第12話・神々の和解
巫女に取り押さえられる武将…切腹もんだよなぁ。
しかし、神は貴方を許しま…スン。
諏訪頼重の明日はどっちだ!
戦国奇聞!第12話・神々の和解
諏訪上原城の城門前では遅めの朝餉の時間である。
武田からの御柱奉納から始まった突発性宴会も、夜半には体力の限界を迎え静かになり、大半の者は翌朝の巳の刻(午前10時)頃、漸く目覚めた。
即席の屋台では、これまた手回し良く用意された飯を販売しており、誰かの計画通り 事が進んでいると思える状況であった。
城門の潜り戸が出し抜けに開き、城内から板垣弥次郎が姿を見せた。
横には諏訪重臣Bの姿も見える。
板垣弥次郎は城門広場の奥に乱立しているティーピーテントに向かい、手にした小旗を振った。
すると数基のテントから武田の旗印を背負った徒士が走り出て、城内に入っていく。
少しすると、大手門がゆっくりと開け放たれ、今さっきの武田徒士が門の警備についた。
手筈通りと見える、一糸乱れぬ行動である。
大手門の抑えを確認した板垣弥次郎は呼子笛を吹いた。
それを合図に、どこに控えていたか 一騎、鎧武者が大手門前に走り寄り、四方を偵察し、後方に号令を掛ける。
「板垣隊、前へー」 声が若い。
暫し後から騎馬隊が轡を並べ、城内に入っていく。
板垣信方の軍勢である。祭りの見物人に紛れていたのか、刀は帯びているが、鎧は着ていない。
諏訪頼重を抑えられ、機能不全に陥った上原城を、板垣隊が無血占拠したのである。
――――――――――――
一方、こちらは窓一つない狭い部屋である。
諏訪上原城内の座敷牢だ。
牢内には数基の灯火台に浮かぶ、後ろ手に縛られた諏訪頼重と重臣A。
牢外には勘助と鷹羽、中畑美月が対峙して座っている。
頼重の首には業魔封じに、しめ縄が首飾りの様に掛けられている。
大人しく座ってはいるが、山本勘助を睨みつけ、一切負けを認めない表情である。
「これが晴信の望みか勘助。御柱を出汁に使っての騙し討ち。
この儂を殺しても、姑息な手では大祝は奪えぬぞ」
ずっとこの調子である。
「もう2時間…一刻も続いてますよ。このままじゃ作戦は次の段階に進めないですし…かといって、殺しちゃったら元も子もないですし…
そういえば、晴信様はうちらではなく“諏訪衆に捕縛させろ”と言ってましたね。
これを懸念してたのかな…
さっきの流れ、プライド、傷つけちゃったんでしょうね…」
鷹羽が根負けした様にぶつぶつと呟く。
「左様、武田の巫女に取り押さえられたのでは、頼重の気位が許さぬであろうな。
首を刎ねても叫び続けそうじゃ」
「けど まさか、手品で寄付金詐欺してるとは思わなかったもんなぁ。
アドリブではあれがMAXの出来だよなぁ」
「…どうしましょ。有希ちゃんに謝ってもらいましょうか? 取り敢えずゴメン、て…」
「いやー、火に油じゃないかな…それは」
美月御前も打つ手なしの表情。
どっちが負けたか判らない雰囲気である。
元の筋書きでは“頼重=業魔”を神のお告げとして示し、諏訪衆のクーデターを誘い、頼重を幽閉。
そして晴信の妹、禰々御料人と頼重の子、寅王に家督を継がせる形で隠居させる目論見であった。
が、衆人環視の中で巫女に取り押さえられた事で、プライドが砕け散ってしまった頼重は、意地でも隠居しないであろう。
「ふ、こんなこともあろうかと、御屋形様から奥の手を授かっておる。 まぁ見て居れ」
怪獣映画の有能な博士の様なセリフを言いながら、勘助が牢に近づき、中に声を掛けた。
「大祝様、恨み言はその辺になさりませ。
喉も枯れて御座ろう程に、お互いの得となる事など語りませぬか?」
と、いつの間にか、勘助は手に酒徳利を持ち、鍵を開け牢に入っていく。
「そこもとらは部屋にて暫し待っておれ、後で話があるゆえ。
安心せい、明日には甲斐に戻れるじゃろ」
勘助は牢外の鷹羽と中畑に向かい、不敵に笑った。
どうやらプランBがあるらしい。
――――――――――――
さて、上原城内であるが、諏訪勢は板垣隊の素早い動きで、抵抗の機会を逸していた。
もっとも、主だった重臣は頼重に愛想が尽きかけていたので、主君が悪魔付きだったというシチュエーションは、願ったりであった。
渡りに船という言葉はこのために、ある。
反撃の指揮を執る者もおらず、完全な無血開城である。
後は諏訪頼重の隠居承諾のみであるが、板垣信方の腹積もりは 首を縦に振れば良し、横に振れば刎ねるのみ、であった。
頼重に隠居宣言させ、寅王に家督を継がせる、プランAを執り行うべく、会場設営は滞りなく進められていた。
会場のセッティングは万全、いよいよ、頼重の隠居宣言である。
広間は夕刻だが、灯りが多く置かれ、明るくされている。
上座は頼重を座らせるための席、敷物のみ敷かれている。
対面の床几には板垣信方が腰掛け、待ちの姿勢。
部屋の片側に諏訪の重臣が座り、反対側には板垣の家人と『城西衆』から鷹羽、中畑の2名。
形の上では、あく迄も諏訪側の自主的行為であり、武力による強要では無い体であるので、諏訪衆、板垣隊 共には脇差のみで武装はしていない。
但し、広間の四隅には完全武装の鎧武者が一人ずつ、立っている。
板垣信方によれば、結界を守る四天王だそうだ。
物は言い様という言葉はこのために、ある。
板戸が開き、山本勘助に伴われた諏訪頼重が入って来た。
頼重は丸腰、勘助の手には鞘に収めた太刀を持っての登場である。
勘助に誘われ、上座に座る諏訪頼重は憮然たる表情。
隠居宣言の開始である。
「これはこれは、諏訪大祝様。使いに出した山本勘助めが戻ってきませぬゆえ、不躾ながら迎えに参りました次第」
板垣信方は床几に腰掛けたまま、頭を下げる。
「板垣様、恐れながら申し上げます。 この者、頼重様に化けた業魔と思われます」
横手から鷹羽が棒読みセリフ。 誰だこいつに役振ったのは。
「おぉ、何たる事か」 板垣の受け、こちらも負けずに臭い。
「茶番はもう良い。早うこの頼重が首、刎ねるが良かろう。
しかし大祝を殺めて諏訪の神が黙っておるか、見ものじゃわ」 と嘯く
「勘助、この者 業魔なれば、代わりの大祝を立て、御柱の祭りを滞りなく進めるのじゃ。
頼重様、家督を譲られ隠居されるのであれば、武田としても事を荒立てる気は御座りませぬ。」
ここ迄は板垣信方も聞かされているプランAである。
「あいや、暫く。
この者、取り調べましたる所、全てが業魔にあらず。
元の頼重様に忍び寄り、大祝様の心を奪ったが、事は途中。
頼重さまをお救いする事も出来るやも、と思われまする」
充分に間を溜め全員の顔を見渡し、室内の者が“え、どういう事”と食い付いた事を確認する。
「どういう事じゃ、勘助」
これは聞いていないぞ。
プランBの打ち合わせに参加していない板垣信方が純粋に尋ねる。
「大祝様の本分、諏訪の神を奉り、申し上げる心を取り戻されれば、業魔を追い払い、清らかなる頼重様にお戻りいただけると、推察いたします」
「勘助、は、話が違っておるぞ…」
勘助と絡むと毎回振り回される可哀そうな板垣様。
「いやいや、この勘助、間違ってはおりませぬ。
先程、われらの御神鏡にて業魔を封じましたゆえ、元の心根に戻ったやもしれませぬ。
また、この者が申す様に、諏訪の大神が認めねば大祝は務まらぬのは、真の言葉と存じます」
「…理屈は判るが、心根が戻ったか、また、諏訪の神が認めたか否かを、どう見るのじゃ?
古より正しき道が見えぬゆえ、人は悩み、過ちを犯してきたのじゃぞ」
おぉ、年の功。 説得力がある。
「諏訪の神にお尋ね申すが善かろうと、考えます」
「…具体的にどうするのじゃ? 考えがあるなら、勿体着けずに早う申せ」
板垣様は、お前は何をするつもりだ…と警戒感まるわかりの表情で問う。
「甲斐より引いてきた御柱を立て、諏訪の神に問うていただきます。
御柱が立ったままであれば、甲斐の申し出、御受けいただけるものとし、新しき大祝を迎えます。
御柱、倒れる事あれば、頼重様の大祝を続けよとのご意思。
寧々様と頼重様の縁を持った武田家としても、諏訪家を御支えいたすが道理と心得まする」
「御柱が倒れるか、倒れぬかで 卦を見ると申すか。
シッカリと立てた柱、そうそう倒れるものでは無いぞ。
随分と諏訪には分が悪いと見えるが、頼重様に異存なくば、儂は構わん」
…板垣様はアドリブの方がセリフが安定している。
「よかろう。この頼重受けて立とうぞ。 諏訪家代々の力、諏訪の神が御存じでおわす」
諏訪勢も動揺しているが、彼らに為す術は見当たらない。
「決しましたな。 ならば、城門前に御柱を建てましたゆえ、今宵ご託宣をいただきましょうぞ」
「待て待て、御柱の立て様、儂が見分するが先ぞ…」
板垣様も巻き込んで、プランBのクライマックスである。
――――――――――――
所変わって上原城 城門前である。
すっかり暮れた広場(馬出し)の中心に御柱が立っている。
柱の根本は大量の添え木で固めて地面に埋められ、柱のテッペンからは四本の太い綱が四方に伸び、杭で止められている。
震度7は無理でも6弱までなら耐えられると思える立て方である。
あちこちに焚かれた薪に照らされ、武田の威信を賭けて神々しく起立している。
そんな御柱に一番近い5m程の所には、なぜか鷹羽が一人、派手な神官服を着てで立っている。
よく見ると、神官服の下には胴巻きを着込み、粗末な兜を被り、手には御幣を持っている
その姿は五月の節句を祝われている子供の様にも見える。
御柱から10m程度の場所には、諏訪の重鎮と板垣隊が取り囲む様に並んでいる。 急遽呼ばれた 高遠、金刺の重鎮の顔も見える。
その外側には甲斐から柱を引いてきた者、噂を聞きつけて見物に来た諏訪の民、そして『城西衆』が取り巻いて並んでいる。
特に見物に来た諏訪の民は振舞酒に誘われ、昨夜の数倍の人数に膨れ上がっている。
皆 これから何が始まるのか判らず、ざわめき、期待と不安の入り混じった、高揚した表情をしている。
一人鷹羽のみが、青白い顔でブツブツ一人言を言っている。
遠目には甲斐の神官が呪文を唱えている様に見えるが、実はこれから始まる何かの段取りを確認しているだけである。
突然、城内から大太鼓の音が響き、人々のざわめきが収まった。
全員の注目の中、大手門より諏訪頼重が小忌衣で身を包み、厳かに現れる。
さすがに、生まれながらの大祝、偉そうな振舞は板についている。
人々は無言で道を開ける。紅海を割ったモーゼの如くである。
静かに進み、御柱を挟み鷹羽神官と対峙する位置で止まった。
横手より相撲の行司の様な恰好をした山本勘助が、踏み台を片手に歩み出て、ギャラリーの輪の中に入る。
そして板垣信方の近くに踏み台を置くと、それに乗り口上を述べ始める。
「かたや、甲斐の神官、鷹羽の大輔、こなた、諏訪大祝、諏訪頼重」
人々、何が始まったか、シンとして聞いている。
「諏訪の神に仕えし者、一点の曇りも許されぬ者なり。
此度の御柱、かたや が仕切りが良しか、こなた が仕切りが良しや、神の声をば、お聞かせ有れ!」
勘助の口上と同時に“かたや”の鷹羽神官は印を結び、一心に祈る(ふり)。
“こなた”の諏訪頼重は鷹揚に印を結んだ後、ヤー! と鷹羽神官に向け、印の指を射す。(魔貫光殺砲か!)
“どわー!!”と叫び声を上げ、倒れ伏す鷹羽神官!(…効いたんかい?)
倒れた鷹羽の胸元の地面には、なんと導火線が埋め込まれていた!
鷹羽は手早く、百円ライターで火を点ける。
シュルシュルと地面を走り、御柱に向かっていく火。
見る間に柱を駆け上り、パーンと乾いた音を立て爆発する。
2つに裂け、倒れる御柱。
大騒ぎとなる城門前。
“静まれ!静まれ!”と勘助が踏み台上で叫ぶ。
同時に城内から大太鼓の音が響き、人々のざわめきが収まる。
「神からのご託宣、諏訪が大祝、頼重様に決し申した!」
「なんと! どういう事じゃ勘助!」
勘助も叫び、板垣信方も叫ぶ。
勘助に詰め寄ろうとする信方を取り敢えず宥めようとする家臣。
諏訪頼重の首が刎ねられると聞いて見届けに来ていたのに、話が違うと 説明を求め、板垣信方に詰め寄ろうとする、高遠、金刺の重鎮たち。
それぞれの企みを持った者どもは、読みが外れ大騒ぎである。
頃は良し。美月御前が合図を送ると、甲斐から来ていたお囃子衆が、祭囃子を始める。
見物に集まっていた諏訪のお囃子衆がセッションを開始する。
なんだか良く判らないが、踊りだす諏訪の民、甲斐の引手たち。
清濁併せて祭りじゃ祭りじゃ~
起き上がる切っ掛けが無く、倒れたままの鷹羽は踏まれない様に、小さく丸まった。
――――――――――――
所変わって、翌日の野原。
甲斐と諏訪の国境に近い、今なら放牧地かスキー場に最適な地形である。
なだらか野原の稜線に人々の影が現れた。
寄ると10台近い“ビュンビュン丸”と武田の旗指物を背負った兵士たちである。
振り返り野原の中腹を見れば、幕が張られ、陣が設けられている。
陣中には床几が並び、諏訪頼重、高遠頼継、金刺某、そして武田晴信が揃っている。
皆、格式高い衣装と烏帽子で装い、それぞれの領主の後ろには各家の重臣も控えている。
武田晴信主催の手打ち式である。
皆の少し前方には足を引きずった人物、山本勘助が杖であちこちを指しながら、何やら解説をしている様子。
陣の下手には急造の柵と案山子が並んでおり、この様子は“ビュンビュン丸”のデモンストレーションらしい。
「それでは、武田が作りし 鬼礫、“飛び丸”の威力、御覧じろ」
勘助は手にした赤旗をさっと上げる。
丘の上の“ビュンビュン丸”、壷を次々と撃ち出す。
放物線を描き、次々に柵と案山子に吸い込まれる様に着弾する壷。
爆発し七色の煙が上がり、東映戦隊シリーズのオープニング映像!
居並ぶ者は皆、息を吞み 言葉が出ない。
「此度の揉め事で、これを使っては如何かなどと申す家臣も居たが、ご覧の様に慈悲のない有様となるゆえ、使わんで良かった、はっはっは」
晴信は参列者に向かい、鷹揚に言っているが、目は笑っていない。
戦争の抑止力として、軍事演習で力を見せつける手法は、当時から有効だったのだ。
「次に諏訪家、高遠、金刺の委細巨細についても、武田家が預かり申す事、ご納得いただけましょうな…」
この状況では、高遠も金刺も嫌とは言えない。
世に言う恫喝ってヤツである。
諏訪の扱いをもう少し詳しく説明すると、頼重は隠居しなかった。
家臣、領民に『城西衆』を上回る神通力を見せつけた諏訪頼重は、大祝として諏訪に君臨する事となった。
しかし、外交権、軍事力は取り上げられ、甲斐武田家の保護領とされたのである。
つまり“君臨すれど統治せず”、頼重は名誉領主であり、実権は晴信が持つ事となった。
陰謀に陰謀を重ね、小芝居に小芝居を続けた深謀遠慮を以て、諏訪攻略はここに完成したのであった。
【第12話・神々の和解 完】




