」
「はは!御屋形様の仰せのままに!」
信繁の追加策で即決である。
「それでは板垣様、駒井様、そして信繁様。戦の攻め刻、退き刻の見極めなど 細々した手筈はこれに書き付けて御座りますので、早速にもご出陣を」
勘助は懐から書付を取り出し、板垣、駒井の副官に手渡した。
「おお…したが勘助、出陣の時刻、方角は如何いたすのじゃ?」
板垣信方は作法に従い、軍師に伺いを入れた。
「準備でき次第、一直線に杖突峠にお向かい下され!
最初に申した通り、この戦、神仏のご加護より疾さが命。ささ、御仕度を!」
こうして次世代軍師の合理的命令が発令されたのである。
――――――――――――
第一教室には、深志(松本)方面 小笠原担当の教来石が顔を紅潮させ、勘助を凝視しながら軍師の命令を今か今かと待っていた。
勘助はというと、ヘックスシートの模様替えを行っている春日と小声で打ち合わせしている。
視線を感じ、ふと顔を上げる勘助、目が合った途端、教来石が叫んだ。
「軍師殿!我が武川衆にお指図を!!」
「わっ!大声を出すでない、敵は逃げぬから…ん、逃げて欲しいのじゃがな…」
「勘助、巧いな、ハハハh…」
教来石と勘助のしょうもないやり取りに晴信がツボったらしい。
作戦司令室が笑いに包まれた。…大半は笑いの沸点の低い御屋形様への忖度であるが。
「吽! 武川衆の方々、改めて小笠原への策を示すので盤をご覧あれ」(図2)
図2:
「小笠原長時が備え、実はそれ程の心配はして居らん。まず小勢であるし、長時は戦下手。
高遠、上杉に戦わせ己は漁夫の利を取ろうとしておるゆえ、我先に攻め込む気など毛頭無いのじゃ…」
「…しかし、我等も精々百人の小勢なれば…」
「うむ、まぁそれはそうじゃが…教来石殿はどう見られるかな?」
「塩尻峠を取られますと厄介かと…」
「左様左様、ならば何とする?」
「先に塩尻峠を押さえた上で、深志からの上り口で横手から一撃し、足を止め…」
「うむ、それで良い。後は虎胤様と受け持ちを分けていただければ、十分で御座ろう。
これが書付じゃ」
勘助が武川衆、原衆にも書付を渡す。
“では、早速”と 退室しようとする教来石に、晴信が思い出した様に情報を伝えた。
「おうそうじゃ、景政。深志には“上杉憲政は病の様じゃ”と、噂を広めて居る最中じゃ。
長時の耳に入れば進軍の足も鈍るじゃろう。まぁ余り期待はせずに、使える物なら使ってくれ」
「!ありがとう存じます。では、これにて」
教来石は礼を言って去って行った。
――――――――――――
第一教室には本陣と城西衆だけが残っていた。
周りに余計な(城西衆の素性を知らぬ)人物が居なくなった所で、晴信が美月に声を掛けた。
「さて美月、人も少なくなったゆえ、緩りと話しが出来るの…」
勘助が晴信の後ろに控える見慣れぬ人物を見ながら割って入る。
中肉中背で特徴の無い顔立ち、柔和な表情だが、印象には残らない人物である。
「…御屋形様、その前にこちらの方は?」
「ん、これは十郎兵衛じゃ。心配は要らぬ、城西衆が事は承知の者じゃ。
…あの、なんじゃったか、“ぺっとぼとる”とか申す物を最初に拾ったのも十郎兵衛じゃ」
勘助は無言で頷きながら、核心を確認する。
「では、城西衆が事は?」
「言うて居ろうが、みな知って居る。
その上で秘密が漏れぬ様、色々と手を打って居るのじゃ。
…城西衆が乗って居った大きな車、今はどうなって居るか知らぬであろう。
嵩が大きく動かせぬゆえ、この十郎兵衛が城西神官、巫女の本社として 車を包む社を建てての、他国の者からは目隠しし、賽銭を取りつつ 近くの村の者に守りをさせて居る」
勘助は無言で頭を下げた。
「さて、改めて美月、此度は真田とやらの調略を買って出たそうじゃな。
国の一大事なるがゆえ、敢えて問うが その自信、巫女の霊力なるか、未来の知恵なるか?」
中畑は一番の行動原理“推しへの接近本能”と 即答しようとしたが、辛うじて言葉を呑んだ。
さすがにオタクを長年やっていると、言って良い事といけない事の分別が付くのである。
そして言葉を選びながら晴信へ答えた。
「両方です。真田幸綱の名を知っているのは未来の知恵。
しかし彼がこちらの世でも同じ能力を持っているか、ハッキリとした確証はありません。
ただ、この者を味方にするべきだと、頭の中、心の内で声がするのです。
…私は自分の心の声を信じます」
ずっと黙していた晴信の側近&護衛の甘利信忠が目を細め、呟いた。
「随分とあやふやな…その様な者にお家の大事を託せましょうや」
中畑はその言葉に唇を噛むが、迷いは無い。
晴信に向かい言葉を繋いだ。
「御屋形様にお尋ねします。
楯無の大鎧を残された、甲斐武田家の祖 新羅三郎義光公に会えると言われたら、如何なさいますか?」
「…それは、面白き哉。しかし恐ろしくもあるな。
我が家の神とも思える方の言葉、聞きたくあるが、我が事をお認め下さるか…」
「そうなのです!同じ思いなのです。真田がスーパーな武将なのは間違い無いのです!
受け入れられないかもしれませんが、リクルートすべきなのです!
不安はありますが、この様なチャンス、二度と無いかもしれません!
だから、行くしか無いのです!!」
晴信には理解できない言葉が多かったが、エモい状況とか決意とか、問答無用だとかは理解できた。
「うむ、美月が想いは得心致した。…信忠、為せばなる、為さねば成らぬ じゃ。
さて、美月が熱き心を知ったからには、武田としても後押しせねばなるまい。
…して 勘助、真田幸綱は見つかったのか?」
「手の者からは、その名の者が上杉陣中に居る事は判り申したが、まだ 確とは見つかっておりませぬ」
「左様か、なれば十郎兵衛、上杉が陣に潜り、件の者 探し出し、手筈を付けよ。
それから…勘助、我が朱印状を与えるゆえ、美月と共に存分に調略して参れ」
勘助は晴信の下知に頭を下げながらも、不明点を確認する事は怠らない。
「この上ない後押し、有難き事。…ところで、十郎兵衛様は上杉と係りをお持ちなので?」
「そうじゃな、それを知らねば不安であろうな…
十郎兵衛は横目衆の一人ではあるが透波を束ねて居る。
これは家中でも知る者は限られる事ゆえ、他言無用ぞ」
晴信の説明に十郎兵衛は表情を動かさず頭を下げたが、勘助は息を呑んだ。
かるーく紹介されたが、判りやすく言えば、忍者の元締め、今風に言えば国家公安委員長兼、内閣調査室長となる。
そんな人物に敵陣潜入を命じ、調略の最終兵器とも言える 朱印状=白紙委任状を発行するのである。
これ以上のサポートは無いであろう。
が、今一つ十郎兵衛の偉さを理解していない中畑が、業者の課長さんに頼む様な感覚でしゃべり掛けた。
「えーと、十郎兵衛さん、いい物を預けますので、真田幸綱様にお会いした際にお見せください。
これを見れば、こちらの意図が伝わります」
と、普段から持ち歩いていたと思わる“六文銭ストラップ”と“旧領安堵”と書かれた半紙を手渡した。
十郎兵衛は渡された品を暫し見つめたが、表情を変えず頷くと懐に収め、部屋を出て行った。
「それでは、我等も早速 出立いたします。美月、馬を飛ばすぞ!」
行動に移るべく、晴信へ一礼しその場を去る勘助と美月。
唸りを上げて、武田軍が動き出したのであった。
――――――――――――
蛇足となるが、カッコよくその場を去った直後、中畑美月は馬に乗れない事が発覚し、ひと悶着起きた件をお伝えしておこう。
「終わった…綿密な作戦計画が、予期せぬ事で 終わった…」
と、この世の終わりを嘆く勘助を救ったのは、またしても武田晴信であった。
「信忠!美月を抱えて馬駆けよ。 ついでに護衛も命じるゆえ、共に行け!」
多少の軋みを交えつつ、今度こそ唸りを上げて、武田軍が動き出すのであった。
第18話・邀撃発動 完




