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第10話・押しかけ祭り

祭囃子に誘われて、喧嘩神輿に暴れ太鼓。

伸るか反るかの祭りの始まりだ!

戦国奇聞!(せんごくキブン!)第10話・押しかけ祭り


 甲斐を旅だった御柱(おんばしら)は、国境から上原城へ、緩々(ゆるゆる)と進んでいた。

 20㎞を越える山道を、神聖な御柱(おんばしら)を引きずって行くのだから、平均時速は1㎞程度であろうか。

 それも途中、途中で城西神楽(創作ダンス)神官行列(カラーガード)の隊列転換を披露し、酒を振る舞う。

 例えるなら “大名行列” と “ええじゃないか” のハイブリッドで、見物人を増やしているのだ。

 これも打倒・諏訪頼重への布石なのだが、傍目から見れば、アホみたいな行列である。

 当然、諏訪方もこの大騒ぎに気が付くが、諏訪の神事を大上段に掲げているので、手が出せない。

 “すわ一大事”である。 (…上手い事言った?)


 丸一昼夜かけて、茅野付近まで来た頃、遠巻きに見ていた諏訪兵がさすがに、動き出した。


―――――――――

 ここは諏訪上原城。

 諏訪頼重の居城である。

 広間ではあっちこっちで起こした細かな戦の後始末に追われる重臣Aと、頼重が打合せの最中である。

 そこへ重臣Bが走り込んで来た。


「武田領より怪しい者どもが既に上川を越え、こちらに向かっている(よし)。その数、凡そ(おおよそ)百。

なれど、付き従う者共雲霞(うんか)の如く との事で御座ります」

「怪しいとは如何(いか)なる者じゃ?」


 重臣Aが反応する。彼は重臣Bより年嵩(としかさ)である。

 頼重よりも年長に見えるが、実際は年下である。

 頼重家臣という苦労がそう見せるのであろう (…同情を禁じ得ない)


聢と(しかと)は判りませぬが、派手に着飾り、唄い踊っている(よし)、大きな柱を引いているそうで御座ります」

「…武田晴信の嫌がらせじゃ」


 諏訪頼重が憮然とした顔で口を開いた。


「は?」

一昨日(おととい)(ふみ)が来た。

今年は諏訪大社式年造営の筈なので御柱(おんばしら)を奉納すると言って(ゆうて)来たわい。

あの様に銭の掛かる祭事(まつり)、“民に苦労を掛けるゆえ 取りやめる”と返す気で居た(おった)が、返事も待たずに送り込んで来た(きよった)


 状況が理解しきれない重臣Aが反応する。


「奉納なれば有難き事では…」

戯け(たわけ)! 諏訪が領民への人気取りよ。晴信が魂胆など読めておるわ。

付き従う者共も大方、振舞酒にでもつられた馬鹿どもであろうよ」


 駆け込んできた重臣Bとしては、このままでは行動が取れない。


「…ならば、如何(いかが)いたしまするか? 城に着く前に追い返しまするか」

「…そうもいくまい。 諏訪の大祝(おおほうり)御柱(おんばしら)を受け取らねば、名が傷つく」


 なるほど、と頷いた重臣Aが


「ならば、上社まで先導の支度を整えまするか?」

戯け(たわけ)! その様な事をすれば、御柱祭(おんばしらまつり)が本当に始まってしまうではないか。

柱を受ければ銭を失い、柱を受けねば名を失う。

まったく小賢しい事をしてくれるは」


 重臣Bとしては、じゃぁどうすんだよ の表情。


「…ならば、如何(いかが)いたしまするか? 付き従う者共々、射殺し(いころし)まするか」

「馬鹿を言うな。…城門で丁重(ていちょう)に迎え、御柱(おんばしら)はそこで止めよ。

使いの者は慇懃(いんぎん)(ねぎら)い、さっさと帰してしまえ」

「付き従う者は如何(いかが)いたしまするか?」

「酒につられた馬鹿者どもじゃ。 行列が止まり、腹が減ったら家に帰るじゃろ」


 状況を色々と反芻していた重臣Aが、おずおずと頼重に確認する。


「使者には目通りされぬのですか…」

「どうせ、嫌味を(まぶ)した言上(ごんじょう)でも聞かせるつもりじゃろう。

儂は会わんぞ。…胸糞が悪い。酒を支度せい」

「しかし…礼に反しませぬか?…なんとして帰しますか?」

「それ位、己が頭で考えよ!」


 肩をそびやかし、ヴィラン感を漂わせ、諏訪頼重は広間を出て行った。 (※1)


 ※1:ヴィラン(villain)は悪役、(かたき)役の最近の呼び名。流行りに乗って使ったがピンと来ない。


―――――――――

 諏訪上原城の城門前である。

 もう、かなり日が傾いて来ている。

 大手門は閉ざされているが、ちょっとした広場になっている空間には随所に(たきぎ)が焚かれ、昼の様に明るい。

 諏訪家としては群衆を追い返す訳にもいかず、とは言え 城内に招き入れる事も出来ず、(たきぎ)のみ提供し、お茶を濁している状態である。

 引かれてきた御柱(おんばしら)は広場の真ん中に倒れているが、それを中心に、えらい事になっている。

 『城西衆』が城内に入り、静かになるかと思いきや、近隣の村から笛や太鼓を持ち寄って、祭りの続きを始めているし、勝手に煮炊きして、酒盛りしてるし、目敏(めざと)い商人が屋台を出し、土産物まで売っている。

 これは 前もってのリークがあったとしか…。(やるなぁ勘助)

 甲斐からの引手の皆さまは、広場の脇に固まって、この時代では知られていない筈のティーピーテント(インディアンテント)を張り、プチ宴会を催している。

 これは現役ボーイスカウトだった坂井忠が広めた影響である。


―――――――――

 所変わって、こちらは上原城内の小部屋。

 重臣A、Bが甲斐からの使者の扱いについて揉めている。


「なぜ、使者を城内に入れたのじゃ。頼重様も柱だけいただいて、追い返せと仰せであったろうに。

其許(そこもと)がグズグズしておる内に、暗く(くろう)なってしもうたではないか」

「そう申されても、山本勘助と申す者、ああ言えばこう言う者で、(それがし)では刃が立ちませなんだ。

一目で良いので頼重様に目通りいただけませぬか…」

「頼重様は御酒に沈んで御座る。無理じゃ」

「ならば…もう、(それがし)の手には負えませぬ。代わって下され」

「…仕方ない。…飯でも喰わせれば、瞼も重くなるじゃろ。眠らせてしまえ」


 読者の皆さまには、AでもBでも大した違いは無いでしょうが、彼らにとっては一大事。

 若手のBがギブしたので、重鎮Aが年の功のみを信じ、山本勘助に立ち向かいます。


―――――――――

 上原城の広間である。

 上座に通されているのは。山本勘助と鷹羽大輔の二人。

 他の『城西衆』は別室に通されている様だ。

 随分と待たされているが、暗くなってくれた方が勘助の作戦では好都合である。

 勘助と鷹羽は、諏訪頼重撃破を狙い 威嚇度の高い衣装を着て、ゆったりと構えている。

 部屋の外から咳払いが聞こえ、すっ と戸が開いた。

 やっと、来たと思ったら、先程とは別の偉そうなオッサンである。

 オッサンは厳か(おごそか)に下座に座ると、深々と頭を下げた。


此度(こたび)は大層な“里曳き”、有難き事に御座ります」

 また、先程の若手とやった押し問答の再開かと、内心 ウンザリしながらも、平然と返す勘助。


「いやいや、どうして。

頼重様は甲斐国主・武田晴信様の義兄弟に当たる御方。

ただ、この所、諏訪も何かと物入りと伺い(うかがい)、由緒ある大祭も難儀しておるなどの噂も聞き及び、何かお役立ちが出来ぬ物かと…ははは

武田と致しても、お手伝いが出来る事、この上ない誉れ(ほまれ)に御座ります」

「これはこれは…ご丁寧に。

甲斐の皆さまには、余計なお気遣いいただき、辱く(かたじけなく)存じまする。

ご奉納の“御柱”、少々小振りですが姿かたちが美しい。

いやー 流石の草深き山国で御座いますな」


 慇懃無礼の見本の様な応酬である。

 ジャブを打ち終え、重鎮Aは厄介者を片付けようと言葉を継いだ。


「皆さま さぞ お疲れと見えますゆえ、今宵はゆっくりとお休みいただきますようにとの、頼重様からのお言葉に御座います。

お忙しき御身(おんみ)で在りますれば、明日朝には ご出立(しゅったつ)いただいければ、 と…」

「いやいや、どうして。

我等、諏訪大祝(おおほうり)様に、甲斐の言寿(ことほぎ)言上(ごんじょう)いたしたく、神官、巫女を連れて参りました。

仏の古い教えでも“善は急げ”と申しますほどに、今宵の内に 是非とも」

「あー それは、この上なく、痛み入りますが…」


 重鎮Aの目が泳ぐ。 まさか “大祝は昼から飲んでて、酔っぱらって寝ちゃいました” とも言えず、必死に言い訳を考えている。


大祝(おおほうり)様は大祭のあれやこれやで…只今も諏訪大社本殿へ詰めて居りますれば…」 

 額に汗が滲んでくる。


「ほほぉ、流石は大祝(おおほうり)様。…しかし本殿であれば、左程は遠くない(とおない)と存ずる。 お迎えに上がりましょうぞ」

「それはぁ、如何で御座ろうか(いかがでござろーかー)

 さらに目が泳ぐ。“お!” …何か思いついた様だ。


「そうそう、甲斐からの神の御使いが参った事、諏訪の神にご報告の最中!

これは一昼夜は掛かる儀式なれば、お迎えは御法度(ごはっと)


 この言い訳に勘助は“オイオイ、さっきと話が違ってるぞ、ぷぷ”と思いながらも、顔面の迫力を増して、さらに追いつめる。


「この言上(ごんじょう)は甲斐に(そび)える富士の山、日本一(ひのもといち)の御山の神と、諏訪の湖に居る(おわす)女神様を結ぶ、目出度きものゆえ、何卒(なにとぞ) お受けいただきたく…

それとも、何ですかな。 大祝(おおほうり)様は この武田とは(よしみ)など要らぬ、とでもお思いなのでしょうかな?」

「そ、その様な考え、あろう筈も無き事」

 

 可哀そうに、重鎮A 声がひっくり返ってます。

 しかし、無理なものは無理。頼重は出せません。


「ならば、如何に(いかに)!」 

「明日には必ず、大祝(おおほうり)様にご都合いただく様、申し上げますゆえ、今宵はご容赦を!」


 これ以上薄くなれない位に平伏する 重鎮A。

 もうひと押し しようとしたが、その様子から、これ以上は無理と判断した勘助。


「…判り申した。今宵は諦めまするが、明けの刻には、是非にでも」

「必ず、必ず、お出ましいただきますゆえ。

今宵はゆっくりとお休いただき、心ばかりの食事など お召し上がりください」


 わー 重鎮Aの平伏がもっと薄くなった!


「…それではお言葉に甘え申して、今宵は休ませていただきます。

明朝(みょうちょう)は、間違いなき様に、頼みましたぞ」

「はは!」


 這う這うの体(ほうほうのてい)で退出する諏訪重臣Aであった。

 諏訪の者が退室したのを確認した勘助は、鷹羽の耳に口を寄せて呟いた。


「もう一押しするべきじゃったかのう?」

「…相手を追いつめるの、巧いですよね。…優位に立った時の勘助さん、怖いです。あの人見てて可哀そうになってきましたもん。

窮鼠猫神(キューソネコカミ)でしたっけ? 追いつめ過ぎも良くないんじゃないですか」

「“窮鼠猫を噛む”、前漢の書“遠鉄論”の言葉じゃな。

多少、手筈(てはず)狂った(くるうた)が、頼重めを引っ張り出したで、良しとしよう。

ふむ、明日は決戦じゃ、心弾む。

大輔、たんと喰らって(くろうて)、しっかり寝ておけよ」

「…メンタル強いな(つえーな)…こっちは胃が痛いです」


第10話・押しかけ祭り 完


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