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3.悪夢と仮面



悲劇の後私が意識を取り戻したのは自室のベッドの上、それもまる一日経った時だった。

顔を横に向けると、ベッドのそばにある椅子には疲れた様子の母が座って静かに眠っていた。



何が起こったのか分からずに混乱したのは一瞬だけだった。どんな悲劇があったのか、カサンドラはしっかりと覚えている。



ベッドから降り、自分の部屋から抜け出すと急いで姉の部屋へと向かう。


そんな筈は無い。まさか愛する姉が私に殺意を向けるなんて有り得ない。

全て悪夢だったのでは? あの穏やかな姉に限ってそんな事が出来る筈が無い。


姉の部屋の前に着き、ドアノブに手を伸ばした………



「カサンドラ、具合はどうだい?」


「お父様………」


声のした方を振り向いて目にした父の様子から、シャーロットの部屋のドアを開けなくても知りたい事が分かった。


優しげなブルーの瞳は悲しみに陰り、目元は少しだけ赤い。そういえば眠っていた母の目元も赤かった気がする。

父も母も一気に老け込んでしまったようだった。


「お前はまだ部屋で休んでいると良いよ。倒れた時に酷く頭を打ったんだ。痛まないかい?」


「え、えぇ……大丈夫よ…。それよりお父様、聞きたい事が__」


「今はゆっくりと休むんだ。話しは君がもう少し落ち着いたらにしよう」


「シャーロットお姉様は?」


必要な事を教えようとしない父に戸惑い、思わず直球で尋ねてしまった言葉は思いの外弱々しく不安げな声色だった。


悲痛な表情を浮かべた父は私から目を反らし、カサンドラが招いた悲劇が悪夢ではなく現実である事を告げた。



「カサンドラ、君のせいじゃないよ。あれは悲しい事故だったんだ。

書斎の抽斗に鍵を掛け忘れた私の責任だ」


「お父様……私…」


「いいかい、カサンドラ。とにかく今は部屋で休む必要がある。

シャーロットが死んだのは事故だったんだ、君が自責の念に駆られる必要はない」



やっぱり、シャーロットは死んでしまったのだ。

他でもない私が姉を殺してしまった……。



◇◆◇◆◇◆◇◆



数日後の姉の葬儀には勇気を振り絞って参列した。

少し前まで一緒に楽しく過ごしていた姉と永遠に会えないなんて信じたくなかったが、参列しないなんて事が出来る筈無い。


両親も友人達も皆口を揃えてカサンドラを励まそうとする。

何度『あれは悲しい事故だった』『カサンドラのせいではないのだから、自分を責める必要はない』と同じ台詞を聞かされた事か。


でも周囲がどんなに励まそうと、カサンドラは事実を知っているのだ。


私が引き金を引いてしまった………。

お姉様を殺してしまったのは他でもない、この私……。



フレデリックは頻繁に屋敷に訪ねて来てくれたけれど、カサンドラは一度も彼と会おうとしなかった。


きっとフレデリックはシャーロットの事で私を責めるに違いない。私が姉を殺したのだと非難するだろう。

彼は私とシャーロットの悲劇を一番近くで目にしたのだから、彼は真実を知っている筈だ。


これ以上恐ろしい事実を突き付けられるなんて、今のカサンドラには耐えられない。

フレデリックには二度と会いたくない。



社交シーズンはまだ始まったばかりだというのに、両親に頼んでカサンドラだけ領地にあるリュクス・ガーデンに戻る事にした。


この時には既に人と会う事を恐れ、夜は悪夢に襲われて眠れぬ日が続いていた。



それはリュクス・ガーデンに戻っても変わらなかった。

悪夢では何時も血に濡れたシャーロットがカサンドラを憎々しげに見つめていた。

そして私は、持っていた拳銃をシャーロットに向け__


止めてと叫んでも私の腕は止まってくれない。

そのままシャーロットに向けて引き金を引き、そこで自分の悲鳴と共に目を覚ます。


毎晩の悪夢のせいでろくに眠れず、カサンドラの美しい顔にはうっすらと隈が出来てしまった。



食欲がないせいで食事も殆ど摂れず、体は何時もふらふらだった。

けれどシャーロットはもう美味しい料理を楽しめないのに、私が食事を楽しんで良い筈がない。



人に会うのが億劫で、殆ど屋敷の自室に閉じ籠って暮らしていた。

出歩くのは図書室へ本を取りに行く時だけだ。

悪夢に襲われて眠れない時、カサンドラが逃げ込めるのは物語の世界だけだった。



カサンドラの未来にはもう、何も無いような気がした。

未来があるのかすら、今ではわからなかった。




あの恐ろしい悲劇が起きた舞踏会の夜から、いつの間にか二ヶ月が経っていた。

カサンドラには永久にも続く地獄のような毎日だったけれど、何時しか深い心の傷を自分の内側に隠すのが上手くなった。


心配してくれる使用人に『もう心配いらないわ』と笑って見せる事が出来るようになった。


心配性の両親が王都から頻繁に送ってくる手紙に、返事の手紙を出せるようになった。


領地での幼い頃からの友人達となら楽しそうに会話する事も出来たし、少しずつ街へも出掛けられるようになった、でも___



所詮は笑顔の下に深い悲しみを隠しただけにすぎない。

カサンドラは今でも酷い罪悪感に苛まれ、悪夢の中では何度も止めてと泣き叫びながらシャーロットを撃ち殺していた。




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