第16話・信濃暗雲
穏便に収めた筈の諏訪なのだが、不平不満は湧いてくる。
最近の不満分子は高遠頼継!
何か仲間も集めている様だし…
今回は「勘助のニュースそうだったのか!!」 です。
戦国奇聞! 第16話・信濃暗雲
最近 城西屋敷に質素な離れが完成した。
表向きは“城西衆の巫女たちが祭事に使う建物”と言う触れ込みであるが、実際は駒井政武ら『夢の国実現チーム』が極秘で計略を練る作戦室である。 (※1)
城西屋敷にはあちこちに試作品作りなどを発注している関係で、出入りの職人も多い。
屋敷母屋内では、うっかり戸を開けられたり、相談の内容が聞かれたりし兼ねないので、機密保護の為の処置である。
余談ではあるが、作戦室を作ると聞き、春日昌人は警備兵の詰め所や、二重扉、離れ周辺の落とし穴 など重装備の設置を主張していたが、“戯けめ、かえって目立つ!”と駒井に一蹴され、シンプルな離れとなった。
代わりと言ってはなんだが、近づいたら祟られそうな雰囲気を醸すために『御経霊所吽婁有無』の看板を掛けるに留められた。
※1:『夢の国実現チーム』と書くと、遊園地建設チームみたいだが、彼らの目標はもっと高い。詳しくは第14話参照の事。
その御経霊所吽婁有無に鷹羽先生と春日君が呼び出されていた。
不穏な動きを見せる信濃、高遠勢の偵察を終え、10日ぶりに勘助が戻って来たのである。
御経霊所吽婁有無の一室… 面倒くさいな…以後、“夢の国作戦室”と表記するので悪しからず。
さて、夢の国作戦室のテーブルにはお馴染みの兵棋演習盤が展開され、高遠城を中心に周辺の村々や砦が置かれ、戦場を支配するように中央の椅子に座った山本勘助が盤面を睨んでいた。
「あ、勘助さん!久しぶりでーす、イェーイ (⌒∇⌒)」
「おぉ昌人、息災じゃったか、イェーイ ヨ!(`・∀・)ノ 」
この時代では異様な“ハイタッチ”で挨拶する勘助と春日師弟である。
駒井政武は始めて見る“ハイタッチ”を訝しげに眺め、暫し熟考の末、常識的な仮説を口にする。
「それは、軍師の呪いで御座るか?」
「否、挨拶じゃ。我と昌人の “ぱーそなるぐりーてんぐ”じゃ」
「…やはり、天狗の呪い じゃな…」
勘違いのまま、納得する駒井政武であった。
――――――――――――
「さて、山本殿には帰着早々、御苦労とは存ずるが 高遠が事、仔細伺いたい」
「うむ、疲れは無い、御気に召さるな。
高遠頼継は野心は大きいが器量の小さき者ゆえ、従う者も少なく、我等に背いたとて 何程の事でもあるまいと思って居ったが、思いのほか 兵をかき集めておった。
頼継には出来が良い弟、頼宗が居るのじゃが、此奴が近隣の伊那や諏訪西方辺りからも駆り集めおって、その数三千に近い様に御座る」
「なんと!随分と無理をしておるの…、しかし火遊びにはちと、多過ぎと見えるが…」
駒井が勘助の報告に眉をひそめる。
そんな駒井の表情にピンと来ない鷹羽がのん気な声で問いかける。
「…3,000人って、多いんですか?」
「…鷹羽殿は飛び丸やら雷玉やら、物騒な物は作られるが、軍略はご存じない様ですな。兵三千と言えば、大層な軍勢ですぞ」
「へぇーそうなんですね。この前の御柱引っ張って行った時でも、見物人がそれ位は集まったと聞いていたものですから、割と暇な人が多いんだなぁと思いまして…ハハ」
駒井は鷹羽の認識に眉間を押さえ、どこから説明した物かと考えていたが、目線を勘助に移した。
ここで説明しだしたら、本筋から逸脱するし 時間が惜しいと思ったのか、鷹羽の疑問はスルーする事にしたらしい。
えー中の人です。
駒井政武が説明してくれないので、当時の軍隊の構造と規模について 少々解説をいたします。
軍隊という組織は動かしだしたら、それだけで大事なのですが、実は維持するも大変なのです。
いきなり 現代のデータを出しますが、自衛隊の令和2年度予算で見ますと、人件・糧食費42%程度、維持費等25%程度でして、ジッとしているだけでも防衛費の67%は消えます。
新しく戦闘機や戦車を調達する予算は、余りないのが実情の様です。
これが戦国時代であれば、攻めて攻められて を繰り返す訳ですから、武器人員の損耗も発生します。
日本が太平洋戦争にいくら使ったかを見てみれば、国家予算の280倍という数字があります。(諸説あり)
今の常識で考えれば軍事費だけで財政はパンクする と思われますが、そうは成らない。
どの様なカラクリかと言うと、固定費の掛かる正規軍は小さくしているのです。
この当時は子飼いの家臣の兵力は少数であり、兵員はほとんどが動員兵(農民) または 傭兵でありました。
つまり命令を出す将官と命令を実行させる将校だけが正規軍で、実際の戦闘を行う兵士の大半は臨時雇いでした。
臨時雇いとは云え、あちらこちらで戦が絶えない時代ですので、農民も傭兵も 戦い慣れしたプロも居て、強いやつを正規軍に取り立てて居たと思われます。
…話は少し逸れますが、黒澤明監督作『七人の侍』という日本映画の傑作があります。
ストーリーは、野臥=山賊 に狙われた山村の(戦い方を知らない)農民が、浪人=武士を雇って守って貰う という物ですが、実際は最前線で戦っていた兵士の大半は農民であったので、戦い方を知らないと言うのは、在り得ない設定ですね。 (※2)
さて、もう一つの観点、動員規模 を解説します。
兵隊のほとんどが臨時雇いであったとしても、雇うには銭が必要ですので 経済力=軍事力の関係が成り立ちます。
国の経済力(石高)と動員可能数は正比例の関係で表せ、安土桃山から江戸中期辺りまでは、1万石で250名の兵隊が動員できたと言われています。
で、この話の時点(1540年代)の経済状況を調べたのですが、残念ながら全国石高ランキングなんて便利な資料は見つからず。
そこで色々とネットを漁った結果、(諸説ありますが)晴信が政権を握った頃の甲斐の石高は、大体20万石程度と思われ、計算式を当てはめると 20×250=5,000名が武田の動員力と計算できるのであります。
駒井政武が言う様に、甲斐は貧乏だったのですね…
以上、戦国雑記帳でした。
※2:在り得ない設定とは言ったが 『七人の侍』 が傑作なのは動かしようのない事実である!
「…あぁ大輔、今の武田は総力で六千が程じゃ…それを高遠如きが三千の兵を集めたとなれば、随分と無理をしたか、何処ぞから助けを受けて居るか…」
と、さり気なく、勘助が鷹羽をフォローする。
「高遠が火遊びには多いが、飛び丸を持つ武田に挑むには少くのう御座るな。…何やら裏があると思えるが」
「流石は駒井殿、見抜いて御座るな。
御屋形様よりお借り申した透波が探りし所、小笠原、上杉の手の者も、出入りしている由」(※3)
「…成程、矢張り裏が御座ったか…鷹羽殿はこの動き、どう見られるかな?」
さっきはスルーしておいて、難易度の高い出題をする駒井は若干、厄介である。
人間、向き不向きがある物だ。
ミリオタの春日は目を輝かせて聞き入っていたが、鷹羽は人間関係が苦手であり、陰謀論とかは即効で眠くなるのである。
「は?高遠が火遊びして素っ裸になった…んですか?」
「…」 駒井はジト目である。
※3:透波は戦国時代の間者。分かり易く云えば忍者だが、透波と書いた方がそれっぽくてカッコいい。
「まぁ、鷹羽先生は秘密兵器造りと、神通力でガンバって貰うという事で…(^O^)/
でね…勘助さん、各勢力の位置関係だけど 小笠原は上の方、上杉は右だっけ? 高遠が左だから…狙いは“諏訪挟撃”かな?」(図1)
と、生徒にフォローされる鷹羽先生であった。
図1:
「おお、流石は山本殿の一番弟子、小笠原、上杉が連んでいるとなれば、判り易いのは“諏訪挟撃”でありましょうな。
しかし、今の諏訪の兵は形ばかり。その事は高遠頼継も良く判っておる筈。
諏訪を取るだけであれば、高遠が兵3千は多すぎると思うが…
これだけ銭を掛けて兵を動かすなら、この甲斐迄 狙ろうて居るのではないか?」(図2)
財務官僚、駒井政武が銭勘定から敵の戦略を分析する。
図2:
「…左様左様。小笠原、上杉が兵の動き、透波に探らせておりますゆえ、遠からず知らせが来る筈」
「おお、流石は山本殿じゃ。
しかし、新たな戦を避けようとの想いで諏訪頼重を生かし、“飛び丸”を見せたのじゃが、伝わらんかった様じゃな…」
「そうでも在りますまい。
高遠の地では晴信様を“親を追い出し義理の弟の土地を掠め摂る、己が欲のみの悪鬼”と言い立てて居ったが、信虎様も頼重様も殺めて居らんでな。…悪評は広まらん様じゃ」
「おぉ、良き哉!諏訪で随分と祝い酒やら神楽舞やら振舞った甲斐があったという物じゃ」
まったり…
何とはなしに、良かった良かったで終わりそうな雰囲気であったが、春日君が挙手し、現実に引き戻す。
「ハイハイ!終わらないですよー。勘助さん、迎撃作戦は? 大事大事!」
「おぅ、そうであった!
小笠原、上杉が如何ほどの兵を用意して居るかで様子が変わるが、高遠勢を早々に叩くが一番であろうな」
「高遠さんが3,000人も居たら、板垣さんの部隊だけではちょっと不安かなぁ (゜Д゜;)」
「板垣衆だけでは三百程度、数だけで見れば、勝負にならんな。…しかし高遠勢は他国者の寄せ集めで御座るゆえ、飛び丸を使えばやり様がある。( ̄ー ̄)ニヤリ」
「なーる、誘い込みだね…( ̄∀ ̄)ニヤリ」
…独自の雰囲気で会話している勘助、昌人である。
「ウホン…お二方とも 宜しいかな?」
駒井が子弟の会話に割って入る。
これから晴信へ報告に向かう手前、他にも確認しておきたい事もあるのだ。
「気掛かりが二つほど…
まず高遠が事は触れを出し、武田家の半分が事に当たれば、追い返せましょうが、どの程度 懲らしめるか?
晴信様が仏の心でなさったとしても、諏訪頼重を生かした事で武田は甘く見られているとも、思われます。
牙剥く者へは牙で受けるが周りへの見せしめと存ずるが、如何。
次に小笠原、上杉への備えはどう見積もるか?
彼奴等が既に動いているとなれば、高遠と同時に攻め掛かけられる事となり申す。
さすれば、こちらに余裕は無く、諏訪の民を巻き込み悲惨な戦場となると存ずるが、如何。
…この二つに、御屋形様の望まれる、民を殺さぬ様な軍略は御在りかな?」
「ふむ、確かに場の形だけ見れば、諏訪は敵に囲まれ、武田は危のう御座るな…ここは、3つが勢力をまとめさせぬが肝要。
敵将に一人でも意気上がる名将が居れば、絶対の危機で御座ろうが、ご安心召され。
信濃守護、小笠原長時も、関東管領、上杉憲政も、家柄に胡坐をかいた器量無しに御座る。こちらに来る道々に仕掛けをすれば、足止めは容易い。
高遠頼継が小者ぶりは言うに及ばずで御座ろう。
…それでも、民を殺さぬ戦は、今は難しいのぅ。
御屋形様には最小限と言う事で、呑んでいただけるか…じゃ」 (図3)
図3:
気掛かり事がスッキリした様で、頷き合う駒井と勘助である。
――――――――――――
鷹羽は“やっと終わった”と、無意識にニッコリしていた、
科学実験や装置設計など、得意な事であれば貫徹でも平気だが、勘助の話はどこまでがほら話か判らないし、駒井の話は言葉が難しく判らず、無性に眠くなるのだ。
まったく、何で作戦会議に毎回毎回呼ばれるんだろう と、自分の立場を自覚していない鷹羽である。
そんな鷹羽の表情を認めた勘助が声を掛けてきた。
「ところでじゃ、大輔」
「ふぇ?なんでやんしょ」
虚を突かれた鷹羽は腑抜けた声で答えた。
「雷玉の事じゃ。…何やら訳あって、“火薬”作りを止めて居るが、それに代わる策は浮かんだかの?
高遠に限らず、周りは油断できぬ者だらけじゃ。早う、なんとかならんかの?」
勘助だけではなく、駒井や春日もジッと鷹羽を見つめている。
晴信や鷹羽たち城西衆が戦を拒否しようとしても、時代がそれを許してくれないのだ。
『戦国時代』と真剣に向き合わざるを得なくなってきている状況を、改めて感じた鷹羽であった。
第16話・信濃暗雲 完




