2.引き金を引いたのは
姉の手にある拳銃の美しい装飾を見るに、お父様の拳銃だ。
シャーロットはお父様の書斎から拳銃を持ち出し、憤怒の表情でその銃口を家族である妹に向けている。
その事実に困惑して動けずにいる私を庇うようにフレデリックが一歩前に進み出て、姉の怒りの矛先を自分に向けるべく説得しだした。
「シャーロット、君の怒りはもっともだ。でもカサンドラを責めるのは止めてくれ。
悪いのは全て僕なんだよ、シャーロット。
その銃口を向ける相手も僕であってカサンドラではない」
けれどそれを聞いた所で、姉にとって火に油を注いだだけだった。
「もう嫌……! 私の人生、ずっとカサンドラの影でしかないのね!」
姉のブルーの瞳は絶望で普段より色濃くなり、叫びには今までの人生を嘆くような悲痛さが感じられた。
こんなにも姉が思い悩んでいたなんて知らなかった。
けれど私達姉妹は今までずっと仲良しだったのに、たった一度の悲しい出来事でこんな風に言われなければならないなんてあんまりではないか。
「そんな事を言うなんて優しいお姉様らしくないわ。
いったいどうしてしまったの……?」
「うるさい! カサンドラ、貴女が好きだった事なんて一度も無いわ。
お父様もお母様も貴女に夢中で………挙句の果てにはフレデリックの愛も奪うなんて!!」
「そんな事してないわ! 酷い言い掛かりしないで」
「もう黙って! すぐにでも罪深いカサンドラにはお似合いの死をあげるわよ!!」
恐怖に慄く周囲など気にせずに続いた姉妹喧嘩にも終わりが近付いてきた。
姉の細い指が引き金に掛かるのを目にしたカサンドラは咄嗟に駆け出し、勇敢にもシャーロットが拳銃を持っている方の手首を掴んで銃口を上に向けた。
「何するの、離してちょうだい…っ!
カサンドラが生きていたら、私は永遠に幸せになれない……!」
「お願い、お姉様……もう止めて」
シャーロットが腕に力を込めると再び銃口はカサンドラの方へ向いた………先程よりも近い距離で。
再びカサンドラが力を込めて銃口を上に向けようとすると、当然だが姉妹どちらも譲らずに揉み合いになってしまった。
銃口が右へ左へ色々な方向に向いていた、その時____
美しい装飾を施した拳銃が暴発して火を吹いた
銃口は哀れな姉のシャーロットの方へと向いたまま
世界の全てがゆっくりと時を刻みだしたようだった
不吉な轟音が舞踏会の会場に響き渡った一秒後、シャーロットは大理石の床へ倒れた。
姉の周りに赤い絵の具のような血が広がっていく。
「お姉様……!!」
姉の側に膝をついて必死に抱き起こそうとすると、姉を支える腕に温かな血が伝う。
ドレスが真っ赤に染まるのも、周囲の人の悲鳴や指示を出す声も、何も気にならなかった。
父や母の悲痛な声も、フレデリックの心配する声も何もかも、カサンドラの耳には何一つ届いて居なかった。
カサンドラの頭にぐるぐると何度も回っている事は一つだけ____
あの時、間違って拳銃の引き金を引いてしまったのは私だった…………