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1.幸福の終わりは突然に


舞踏会に招待された人々が集う絢爛豪華な会場に、女性のヒステリックな叫びが響き渡る。


「貴女なんて大嫌いよ……! 私の全てを奪う貴女なんて、死んでしまえば良いのよ!

貴女さえ居なければ………彼は私の夫になっていたのに!」


髪を振り乱して泣き叫ぶ女の手には拳銃が握られ、その銃口は対面する男女へと………いや、主に男の傍に立つ女性の方へと向けられていた。


銃口を向けられた女カサンドラは、ヒステリックに自分を罵倒する姉を俄には信じられないという表情で見つめる。


この人は本当に優しい姉のシャーロットなのだろうか?

シャーロットは今まで私の事を、そんな風に思っていたということ?



♢◆♢◆♢◆♢◆♢◆



カサンドラ・ウィリアムズは少女の頃からとても美しかった。


ブロンドの巻き毛はオーロラのように光り輝き、雪のように色白で整った顔立ちに相応しい濃いブルーの瞳を持っている彼女は、幼さの残る少女から大人のレディへと成長するにつれ美貌も輝きを増した。


対して今、カサンドラに銃口を向けている姉のシャーロット・ウィリアムズは地味で冴えない容貌をしている。


姉妹で似ているのは宝石のように美しいブルーの瞳だけ。

それなりに整っている筈なのに、栗色の髪も、そばかすの散った顔もどれもパッとしない。


ましてや国一番の美貌と称賛される程のカサンドラと一緒にいると、細やかな美しさは全て埋もれてしまう。


カサンドラが光り輝けば輝く程、シャーロットを覆う影は色濃くなる―――。



伯爵家の次女として生まれたカサンドラは伯爵である父の大のお気に入りで、何不自由なく欲しい物は全て与えられて育った。


母はカサンドラに甘い夫に苦言を呈しながらも、美しい娘ならば公爵をも射止められるだろうと目論み、カサンドラを着飾らせて美しさを磨いた。


けれど姉のシャーロットだって不遇ではない筈だった。


理知的で優秀な性分を父は誇りに思って四六時中自慢の娘だと褒めていたし、淑やかで聡明な気質はレディとして申し分ない、寧ろ優秀過ぎる程

だと母は知人に自慢している。


カサンドラもシャーロットの事が好きだった。

優しく穏やかな姉と一緒に過ごすのはとても心地良かったし、知性溢れる姉は何時も私の相談に乗ってくれた。



私より二つ年上の姉が18歳になって王都で社交界デビューをすると、社交シーズンの間私は領地にある生まれ育った屋敷、リュクス・ガーデンで留守番する事になった。


家庭教師や使用人達と取り残されたカサンドラは、屋敷の窓から王都の方角を眺めながら華やかな王都で過ごす事が出来る両親と姉を羨んだ。


二年先の私の18歳での社交界デビューの日が待ち遠しかった。



姉の婚約者が決まったのは2年目の社交シーズンだった。

姉の夫となる男性はフレデリック・エヴァンズという侯爵家の跡取りらしい。

姉は侯爵夫人になるのだ。カサンドラにとって立派で誇らしい自慢の姉だった。


夫となる人とどうやって出会ったのか教えて欲しいとしつこくせがむ私に、幸せそうに微笑んだ姉が『壁の花になっていた私に声を掛けてくれたのよ。とっても優しい方なの』と話してくれた。


姉の結婚式はすぐに執り行なわれる筈だった。

それなのに母方の叔父が突然亡くなってしまった為、喪に服す事になってしまった。


当然姉の結婚式も延期になり、一年後の私の社交界デビューが果たされたらという事になった。



そして私が18歳になり、念願の王都で社交界デビューを果たした。

王都は田舎の領地と比べてとても華やかで素晴らしく思え、叶う事なら王都でずっと暮らしたかった。


ウィリアムズ伯爵家主催の舞踏会で社交界デビューを果たしたカサンドラは、その華やかさでたちまち社交界の面々の注目を集めた。


カサンドラの周囲には彼女を崇拝する紳士が褒めそやしながら群がり、カサンドラのお溢れを貰おうと考えたレディも友人になろうと群がった。


そんな時両親に呼ばれ、姉の婚約者であり来月には夫となる侯爵子息のフレデリックを紹介された。

艷やかな黒髪と冬景色のような銀色の瞳が特徴的な、ハンサムで優しげな雰囲気の青年だった。

穏やかで優しい気質のシャーロットとピッタリの男性だ。 姉は国で一番幸せになるに違いない。


カサンドラは姉の掴んだ幸せが嬉しくて、彼へ挨拶している最中に微笑んだ。

それが間違いだった。


大輪の花がパッと咲き誇るようなカサンドラの笑顔はフレデリックの心を一瞬で射止めてしまった。



その日の舞踏会の最中、シャーロットはフレデリックに婚約を破棄して欲しいと懇願されたようだった。

姉はタウンハウスの自分の部屋に駆け込んだきり出て来なくなってしまった。


その時はまだ何も知らなかったカサンドラは心配で扉越しに姉の名を呼んだが、何時もは私に甘い父が神妙な面持ちでシャーロットを暫く一人にしてやるよう言った。



翌日の夜はイームズ子爵家の舞踏会に招待されていたが、姉は部屋に閉じ籠ったきりで参加を拒んだ。

母がシャーロットとタウンハウスに留守番し、私と父は心配で後ろ髪を引かれながら馬車に乗り込んだ。



イームズ家の舞踏会でフレデリックと会い、彼に初めてシャーロットが酷く沈んでいる理由を教えられた。


「シャーロットとは結婚しない事にしたんだ」


「まぁ、だからなのね……可哀想なお姉様…。どうしてそんな酷い事が出来たのかしら?」


「カサンドラ……そう睨まないで欲しい。姉君には本当に悪い事をしたと反省しているよ。

でも仕方が無かったんだ、他にどうしても結婚したい女性と出会ってしまった」


その女性と結婚したいから姉を捨てたって事?

なんて自分勝手な男性だろう。


何も言わずに背を向けて去ろうとした時、突然フレデリックに手首を掴まれた。突然の非礼に驚いたカサンドラは振り解こうとするが力の強さで男性に敵う筈もない。


カサンドラが物言いたげに自分を睨み付けている事で平静を取り戻したフレデリックは、私の手首をきつく掴んでいた手を緩める。

けれど離そうとはせずに手を滑らせるようにして手を取り、少しだけ屈んでカサンドラの掌に唇を寄せる。


「僕と踊ってくれないだろうか」


「………今はダンスを踊る気になれないの」


「僕のことが嫌いか?」


「そうでは無いけれど……。もう貴方がお姉様の婚約者じゃないなら、貴方と親しくする理由がないわ」


「君と話したいんだ。一曲だけでいい」


やんわり断ったつもりだが何度も食い下がるフレデリックに根負けし、渋々了承して彼に導かれるままにダンスフロアへと向かう。


ダンスが好きなカサンドラは己でも上手だと自負しているが、フレデリックのステップとリードは完璧だった。さすがは時期侯爵という事だろう。


くるりと優雅にターンをして楽しんでいた時、不意にフレデリックの銀色の瞳がじっと私を見つめている事に気付いた。

そしてその眼差しの熱さといったら、見つめられているだけなのに焦げ付いてしまいそうだ。


「周りに誤解されるような行動は謹んでくださらないかしら?」


「誤解されるような行動とは?」


「気付いていないかもしれないけれど、貴方は私の事を見つめ過ぎだわ。

このままではおかしな噂が広まってしまうでしょう」


「どんな噂だろうか?」


自分の些細な行動が、周囲にどういう影響を及ぼすのか分かっていないの?


フレデリックの熱い眼差しに反抗するように真っ直ぐ彼を睨み付ける。


「私達が想い合っているように勘違いされては困るわ。真実ではないのに………」


「僕は噂になっても構わない。真実になれば誰も眉をひそめたりしないさ」


嫌な予感がする。私の予想が間違っていれば良いのに。

今すぐ話題を反らせば良いのに、好奇心に駆られて聞かずにはいられない。


「真実って……なんの事を言っているの?」


「カサンドラ、僕は一目会った瞬間に君を愛してしまったみたいだ。

僕と結婚してくれないだろうか?」


心臓の鼓動が早くなったのは哀れな姉への罪悪感からだろうか、それとも社交界デビューして初めて正式に求婚された驚きと嬉しさから?


でも今の状況で求婚するなんて、フレデリックはどういうつもりだろう?

彼の求婚を受け入れれば、シャーロットから婚約者を奪った妹と心無い噂が広まってしまう。


それに私はまだ年若いし、デビューして間もないのだから、夫を決めてしまうのは些か早すぎる。


考えれば考える程、目の前で懇願するように銀色の瞳を真っ直ぐ此方に向けるフレデリックに怒りさえ覚えてくる。


何か非難の言葉を言うべきかと考えたその時、近くでダンスを踊っていた数組の男女が悲鳴を上げて横に飛び退る。



何事だろうと騒がしい方へと目を向けると__



「絶対に許さないわ、カサンドラ。

貴女がフレデリックの妻になるだなんて、私が絶対に許さない!」


昨夜の舞踏会のドレスのまま、栗色の髪がくしゃくしゃに乱れているのも気にせずに私を憎々しげに睨み付けている姉のシャーロットが立っていた。


その手には銀色の装飾が美しい拳銃が握られ、腕をスッと持ち上げると真っ直ぐカサンドラに銃口を向けた






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