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第17話・信濃大変(いろんな意味で)

想定外の事案が出ると、まぁ大抵紛糾しますね。

疲れますねぇ。ヤダヤダ…

正解なんて判る訳ない場合は、思考停止させない様

興味本位で進めりゃ良いんです!

と、いうお話です、今回は。

戦国奇聞!(せんごくキブン!) 第17話・信濃大変(いろんな意味で)


 城西屋敷の応接室である。

 眼帯髭面のパワフルおじさんで売っている、山本勘助がガックリと座っている。

 隣にはいつも沈着冷静、現代なら絶対メガネのフレームをちょっと上げるキャラの駒井政武も、かなりお疲れの様子で、俯いて眉間を揉んでいる。

 そしてその隣にはゴリマッチョ、教来石景政がムッとし、肩を怒らせて座っている。

 誰が見ても“何かあったな…”と判り、触れずに遠ざかるのが正解な雰囲気である。

 そんな応接室の戸がノックされ、中畑美月ののんびりした声がした。


「お待たせしました~、醴酒(あまざけ)が手に入ったので、一緒にいかがですかぁ」


 醴酒(あまざけ)を乗せたお盆を手に、入って来た城西衆教師3名は、室内の雰囲気に動きが止まった。

 勘助ら三人にガンを飛ばされたのである。


「ワーォ、スゴイ目力(めぢから)っすね…とりあえず謝っておきます、スミマセン」

 古澤が反射神経でその場をとりなす。


「否、城西衆の方々には非は御座らぬ。御重役の方々が…大人げないと言うか…大きな声では言えぬが…」

 駒井政武が眉間を揉んでいる指を止め、軽く頭を下げた。

 その駒井の言葉に反応し、教来石が赤ら顔で声を上げた。


「全く、重役の方々は何をなさりたいのか!軍師殿の策に異を唱えるのみで、ご自分のお考えは申されぬ!と、言うより ご自分のお考えなど無いのであろう!!

山本殿も城西衆への言い掛かりは明らかであったものを なぜ、あそこで御引きなされた?!」


 “ワーなんか、巻き込まれたのかなぁ…聞きたくねーなー”と思いながら、古澤と中畑が自分を見ているのを感じ、仕方なく鷹羽が口を開く。


「えーと、どうされたのですか?勘助さん」

「よくぞ聞いて下さった!ご存じではありましょうが、先程まで火急の軍議が御座りましてな。高遠の…否、小笠原…否、信濃と申した方が良いのかの…ともかく、その一大事に御重役は役立たずでありまして…。鷹羽殿お判りであろう!」


 問われた勘助ではなく、感情が止まらなくなっていた教来石が堰を切ったようにしゃべり出す。

 が、“お判りであろう”と言われてもねぇ。


「うーん、教来石殿、判りません…勘助さん、何事ですか?」

「うむ、話せば長く(なごう)なるから手短に言うと、信濃勢との(いくさ)、城西衆も出陣する事となった…」

「…いやいやいや、はしょり過ぎ。それに城西衆が出陣って言われても、オレ達兵力持っていないでしょうが」


 横目で勘助と教来石を見ていた駒井政武がため息を付き、口を開いた。


「私から説明した方が宜しかろう。

高遠が事、及び小笠原、上杉が事、御屋形様ならびに家臣どもに報告致した。

手筈は先日我等が打ち合わせの通り、第一に高遠を討ち、他は足止めとする策と成り申したが…」


 言葉を止め、周りを見渡す駒井政武。 なんの溜めだ…


「問題は陣立てで御座った。

高遠への先陣は板垣衆となり申したが、後陣で揉め申しての…」


 実際の軍議では山本勘助へのやっかみと、それを庇う板垣信方への反発から、板垣信方と甘利虎泰の口喧嘩が勃発し、“諏訪頼重を殺さないから周囲から舐められる”だの、“山本勘助を追放しろ”だのと、大紛糾したのだが、口にするのも恥と思い お茶を濁した。


戦場(いくさば)に近い秋山衆に後詰が下知されたが、高遠勢の数に二の足を踏まれたか、あれやこれや申されての。

それを聞いた板垣殿も腑抜けの秋山衆より鷹羽殿が頼りになると…余計な事を申されて…

売り言葉に買い言葉、秋山殿も飛丸の扱いを知らぬゆえ、城西衆が出るが筋と申されての」

「…筋って言われても。自慢じゃないですが、オレは馬にも乗れないんですよ」


 鷹羽の言葉に教来石は無言で俯き、駒井は鷹羽の目を真っ直ぐに見て

「確かに、自慢では無いな…

まぁ、秋山殿は実際の飛丸をご覧になって居らぬゆえ、致し方無いかもしれぬが。

そうそう、小笠原、上杉への備えでも城西衆の出番との声が挙がって居ったな…

こちらは信濃に詳しい原虎胤(はらとらたね)殿が適任、と軍師殿が御指名であったが、ちょうど折り悪く透波(すっぱ)の知らせが来て…」


 そう言えば、高遠以外の敵兵力は調査中だったな…と思い出した鷹羽が尋ねる。


「小笠原、上杉の軍勢の情報ですよね?何人位だったんですか?」

「小笠原が八百から千二百、上杉が千二百から千八百」

「て事は、高遠が3,000だから、最低で5,000 最大で6,000…え!ヤバいじゃないですか!で、その原さんて人がビビったんですね」

「“矢場居(やばい)”?“美々多(びびた)”?…鷹羽殿の言葉は時折 難しゅう御座るな…」

「あ…敵が多くて原さん逃げ腰?」

「虎胤殿は豪傑ゆえ、敵兵の数などは気になさらぬ。が、先代 信虎様の子飼いであったゆえ、晴信様の下知に素直に従わぬ。

足止めなどの児戯(じぎ)に自分が出るまでもあるまい と、 “諏訪を取られた神官に当たらせよ”とご意見じゃ。

神官殿は人気者で御座る、フウ」


 最後はため息交じりに説明を終える駒井であった。

 表からは窺い知れぬ、晴信と家臣団に距離がある様だ。


「えー?知らなかった…武田家ってバラバラじゃないですか、なんかみんな子供っぽいな…大丈夫なんですか?」

 古澤の言葉は判っていても言ってはいけない“王様はハダカだー”である。

 素直な言葉に駒井たち武田家臣は苦虫を噛む。

 そんな言葉に詰まる彼らを見、勘助が静かに話し出す。


「亮、我等もその武田家の一員なのじゃ。我と城西衆で大丈夫とせねばならぬ時と 心得よ。

まぁ、ここは詰め将棋と同じじゃ、順序を間違わねば勝てる。

高遠が事は、板垣衆がありったけの飛丸と雷玉を持ち 杖突街道で待ち伏せる。

深い谷を走る街道なれば、三千の軍も細く伸びるゆえ、頭を押さえて撃ち込めば、途中の藤沢城に押し寄せるか、黒沢川へ逃げ込むかであろうが、どちらにしても 大軍を動かすには不利。寄せ集めの兵は崩れるに時間は掛からぬ。

…後詰が居れば憂いが消えるが、はて どなたの兵が引き受けて下さるか」

「我こそはーって、言いたいですけど、僕たち 戦えませんし…」

 古澤が小声で呟いた。


「宜しい、手勢は少なく(すくのう)御座るが、我が駒井が兵が後詰を受け持ちましょう」

「これは心強い。駒井殿にお頼みいたそう。

さて、次なるは小笠原、上杉が押さえじゃが…土地柄、海野平(うんのだいら)の事からも村上義清(むらかみよしきよ)に助勢を願うが、正論なれど、信虎様追放が事、そして諏訪頼重が事で この甲斐を疑って(うたごうて)いる由、一歩間違えれば小笠原と糾合しそうじゃ」

「村上は強か(したたか)に御座れば、こちらとしても信用しかねるの…

致し方ない、原虎胤(はらとらたね)殿に頭を下げ、お頼みするよう 御屋形様にお願いするか…」


 勘助、駒井らが重く沈黙する中、意を決した顔で中畑美月が手を挙げる。


「海野平って、信濃小県(しなのちいさがた)尾野山城の事ですよね!」

「…そうじゃが、どうしたのじゃ美月。またぞろ、信濃に親類でも居るのか?」

「きゃー真田幸綱(さなだゆきつな)!」


 中畑美月が叫んだ!

 いつも冷静な駒井が、虚を突かれ、口を開けて中畑美月を見つめている。

 古澤が反射神経で中畑に突っ込む。


「何なになに!誰だれだれ?」

「真田幸綱ですよ!あのサナダですよ! 知らないんですか?」


 全員が首を振るが、横だの縦だの傾げるだの、バラバラである。

 みなポカンとしているので、全員知らないらしい。 

 …読者の皆さまもポカンとしている様なので、一言だけご説明しますと、中畑美月は歴女です。

 そして一番の推しが真田幸綱(さなだゆきつな)なのです!


「あぁ美月、申し訳ないが聞き覚えが無いな、サナダユキツナなる名は…」

 勘助が恐る恐るの感じで口を開き、駒井、教来石も今度は合わせてコクコクと頷く。


「…なにそれ、信じられない。勘助さん軍師でしょ!諸国の情勢を調べてるんでしょ?何で真田幸綱を知らないんですか?」

「あーいや…これは力足らずで御座った…すまぬ」


 こういう時の女性には、取り敢えず謝っておいた方が良い事は、軍師でありオジサンである勘助は理解していた。

 そしてこの流れでは、話を振らなければイケない事を、駒井は知っていた。


「して…巫女殿。その真田殿とは如何なる御仁であろうか? 勉強不足であい済まぬが聞かせていただけるか?」

「もちろん!真田幸綱(さなだゆきつな)海野棟綱(うんのむねつな)の一族で、優れた知力、胆力の持ち主です。

特にその機を見るに敏、臨機応変なる事、余人を許さず。この人物を味方にすれば万夫不当(ばんぷふとう)

今回の小笠原、上杉対策に是非、彼を使いましょう!」


 歴女の面目躍如。

 推しを語らせれば、一息でこれ位が出てしまうのである。

 呆気に取られていた、デカマッチョの教来石がおずおずと尋ねる。


「…それは凄い御仁じゃ、して、その方は何処(いづこ)に居られるのか?」


 答えようとした美月だが、ハタと口ごもる。


「えーと、良く判りませんが…この時期は多分上野(こうずけ)かな…」

「なんと、それでは上杉方ではありませんか!」

「そうなんですが、会って誘えば、必ず味方になります!」

「…それは、お身内なのですか?」

「ヤダーお身内♡、…なりたい♡ えーと、今は身内じゃありませんが、絶対です!」

「…」


 冷静さを取り戻した駒井が美月を見つめ、静かに問い質す。


「巫女殿はその真田幸綱なる者に、お会いになったことが御有りなのでしょうな?」

「えーと、まだ実際には会ったこと無いんですが…」

「ほぉ…では、なぜその様にお詳しいのですか?」

「えーと、それは歴史…じゃ無くて、お告げです!巫女ですから!」

「ほぉ、巫女殿の国でも、お告げが御座るか?」

 駒井政武は城西衆の秘密を知っている。

 未来の時代ではお告げが迷信とされている事も聞いていて、大いに賛同していた。

 疑いの目で見ている駒井に向かい、美月が毅然と言い放った。


「もちろん!ずっと夢で逢っていましたから!確実です。

勘助さん、信濃に私を連れて行ってください。 私が真田幸綱を説得します!」

 その力強さに教来石と勘助は唸った。

 鷹羽は慌てて止めに入る。


「いやいや中畑、落ち着け。戦場に連れていける筈ないだろう?」

「戦場にしない為に行くんです。 諏訪と一緒ですよ。

それに、夢に見ていた推しに会えるんです! ここで行かなくて、いつ行くんですか。

何が有ったとしても“推し活に悔いなし”です!」


 あーダメだ。この目をした時の人間は止められない、と 鷹羽は頭を抱えた。


――――――――――――

 翌日の信濃備えの軍議きんきゅうかんぶかいぎで、陣立てが発表された。

 通常、陣立てや軍略は軍師の口から述べられるのだが、昨日の今日である。

 御旗(みはた)楯無(たてなし)が鎮座している広間で、居並ぶ家臣に向け晴信が発表者となった。


「昨日の皆の忌憚なき意見、よくよく吟味いたした。

成程、と思わせる物もあったが、打つ手を誤ればこの国が危ぶまれる危急の刻(きっきゅうのとき)じゃ。

この晴信が決めた事に一同、力を添えて事に当たって貰いたい。

では、第一に高遠成敗じゃ。

先陣、板垣衆とするが、軍監として駒井政武を付ける。

まずはこれで追い返せると思うが、万が一に備え、国境(くにざかい)に秋山衆を置くものとする。

板垣も秋山も駒井を儂と思うて、下知には従って貰いたい。

第二に小笠原、上杉成敗じゃ。

これは迅速隠密を旨とするゆえ、先陣を武川衆、教来石景政とする。これには山本勘助と城西衆が同道いたす。

不慣れな信州の地ではあるが、軍勢の足止め、宜しゅう頼む。

高遠が退けば、小笠原も上杉も腰が砕けるが必定。

良いか皆の者!以上が陣立てである。」


 御屋形様の言葉である。

 一応、みな頭を下げるが、曲者原虎胤(はらとらたね)が声を挙げる。


「流石は御屋形。善き陣立てと思われまする。 されば一つ伺って宜しいかな?」

「うむ、苦しゅうない。申してみよ」

「信州への城西衆が出陣、御屋形様の御命令ですかな?」

「否、城西衆からの強き申し出と聞いておる」

「ほほぉ、我の言葉、戯言として捨て置くかと思うておったが、本気としたか…意地を張り命捨てるは愚か者で御座るな」

「…虎胤、それは違って居るようじゃ。

儂が勘助に問うた所、信濃衆が夢枕に現れ、味方すると約束されたので、同道するとの事じゃ」

「は?成程 神通力で(いくさ)されるか!

ははは、気に入った。我の手の者、後詰として諏訪上原城に詰め申そう」


 晴信は広間の家臣を見渡し、決意を込めて決めセリフを口にした。


「ではこれにて、信州手当の陣立てを決する。

 御旗楯無も御照覧あれ!」


 家臣一同も復唱する


「御旗楯無も御照覧あれ!」


第17話・信濃大変(いろんな意味で) 完
















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