第13話・閑話休題 または天下統一宣言
good loser鷹羽。
歴史は君を称えるであろう…黒歴史だけどねぇ。
君の活躍はここからだ
戦国奇聞! 第13話・閑話休題または天下統一宣言
甲斐武田家居城、躑躅ヶ崎館の広間である。
奥が一段高くなっている場所に御旗、楯無が鎮座している。
御旗は日の丸の旗。
楯無は、楯も必要としないほどの防御力を誇る古式大鎧。
甲斐源氏の始祖 新羅三郎義光から受け継いだと言われる御旗と、楯無で、対の家宝を成す。
出陣式や節目の行事の際に「御旗楯無も御照覧あれ」 と誓いを立てる場面で有名な、アレである。
ピンと張りつめた空気の中、山本勘助と鷹羽大輔が礼服で中央に座らされ、畏まっている。
今日は盃事である。
盃事といっても、その筋の“固めの杯”では無い。 今で言う”任官式”である。
…と、言っては見たが、武家社会の主従関係を結ぶ式が、任侠の世界に導入され、その筋の方々へ継承されている訳で、意味合いでは同じであるなぁ。…つまり、元祖である。
今回の諏訪攻めで実績を挙げた山本勘助と『城西衆』代表・鷹羽大輔は、晴れて武田家臣団に加えられた。
知行は当初の約束 銭100貫に諏訪攻略の成功報酬として、プラス100貫、それに城西衆:鷹羽大輔の知行、100貫の合わせて300貫。
これは新参者に対しては破格である。
また、城西衆は色々と取り扱い注意な面があるので、山本勘助の与力とされた。
そして、城西衆の素性をなるべく外へ漏らさない為に、今迄の板垣様の馬場にあった馬草小屋改装の城西宿坊から、躑躅ヶ崎館近くに大き目の屋敷も与えられた。
これらの処置は晴信の深謀遠慮であるのだが、古くからの家臣からは依怙贔屓と取られた。
この時点の武田家臣団の状況を、現在の会社組織に例えるならば、
先代社長がワンマン過ぎたので、重役会総意で追い出し、大人しそうな長男を若社長に担ぎ、重役たちが動きやすい組織を作ろうとしていた所に、板垣事業部で仮採用された素性の知れない一団が現れ、若社長のお気に入りになり、気が付けばCSO(最高戦略責任者:軍師勘助)とCTO(最高技術責任者:導師鷹羽)に収まってしまった。
と、いう状況であり、社内人事への不満がクスぶっているのである。
命懸けでクーデターを起こした、今までの古参の家臣は、当然 面白くは無い。
では、何が起こるか、というと今で言うイジメ、ハラスメントである。
勘助が意見を述べても頭からの拒否や無視されるのは軽い方で、面と向かって恫喝される事もしばしば。
この様な妬み嫉み、嫌がらせは人間の本能なのであろう、いつの時代でも消える事は無いのである。
特に城西衆・導師、鷹羽大輔は何を言っているか判らない、馬にも乗れない、おまけに 諏訪頼重に法力で気絶させられているので、風当たりが強い。
城西衆はなるべく外出を控え、巫女行列も自粛モードとなり、引きこもり児童に心から共感する鷹羽であった。
しかし、御屋形様、武田晴信は家臣団の雰囲気を知ってか知らずか、足繫く『城西屋敷』へ通ってくる。
たぶん城西衆を登城させると、色々ややこしい事態が発生する事を予想しての行動であろう。
余談ではあるが、山本勘助に与えられた屋敷、本来であれば『山本屋敷』と呼ばれる筈であるが、皆 『城西屋敷』と呼んだ。
理由は板垣信方である。
アンチが居れば推してくれる人も出てくるのが人の世。
特に鷹羽大輔の後ろ盾になっているのが、板垣様であった。
散々驚かされ、腰を抜かされていたが、板垣信方はああ見えて、鷹羽&城西衆の事は買っていたのである。
今回も『城西屋敷』と大書きされた新たな扁額を送って来ていた。
それも馬草小屋に掲げてあった扁額、『城西宿坊』の倍は在る、巨大なヤツである。
ここ迄来ると、山本勘助の存在を消そうと言う趣向の、勘助に対するイジメではないか、とも勘繰られたが、一応“応援”と受け取り、屋敷玄関に掲げておいたので、結果、皆が『城西屋敷』と呼び、晴信さえも『山本屋敷』とは呼ばなくなった。
これが世に言うレッテル貼りである。(チョット違う)
――――――――――――
今日も、晴信が護衛役の甘利信忠ともう一人を従がえ、城西屋敷を訪ねて来ていた。
勝手知ったる様子で上がり込み、案内も待たず応接室に入り、勘助を呼んだ。
城西屋敷の応接室は胡坐や正座が苦手な鷹羽に合わせ、板の間に椅子とテーブルが置いてある。
また、春日昌人が“軍師っぽい”との理由で、兵儀演習盤と板垣様から譲ってもらった兵士駒が さり気なく飾ってある。
板の間と言うより、フローリングと呼びたくなる飾りつけは、城西衆女子部のセンスであった。
急ぎやって来た勘助が廊下から応接室の晴信に声を掛ける。
「御屋形様、勘助で御座います。宜しいかな?」
「おぅ、待って居った。 遠慮は要らぬ、早う入れ」
「はっ、それでは失礼いたします」
戸を開けると、甘利信忠が鋭い目で睨んでくる。
若干の緊張感で中に入る勘助。 誰の家だか判らない状況である。
「突然の御越し、如何いたしましたか…」
「なに、いつもの事ではないか、気にするな。今日は引合せたき者を連れて参った。鷹羽も呼んで参れ」
と、甘利信忠の反対側に座っている男を指す。
やせ型、細面で色白、印象は柳の木の様な男である。
彼は勘助の目を正面から見つめ、柔和な表情で会釈をした。
急に呼ばれ、大急ぎでやって来た鷹羽は、声も掛けず応接室の引き戸を開けた。
瞬時に甘利信忠が反応し、侵入者の鼻先に刀の鐺(鞘の先)を突き付ける。
「ワ!ごめんなさい!」
のけ反り 思わず謝る、生成作務衣の鷹羽。
誰の家だか判らない状況である。
「“のっく”位、せよ」
むっつりと甘利信忠が鷹羽に物申す。
ノックという言葉を覚える位の付き合いには、なったらしい。
「おお、大輔待って居ったぞ、まあ座れ。
ここに居るは駒井政武と申す近侍じゃ。
見た通り、ひょろひょろゆえ、剣の腕は大したことは無いが、頭が切れる。
そして、執り成しの名人なれば、其許らと古株らを繋いでくれるであろう」
駒井と紹介された柳の様な男は鷹羽に会釈した。
勘助が諏訪で見せた様な口元だけの微笑みである。
勘助も同じような笑みを口元に浮かべながら晴信に問いかけた。
「…して、御屋形様、駒井殿はどの辺りまで?」
「城西衆の事は全て知っておる。…“ぺっとぼとる”も見て居るでな」
「それば心強い。
…して、御屋形様、なぜ 駒井殿をわざわざ、お連れになられましたか?
家中の風通しを良くなさるだけなれば、城中で話せば事足りまする」
「ふふ、そう先を読むな、勘助。
諏訪を取るだけで300貫は少々高くついたと、重役どもから責められておる。
そこでじゃ、軍師殿と導師殿がこれから先、この甲斐の国に何を齎してくれるのか、聞きたくなったのじゃ。
勘助が描いた絵を形にするには武田家 皆の力が要る。
それをまとめる技を持っておるのが政武よ。
さぁ、勘助、腹落ちしたれば、次に何をすべきか話してみよ」
「晴信様、軍師殿、お二方とも 宜しいかな?」
今まで黙していた駒井政武が、語りかけた。
「只今、晴信様からは、この政武が家中をまとめると申されましたが、軽々にはお約束は出来ませぬ。
腹を割って申さば、軍師殿も導師殿もまだ、よう判っておりません。
つまり、持たれている力が、本物か否か疑って居ります。
また、晴信様におかれましても、名君の素質はお持ちですが、頭でっかち。
夢を語られるは宜しいが、夢に呑まれぬか、気掛かりに御座る。
まずは晴信様が、この甲斐をどの様な国にされたいのか、我等に聞かせるが先と存じます」
駒井は姿に似合わず、ズケズケと物を言う男であった。
晴信は頭でっかちと言われても怒りもせず、駒井を静かに見つめている。
やがて遠くを見る様に、視線を外し語りだした。
「政武の申す事、尤もである。
先ずは儂が理想を語らねば、軍師も献策できぬ所。
…儂の理想は、多くは無い。
民が戦で死なぬ国としたい。 それだけじゃ」
なるほど、言葉は多くないが、非常に難しい理想である。
“隣国を我が物にしたい”と言われた方が、余程簡単である。
“民が戦で死なぬ国”それが実現できれば、戦国時代では無くなるのである。
誰も言葉を発しないのを見て、晴信が言葉を継いだ。
「…天下の軍師でも策は無いか。
そうじゃ、導師殿、其許の国では、戦が無いと聞いたが、如何にしてその様な国と為したのじゃ?」
突然話を振られた鷹羽であるが、理科教師に即答できる問題ではない。
それでも必死に歴史の流れや 自分の居た時代の社会構造の知識から、キーワードを探す。
「…たぶん、教育でしょう。
戦が起きる一番の要因は、食料、労働力の不足を埋める為でしょう。
短期的な手段は近隣の領地を奪う事でしょうが、これは土地と民の疲弊を産み、中長期的には損失でしかありません。
国力を高める一番の方法は領民の教育なのです。
私の国でも、国土のほとんどが焦土となる様な大きな戦がありました。
そこから立ち直り、国力を上げる為の方策は、学校教育であったと思います。
…ただ、戦争が無いと言っても、他国に目を向ければ、人間はずっと戦をしていますが、国民教育に力を入れていない国は、戦から抜け出せない様に見えます」
鷹羽の言葉に興味を持った晴信であったが、具体的なイメージが掴めない様子である。
「学校と言うと…“足利学校”の様な物か?」
「…“足利学校”ってどんな学校です?」
今度は晴信の質問にイメージが掴めない鷹羽、勘助に助けを求める。
「下野国足利荘にある関東管領上杉家が持っておる学校で御座る。四書・六経・列子・荘子やら、えーと、なんだ…兵学、医学と様々を教える、大変歴史の長い名門校で御座る」
と、自分の事の様に偉そうに答える。
勘助の説明が今一、理解できていない様子で
「そこは誰が学ぶんですか?」
「全国から大名の肝いりが。
“足利学校”は軍師を作る学校でござる」
なぜか勘助がふんぞり返る。
「おぅ、山本殿は“足利学校”で学ばれたのですね?」
駒井政武が無邪気に問いかける。
勘助の態度からは当然の反応であるが、“足利学校”に入れなかった勘助は"独学で兵法を学んだ”事を自慢にしており、墓穴を掘った格好となった。
「いや、某は座学は性に合わなんだ。
それに、歴史ありと言う事は…今様の城取は学べんと思うて…行っておらん」
勝手に自爆し、憮然とカミングアウトした勘助を面白そうに見ながら晴信が鷹羽に問う。
「学校へは行かずとも、勘助の様な軍師も居るのだから、国の門戸を開いておれば良いのではないか?
甲斐に学校が必要か?」
「いえ、私が申しあげているのは、初等教育です。今現在、ほとんどの領民は自分の名前すら書けません。
その者達、全ての領民に最低限の読み書きを教える学校です」
「それは…寺の坊主が適任か…。 しかし、領民全てとなると、寺領を増やせなどと言うて来るな…」
早速、解決策及びコスト算出する駒井政武である。
「成程、“領民全てに読み書き”だな。大輔の意見はよう分かった。
政武、出来るか、出来ぬか思案して見よ」
と、ここで勘助に視線を移し
「ところで勘助、導師殿の献策だけでは最近の戦は収まらぬと思うが、どうじゃ?
軍師としても献策はあるか?」
「はっ、御座います。 “民が戦で死なぬ国”を作るには、天下をお取りなされ。
御屋形様が夢は、私利私欲に非ず。
天下万民の夢で御座る。
この勘助めも、一緒に見たくなり申した。
これぞ我が主君!甲斐の国主、晴信様は盛り立て甲斐がある御屋形様で御座います!」
感激するあまり、溢れるパッションと言うか、エモーショナルな言葉を発する勘助。
余談ではあるが、当てずっぽうとか、相手を計略で誤魔化すことを“山勘”と言うが、語源は“山本勘助”との説がある。
今の彼を見れば、頷ける説である。
勘助の溢れる思いを聞き、ぱっと顔を輝かせた晴信。
「お、何と。甲斐の国主は盛り立て甲斐があるとな! 上手いぞ勘助 ( ̄∇ ̄ハッハッハ 」
…そこかよ。
「晴信様、軍師殿、お二方とも 宜しいかな?」
しらけた顔の駒井政武が、語りかけた。
「盛り上がっている所 申し訳ござらぬが、軍師殿には“何を何時迄に行うので、何が必要か”を考えていただきとう 御座る。
もう一言申しておくと、この甲斐は貧乏で御座る。
天下を取るには如何ほど掛かるのか、それも併せてお示し下され」
駒井政武は財務官僚であったのだ。
晴信の計算なのか偶然なのかは判らないが、勢いで暴走するリスクを持つ山本勘助を抑えるには、最適の人材かもしれない。
すっかり水を差され、心なしか伏目がちな晴信と勘助。
静寂が居たたまれず、鷹羽がおずおずと発言する。 (そういえば、君も居たね…)
「あのー皆さん、ひとつ提案なのですが…この国が貧乏だと伺いましたので…
城西衆にいただいた100貫、お返ししましょうか?」
顔を少し傾けながら鷹羽を見据える駒井政武。
現代ならしゃべる前に絶対メガネのフレームをちょっと上げるキャラだ。
「城西衆は30人は居るでしょう…食い扶持をどうされるつもりですか?
軍師殿に寄食されますかな?」
「えーと、“巫女行列”で喰い物は集まるみたいなので…」
「大輔、それは甘いな」
晴信が割って入る。
「城西衆に布施が集まったのは、導師の神通力が強かったからじゃ。
しかし、導師殿は諏訪の大祝に打倒されおった。
人の心は移ろいやすいものじゃ。そろそろ、誰も来なくなるじゃろ」
「…そうだった。黒歴史は忘れたいと念じ、すっかり忘れていた…」
嫌な事は優先的に忘れられる、ポジティブシンキングな鷹羽であった。
冷静に聞いていた駒井が締める。
「ならば、導師殿の提案は廃案でよろしいですな。
…鷹羽殿、多くの者を養っておるのじゃ。遠慮なく100貫、貰いなされ。
これからその知恵でこの国を豊かにしていただければ、500貫でも千貫でも差し上げまする」
「これ政武。 その通りではあるが、それを申すはこの晴信が役目ぞ。
みな励めよ( ̄∇ ̄ハッハッハ 」
最終的には武力が物を言う戦国で、駒井政武や鷹羽大輔などを技術官僚として側近に置こうとする晴信は、この時代には珍しいリーダーなのかもしれない。
懐かしの時代劇の様な終わり方ではあるが、
第13話・閑話休題または天下統一宣言 完




