第11話・神々の戦い
ついに始まる 諏訪の女神と城西巫女の法力勝負。
龍虎の激突か、狐と狸の化かし合いか!
固唾を呑んで読んでね(⌒∇⌒)
戦国奇聞!第11話・神々の戦い
夜明けだ。
まだ、空の大半が暗い払暁。
ここは、大きな神棚の様な部屋、神事を行う為の部屋、諏訪上原城内の祭事の間である。
暗闇を追い払う様に、燈明が並べられている。
『諏訪大明神』の軸が掛かった壁を横手にし、上手に諏訪勢、下手に『城西衆』が着座している。
山本勘助は、これから諏訪頼重を打ち倒す口喧嘩に向け、燃える闘魂を表に出さない様に、アルカイックスマイルで佇んでいる。
鷹羽をはじめ、『城西衆』は、演劇祭の出番待ち状態、期待3割、不安7割でソワソワ。
諏訪頼重は たぶん、重臣Aに無理やり起こされたのであろう、二日酔いで目が座っている。
その他の諏訪勢は、まさか武田勢が諏訪頼重を獲りに来たとは思ってもおらず、無理やり付き合わされている感 全開である。
昨夜、追いつめられていた諏訪重臣Aだけは、勘助の顔に浮かぶ口元だけの微笑みに、本能がアラートを発し、既に目が泳いでいる。
頃は良しと判断した勘助がすすっと 諏訪勢の方に居ざり寄り
「これはこれは、諏訪大祝様。 漸う漸うお目通り叶い、祝着至極に存じます。
某は山本勘助、これに控えしは、」
「あー、名乗りは よい。此度は御柱が奉納、大儀である」
欠伸を飲み込みながらのお言葉。
「はは!」 勘助は立場上、頭を下げつつ、重臣Aへ視線を送る。
「山本殿は頼重様へ、言寿の言上をば…」
重臣Aは自身の心とは無関係に、勘助に操られる様に司会進行役を始める。
「判っておる。言上を聞かせよと言うは、どうせ晴信の言付けじゃろ。
そなたらも役目ゆえ、言上せねば帰れんじゃろ。判っておるから、早く始めよ」
二日酔いの頭痛は全ての外交儀礼に優先される。
「…仰せのままに」
勘助はアルカイックスマイルのまま、後ろに控えている鷹羽に顔を向け
「導師。言寿の言上を」 と、キューを出す。
想定外が起きるのは、戦場も舞台の上も同じである。
練習を重ねてきた段取りをいきなりすっ飛ばされ、プチパニックな導師・鷹羽は言寿が書かれたカンペ、じゃない 奉書紙を探しで懐やら袖を探る。
ようやく奉書紙を取り出し、深呼吸。
息を整え、恭しく読み上げる。
「かけまくも~かしこき~」
嫌味を塗した言上と思っている諏訪頼重は、まったく聞く気もなく、欠伸を隠しもしない。
が、頼重への嫌がらせの文言は特になく言上は終了する。
「あー、型通り、いや、有難き哉。 甲斐の神官、大儀」
ただでさえ不機嫌な頼重がこれ以上煽られ修羅場になるのではと、戦々恐々としていた重臣Aはホットした。
しかし勘助のターンは言上だけで終わる筈もない。
「いや、目出度き哉、目出度き哉。 次は巫女による神楽舞を奉納いたし申す。美月御前、これへ」
勘助の呼び出しでステージに登場するのは、中畑美月と『城西シスターズ』。
音大出の音楽教師 渾身の賛美歌・アカペラコーラスである。
西洋音階、特に教会音楽は、数世紀にわたる研究で、人の心を畏怖させる手法を数多く編み出している。
馴染みのない諏訪衆は、その洗礼をモロに浴びた。
原語で歌われた賛美歌は、意味は判らないが、天女の歌声である。
迦陵頻伽かセイレーンか、夢見心地で聞いている諏訪衆。
が、不意に不協和音が混じり、コーラスが中断される。
夢から覚めた様に巫女たちを見る諏訪衆。
小藪薫ちゃんが目を見開き、両こぶしを口に当て、小刻みに震えている。
そしてゆっくりと諏訪頼重を指差し、しゃがみ込む。
何事かと祭事の間に困惑と緊張が走る。
美月御前が巫女・小藪薫に走り寄り、抱きかかえながら諏訪頼重を睨んだ。
「邪なる物がこの地を狙っております!」
諏訪衆の困惑と緊張が深まる。
「なんと!この目出度き日に、何事か!」
今度は練習通りの段取りで、スラスラとセリフの出て来た鷹羽導師。
「この神聖な諏訪の地で、神を祀らず、業魔の道を進もうとしておる者がおります」(※1)
悲痛な表情で諏訪頼重を見つめたまま、美月御前の迫真の演技。
日本工学院 声優・演劇科レベルである。
「何を申すか、美月御前。ここに居るのは諏訪大祝様なるぞ。
左様な者が近づく事など在り得ぬこと」
山本勘助も美月に負けぬ、無名塾ばりの返しである。
「あーれー」
と桜子ちゃんが悲鳴を上げて倒れる。 こ、これは 劇団いろは だ。
「見よ!業魔の力が増しておる。巫女が邪気にやられておるわ」
美月御前が声優・演劇科レベルで押し通す。
「おー、真に。ならば、どこにその魔物がおじゃる」
無名塾が受ける。
諏訪衆&頼重は この急展開に意表を突かれ、声も無く見守っている。
「御神鏡をこれへ!」
絶妙なタイミングで鷹羽導師。 劇団四季だ!
「は!」 背後から佐藤有希が駆け寄り、ipadを美月御前に渡す。
「これなる鏡は真の姿を取り込む御神鏡! その影が残りし者が業魔なり!」
ipadを居並ぶ諏訪衆に突き出すようにかざし、左端からゆっくり右に動かしていく。
諏訪衆は射すくめられ、身じろぎ一つできない。
頼重も二日酔いが吹っ飛んだようだ。
諏訪頼重辺りをipadが向いた時、パシャ とシャッターを切った音が鳴る。
「鏡が影を搦めとりまして御座います」
美月御前が厳かに告げた。
そして ipadをクルリと回し、皆に画面を見せる。
そこには今撮った、ポカンと軽く口を開けた諏訪頼重の顔が映っている。
身を乗り出し、目を凝らしてipadを見た諏訪神官たちは、頼重のスクープ写真に思わずのけ反り、思考停止。
勘助はipadを覗き込み、大袈裟に驚く。
「こ、これはなんとしたことじゃ! 諏訪大祝様が業魔に取りつかれて居ったとわー
さあ諏訪の衆、早う業魔を取り押さえよ!」
相手が混乱し冷静さを失った間に勝負を決める! が山本勘助の得意技。
今回も決まるか?!
諏訪衆が勘助に促され、頼重確保に動こうとした瞬間
「喝!!」
床に倒れていた小藪薫ちゃんや山本勘助含め、その場にいた全員がビクッ と動きを止めた。
諏訪頼重の一喝である。
流石は大祝、マインドコントロールには耐性が高い。
頼重は全員の意識が自分に向く時間を充分に取った上でニヤっと笑い、
「山本勘助とか申したか?この頼重が業魔とは、笑える趣向じゃ」
周りで動きが止まったままの諏訪衆に向かい
「お前らも、諏訪の神官たる者が、何たる様じゃ」
山本勘助、速攻 失敗!
※1:仏語。悪魔とほぼ同じ。ここ迄読んでいただければ、解説は要らなかったか?
――――――――――――
ここは、大きな神棚の様な部屋、神事を行う為の部屋。
諏訪上原城内の祭事の間である。
化かし合いで濁り切った空気を浄化するかの様に、明け切った朝の光が差し込んでいる。
『諏訪大明神』の軸が掛かった壁を横手にし、上手に諏訪勢、下手に『城西衆』が着座している。
横に武装した諏訪兵が立ち、監視されている『城西衆』は 受けなかった演劇祭の反省会モードである。
一方、諏訪衆の真ん中に座っている諏訪頼重、主導権を取り返した余裕で、薄っすら笑みなんか浮かべている。
「勘助、御主が連れてきたは 『城西衆』とか申す踊り巫女か?」
『城西衆』の真ん中に座らされた山本勘助を見下す様に語りかける。
「だまらっしゃい。ここな大祝は業魔に取り付かれて居る。諏訪の衆もご覧になったであろう」
勘助は周囲の諏訪家臣に向かい、頼重確保を呼びかけるが、耳を貸す者はいない。
「ふん。 勘助、大祝を侮って貰っては困る。
この頼重、目もあれば耳もある。『城西衆』が事、色々耳に入っておる。そこもとらの瞞し、見抜けぬとでも思ったか。
『勧進組』をこれへ!」
頼重の声を受け、山伏姿の一団が入室して来た。
どうやら彼らが『勧進組』らしい。
「この者共、各地を回り 諏訪への喜捨を受ける『勧進組』。本物の霊験を見せるがゆえ、恐れ入るがよい」
『勧進組』の数名が座っている勘助たちの前に演台を設置し、その横には“諏訪大明神”とか“喜捨募集”とか書かれた幟を立て始めた。
演台の後ろには笛や太鼓が陣取り、賑やかにチンドンと囃子立て、何事かと見つめる勘助や『城西衆』を前に、口上を始める。
「さぁさ、御用とお急ぎの無い方は足を止めて御覧なされ。
信州諏訪の大神様の有難き神通力、分け与えて進ぜよう程に、目 見開き 御覧じろ」 …大道芸が始まった。
先ずは、懐から取り出した一辺の紙屑を、広げた扇子の上に乗せて、ポンポンと弾ませる。
すると見る見るうちに紙屑が大きくなってゆき、最後は卵に変化した。
手にした椀の中に卵を割って見せ、演目終了。
昔から演じられているテーブルマジック、Egg on Fan、和妻 “扇子玉子” である。
マジックなど殆ど見た事の無い、板垣弥次郎や坂井忠など純真な『城西衆』が、“スゲー” と素直に感動している。
「続きましては、紙切れで作りましたる人形に命を吹き込みまする」
演台の上に紙でできた人形をばら撒き、呪文を唱えると、人形がひとりでに動き出す。
これも昔から演じられている和妻 “ヒョコ” である。
またもや板垣弥次郎や坂井忠などは “おぉ” と感嘆しているし、山本勘助もかなり動揺している。
ここで『勧進組』、後方より数本の素焼きの徳利を運び込む。
「さあ、この徳利。ご覧いただいた神通力をば封じ込めし、幸を呼び込む有難き神の品。今なれば1本銭1貫でお分けいたそう。さあ、買う者はおらんか」
…ここ迄がセット興行の霊感商法だ!
すっかり術中にハマった板垣弥次郎などは “幸運の徳利” を買う気で懐を探っているし、『城西シスターズ』も興味津々の目をしている。
『勧進組』の実演販売に敗れ去ると思われた中、鷹羽導師は冷静であった。
彼は現代でEgg on Fanを見た事があったのである。
手品の種明かしが大好きなのは科学者の習い性。
マリックさんやセロが出ている番組はついつい見てしまっていたのだ。
鷹羽は周りのメンバーを手招きで集め、小声で作戦会議を開始する。
「これは手品だ。テレビで見た事がある」
この一言で『城西衆』は “なーんだ” で納得したが、勘助と弥次郎は??である。
「“てじな” とは何じゃ? 諏訪にも時穴が開いたか」
「えーと、手品って昔は何て言うんだ?…とにかく、あれにはタネも仕掛けもあって、神通力じゃありません」
「なんと、我らと同じ如何様か?」
「…なんか、抵抗ありますが、そうです。イカサマです」
「…成程、頼重め、これで勧進をせしめておったか。
我らの事も同類と見て恐れなんだとは…大筋では合っているゆえ、これは、手強い。
大輔、如何いたそうぞ…」
台本にない、アドリブセッションを申し込まれたジャズメンとなった『城西衆』はみな考えを巡らせる。
桜子ちゃんが “スマホのライト!” と思いつくなり、ライトを点けて、頼重に照射!
しかし、日はすっかり昇っており、朝日の差し込む明るい部屋でスマホ一台のライトを浴びせても、“あ、眩しい”と目を瞬く程度。 残念。
「先生、これ使えるかな?」
声を上げたのは佐藤有希。
彼女が見せたipadの画面には、今しがた盗撮した勝ち誇った頼重を画像加工ソフト “ぶりざぁど” で悪魔にメタモルフォーゼさせた動画が映っている。
“ぶりざぁど” はバストショットで撮影した人物を犬、豚、ペンギン、悪魔、天使にメタモルフォーゼさせるパーティーアプリである。
ダウンロードしていればネットが繋がらない環境でも利用できた。
悪魔に代わるバージョンは頼重の勝ち誇った顔が醜悪な鬼に変化していく、とても説得力のある作品となっており、強烈な破壊力を持っている。
勘助と鷹羽が頷いた。
「使える!」
緊急作戦会議で大まかな方針が決まると、勘助の行動は早かった。
諏訪頼重に向き直り、すっくと立ちあがる山本勘助。
監視の兵士が思わず、刀の柄に手を掛ける気迫である。
「大祝に取り付く業魔よ、われらが御神鏡の力は、『勧進組』が程度の瞞しでは無いわ!」
瞞しと言われ、気色ばむ諏訪頼重&『勧進組』。
冷静に見れば、両陣営ともどっちもどっち、では ある。
「見よ!」
と佐藤有希が短く叫び、ズカズカと『勧進組』に近づき、ipadを突き出す様にかざす。
頼重の悪魔へのメタモルフォーゼは、この時代の手品師では思いもつかぬネタであり、頼重の迫力マシマシの悪魔顔に後ずさる。
多分に普段の頼重の行い、言動が家臣から見ても悪魔的であったのであろう。
“ぶりざぁど” が作り出す演出以上に説得力を持つ画像であった。
自業自得という言葉はこのために、ある。
「どうじゃ!『勧進組』が神通力でこの業魔が払えるか!!」
リピートされる悪魔顔は見る者全てを恐怖させた。
エクソシストが聖書を掲げ幽霊屋敷へ突入する様に、有希がipadを掲げ、諏訪頼重に迫る。
山本勘助、坂井忠、板垣弥次郎が有希を守る様に周りを固める。
監視の兵士も、諏訪衆、『勧進組』も悪魔動画に身がすくみ、頼重に近づく彼等を止められない。
じりっと追いつめられた頼重、脇差を抜き、有希に突き掛かる。
刹那、有希はipadを後方に放り投げ、流れる様な合気道の技で頼重を取り押さえた。
「業魔確保!」
宙を舞ったipadは明野が見事にキャッチした。
第11話・神々の戦い 完




